獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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お待たせしました。

蒼銀のフラグメンツで、ルキウス・ヒベリウスはプーサーの聖剣で歴史から姿を消してます。
ここでも同じです(無慈悲)


最終話 伝説の先へ

 

 

 

 

 

 

 剣帝ルキウス・ヒベリウスが聖剣の光に呑まれ、歴史から抹消されるという珍事件から半月。実在の皇帝が架空のキャラクターに貶められた混乱により、ローマ帝国は東西に分裂した。

 皇帝が戦死したというなら分かる。いや世界帝国の皇帝が自ら戦場に出て、挙げ句の果てに討ち取られ死亡したなんて話はバカ話以外の何物でもないが、理解は可能だ。だが事はそう単純ではない。

 消えたのだ。消滅したのである。

 実在した筈の統治者が存在ごと掻き消えた結果、帝位は空になり彼を軸に纏まっていた諸外国も混乱する。今まで誰が皇帝だったのか不明であり、空位を埋めんが為に皇帝を名乗り出る者が現れるのは自然な話だ。何せ世界帝国の頂点が存在しないなど有り得ないのだから。

 

 ――ブリテンの手元に残ったのは『ローマを相手に勝った』という曖昧な歴史と、新たに切り取った豊かな領土である。

 

 ローマ遠征軍総司令官アルトリア・ペンドラゴンは戦後、速やかに本島へ使者を送り移民団の移送を提言。ローマの混乱に付け込んだ形で地盤を固め、密約を結んでいたローマ帝室分派の姫を迎えると、提言を受けたロオが自ら大陸に出向いた。そして姫を妃に迎えるや、分捕った領地を有することの正当性を、さも当然の権利の如く主張し実効支配を行なった。

 先代ブリテン王ユーウェインの手により、全ての拘束を解除されている聖剣の真名解放は、人類史という一枚の絵から一人の人間の痕跡を消し飛ばす程の威力を誇り、それはルキウスという英雄であろうと例外ではなかった。如何に彼の足跡が多く大きかろうと、ルキウス・ヒベリウスが成したあらゆる業績は露と消え、人理は彼が消滅した後の穴埋め、歴史の修正に全力を投じる事となり、果たしてローマという世界帝国は未曾有の混乱期に突入する事となる。

 

 ルキウスの実在を記憶しているのは、そうした人理の干渉を受け付けない者――すなわち聖剣や魔剣、聖槍などの持ち主を始めとした、神代側の人間達だけであった。

 

 雑事を片付けたアルトリア達はブリテン島へと帰還する。大陸側に残した広大な領地は、新王ロオが統治する事となり、ブリテン島はロオの次の代まで先代大王夫妻が治める事になっていた。

 これは予め取り決められていた規定の路線だ。これからの時代を作るのは辺鄙な島国ではない。大陸側に残ったロオ達――遥か後世にベルギーとオランダという国に独立する新王国だ。

 後に残ったユーウェインらの最後の大仕事は、滅びかけている母国を新生させる事。

 新生。つまりは国名の変更だ。ブリテン王国という古きから脱皮し、新しい国に進化するのである。そうする意味は、ひとえに『騎士王の神格化』という大目的にある。

 ブリテン王国という名はマズイ。歴代という過去がついて回る。王室の神聖化という本懐を遂げる為にも、新たな国を創り出さねばならない。それこそが――遥か1500年先にも存続する国だ。

 アイルランドとイングランドの垣根を、アイルランドに起源を持つイングランドの王だった騎士王が潰し、グレートブリテン島とアイルランド全域を統合して建国される、ヨーロッパ最長の歴史を持つ事となる大国。名を、イギリス。王国から連邦、政治形態の変遷を経てもなお残る国名だ。

 

 この儀を以て九偉人の筆頭、最後の神話上の王と長らく目される事となる、建国の王ユーウェイン・モナークの偉業は完成した。

 

 六つの功業――七つに数えるべきだとも言われる偉業――其れは、

 

 

 

 一つに『騎士道の開花』――

 理想の男性像を削り出し、後の『紳士』という在り方の開祖となる精神性の普及。

 

 二つに『音楽文化の開花』――

 世界で最も盛んな文化の一つに挙げられるものを築き上げた栄光。

 

 三つに『英語の原型作成』――

 文字を持たない古代から脱却し、先進国へと一気に躍り出た功績。

 

 四つに『女性の社会進出』――

 女性の生理を不浄とする古き価値観を破壊し、女性も公の場で活躍できるようにする為に職人団を組織し、生理処理用品の紙ナプキンを作った。そうして女性も公的機関で働ける土台を作り、数多くの有能な女性達を世に送り出した功績は大きい。

 

 五つに『衛生観念の確立』――

 公衆の浴場やトイレを多数設置し、生活環境を徹底して清潔に保った治世は偉大である。

 

 六つに『食文化の復活』――

 これはユーウェイン王自身が直接携わってはいない為、功業の一つに数えるかは物議を醸してはいるのだが。後世の産業革命後、食事を軽んじて衰退してしまった食文化を、彼の遺した『ユーウェインとガレスのレシピ』と題される記録の発見によって復活させたものだ。

 ユーウェインからロオに、餞別として贈られたオーパーツのヴァイオリン。国宝として受け継がれ続けたそれが、産業革命後に発生した地震で割れ、中からレシピが――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が発見されたのである。

 

 そして最後に【英国の建国】だ。

 ブリテン王国はイギリス王国へ生まれ変わり、彼の王室は神聖不可侵の血統へ昇華された。騎士王と勝利王の血統は連綿と受け継がれ、英国の人々は語り継ぐ。

 彼は救国にして建国の王、国難に在りては蘇り国を救う未来の王だ――と。

 

 ――西暦二千年以降(遥か先の世界)に在っても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユーウェイン――ッ!」

 

 例を見ない憤怒を燃やし、駆け寄って来たアルトリア渾身の拳。親愛の情を懐くからこそのそれを、甘んじて受ける殊勝さは見せず、ユーウェインは楽々と妻の一撃を掌で受け止めた。

 長閑な湖の畔。慎ましやかな小さい別荘の庭。

 そこで巻き起こった突風はアルトリアの拳打の威力を物語っている。草木が大きく揺れ、湖の水面が激しく波打つも、ユーウェインは涼しげな表情を崩さなかった。

 

「出会い頭に抱きついてくるとは、相も変わらず情熱的だな。そんなに俺が恋しかったのか? 実は俺もだ。どれ、もっと近くで顔を見せてくれ」

 

 アルトリアの拳を握り、手を引いて体幹を崩すと、妻の華奢な体をくるりと回し、アルトリアの背中と太腿に自らの手を当てて抱きかかえる。俗に言うお姫様抱っこだ。

 怒り心頭に発していたアルトリアだったが、自身を横抱きにしてダンスさながら、上機嫌に回り出した夫の反応に面食らってしまう。還暦も迎えた今、こうした触れ合いには恥ずかしさが勝るのだろう。慌てて振りほどこうとするも怪物的な旦那は姿勢を堅持した。

 外見相応の乙女のように赤面し、アルトリアはユーウェインの暴挙を制止する。

 

「は、放してくださいっ! 私が怒っているのが分からないんですか!?」

「ん……? お説教か? こちらはこちらで大変だったんだ、勘弁してくれ」

「貴方が突然いなくなったせいで、私の方が確実に大変な目に遭っていましたよっ!」

「あーあー、耳元で怒鳴(がな)るな。ブリテンで謀反が起こったんだぞ? 俺だけで対処した方が迅速に片付けられる。だから俺のせいじゃない。そうとも、俺は悪くないよ。そう思わないか?」

「悪いのは貴方だ――! ユーウェインが突然いなくなって、私達がどれだけ驚いたか……っていい加減放してください! 恥ずかしいでしょう!? こんな所に隠居なんてしてっ! 大事な時期なのに仕事から逃げるなんて何を考えているんですか!?」

 

 幾ら暴れようと力を明後日の方へ逃され、一向にお姫様抱っこから逃げられない。完全に力の流れをコントロールされてしまっていた。羞恥と怒りで顔を赤くしたままアルトリアは怒鳴る。

 陽気に笑いながら、ユーウェインはアルトリアを下ろした。ローマ遠征での諸々の苦労は労いたいところであるが、それを口にすれば逆鱗に触れるようなもの。どの口で言うのかと怒られてしまう。

 不満げに自身の腰に手を当て、ユーウェインを睨むアルトリア。その愛らしい様に和んでいると……アルトリアはふと、今更気づいたようにユーウェインの背後へ控えていた魔女に視線を向けた。

 他人に素を出している所を見られてしまった恥ずかしさを隠し、ユーウェインに訊ねる。

 

「……ユーウェイン? そちらの方はいったい……」

 

 魔女はお馴染みの白いローブを纏っているが、杖の類いは所持していない。静かで透明な笑みを湛えて、アルトリアの探るような目線を受け止める。

 彼女の名はガニエダだ。しかし会わなくなって数十年も経つし、そもそも死んだと聞かされていた為アルトリアの中で彼女の名が浮かぶことはなかった。姿形からして、マーリンの娘か何かかと思ってしまう。あの夢魔は本性を知らないと好青年にしか見えない為、子供が何処かにいても不思議ではないと思われていたからである。

 

「ああ、コイツか。コイツはな――」

「久し振りだね、アルトリア。敬愛するボクらのお姫様?」

「…………? ……………え?」

 

 ユーウェインの紹介に割り込み、ずぃと体を寄せて呼び掛けてくるのに、アルトリアは非常に困惑する。自分をお姫様呼ばわりする輩など、アルトリアには頓と心当たりがなかったからだ。

 そもそも姫扱いされるような立場でもない。戸惑った顔をユーウェインに向けると彼は肩を竦める。どういうことだろう? この魔女は久し振りと言った……過去に会ったことがある? それに自分によく似たこの声は――と、そこまで思案すると脳裡に閃きが奔る。

 

「ぁ……もしかして貴女は……アンブローズ、ですか?」

「正解。思い出してくれて嬉しいよ、アルトリア」

 

 記憶を探り、思い出した名前を口にすると、ガニエダが胸元で手を打ち鳴らして喜んだ。

 曖昧ながらも蘇る記憶。

 故郷ティンタジェルにいた幼少の頃、マーリン共々アルトリア達に指導を施してくれた賢者。リリィが魔術の基礎を妖妃に教わった後に、リリィの成長に尽力した第二の師匠でもある。アルトリアの風の魔術の基礎理論構築にも助言をくれたりもした。

 

 これまでの波乱万丈の人生で、涙もろくなってしまっているのか、目を潤ませてしまう。

 平和で平凡だったあの日……懐かしい人に出会えると、心が揺れてしまってならない。

 

「生きて……いたんですね……」

「ああ。色々あったけど、世のため人のため、何よりユーくんのために裏で頑張ってたんだ。ほら、ユーくんの体をよく見てご覧よ。何かに気づいたりはしないかい?」

「………」

 

 涙が引っ込んだ。

 

 ユーくん。……()()()()

 

 なんだその馴れ馴れしい呼び名は。誰の男を捕まえて、そんな態度を取っている? 数十年越しの再会でせっかく懐かしさに浸れそうだったのに、そんな感傷的な気分は瞬く間に消えてしまった。

 微かな苛立ちを覚えながらも、アルトリアは夫の方に視線を戻した。癪に障るがアルトリアは旦那の健康状態を熟知している、体の調子を見てみろと言われると気になって当然だ。

 彼はなぜかそっぽを向き素知らぬ顔をしているが、よくよくその顔色を見詰めると……まるで騎士王になる前、黒太子と称されていた頃の青年のように、覇気が溢れているのに気がついた。

 

「……ユーウェイン?」

「なんだ?」

「……調子が良さそうですけど、もしかして……」

「うん、まあ……そうだな、見せた方が早いか」

 

 血色の良い顔色。ユーウェインは何気なく胸元のボタンを外し素肌を晒す。するとそこにあるはずの、生々しい傷跡が――綺麗に無くなっていた。

 目を見開く。両手で口を覆った。今度こそアルトリアは感涙する。

 無い、無いのだ。長年ユーウェインを責め苛んできた呪いの痕が。長き時を連れ添った伴侶だからこそ、よく見ている。ユーウェインが毎日、死にそうなほど苦しんでいたところを。

 ユーウェインは震え出すアルトリアの肩に手を伸ばし、宥めようとして――

 

「――ご覧の通り、ボクの頑張りでユーくんは快復した。どうだい? これが内助の功という奴だよ」

 

 震えが止まる。

 ついでに伸ばしていたユーウェインの手も止まった。

 

「……アンブローズ?」

「うん? 何かな、お姫様」

 

 アルトリアが涙を引っ込め、ガニエダを見ると、彼女は素晴らしい笑顔を浮かべていた。

 綺麗な笑みだ。

 しかし、綺麗な花には毒がある。

 含むものを感じたアルトリアが、無機的なまでの無表情になった。

 

「貴女は、ユーウェインの、なんですか?」

 

 竜の威圧。重厚な戦気は、禍々しさすら醸し出す。

 女の勘が告げていたのだ。この女は敵だ、と。

 

「恋人だよ」

 

 あけすけに、堂々と、誇らしげに胸を張って答えるガニエダ。

 すとんと色が落ちる。空気が凍った。

 アルトリアがちらりとユーウェインを見ると、彼は明後日の方を向きながら見当違いなことを抜かし始めた。

 

「傷を癒やしてくれたのは、正確にはガニエダとキャスパリーグだな。なあ、自己犠牲で美しい別れを演出していたが……残念だったな、友よ。俺の体質を忘れていたお前の失態だ」

「ふぉうふぉーぅ……ユーウェイン死すべしフォーウ?(頼むからこっちに話を振らないでくれるかな? 私は今空気に徹してたい気分なんだけど?)」

 

 どこからか召喚され、尻尾を掴まれぶらりと垂らされる小動物。――体内が宇宙のようになっている妖精王ユーウェインに命を使うことは、そのまま彼の一部になることを意味した。

 尻尾を掴んでぶら下がらされている様は、到底友に対するものには見えないが、これがユーウェインとキャスパリーグの関係性である。良くも悪くも遠慮がない。ユーウェインがその気なら、力を失った獣程度、容易く強制召喚できる。単独顕現も自由自在であった。尤も妖妃は召喚を拒む為、よほどの例外的な状況でもない限り、今後モルガンが出てくる事はないだろうが……。

 

 キャスパリーグは嬉しいやら恥ずかしいやら、穴があったら入りたい気持ちでいっぱいだ。頼むから放っておいてくれとばかりに小さな手で小さな顔を隠している。

 

「………」

 

 アルトリアの目から温度が消えた。

 なんのつもりなのかは知らないが、ユーウェインが何も言わないなら彼女の敵意は泥棒猫に向けられる。なぜならユーウェインを信じているからだ、大体の場合彼に責任はないと信頼していた。

 無言でガニエダに歩み寄ると、そのニヤついた顔を睨みつける。昆虫めいた眼差しの奥に、少女は確かに見て取った。ガニエダは――女の嫉妬をアルトリアに向けているのだ。

 

「そうですか……ユーウェインの恋人……」

「そうだよ?」

 

 嫉妬の理由は何か。

 アルトリアがユーウェインと長い時間を共有し、子を成し、愛情を積み重ねたから?

 この勘は当たっている気がする。

 にこりと、完璧な淑女の微笑を湛えた。

 

「……ですが私は妻です。横から割り込んでさもしい物言いをするようでは、貴女の程度が知れてしまいますよ、アンブローズ?」

「面白みのない返しだね。公的な身分や社会通念的な繋がりがないと自信を持てないのかな? 妻だの愛人だの、ユーくんに欠かせない要素を揃えていたボクからしたら些末な肩書にしか見えないね」

「欠かせない要素、ですか」

「昔の話だけど、定期的にユーくんの()()を抜いてあげたり……最近だとユーくんを苦しめてきた呪いの解呪に尽力して、成功させたり……あとはギャラハッドくんの事とか。色々だよ」

「………!」

 

 噛みつける箇所のない貢献だ。

 だが、アルトリアは慌てない。動じない。

 

「ユーウェイン。貴方は私とアンブローズ、どちらが大事なんですか?」

「ん?」

 

 ガニエダを睨んだまま話を振る。するとキャスパリーグに手を噛まれたり、顔を引っ掻かれながらも肉球を押して戯れていたユーウェインは、何を馬鹿な事をとでも言いたげに告げた。

 

「アルトリアに決まってるだろう」

「ぐっ……」

 

 流石に育んだ想いの重さ、長さが違う。絶対の自負があった。

 呻くガニエダに対して鼻を鳴らし、得意げに胸を張るアルトリア。ガニエダにも答えは分かっていたが、それでも悔しさはあった。どれだけ尽くしたのだとしても、感情は理屈ではないのだから。

 

「確かにガニエダは恋人だよ。関係を清算した覚えはないし、今でも大事に想う気持ちはある。だが完全に死んでいると思っていたからな、ガニエダは俺にとって()()()になってしまっていた。思い出には勝てんと人は言うが……俺はそう思わん。悪いな」

「ユーくん……もう、戻れないのかい?」

「戻れんな。引き返すにはもう進み過ぎた。つまらんいがみ合いをさせる為に引き合わせたつもりはない、さっさと和解しろ。キャスパリーグもそう言ってる」

「ふぉ(言ってない)」

「過去は過去のまま、大人しくしておくんですね。私達の間に割って入ろうだなんて虫が良いにもほどがあるでしょう。過去の縁故にすがりつくにも相手を見た方が良い。彼に過去(それ)は通じませんよ」

 

 事実を羅列するユーウェインと、勝ち誇るアルトリアに、ガニエダは歯噛みして――しかし不敵な笑みを絶やすことはなかった。ひやりと、冷たい汗が少女の背筋を伝う。

 

「……フフ。ボクが知らないとでも思っているのかな? ユーくんはキミの他に二人、妾を囲っているじゃないか。しかもそれはキミの妹達ときてる……それに関してキミはどう思っているのかな?」

「ぐ……!」

「私達の間に割って入るな、だっけ。ちゃんちゃらおかしいとはこのことだ。隙間は充分あるように感じるねぇ……ねえ? ユーくん」

「あ、小腹が空いたな……よぉしお父さんちょっと腕によりをかけてご飯作っちゃうぞぉ」

「逃げるなユーウェイン!」

 

 掴みかかろうとしたアルトリアの手をするりと躱し、空間跳躍に等しい縮地で逃亡する男。

 痛い所を突かれた瞬間に逃げの一手、流石の戦略眼である。

 だがそれはそれとして許し難い、後で覚えていろと報復を誓った。

 ガニエダは勝利を確信したのか、余裕を取り戻して言う。

 

「別にボクは関係の名前なんてどうだっていいんだよ。大事なのはボクがユーくんを好ましく思っていることだけだ。戻れないなら進む、ボクはキミと彼の間に割って入るとするよ」

「……良い度胸です。ですが思い通りにはさせません」

「思い通りにさせない、か。どうするつもりなんだい? そんな貧相な体で」

「は?」

「彼の初めてはボクなんだ。好みも当然熟知してる。いい加減キミみたいな小娘の体にも飽きが来てる頃合いだろうし……知っているかな? 人間の男って()()()()()が大好きなんだよ。揃いも揃って周りには貧しい体が並んでいたんだし、そろそろボクみたいな肢体を味わいたいと思ってるかもね?」

「……いいでしょう、その挑戦受けて立ちます。手始めにその二つの脂肪を引き千切ってやりましょうか」

「おやおや、自分の体に自信のない女はこれだから……うふふ、憐れを誘う口はこれかい?」

「みゅっ!? ひゃ、ひゃにゃひなひゃい(離しなさい)っ!」

「むくっ! ひょっちひょしょはにゃしちゃら(そっちこそ離したら)? しぇいしゃいづらが癪にしゃわるんひゃよ(正妻面が癪に障るんだよ)!」

 

「……ふぉうふぉふぉーう(うーん、この犬も食わない女の戦いよ。付き合ってられないね)」

 

 自身の体を抱くような構えで、蠱惑的で豊満な肉体を強調するガニエダに、アルトリアは一瞬にして怒りの沸点を突破するも、先んじてアルトリアの頬を抓り上げてきた魔女に面食らう。

 しかし敗けじとアルトリアもガニエダの頬を抓り、壮絶な表情で睨み合う。

 魔女と赤竜の我慢比べだ。肉体面のスペックでは後者に圧倒的に分がある、しかし前者は夢魔の肉体を取り戻した不老不死の存在だ。肉体的な痛苦など、彼女にとって然程問題ではなかった。

 痛いものは痛いし、避けられるなら避けるが、ここは一歩も引きたくないとガニエダは思っている。他者の精神に寄生しないと人間らしさを持てない存在ではなくなった、感情の自家発電が叶う、夢魔ではない別の何かに進化したような精神性に変質しているのだ。人間の女のようになったガニエダは、絶対に敗けられないと意地を張る。そしてそれはアルトリアにとっても同じだ、敗けて堪るかと更に力を強めた。……本当に頬の肉を引き千切りかねない程に。

 

 と、暫くの小競り合いに遅れて、アルトリアの後続が到着する。

 

 アルトリアは怒りに身を任せ、ドゥン・スタリオンの駿足に飽かせて一番にやって来ていたのだ。

 後続部隊にはオルタやリリィ、ランスロット、ガウェイン、アグラヴェイン、ガレスやケイがいた。前者二名とガレスを除き、全員がローマとの戦いを終えたのを機に引退している。

 

「はぁ……やはりか。(アルトリア)だけ何も知らされていなかったと見える。我が君も人が悪い……」

「予想はついてたけどね。アンブローズもよくやるよ……皆ぁ? ユーさんが来るまで女の戦いの見物でもしてよっか」

「見てて愉快なもんじゃねえけどな。情けねえったらないぜ……にしてもユーウェイン卿は良いとこに隠居してやがんな。オレもこういうとこで暮らしてぇなぁ……」

 

 ガニエダと取っ組み合い、顔や髪を引っ張り合う長姉の姿を見て、呆れたふうにオルタが肩を竦めた。リリィとケイにしても失笑を禁じ得ない気分で、わざわざ止めに入る気にはなれない様子だ。

 

 何年ぶりになるのだろう。気を抜けない緊張状態のまま大陸で十年以上過ごし、戦火に身を置き続けた老練なるアグラヴェインは白けた顔をするも、彼は叔母に当たるアルトリアの姿に脱力する。

 頭痛を堪える。これがあの、生ける伝説の王の片割れ、勝利王の姿なのか。あんまりにも馬鹿馬鹿しくて……注意する気にもならない。嘆息して当代一の策謀家と讃えられる鉄の騎士は呟いた。

 

「流石は陛下……全力ですな」

「全力になるのも当然かと。女性には女性の、敗けられない戦いがあるのですから」

「この中で独身なのは貴公だけだ。女性の機微に疎いのも仕方あるまい」

 

 アグラヴェインの皮肉るような台詞にガウェインがしたり顔で頷き、義母の『女の顔』を見て死んだ目になったランスロットが現実逃避気味に嫌味を口にする。馬の合わない湖の騎士の嫌味にアグラヴェインは三白眼を向けるも、反論する気力も湧かずに口を引き結んだ。

 幾ら馬が合わずとも、同じ敵を向こうに回して十年以上轡を並べれば、一定の敬意は懐きもする。アグラヴェインはランスロットの武力と判断力を信頼していたし、ランスロットとてアグラヴェインの立てた作戦なら不満があれども確実に成果が出ると信用していた。

 ガウェインが良い意味で空気を読まずに間に入らなければ、険悪な空気を醸す事は多々あれど、致命的な対立に至ることはない。良くも悪くも同胞として認め合っているのだから。

 

「あっ、兄上!」

「む! どこだガレス!」

「………!」

 

 ガレスがパッと顔を輝かせて声を上げると、ランスロット達が一斉に反応する。

 すると其処には――()()()()()を伴ったユーウェインがいた。彼は自身に向けて頭を下げ、騎士の礼を示す者達へ鬱陶しそうに手を振って楽にさせると、やや疲れたように嘆息した。

 

「ハァ……流石に荷物を二つも持つとスタミナを使うな……」

「兄上……! そちらの二人は――!」

「おっと黙れよガウェイン。空気を読めんのはいいが、折角のサプライズなんだ。台無しにしてくれるな」

 

 ユーウェインが伴って来た者達を見て、驚愕して声を上げそうだったガウェインの頭に手刀を落とし、彼の頭を地面に叩きつけるとアルトリアの許に歩み寄る。叩かれたガウェインは気絶したのかピクピクと脚を痙攣させ、その哀れさにケイが黙祷を捧げる。

 日中で全能力が三倍になっていても関係ないとばかりに、軽い手刀でノックダウンさせられる太陽の騎士……ローマ軍の人間がこの姿を見たら正気を疑うだろう。あの戦争で生き残ったローマの兵士は太陽恐怖症に陥り、日輪を病的に恐れるようになったのだから。

 ユーウェインは未だに取っ組み合っている女達の許に向かいつつ失笑する。ガニエダには足止めと撹乱を頼んでいたのだが、こうも見事にしてやられているアルトリアを見ると笑うに笑えない。

 彼が連れて来た二人は、自分達の知るアルトリアからは想像もつかない有り様に絶句しているようだった。さしもの仕掛け人ユーウェインも、こんな醜態を晒させ続けるのも気の毒に思ってしまう。

 

 だから、そろそろ国母の威厳を護る為にも、終わらせてやろう。

 ユーウェインはそう思い声を掛けた。

 

「おい、いつまでやってる。そろそろお遊びはやめておけよ」

「ひぇ?(え?)」

「おっひょ、やっひょ来ひゃんひゃね(おっと、やっと来たんだね)」

 

 なんとも酷い言い草だったが、元凶であるユーウェインに反省はない。夫の声に反応してアルトリアが振り返ると、ガニエダはすんなり抓っていたアルトリアの頬から手を離した。

 鬱血した頬の痛みのまま、逃げた夫を咎めようとするアルトリア。しかし、彼女はすぐに気づいた。ユーウェインが伴って来た者達に。

 

「………ぁ、」

 

 にこりと微笑み、ガニエダが身を引く。こんな場面で頬を真っ赤にしているのでは格好がつかないだろうと、リリィは柔和な笑顔を浮かべて杖を振り、長姉とガニエダの頬の疵を癒やした。

 しかしそんな事になどまるで意識を向けられず、アルトリアは呆然とする。信じ難い者を見つけてしまい、のろのろとした動きでユーウェインと、二人の騎士を見比べた。

 

「ぁ……ぇ? ……ゆ、ユーウェイン……?」

「ハァ……何をボケてる。お前が帰って来るのに合わせて引き会わせてやってるんだ。もっと喜んでくれても良いだろう? ほら、お前達も突っ立ってないで挨拶ぐらいしろ」

 

 ユーウェインが連れてきたのは――

 

 純白のドレスに身を包んだモードレッドと。

 同じく――若干着衣の乱れた――純白のタキシードを纏ったギャラハッドだった。

 

「ぁ……う……」

「お久しぶりです、お祖母様。ギャラハッド、只今帰りました。……ほら、モードレッドも」

「おっ、おう! ……た、ただいま……は、母上……」

「――――」

 

 其れは、長い時を旅し、漸く待ち望んだ時が訪れた光景だった。

 銀髪の青年の手には、決着を示すかのように聖なる杯がある。アルトリアはそれを見てやっと全てを理解し、双眸を限界まで見開いて瞳を潤ませていく。――聖杯だ。見ただけで分かる。

 そしてモードレッドは以前に比べて遥かに弱体化していた。いや、正常化したと言うべきかもしれない。星の因子の軛から解き放たれ、純粋な人間となった少女は、居心地悪そうに頬を掻く。

 聖杯を持ち帰ったギャラハッドは、ユーウェイン立ち会いの下、モードレッドの中の悪魔を分離させ、現れた悪魔をユーウェインが一刀の下に葬り去り、悪魔を親元に還してやったのだ。

 お蔭様で悪魔の忌み名は消え去った。身体的な性能こそ、円卓の中堅層にまで落ち込んでしまったが、彼女はまだ若い。研鑽を重ねればやがてガウェイン達にも劣らぬ騎士になれるだろう。

 

「ユーウェイン……この子は……」

「ああ」

「………」

 

 確認するように訊ねると、夫が短く肯定することで、アルトリアの涙腺が決壊する。

 全部、理解した。

 何もかも、解決したのだと。

 はらはらと涙を流しながらアルトリアがモードレッドを抱き寄せ、照れたふうにされるがままとなったモードレッドが抱き返すと、母親は声を上げて泣き出してしまった。

 ユーウェインは苦笑し、ギャラハッドに手をこまねいて呼び寄せると、孫の手から聖杯を受け取りつつ、彼の肩に腕を回す。青年は祖父が身を寄せてくるのに顔を強張らせ、愛想笑いを浮かべた。

 

「前にも言ったが、よくやったな、ギャラハッド。流石は俺の孫だ」

「いえ……と、ところでその聖杯はどうなさるのですか……?」

「これは俺がトリスタンの所に持っていく。奴の問題を解決したら、後はお役御免だ。こんなものは世にあってはならんし、俺が責任を持ってぶち壊しておくさ。……ところで、なあギャラハッド」

「は、はい……」

「……誰に似たかは知らんが、随分手が早いじゃないか。えぇ? 偉業を達成したらすぐこれだ、大したものだよ。褒めてやる」

「は、ははは……」

 

 なぜか冷や汗を浮かべて乾いた笑いを溢すギャラハッドに、ユーウェインは真顔のままだったが。不意に相好を崩して彼の背中を何度も叩く。咳き込む孫に対し、ユーウェインは洒落で脅しただけのつもりだったのだ。例え娘との間に何があろうと咎めるつもりは本当に無い。

 ランスロットが苦笑しながら歩み寄り、愛息のギャラハッドに助け舟を出した。

 

「父上、貴方の洒落は微塵も笑えません。()()()()()()()()()()()()()()()()()()、相手の親から言及されてはいたたまれないだけでしょう」

「と、父さん……!」

「早まるんじゃないぞ、ランスロ。誤解だ、俺が行った時には終わっていた。最中ではなかったからセーフだろう? 目撃したわけじゃない、だからギャラハッドも安心していいぞ。なぁ?」

「………死にたい………」

「やめてやれユーウェイン卿! ランスロットもだ! 聞いてる側まで辛くなるたろうが!」

 

 ケイが止めねば本当に死んでしまいそうで、ギャラハッドが憐れでならなくなる。面倒臭い親父の絡みなんざ見たくもない。ケイの援護に若き青年騎士は万の援軍を得たような顔をした。

 機嫌よく笑いながら、ユーウェインは青年をランスロットの許へ押しやる。

 そうして彼はオルタとリリィの許へ向かい、母娘の様子を離れて見守りつつ感慨深げに言った。

 

「――さぁて。これでいつぞやの要望通りの面子が揃ったな、オルタ」

「はい。どうしても外せない者を除けば、主だった者は大体集まれました」

「ロオくん達がいないのは残念だけど、仕方ないよね」

「ラモラックも逝った。もう少し長生きしていたら此処に呼べたんだが……まあ、いいさ。あんまり待たせると他の者もぽっくり逝きかねんし、これで良しという事にしておけ」

 

 オルタは硬質な容貌を柔らかく崩し、持参した鞄から板と筆を取り出す。

 それを見てリリィが全員に呼び掛けた。

 

「はーい! 皆倒れてるガウェインくんの所に集合ー!

 皆にはこれから、オルタ画伯の絵のモデルをやってもらうよー!」

 

 え? と困惑した様子だったが、リリィに呼び掛けられて無視する者はおらず、戸惑いながらも倒れたままのガウェインの許へ集合してくる。

 中心にギャラハッドとモードレッドを。その両脇にそれぞれユーウェインとアルトリアを配置し、全員がなんとも味わい深い顔でガウェインが気絶している様を見下ろしている。

 あんまりな光景だったが、文句は出ない。

 

「これでは閣下が描かれないのですが、どうなさるおつもりで?」

 

 生真面目なアグラヴェインが、描き手であるオルタがモデルになれないのを気に掛けると、彼女は真剣な面持ちで筆を構えつつ応じる。

 

「描き終わった後、適当に隅の方にでも描き足しておく。心配は無用だぞ、アグラヴェイン」

「……なるほど」

 

 途中、目を覚ましたガウェインが起き上がりそうな所を、ユーウェインが目にも留まらぬ速度で足刀を放ち、即座に気絶させたところでリリィとオルタ、ガレスが爆笑して絵を描いてる場合ではなくなったりもしたが――まあ、偶にはこんな馬鹿げた光景もアリだろう。

 

 後日オルタの手による集合絵を見たガウェインが、盛大に文句を垂れるのだが――些末な笑い話の一つとして片付けられるのだった。

 

 辿り着いた、輝かしく貴い時間。

 小鳥の囀り、草木のざわめき、魚が跳ねて生まれる湖のさざなみ。

 長閑で平和な――何物にも替えがたい至宝。

 ここで見たもの。

 ここで聞いたもの。

 ここで、手に入れたもの。

 ユーウェインは、一生忘れないだろう。

 掛け替えのない日々を共に駆け抜けた、掛け替えのない家族達を。

 

 きっと、永遠に。

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 西暦500年代には有り得ないレベルの、写真でも撮ったかのように精巧な集合絵。

 ()()()()()()()博物館に寄贈されたそれを見て、黒いスーツ姿の王は微笑んだ。

 

陛下(ユア・マジェスティ)、バルトメロイです」

「ん……もうそんな時間か」

 

 時計塔に在りながら、遠方の絵を見ていた事を気取られぬように振る舞いつつ、永遠の青年王は自身を呼びに来た者――バルトメロイ・ローレライに訊ねる。

 

「今日の議題はなんだったか」

「天体科のアニムスフィア家が管理する事となる、国連承認機関の立ち上げに関してです」

「ああ――それか。面倒だな……バルトメロイ、私の代理として貴様が行け。人理なんぞがどうなろうと、私の知った事ではない故な」

「……よろしいので?」

「構わん。貴様が良いと思うようにすればいい。どうせマリスビリーも私が出て来ない事ぐらい予想しているだろう。国連なんぞに顔を出して、私が存命なのを知られると手間だ」

「畏まりました。では陛下の代理という大任、謹んでお受け致します」

 

 恭しく――心の奥底にまで刻み込まれた忠誠を感じさせる態度で一礼し、バルトメロイが時計塔の王の居室から退室する。

 

 時計塔。

 魔術協会の総本山。

 迷宮化した白竜の亡骸(霊基アルビオン)の上に築かれた組織。

 それは、ひとえに王の許諾の下、存在を赦された神秘の探求者達の楽園だ。

 

 しかし当の本人にやる気はない。地元に集まってきた余所者を、効率的に管理する為に、やむなく組織の頭を張っているだけだ。普段はこんな所に寄りつきもせず、気儘に料理店を営んでいる。或いは目的もなく旅行に出掛ける事もあった。王様気取りに割ける時間はない。

 

「国連承認機関、ね……どうもきな臭いが――俺がしゃしゃり出た方がゴタつきかねんか」

 

 放置だ。変に関わったら巻き込まれる。もうすぐ結婚記念日千五百……何回目かを迎える。その日に向けての献立を考えていた方が、よっぽど有意義というものだろう。

 

 ――時は流れる。

 ――時代は移ろう。

 ――その果てに何があっても、彼はブレない。

 

 伝説は終わった。現在(ここ)は伝説の先である。

 青年……ユーウェインはもう一度、懐かしい絵を見遣って。

 流れゆく時の潮流の中、眩しそうに目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて完結です。
皆様、ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
完結記念に評価とかたくさんくれたら喜びます()

完結表記にしますが、番外編として何個かやりたい事があるので、やるかもしれません。
ユーウェインは死んでないので英霊化してなかったりしますが……ま、まあええやろ()

番外編でもよろしくお願いします!

拙作群の中で、本作の完結後にやるとして、更新再開してほしいものは?数多い順に検討してみます

  • “継承”のセンブランス
  • 男女混合超野球連盟ぱわふるプロ野球RTA
  • ヘラクレスが現代日本倫理をインスト(略)
  • 青王と逝くブリテン異聞帯
  • 黒幕系仮想聖女のリベリオン
  • まじっくがーる・ろーるぷれいんぐ!
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