獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです 作:飴玉鉛
反乱分子からは粛清騎士と忌み嫌われる、無双の剣神が金色の魔力を以て降臨の神鳴りとし、帯電した極刀を無造作に見えるほど緩やかに構えた瞬間。総身を粟立たせた魔女が、兜の騎士の頭を抑えて地面に伏せた。なりふり構わぬ決死の回避――果たして凛と鳴る斬雷の音色が、城塞を斜めに両断し。滑り落ちた城壁の切り口が、眩い黄金の雷を発して大規模に爆発した。
反乱分子の首脳陣は、半ば不意打ちに近い奇襲により、ただの一撃で灰燼に帰す。魔王の斬撃は諸侯を狙ったものであり、飛ぶ斬撃は彼らの首を綺麗に両断した直後、傷口から溢れた雷光に灼かれたのである。城壁が半分以上も消し飛んだのは単なる余波であった。
体力の消耗を抑えての
叛乱開始より僅か二十秒。彼らの寿命は、それだけで尽きた。
辺りは見るも無惨な焼け野原――瓦礫の山も、半ば溶解している。嘗て人間だったモノの影も残らず、凄惨な地上の地獄を創り上げた魔王は、特に感慨を見せる事なく丘の上に佇んでいる。
「ぁ、ぁ……」
喘ぐような孫の恐怖の声を聞きながら。魔女は己の想定が超えられた事を悟り、腹の芯から痺れる快感に絶頂するも冷静に判断を下す。最早一刻の猶予もない。この知恵の足りない孫娘を空間転移させる。下手に刺激して元の木阿弥となれば、望んだ結末を得られないだろう。
幸いにも恐怖に縛られ忘我してしまった孫娘は、今ならろくに抵抗してくるまい。――モルガンは可哀想なほど怯えているモードレッドを、可能な限り遠くへ飛ばす為、優しく微笑んだ。
「モードレッド。貴女にはまだユーウェインの前に立つ資格はないでしょう。後は私が幕を引きます、貴女はギャラハッドが聖杯を手に入れてくるまで待っていなさい。いいですね?」
「お、お婆様……?」
頭を撫でられ、安堵の波に流されたモードレッドは、完全に弛緩した。そして恐怖から逃れたいという思いが、モルガンの空間転移に肉体を逆らわせず、彼女は無抵抗のまま彼方へ飛ばされる。
だがその寸前。
完全に魔女の貌になったモルガンが、微笑んだ。
湛える微笑の奥に不吉を見た気がして――彼女は咄嗟にこの場に残らねばならなかったのだと気づいた。だが既に遅い。モードレッドは此処ではない何処かへ消えた。
「お婆様、待ってくれ――! ぁっ……く、クソッ……! ど、どっちだ?」
モードレッドは周辺環境を見渡し、慌ててモルガンとユーウェインの居場所を探った。
震える体に喝を入れ、モードレッドは当たり前のように音の壁を突破して駆け回る。
彼女を突き動かすのは――花の魔術師が魔王に見たものと同じ――死相だった。
この世で最も大事な、祖母に見えた不吉を取り払いたい一心で、純粋な少女は走る。
「――さて。邪魔者は消えました」
恐懼し、抵抗する気力が復活する前に手を打てたのは良かった。
魔女は魔王の初動を予測する。最初から見えるわけがないと諦めていた。
短距離の無詠唱空間転移――魔術の神技を容易く行なった瞬間、直前まで魔女のいた地点を飛来した斬撃が通過する。息をするように魔女を斬首せんとした魔王は、空間転移の座標を『選択の魔眼』を以て識別し、アストラを促して悠々と追っていった。
「此処が貴様の死地で良いのか、モルガン」
モルガンが退避した先にあったのは、開けた平地ではない。
障害物こそないが、地形はなだらかな線を描いており、幾つか丘があった。
カムランの丘――その地に逃れた魔女に、僅か1分しか遅れずに魔王は到着する。
白馬より降り、乗騎の尻を軽く叩いて遠くへ行くよう促した魔王は、アストラが素直に遠ざかっていくのを横目に見つつ魔女へ言った。
「剣呑ですね、ユーウェイン」
大地を己の足で踏み、しかと立つ魔王の姿を改めて見遣る。
華美に走らず、無骨に堕ちず、壮麗なる金の紋様を浮かべる完璧な騎士甲冑を纏い。極刀が帯電する金色の雷には、眩いばかりの太陽属性――破魔の力が宿っていた。単純な存在の格だけでも、神話全盛の太陽と光の神に匹敵し、溢れる光輝はまさしく単一の惑星だ。
もう一つの星の霊長。有り得ざる究極生命。地球に発生した概念とは思えない、神。人でありながら……否、人のまま神の域を踏破し、超越した生きる特異点であり、人類史とは異なる異聞の歴史。
嗚呼、なんと美しいのか。始まりの土台こそモルガンの作であるし、名残もあるが、完全に彼女の手が届く領域の遙か先まで飛翔していた。その存在が余りに異質で……モルガンは歓喜する。
「この私を誰と心得る。島の神秘を継承する、ブリテンの真の王だ。私への拝謁の栄誉に与りながら、口上もなく斬りかかるとは何事です? 駄犬の振る舞いは控えなさい。仮にも私の分身として設計された王なのだから余裕を持ちなさいな」
「失敬した。手癖の悪さを咎められては言い訳の仕様もない。だが曲がりなりにも我が原点である貴様が、あの程度の児戯にとやかく言うとは思わなかったぞ。失望したな……狭量にも程がある。この私を差し置いて真の王を謳うのなら、相応の格を具えていてほしいものだ」
たわむれに皮肉を交換する。あんまりな口の悪さに興奮を抑えきれない。
ついつい、はしたなくも涎を溢しそうになって、モルガンは懸命に品を保った。
昂ぶる。腹が熱い。これではこちらが盛りのついた駄犬ではないか。
抑えよう。絶頂するにはまだ早い。
しかし、なんて匂い立つ――堪らぬ色香で誘うものだ。
モードレッドの存在には気づいていただろうに、まるで最初からいなかったように振る舞う魔王の甘さには反吐が出た。だが同時にどこまでも魅力的で、光り輝いて見えて仕方がない。
魔王はゆったりと歩み寄ってくる。飛ぶ斬撃では仕留めるのに難儀すると見て、直接斬り伏せようと思ったのだろう。余りに無防備で、無思慮な接近だったが、どこにも隙などなかった。
Lahmantóir Mehkóibeach
「――
予想は外れたが、待ち望んだ時の到来に、凍りつくほど蠱惑的な笑みを浮かべる。
歌うように詠唱を始めた。
ゆったり歩み寄る魔王に合わせ、魔女は万感の思いを込めて決戦魔術を開帳せんとする。
魔王は、それを阻止しようとはしなかった。
驕り? それとも油断? 慢心しているのか? 否だ。
彼は純粋に懐かしんで、モルガンの詠唱に耳を傾けていた。
ただそれだけ。モルガンの声が美しいから……聞き惚れているだけだった。
「感動の再会だ。モルガン……我が母上。最後に貴女を抱き締めてやりたい」
「私も貴方を抱きたい。ですがその前に、ユーウェインの顔が見たいですね」
「いいだろう」
刀の抱擁は即ち死。魔槍の抱擁は歪んだ支配。
甘えるような声音で要求すると、すんなり応じて魔王は兜を外して捨てた。
地に落ちると共に消える兜……露わになった相貌は、氷のように冷たくて。艶を帯び銀糸にも見える髪が、穏やかな風にさらわれ靡く。琥珀の瞳は宝玉より輝かしく、白皙の美貌は彫刻のようだ。
世の乙女達が思い描くような、完璧な王子様めいた容姿でありながら。纏う威厳の、なんと重厚なこと。呼吸される威圧感のなんと重いこと。至高の芸術も、この魔王を前にすれば陳腐に落ちよう。
下郎共を殺戮した三度の斬撃で、
Láun Dóvelug an Cuailnge
「
「そういえば、叛乱軍の数がいやに少なかったな」
「――それはそうでしょう。此処では叛乱の中核となる諸侯と、その直属の兵しかいなかったのですから」
「フン……手間を掛けさせる。だが、いいか。未だに叛意を懐いていようと、中核を叩き潰されては気勢も削がれよう。現実に行動を起こしていない輩は、特別に見逃してやらんでもない」
「お優しいこと。そんなだから、今の今まで私を斬れなかったのですよ?」
「その通り。だが優しくもなろうさ。淫靡な魔女に人格を替えた程度では、貴様に嫌悪を覚えないぐらいの情はある。実の母なんだ、優しくして何が悪い? せめて安らかにと思い遣るのが私だ」
古代ケルト語の呪文。唱える歌声は陶酔に浸り、甘美な夢に想いを馳せる。
愛撫のような戯言の応酬が交わされるも、思いもしない言葉に魔女は息を止めた。
敢えて妖妃が魔女に替わった事。性質の変化など一目で看破しただろうに、触れようともしない事を不思議に思って探りを入れると……嫌われようとした思いを、すげなく斬り捨てられた。
気色悪いはずだ、母に肉欲の籠もった目で見られることが。気持ち悪いはずだ、母に誘惑されていることが。――気味が悪いはずだろう。母が色香を振り撒いているのは。
だがそれがどうしたと、一笑に付す妖精王。赫耀とした笑みを形作り、彼は告げる。
「私は貴様の思惑になど乗らん。嫌われようとするのなら、好いてやる。遅めの反抗期だ、甘んじて受け入れろ。まあ……鳥肌が立つぐらいには気持ち悪い故、さっさと斬られてしまえとは思うが」
「ばかな子……折角の母の気遣いを無碍にするなんて。せめて貴方の懊悩を取り除いて、心置きなく刃を振るえるように取り計らったというのに。あまつさえこの私に『気持ち悪い』? ふふ……。
Enpelicos Whinah an Dagda ,
――
Veliom e Bsurean
――
懐かしいな、とユーウェインは目を細める。
魔術の呪文としてではなく、子守唄として聞いた覚えのある祝詞だ。
ゆらゆらと揺れる妖精、その魔槍の向こうへ追憶を見る。細めた目をそのまま閉ざして、懐かしい思い出を楽しみ――あたかも魔王の斬撃の如く、距離を無とする魔刃を斬り裂いた。
モルガンの魔槍の刀身は、聖剣エクスカリバーに似ている。それを振るった魔女は、魔王の太刀筋を魔術で再現したのだ。余りに稚拙で、雑で、纏まりがないが、確かに魔王の剣撃に似ていた。
暗く淀んだ湖のような、蒼い魔力。不意打つ飛刃へ当たり前のように極刀を合わせ、完全に相殺して余波すら残さぬ魔王の絶技こそ見事。されど魔女の模倣も快なり。まるで目を閉じず、自分を見ろと言わんばかりの一撃にユーウェインは苦笑した。
「すまん。最近感傷的になる事が多くてな、遂々過去を懐かしんでしまう」
「結構なことです。しかしユーウェイン、貴方の過去は既に私の物。貴方の
「そうだな……そうだった。だが
「……ふふ、相思相愛というわけですね」
「断っておくが、私のそれは男女のものではないぞ。私は単に子としての義務を果たそうとしているだけだ。……
女として、母として、妖精として、モルガンがユーウェインに執着しているように。ユーウェインもまた、モルガンに並ならぬ執着の念を懐いている。
彼の言葉の意味をモルガンは正確に汲み取った。ユーウェインはあくまでも母の子として物を言っているのだ。それ以上でも以下でもない。彼は母が死んだ程度で大人しくなると思っていない、故に悪魔的発想を以て永遠の投獄を決定しているのである。
魔王の性質は、蓄えることにある。
不変の祝福による在り方の固定と、邪神インデフの返り血を取り込んだことで、ユーウェインという肉体は斬り殺したモノを自身の一部として取り込む機能を発現していた。それが故の『選択の魔眼』であり、祝福の消えた今も不老で在り続けている由縁だった。
即ち彼はこう言っている。――モルガンを斬り、その魂を自らの体内に投獄する、と。死んで英霊となる事すら赦さんと彼は言っているのだ。ユーウェインが滅ばぬ限り永遠に閉じ込めると。
ゾクリ、と――甘い電撃が背筋を舐めた。
魔女はその甘美なる末路に恍惚とした。それはなんて冒涜的で、残酷な裁定なのか。
だってそうだろう。考えてもみるといい。英霊になっても単独で顕現してしまいかねないからと、自身の肉体を牢獄にするという決定は――どこまでも愛に満ちている。
自らの手で殺めるという愛憎の極致に至りながら、その魂を永遠に手放さないだなんて……究極の愛の告白に等しいではないか。モルガンはか細い声で喘ぐ。あぁ……悪くない。
「――貴方は、私を憎んでいるはずでしょう。であれば私の神核ごと滅ぼしてしまいなさい。貴方なら私の死後すら断てるはずです」
「憎んでいるとも。ガニエダにした仕打ちも、私の兄妹を殺め我が友の肉体にした事も、未だに赦してはいないし、永劫に赦す気もない。だが……貴様の死後をも断つほど憎んでもいない。功罪相殺、無期懲役。貴様は人様に迷惑ばかり掛ける性悪だ、故に管理すると言った」
「なるほど、理解しました。全く――早く親離れしなさいと言ったのに……」
「生憎だったな。私はもう永遠に反抗期だ、貴様の言うことなど何一つとして聞き入れん。だからな……安心して、死ね」
「残念でしたね。ブリテンの支配こそ我が渇望――ブリテンそのものである貴方を支配し、永遠に国を統治するのはこの私です。ユーウェイン、貴方こそ私の
最高の末路だ。望外の決着だ。だがしかし――モルガンもまた方向性は違えど、同じ結末を贈ろうとしている。今更後には引けないし、引く気もない。昂りはもう抑える気にもならなかった。
魔女モルガンは自身の間合いに入ったユーウェインを見遣る。
最後の時だ。決着の瞬間だ。長年の因果、宿業に終わりを刻む。
積み重ねた思いの丈は――喜びも、怒りも、哀しみも、楽しみも内包し、天井知らずに高まり続けた怨念の山河だ。自然の擬人化した神という、曖昧な神格には及びもつかない愛憎の坩堝である。
如何にして至った心境か。ユーウェインは刹那の間に駆け巡る走馬灯を楽しんで、殺意を燃やす。モルガンは詠唱の間に駆けつける走馬灯を踏みつけて、支配を望む。
Cosantóir tragóideach
「
Lebor Gabála Érenn
詠唱が完成する。
対ユーウェインの決戦魔術が起動する。
転瞬――ユーウェインの魔眼は、彼の視界をも塗り潰す莫大な魔力の奔流を視認した。四方八方を取り囲む、湖光の如き耀の剣槍。同格の神霊をも殺し尽くす、濁流の如き大魔術。
「昏き湖よ、来たれ……!
持ち得る全能、あらゆる権能、全魔力を費やした必殺の爆撃。カムランの丘を地形ごと平にして余りあり、地の底まで穿つ極光を間断なく連続して叩き込み続ける。
地盤を貫く魔槍の一刺――呑まれたものを溶かす湖の津波――光の糸を束ねた極光――どれ一つを取っても地形を変える、戦略兵器級の大魔術が――なんら効力を及ぼす事なく、悉く消えていく。
鮮やかに鳴れよ、刀の詩。
全身全霊を打ち込む最上位の妖精の攻勢は、ブリテン島全ての神秘を投入しての終末の大海嘯。嘗て顕現した複合神性たる巨神ダナンが魅せた、世界全域を呑み込む対星宝具にも匹敵する。
だが、無に帰す。如何なる影響も、世界に残らない。
加速度的に全魔力を消耗し、打ち止めに近づく魔女の額には大粒の汗。耳鳴りの如く響き渡る斬撃の音色を掻き消さんと、妖精モルガンは最後の一撃に訴えた。
「平らげて魅せなさいッ、これが私の――
其は神域の魔術師モルガンが、数十年も前から対ユーウェイン戦を見据えて編み上げてきた魔術奥義。最強の聖槍を再現した錨の
あっけなく、あっさりと、魔王は魔女の猛攻の全てを斬り殺した。血糊も付いていないのに極刀を振るい、その場から一歩も動かず魔術を斬り払ってのけた魔王は静かに問い掛ける。
「――終わりか? ……終わりらしいな。なら今度は私の番だ」
「はぁ、はぁ……はぁ……フ、フフフフ……」
全魔力を惜しみなく注ぎ込み。考えうる限り全ての魔術と権能を振るって。
尚も、無傷のユーウェイン。
次元が違う。戦闘能力という一点で、やはり己は足元にも及ばない。
だが。
それでも。
「私は研究した……分析して……想定して、対策した」
「………?」
「どのタイミングで、どこに、何を、どのように打ち込めば、貴方が動きを止め迎撃に徹するのかを考え続けてきた。読み通りでしたよ、ユーウェイン。私の読み通り、私の攻撃は届かなかった」
だから、
「私の勝ちだ。眠りなさい、私のユーウェイン」
長々とした詠唱、決戦魔術は単なる起動キーだった。
勝ち誇る魔女に訝しむ魔王。しかし次の瞬間に異変が現れた。
ドクン――と。強烈に脈打つ心臓。急激に抜けていく気力、活力。
ぐらりと体を揺らがせ、ユーウェインは無意識に胸へ手を当てた。
苦しい。
なんだ?
何が――嗚呼、そうか。
ひび割れる音を聞く。命の砕ける音を聞く。
形成していた甲冑を維持できず、ユーウェインの武装が解除された。
急速に暗くなる視界。重くなる手足。眠い……意識が闇の中に引きずり込まれていく。
辛うじて意識を繋ぐのは、精神力だけ。心臓は止まり、壊死し、体が崩壊する感覚に侵されながらユーウェインは胸元の
今までずっとユーウェインを、半死人のまま押し留めていた生命維持装置、宝具『生命性転の大釜』が跡形もなく崩れ去ってしまっていた。
モルガンの切り札とは、それである。
余りに絶妙なバランスの上に成り立っていた魔王の命そのもの。
奇跡的な状態であった故に、彼の肉体も取り込むのを拒んでいた代物。
それをユーウェインに与えたのは――そもそもが、モルガンであり。
彼を殺める必殺の鍵を有するのもまた、モルガンだけだった。
「……、……ハッ」
ユーウェインは、失笑した。心臓が止まった程度では死なない。心臓を破壊された程度で死ぬなら英雄ではない。だがそのネックレス型の宝具は、本来死んでいるはずのユーウェインを、現世に縛り付けていたものである。それが無くなってしまえばどうしようもない。
何故ならユーウェインは、本当ならとっくの昔に死んでいるはずで。生きてきたこれまでの方がずっと不自然であったのだから。
そして。
ユーウェインは、自身が敗れるケースの一つとして、
勝利を確信して歩み寄って来るモルガン。ああ、油断ではない。彼女は確かに勝っている。今のユーウェインは立っているだけで限界で、気を抜いた瞬間に意識を失くして死ぬだろう。
気合や根性、精神力でどうにかなるものではない、極刀を握り締めて落とさないようにするのが精一杯だった。
本当なら
ずっと昔から仕込まれていた。最初からこうするつもりだったのだろう。いや、『妖妃』はやる気はなかっただろうが、勝ちに来た『魔女』は使用して、『妖妃』はそれすらも魔王なら超えてくれると信じていたらしい。現に見ろ、魔女は勝ったにも関わらず、どこか失望していた。
「……何を、暗い顔を、している……」
「………ばかですね。一人で来るから、こうなった。憎たらしいマーリンか、鬱陶しいペンドラゴンのいずれかを連れて来ていたら、こうはならなかったというのに……」
「言った、だろう……? 貴様の、思惑には……乗らない、と……きさまは、わたしの……」
「……黙りなさい。今、楽にしてあげます」
魔槍の穂先をユーウェインに突きつけ、モルガンは瞑目する。
勝とうとはしていた。勝てると確信していた。でも……勝ちたくは、なかった。支配してやろうと思い、願い、対決に踏み切り。それでも……こうなってほしくないと思っていたのに。こうなるはずがないと、信じていたのに。モルガンは最後の最後で最愛の存在に失望した。
是非もない。斯くなる上は、本当に支配してしまおう。ユーウェインの亡骸を傀儡にし、そこへ英霊となったユーウェインの魂を召喚して縛りつけ、なんでも命令を遂行する人形にする。
意思を持つのは赦す。しかしそれだけだ。星の終わりまで愛で、可愛がってやろう。モルガンを失望させた罰だ。せっかく信じてやっていたのに、信頼を裏切った罪を償わせないといけない。
そう思って、トドメを刺そうとした。
しかし――
不意に胸に奔った衝撃に、モルガンは体を傾がせ。
ユーウェインの胸に吸い込まれるように倒れて、凭れかかってしまった。
「――え?」
勝ったのはモルガンだ。しかし、勝者は一人ではない。
「これ、は……」
モルガンは、自身を支えるユーウェインの腕の中で、自身の胸に突き立つものを認識した。
「これは……!」
見覚えがあった。知らないはずがなかった。
だってそれは、
「そうだ。貴女の前身が愛した英雄の武具――
――そう。戦女神モリガンを知悉するが故に、
若かりし頃、巨神との決戦の前に訪れて来たドルイドが、これをユーウェインに与えた。
そして今日という日を迎えるにあたって、最後の保険として用意していたのがこの矢である。
素手で投擲する為の矢は、『必ず先制する』早撃ちの宝具。必中ではない、必殺でもない、呪いもしなければ苦しめもしない。ただ単に先に当たるだけであり、しかしそれをユーウェインが扱えば必滅の効力を宿す。矢でありながら魔王の斬撃の性質を帯びているからだ。
「ぁ、う……小癪な、手癖の悪さ、ですね……っ」
辛うじて持ていた極刀の切っ先が、凭れ掛かってきたモルガンの胸の中心を貫いている。
極刀を握っていた手の反対、空いていた手で蔵から擲ちの矢を呼び出し、手首のスナップだけで投げつけ魔女の心臓に直撃させている。その矢のすぐ傍を漆黒の刀身が貫通しているのだ。
恨みがましく見上げてくる母を抱き締め、ユーウェインは苦笑する。今にも死んでしまいそうな……いいや、間もなく死ぬモルガンを抱擁してやれて、彼は穏やかな達成感に包まれていた。
「ハハ……あぁ、うん……そういうわけ、だ。悪いが……貴女から先に眠ってくれ、母上」
「ユー、ウェイン……わ、私の……い、イヴァン……言えた口では、ありませんが……」
「………」
「し、死なないで……」
どうかな、と思う。
正直に言って、深く考えて此処に来たわけではない。
こだわり、ワガママ、そうした我意を優先していただけだ。
だから約束はできかねる。
そう言おうとするも、モルガンの肢体から力が抜け、くたりとする。
彼女の魂が、極刀を伝ってユーウェインの中に流れ込んだ。
母の魂は実に複雑怪奇で――彼の中で必死に死ぬな、死ぬなと喚いていた。
殺したのは貴女だろうにと笑ってしまう。五体が死に染まっていく。生命維持装置が破壊されたのだから当然だ。
一度ユーウェインの肉体に取り込まれたモノは、外界になんら影響を及ぼせられない。故にモルガンの魂は内部で延命措置を施し必死になっているが、焼け石に水だ。気休めにしかならなかった。
(――どうしたものか)
ユーウェインはモルガンの亡骸を貫き、抱擁したまま天を仰ぐ。
そして彼は目を閉じた。
本当に、つくづく巡り合わせの悪い。素直に言う事を聞いていればよかったものを……。
「お婆様ぁっ!」
交戦時間、たったの十三分。
僅かそれだけの時間で、遠くから戻ってきた運のない子。
モルガンの全力の魔術の気配を察知してしまったのだろう。
カムランの丘へ――モードレッドが、やって来ていた。
感想評価お待ちしております(全裸)
拙作群の中で、本作の完結後にやるとして、更新再開してほしいものは?数多い順に検討してみます
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