獅子の騎士が現代日本倫理をインストールしたようです   作:飴玉鉛

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ゲームに目をつける王様

 

 

 

 

 

 イギリス王国――それは言わずと知れた世界的経済大国、ヨーロッパにおける四つの大国(ビッグ・フォー)の一角である英国の、建国当時から変わりのない由緒正しき正式名称である。

 

 国名からも分かる通り、英国は現代に至っても王政が存続している国家だ。

 政治体制は立憲君主制。イギリス王室の王を頂点とし、内閣が議会の信任に基づいて存在する議院内閣制が採用されていた。そして異例なことに平時に於いては内閣が国家を運営するものの、非常事態が宣言されると政権は一時的に元首たる王へ渡る事になっている。

 平時に於いては民主主義を、しかし非常時には王室が強権を振るって国家を牽引する稀有な体制だ。この体制により、英国は歴史上訪れた国難を何度も切り抜けてきた。王室はただの一度も失策を犯さず、国民の信頼を厚い物としたのだ。故に王室の者達は国民の精神的な柱たる英雄であり、平時はアイドルのように愛される存在となっている。

 

 だからこそ、そんな王室に纏わる噂は都市伝説のように囁かれていた。

 

 曰く――非常時に姿を表す王室のリーダーは、どう見ても二十歳かそれ未満の青年にしか見えないのに、年配の王あるいは女王ですら最敬礼を以て迎え入れ、従順に従っているという。

 中世から近代、近代から現代。常に確認される王室のリーダーの容姿は同じであり、彼こそは建国の王ユーウェインその人であろうと噂される。――無論そんな馬鹿な話があるかと諸国は真に受けてはいなかったが、王室に謎が多いのは事実であった。

 

「そんな影の君主なユーくんに訊きたいんだけど、いいかな?」

 

 悪戯げな笑みと共にさりげなく腕を組んで、柔らかな乳房を押し当てる妙齢の美女――彼女は張りのある黒い革靴を履き、パリッと糊の利いた白のシャツを着込んで、青いネクタイを締めている。

 仕立ての良い黒いジャケットとタイトなスカートで身を鎧う様は、隙など何処にも無いにも関わらず艶かしい。それは陶器のように白い肌と、清涼な花畑のような色香の滲んだ薄紫の瞳、膝下まで伸ばしてある花弁の如き白髪がそう見せているのだろう。一分の隙なく着こなした現代風の装束が彼女の現況を物語っている。

 あどけなさを残した少女のように可憐でありながら、大人の女の妖艶な魅力をも兼ね備えた女の名は――プーリアン・ガニエ・ブローズ。無論本名ではなく、頭を空っぽにして付けた偽名だ。市井に紛れている時はプーリン等という愛称で呼ばれ、当人は意外とこの通称を気に入っていたりする。

 

 ダークスーツ姿の青年はプーリンが撓垂(しなだ)れ掛かって来るのに歩き辛そうにするでもなく、また腕を挟む柔らかな感触に気を取られるでもなしに凪いだ一瞥をくれた。

 

「なんだ」

 

 見るからに親密な雰囲気の、常人離れした風格の美男美女。それが腕を組んで往来を闊歩しているのだ、ひどく人の目を引いている。だが人の目に触れる事に慣れきっている両者は頓着しない。

 青年はユーイン・モナクなんて雑な偽名を名乗っているわけだが、そんな彼の薄い反応がプーリンはお気に召さないらしい。より体を密着させて、耳元に息を吐きかけるように囁きかける。

 

「昔からの疑問なんだけどね、ブリテンの後継であるイギリスって名前の事なんだけど……この『イギリス』っていうのはどこから来たんだい?」

「今更だな。訊ねてくるのが1483年ほど遅いぞ」

 

 本当に今更である。国名の由来を知ろうとするのが遅すぎだ。

 ユーインは呆れたのか、露骨に溜め息などを吐いている。

 

「気になりつつもダンマリしてたボクの謙虚さ……素敵じゃないか」

「『どうでもよくて忘れていた』の間違いだろう」

「そんなことはないよ? こんな重大な疑問を忘れるわけがない。何せ『ブリテン』が『イギリス』に改名された由縁は不明なままで、英国七不思議の一つに数えられてるんだからね」

「フン……響きが良い音を並べただけに決まっているだろうが。語感が全てだよ」

「うわ……全英が泣きそうな雑な命名だね。まるで今のユーくんの偽名みたい……」

「ほっとけ」

「由来は闇へ葬ったままにした方が良いかもだ。建国の父がこんな残念なネーミングセンスだなんて、民も知りたくないだろうしね」

 

 意地悪な物言いでからかうプーリンは、実に楽しそうだ。辺りに発散される幸せオーラで往来の人々は胸焼けしそうである。それでも妬む気にもならないのは……隣の青年がおっかないからだ。

 見た目は小僧なのに、存在感がバグってる。まるで天まで突き立つモニュメントが人の形になり、山脈並の巨大な心臓が脈打っているかのようなのだ。自然と畏敬の念が湧き、跪きたくなる。

 いや、現に跪く民は何人も居た。日も高く、往来の真ん中であるにも関わらず、まるで古の王に傅く民衆のように。これにも慣れたものでユーインは気にしない。というか気にするのも疲れた。

 

 普段は世界的知名度を有する、一見さんお断りの三つ星レストランのシェフ兼オーナーをしているが、暇を見つけては男装しているアーサー君に店を任せて出歩いている。

 今もそうだ。別にプーリンとデートしているわけではなく、プーリンが勝手に付いて来ているだけだったりする。退屈を紛らわせたいのは何もユーインだけではないということだろう。

 

「冬木から帰って来たばかりなのにお仕事に励むなんて、ほんとユーくんは仕事人間だね……」

「長く生きていると大抵の娯楽には飽きてしまうものだろう。飽きないように工夫した結果、仕事をしているだけだ。そして俺は新しい娯楽の発芽を見つけた……『鉄拳』だ」

 

 鉄拳。イントネーションも完璧な日本語である。

 長く生きていると世界各地を巡り、各国の偉人に出会う事は多々ある。その中でも日本はユーインにとっても印象深い。特に贔屓しているとか、そういう事情はないが……フランスのジャンヌや、中国の李書文のように、そこそこ興味を懐ける人物が日本には多かった。

 頼光四天王、織田信長、サル、徳川家康、柳生某、宮本某、塚原某、沖田某に斎藤某……ザッと名を挙げただけでこんなにもいる。無論、これだけではない。プーリンが見つけた目ぼしい偉人や達人には、暇潰しに会いに行くことが多いが、日本の豪傑ほどユーインの記憶に残った者はいなかった。なんせ他国では達人と言える武人は少なかったのである。

 脳筋なパワータイプの武人には食指が働かない。ユーインの時代以降で、巨人の膂力を有する彼に敵う者などいないからだ。故に技を追求し、磨き上げた者にだけ興味を惹かれる。

 

 柳生と宮本の小僧と、沖田の小娘。ここの辺りは良い線をいっている。惜しむらくは肉体が人理に属する脆弱なものだったことだろう。神代の英雄級の肉体さえあれば、あるいは……。

 剛の剣と柔の剣、双方に優劣はない。最近は何かと後者が持ち上げられているが、ユーインからしてみると遣い手次第としか言えなかった。故に柔の剣に特化した彼らが、神代の剛の剣をも扱えるようになれれば、ユーインの領域にも手が届くかもしれなかった。

 ……今から千四百八十四年前のユーインの領域に。

 

 プーリンは、鉄拳、と日本語で呟きながら千里眼で日本を視る。

 

「――ああ、日本のナ○コが開発した3D格闘ゲームだね。発売されたばかりなんだ」

「ああ。最初は舐めていたが、あれを見て認識を改めさせられたよ。時代はゲームだぞプーリン。コイツは近い将来世界を席巻する娯楽になる。暇を潰せる娯楽の開拓に手は抜けん」

「うふふ……プロゲーマー・ユーインが出現する時が来るのかな?」

「当然だろう、どうせやるなら世界一だ。時間は腐るほどあるんだしな……そういうわけで、これから先の俺はゲームの普及に尽力する。戦争するならゲームしろと各国の首脳を脅は――説得しよう」

「ユーくん、戦争嫌いだもんね」

「当たり前だ。やるなら平和的にゲームで戦争しろと言いたいよ、俺は」

 

 うんざりと吐き捨てるユーインは、ほとほと戦争というものに倦んでいた。

 戦争になる度に自国に戻って仕切り、自国を守ってきたものの、いい加減にしろと言いたい。昔はもう自分達の時代じゃない、前時代の遺物は大人しくしておこうと自重していたが、今はもうそんな隠居爺みたいな事は言わなくなった。なぜならユーインの精神も不老で、現役時代から何も変わっていないのだから。積み重ねた経験の分、老成して見えようとも本質は不変である。

 うんざりしたら座して問題を眺めず、解決へ走り出してしまう行動力が彼の中には残り続けているのだ。次また馬鹿なことをしようとした奴は、初動で抑えつけてやろうかと思っている。

 

 自重という言葉は辞書から消している。そんなことをしていたら、問題が大きくなってからお鉢が回ってくるのだから当然だ。昔は人間の成長と良心に期待して見守っていたが……馬鹿馬鹿しくて保護者面はやめた。ある意味で見切りをつけたとも言える。人間が人間である限り馬鹿はする。管理者面はしたくないが、ブレーキ役ぐらいにはならないとどこまでアクセルを踏むか分かったものではないと諦めたのである。2回も発生した世界大戦が彼の認識を改めさせていた。

 

「科学の発展は著しいからね……案外ほんとに、ゲームで戦争する時代も来るかもだ」

「宇宙開発も進めてほしいな。ガイアの戯けは人類が宇宙に出るのを気持ち悪がって邪魔するだろうが、そちらは俺が抑えればいい」

「ガイアだって邪魔したくもなるよ? なんせガイアにとって人類は、自分の細胞を食って大きくなった寄生虫だ。それが体外に飛び立っていこうとしてるんだ、気持ち悪いと思うのが自然だよ」

「知るかそんなこと。どうでもいい」

 

 ガイアとアラヤには辛辣なユーインである。タイプ・ムーンの後継、真祖の姫君も出会った当時は排除しようとしたほどに星の触覚もまた嫌悪していた。

 真祖の姫君が初手で降伏して、眼鏡の少年も止めて来なければ、今頃ブリュンスタッドは滅んでいただろう。姉の方は討伐済みであり、有力な死徒は狩り尽くしているのだから。

 プーリンが見つけ、ユーインが狩る。この体制は兇悪で、偶然プーリンが見落とさない限り犯罪実行犯は数年以内に判明する。流石のプーリンも人が増えすぎた現代では個人を探すのは難儀するが、探すのはプーリンだけではない。時計塔と聖堂教会の追跡とも併せれば逃げ切るのは事実上不可能だ。

 

「……ん?」

「どうかした?」

 

 ふと立ち止まったユーイン。彼は偶然見かけた、草臥れた風貌のアジア人男性に目を細める。

 

「いや……随分と業を溜め込んだ男が居るなと思っただけだ。現代では割と珍しいぞ」

「どれどれ……あ、彼か」

「知っているのか?」

「むしろなんでユーくんが知らないのさ。彼は聖杯戦争の参加者だよ」

 

 疲れ切った容貌の男。アジア人の判別は地味に難しい。ユーインは特に、中国人と日本人の判別を苦手にしていた。人間性で言えば後者の方が遥かに親しみ易いのだが……。

 早々に思い出すのを諦めたユーインは、プーリンにあれが誰かを訊ねた。黒いコートの裏には銃器が仕込まれているが、ここアメリカでは珍しくもない。プーリンは呆れながら言った。

 

「衛宮切嗣だよ。セイバー・シグルドのマスターさ」

「……ああ、アイツか。シグルドはともかく、セイバーのマスターはずっと隠れていたからな。名前や経歴はともかく、顔は知らなかった。難儀な業に縛られている……これは、親殺し……強迫観念か。行動原理の根底には幼少期のトラウマがあるとみた」

「へぇ。まあ珍しくはないね」

「ああ、普通にありふれているな。だが奴はそこそこ利用価値のある猟犬だと報告が来ていたが、それはどうなんだ?」

「フリーランスの魔術使いで、危険な野良魔術師を殺して回ったり、紛争とかを終息に導いたりしているね。差し詰め血腥い天秤か、正義の味方ってとこかな?」

「……人間の生き方じゃないな。ま、どう生きようと俺の知ったことじゃないか」

 

 ユーインはホテルの中に入っていこうとしておる衛宮切嗣の背中に、ソッ、と手刀を向けた。

 すると彼はビクリと背筋を震わせ、驚いたように自身の手を見詰め出す。

 

「ユーくん? 何をしたんだい?」

「平和に貢献していたのなら、正当な報酬があるべきだと思ってな。――奴を縛る業を斬っておいた。悪夢に魘されたり、以前ほど強迫観念に突き動かされはしなくなるだろうよ。善きにしろ悪しきにしろ、これから先はトラウマではなく、自分の意思で物を考えるようになろうさ」

「ふふ……手厳しいね」

「そうか? 安眠できるようになったんだ、自己評価だと優しいと思うがな」

「いいや、残酷だよ、キミは。……時計塔の執行者は万年人手不足だし、後で彼をスカウトしておくよ。構わないよね?」

「好きにしろ。それは俺の関知する問題じゃない」

 

 ユーインはそれっきり関心を失ったのか、衛宮切嗣の入ろうとしていたホテルとは反対のビルに入っていく。プーリンは肩を竦めた。

 

 

 

 ――後年。加齢を理由に現役から退いた時計塔の執行者・衛宮切嗣は、王の要請で人理継続保障機関の内偵へ出向する事になる。結果として彼が本懐を遂げられるようになったのは、なんとも皮肉な話だろう。

 

 

 

「ところでマナカの事なんだけど――」

「アレの話はするな」

 

 頭痛を堪えるように、ユーイン、もといユーウェインは振られた話をぶった切った。

 

 

 

 

 

 

 

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