僕は、虜囚だった。何時からだったかは、覚えていない。
あの日、目がさめると僕はもう檻のなかにいた。
殺風景な部屋と頑丈な鉄格子。そして毛布だけがそこにあるすべてだった。
どうしてこんな場所にいるんだろう? 昨晩は家族とすごして、ベットでねむりについたはずだったのに。
でも目の前には青い石くれと、銀色の鉄格子があって……僕はたしかに檻のなかに閉じ込められていた。
閉じこめられていたのは僕だけではなかった。
「キミもつかまっちゃったんだね」
ふりむけば鮮やかな緋色の髪をもった女の子がいた。
無機質な笑顔をのせて、寝っ転がっていた僕をしずかに見下ろす少女。
アルカイックスマイルで彩られ、人間味を母親から教わらなかったとでも言うように熱を感じなかった。
人間は美しいものには好感を抱くものだが、彼女からは日本人形じみた不気味さを感じ取って少しだけ怖気を抱いた。
彼女の無機質さは青い石くれで象った青褪めた仮面なのかと錯覚するほどで、それが彼女との出会いだった。
ここはどこですか。
身をおこして訊ねてみた。疑問が初めての会話となった。
「分からないよ」
膝を抱えた少女は困ったように返した。少女は部屋にひとつだけある丸窓を見上げ、僕もつられるように彼女の視線をおった。
丸窓からは淡い星あかりが差しこんでいた。それがこの部屋でたったひとつの光源。
窓から差し込んだ丸い光は石くれに刺さった杭を露わにして、点々と赤く染まった石くれまで映し出した。
血だ、僕が驚くより先に彼女の言葉が遮った。
「あの星」
少女は空に浮かぶたったひとつの星を眺めてつぶやいた。
「北極星なんだろうね。だってこの夜のあいだ、ずっとあそこにあるもの」
北極星。夜空に張り付けられたどこにもいけない星。
なぜ緋色の少女がそんなことを呟いたのか、あのときの僕にはわからなかった。
ただ、少女の淡い笑みが僕のなかにあったはずの不気味さや恐れを払ってしまった。
”あの、キミ、名前は?”
僕の問いかけに彼女は小さく微笑んで、アマリリスと名乗った。お手本のようなアルカイックスマイルだった。
「キミは?」
今度はアマリリスの問いかけ。問われた僕は名前を口からひっぱりだそうとして……失敗した。
おかしい。
僕はたしかに家族がいた。
昨晩はベッドで寝たはずで、部屋にはテレビがあっていつも録画した映画を眺めていたはずだ。扉を開けて左に曲がると階段があってすぐ下がリビングで……その先記憶を呼びもどそうと歯を食いしばって、もやの晴れた家族の顔は
「どうしたの」
ぼうぜんとしていた僕に彼女は起伏のない声で問いかけてきた。僕はハッとして場を取り繕うように「アキ」と答えた。
「そう。よろしくね、アキ」
やさしい言葉。でも僕は返事もおざなりに立ち上がると、鉄格子のまえに立った。
鉄格子のおくは石と闇の回廊で、人の気配はどこにもなかった。丸窓の光も届かない無明は恐ろしかった。でも恐怖を飲み込んで、僕は叫んだ。
誰かいないか、ここからも出してくれ、なんでこんな所に閉じ込めたんだ、と。
だけどいくら待っても返事はかえってこなかった。
「ねぇ、アキは人間なんだよね」
混乱と恐怖に支配されそうになった僕に、アマリリスが質問を投げかけた。彼女のこえを聞くと、潮騒じみた血がおだやかになった。
きっと熱や起伏がなくて冷や水を浴びせられた印象を覚えるからだろう。
質問に小さくうなずくと彼女は、そうなんだ、と薄い笑みをうかべた。
「人を見るのはひさしぶり。ここに人はいないから」
”人がいないって。キミも人間じゃないか”
苛立っていた僕はすこし意地悪な答えを彼女に投げた。
それなのにアマリリスはちっとも嫌な顔を見せず、彼女の返答もすこし変わっていた。
「うぅん、わたしは人じゃないんだ。わたしにはあなたたち人にはない羽根があるんだよ。いまはとられちゃってるけどね」
クスクスと笑いながら語ったアマリリスに、そのときの僕は全くもって真剣に捉えていなくて、後悔の時はすぐさま訪れた。
──唐突に睡魔が襲ってきた。
「時間だね」
彼女は困ったように、すこし嬉しそうに、つぶやいた。何が起きようとしているのか検討も付かなくて僕は咄嗟に、さっきまで眠っていたのに、と何度目かの困惑を口にした。
「ここは夜しかないの」
だから眠くなったときが夜なんだ、そう語った彼女にそうなんだと答えるひまもなく睡魔に誘われるまま僕は目をとじた。
また目がさめると、彼女はいなくなっていた。
丸窓から差し込む光は少しも動いていなくて、夜しかないというアマリリスの言葉は本当だったんだと悟った。
ふと、羽根がいちまいだけおちていた。緋色の、あざやかな羽根だった。
場所は星あかりの照らす先、杭の刺さった場所。緋色の羽根は真ん中を杭で刺されて石くれに縫い付けられていた。
「私はニンゲンじゃないんだよ」
リフレインする言葉と嫌な予感は一緒だった。
ぎぃ……。
不自然な音にギョッとふりむけば鉄格子がひとりでにひらいていた。
直後、かなしばりにあった。
回廊のくらやみから這いでるようにアマリリスがあらわれたのだ。
"
困ったように、そして、すこしだけ嬉しそうに笑う彼女に僕のこころはあとずさった。
それ、
なんで、
そんな、
どうして、
言葉にならないおえつが喉からせりあがる。僕は緋色の少女にすがりついた……それしかできなかったのだ。
だって、戻ってきた彼女に──両目はなかった。
僕たちは虜囚だった。
檻から逃げる方法も、助けの求め方も、あのときの僕たちは知らなかったのだ。