アキである僕はスミスとアマリリス、彼らの物語において主人公でも、道化でもなく、モブキャラですらない、ただの部外者だった。
スミスはスミスであるだけでよかった。その精神性と力に背負った運命。それだけで主人公足りえ、すべてが彼のドラマのひとつになった。
アマリリスは求められていた、求められるだけの理由があったから。そもそもが神に連なる者であり、元々の贄であったアマリリスでなければならなかった。
なら、僕は?
僕のポジションが、僕である必要はあったのだろうか?
そんなの深く考えるまでもない。まつろわぬ女媧がアマリリスを逃さないための枷として、あるいは、アマリリスを両性具有とするための素材として、僕は有象無象のなかから抜き取られた。
だれでもよく、だれかである必要もない。僕という役に固有名詞が宛てられることはなく、誰でもない、何者でもない、"
主役はスミス。女優はアマリリス。敵役は女媧。
僕はこの神と神殺しの繰り広げる演劇の舞台道具のひとつだった。まつろわぬ女媧が求めていたのは僕の
えらばれたわけでも、もとめられたわけでもない。
打ちひしがれるのは何度目だったか、もうおぼえていなかった。
膝を抱えて何もない霧がかった虚空を見つめつづけた。
のぞき見た過去と僕がたどった体験を照らし合わせ、あらためてまつろわぬ女媧の悪辣さを悟った。
僕は極限状態のなかでアマリリスにすがって、すがられることを求めた。
思考を、時間を、肉体を、誰かのために費やすことは捧げることと何も変わらない。そして己を他人に捧げるという行為は、糧となり同化していく事と同義だ。少なくとも女媧にとってはそうだった。
女媧は、婚姻を定めた神だ。つまり男女を結ぶ権能をもっているということだ。
アメリカに喚び出された権能はきっとそれだったに違いない。そして女媧という仲人の見守るなか僕ら
僕の身体と彼女の意志を食いつぶし、
なんて反吐が出る話だろうか。
思えばアマリリスと配合させる男は、凡夫であれば凡夫であるほど都合がよかったのだろう。普通の倫理観をもった人ならば、きっとアマリリスを助けようとするに違いない。
現に僕がそうだった。
何の変哲もなく特別な能力のひとつも持たないから、まつろわぬ女媧の牢獄から助けられることは決してない。
誰でもよかった。凡人。代えが利く……。
僕の周りを言葉が飛び回って、いやでも目について、頭から離れようとしなかった。心が萎えていくのを止められなかった。
僕は記憶を求めた。
自分の過去の記憶を取り戻して、何者であったか知ることができれば、この見えない鎖から逃れられると信じて。
僕がアマリリスと出会う以前の自分を懸命に探った。ここはきっと心の奥底のどこかで、僕の過去があるに違いなかった。念じれば、意思に呼応して辺りのもやが晴れていく。
もやが晴れた先──そこは空洞だった。
これが、僕……? 僕は思わず後ずさった。
ぺたぺたと鼻、口、目、耳を探って、でも手のひらになにかが触れる感覚はどこにもなく。
──僕の顔はどんな顔だった?
その時、水の音が耳朶を打った。
音のした方へそろりそろりと歩いていって、小さな水溜まり見つけた。
水は雨のように落ちてきて波紋を作りだした。僕を身をかがめて許しを乞うように頭を下げた。水鏡に僕の顔が映り込む。
──僕の顔は、空洞だった。
絶叫とともに目を醒ました。