緋色の王 太極の乙女【完結】   作:につけ丸

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9.隠者

 そこは大学の研究室を思わせる一室だった。整理されてはいるもの本棚や机には随分な量の学術書の数々が並び、部屋の随所には素人目では見当もつかない薬品や標本の入ったビーカーやシャーレ……碩学泰斗の居城に相応しい知が敷き詰められた場所だった。

 部屋が知の塊ならば、部屋の最奥に座る黒い肌をもった老人もまた、部屋の主に相応しい見識をもった御仁なのだろう。

 

 彼の名をジョー・ベスト。

 欧州において並ぶ者がいないとすら言われる妖精博士(フェアリードクター)だ。そしてその肩書きに違わず、深い見識とともに世界の裏側をよく知る人物であった。

 

「近頃米国を騒がせている奇異な事件」

 

「流浪者が一夜にして突然巨万の富を手に入れたり、シャーマンが持つのようなプレコグニション、クレヤボヤンスといった人にはあり得ない力が備わったり、人気スターが原因不明の災難が訪れる……」

 

「そういった無秩序で、超常現象の類であり我々の領分であると真相を探っていた事件のことを覚えているかな、スミス?」

 

 ジョーは誰かへ語りかけていた。そしてこの一室にはジョーのほかにも人影があった。

 ただ、その恰好は普通とは口が裂けても言えないほど奇抜な格好だった。黒い仮面に、肩から羽織った長いケープ。気取った口調に雰囲気と相まって創作のなかから現れたような怪人じみた人物だった。

 

 ジョン・プルート・スミス。

 対面に座るジョー・ベストの友人にして、彼が支援する"王"である。

 

「それはジョークにしては些か侮りが過ぎるではないかな、ジョー?」

 

「私も骨を砕いているし、最近では密かな楽しみである晩酌の機会すら奪われているありさまさ」

 

「そして真相はいまだ闇の中だ。その認識は君と共通するものだと思っていたが?」

 

 どこか迂遠な云い回しの仮面の男に、ジョーは得意げにほほ笑んだ。 

 

「そうだな、君の言う通りさ。けれど遅々とした進展しかなかったこの事件、ついにその真相がわかったよ」

 

「ふむ。それは君の隣にいる彼女に関係のある話なのかな」

 

 一人の緋色の髪をもった少女だった。

 生の気配がひどく希薄な彼女はこの部屋につれられてからずっと一切の感情を表さない無味乾燥とした表情のまま、ただ、ジッとスミスを見つめていた。

 

「あの件に関するあらゆる事件を精査した結果、わかったことだ。件の不可解な事件すべてに、この少女と接触した形跡があったのだ。そして私が彼女を見つけ出し、彼女を保護することに成功したのは今朝のことさ」

 

「……ふむ。たしかに彼女は人間ではなく"神に連なる者"のようだ。私の神殺しとしての身体が臨戦態勢に入っている。もしや彼女は以前矛を交えたアーシェラと同じ存在なのかな?」

 

「当たらずとも遠からず、といった所かな。彼女は"神祖"や神の眷属たる"神獣"とも一線を画していてね、彼女は()()()()()()()()()()()()。それも神の一部を使ってね。いうなれば”神の分身”か”神の子”と呼んでもいいかもしれないな」

 

「そして創造した神の神性に従うように彼女は欲しいものを欲するままに与える性質をもってしまっている。より詳しくいうならば、交流するうちに人の深層心理のなかで求める、()()()()()を暴き出してそれを叶えるんだ」

 

「神の一部、か……」

 

「私の身体が臨戦態勢に入ったのはそのためか。しかしにわかには信じがたいな。これまでの事件に小さなものはなかったはずだが……それほどの力だ。対価はあるのだろう?」

 

「それが驚くことに対価はない。人がただ願うだけ、それだけで無造作に願いを叶えてしまう。それが望もうと望まざるともね」

 

「……願望器、という訳か」

 

「ああ。今は呪詛によって縛っているがそれも何時までもつか分からない。それにこれまでの彼女の行いによって人以上の力を得た者もいる、異形の姿になった者もいる」

 

「願いが叶うことは必ずしも幸運なことではない。そして彼女自身、力の塊だ。例えるなら使い手次第で武器にも凶器にも盾にもなる銃。だが放置すれば《蠅の王》の二の舞だ、神の降臨すら視野に入る第二のロスの危機が訪れるだろう」

 

 ジョーは改めてスミスを見据えた。

 

「この危機、是非ロスの守護者にして王たる君に解決してもらいたいのだ」

 

「うむ。否はないとも」

 

 スミスは安請け合いだといわれても仕方がないほど、しかし、気負いなく了承した。王の決定を受けてなお、ジョーの表情は硬質なままだった。ジョンも訝しんだが、自分の疑問をぶつけることを優先した。

 

「しかし方法はあるのかな? この少女が無害となり、且つ、これまで起こした奇跡を消す都合のいい方法が」

 

「これは驚くべきことだが、ある、と断言しよう」

 

「先ほど私は彼女の力に対価はないと言ったが」

 

「願望を叶える力とこの少女はまだ繋がりがあるんだ。……まるで発電所と邸宅のようにね」

 

 スミスは訝しげな表情でオトガイに手を当てた。

 

「彼女は"すべてを捧げる者"であると同時に"すべてを捧げられた者"という裏の顔ももっているのさ」

 

「ちょうど君たち神殺しの義母パンドラのようにね」

 

「つまり、彼女は今はすべてを捧げているが……反転すればすべてを捧げられる」

 

「今までの彼女が使用した力はすべて回収できる」

 

「願いとは彼女の力から()()()()()訳ではなく、彼女によって()()()()()()()いる?」

 

「言い得て妙だな。そしてここに私たちの事件解決の糸口はある。もしかすれば貸し与えたその全てが彼女に返されたならば、きっと彼らはもとに戻るのではないか、……とね」

 

 

 「彼女を止める方法は三つ」

 

「一つは力の源である彼女を殺すこと、彼女を殺せば貸し与えている力もそのまま消えてなくなるだろう」

 

「論外だな」

 

「ああ、それに不確定要素が多すぎる」

 

「では2つ目だが、これは前者に比べれば時間はかかるが堅実で現実的だ。彼女自身が願いに善悪を付けれるほどの倫理観を植え付けること。そしてそのあと彼女の意思で力を回収する」

 

「…………」

 

「長期的であり、人間のみなら神魔からも付け狙われることになる困難なミッションだ」

 

 大変なミッションとなるはずだった。

 

 まつろわぬ神に付け狙われることは容易に想像できた。ああ、たしかに王である彼にしか成しえないミッションだった。

 

 「頼まれようジョー」

 

 「ありがとうスミス」

 

 ジョーは安堵したように顔を綻ばせ、机の引き出しからひとつのシャーレを取り出した。なかには乳白色の小石が入っており、これまで無関心を貫いていた少女が明らかな反応を示した。

 

 "なるほど。【天使の骸】か"

 

 天使の骸。

 聖遺物ともよばれるそれは簡潔に言えば神の遺体だ

 

「中国で発見されたこの天使の骸は、創造神であり地母神に由来する逸品だ。彼女を生み出し、彼女もまた、それらに連なるものならば一石を投じることになるだろう」

 

「そうだジョー、そういえば君の言っていた彼女を止める最後の方法とはいったい何だったんだ?」

 

 

「荒唐無稽なものさ。……どんな経緯でもいい。誰かが彼女のために捧げたいと願い、彼女もまた誰かに捧げたいと()()()()が願ったとき。その時、彼女の力はすべてその誰かへ移譲されることになるだろう。つまり万民に奉仕せよと望まれた彼女がだれか一人を選び出すんだ」

 

「それは……」

 

「ああ、おそらく最高難易度だろう。なにせ神に連なるものであり願望器たる彼女のアイデンティティを捻じ曲げることに等しいからな」

 

 

 

 

 ジョンと少女の旅はこうして始まった。

 

 スミスは、まず名前を与えた。アマリリス、と。

 旅をはじめた季節は春で少女と歩いていた道端に偶然アマリリスの花が咲いていたから、理由はそれだけだった。

 

 旅のなかでスミスはアマリリスへ言葉の使い方や意味、ナイフやフォークの持ち方、人並みの常識を植え付けていった。

 

 ありがとうやおはようの意味も、人がなぜ願いを叶えたいのかも、自分がなぜ願いを叶えようとするのかも、知らなかった。

 

 スミスは根気強くアマリリスと接した。

 その姿はヘレン・ケラーを導くアン・サリヴァンさながらで、そのおかげかアマリリスは夏になるころには見違えるほど人間らしさを備えるようになった。

 

 

 しかし順調だった彼らの旅も暗転する。

 

 それまで天使の骸はスミスが持っていた。件の天使の骸はアマリリスとは相性が良い……いや、良すぎた。

 

 そして事件は起こった。

 

 理由はなんのことはない。ただスミスがふとした拍子に天使の骸を落とし、アマリリスがそれを拾った。

 言葉にすればそれだけで、けれどそれが災厄の始まりだった。

 

 

 ──まつろわぬ女媧 降臨──

 

 

 神の招聘には、三要素が必須となる。

 招聘する神を由来とする触媒と、神を求める狂気的な司祭、そして贄たる巫女だ。

 ほかにも様々な要素は存在するが、最も重要なものはこの三つで、奇しくもこの場にはすべてが揃っていた。

 

 触媒は天使の骸。

 司祭と巫女を兼ねるのはアマリリス。

 

 天使の骸とは遺体だ。

 そして死に際というものは得てして強烈な意志を発しやすいものだ。それがまつろわぬ神などという意志の化け物ならば尚更。

 

 天使の骸にはおびただしいほどの生への妄執が刻まれていた。

 そこへ本人すら自覚しない深層意識の願いさえ汲み取る、【すべてを捧げよ】と神に定められた無垢な少女が現れ、触れ合えばどうなるか。

 

 その時起きた現実こそが答え。

 

 

 スミスが事態を察知したとき、アマリリスは体の一部である羽根をもがれていて、すぐ傍でまつろわぬ女媧が産声をあげていた。

 

 スミスは激怒した。

 冷静沈着な彼からは想像もつかないほどに。まるで子を奪われた鬼子母神のごとくその怒りは苛烈であった。

 

 

 我が大業を数えあげよう──ッ!

 

 

 咆哮じみた権能の言霊が唄された。

 ジョン・プルート・スミスは常に冷静さをもった魔王であった。そしてそれに倣うように彼自身のバトルスタイルも冷徹なものだった。

 平常心を失ったスミスは普段通りの戦いやパフォーマンスができるだろうか。

 

 答えは、否だ。

 

 まつろわぬ女媧は実体のない精神体であることを最大限に活用し、スミスをさらに煽った。最後はスミスをあざ笑うかのようにアマリリスを己が影へ取り込むと、霞のごとく姿を消した。

 

 スミスの完敗であった。

 

 その後、彼はアマリリスとまつろわぬ女媧の捜索を開始し、アマリリスは女媧によって造られた塔へ幽閉されてしまった。

 

 

 

 ──そこまで来ると過去の記録は、僕の記憶と繋がった。

 僕はいままで霊視という形で過去を見ていたんだ。

 

 つまり、僕たちを苦しめる原因を作ったのはスミスで……

 

──主人公は、スミスだった。

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