緋色の王 太極の乙女【完結】   作:につけ丸

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10.運命

 アキである僕はスミスとアマリリス、彼らの物語において主人公でも、道化でもなく、モブキャラですらない、ただの部外者だった。

 

 スミスはスミスであるだけでよかった。その精神性と力に背負った運命。それだけで主人公足りえ、すべてが彼のドラマのひとつになった。

 アマリリスは求められていた、求められるだけの理由があったから。そもそもが神に連なる者であり、元々の贄であったアマリリスでなければならなかった。

 

 なら、僕は? 

 

 僕のポジションが、僕である必要はあったのだろうか? 

 そんなの深く考えるまでもない。まつろわぬ女媧がアマリリスを逃さないための枷として、あるいは、アマリリスを両性具有とするための素材として、僕は有象無象のなかから抜き取られた。

 

 だれでもよく、だれかである必要もない。僕という役に固有名詞が宛てられることはなく、誰でもない、何者でもない、"(アキ)"であり"空き"(アキ)でしかなかった。

 

 主役はスミス。女優はアマリリス。敵役は女媧。 

 僕はこの神と神殺しの繰り広げる演劇の舞台道具のひとつだった。まつろわぬ女媧が求めていたのは僕の()のいう要素だけ。だからこそ代えがきいて、ありふれた、使い捨ての道具にすぎない。

 

 えらばれたわけでも、もとめられたわけでもない。

 打ちひしがれるのは何度目だったか、もうおぼえていなかった。

 

 

 膝を抱えて何もない霧がかった虚空を見つめつづけた。

 

 

 のぞき見た過去と僕がたどった体験を照らし合わせ、あらためてまつろわぬ女媧の悪辣さを悟った。

 

 

 

 僕は極限状態のなかでアマリリスにすがって、すがられることを求めた。

 

 思考を、時間を、肉体を、誰かのために費やすことは捧げることと何も変わらない。そして己を他人に捧げるという行為は、糧となり同化していく事と同義だ。少なくとも女媧にとってはそうだった。

 

 女媧は、婚姻を定めた神だ。つまり男女を結ぶ権能をもっているということだ。

 

 アメリカに喚び出された権能はきっとそれだったに違いない。そして女媧という仲人の見守るなか僕ら愛し(捧げ)あい……そうして僕たちは最後には一つになった。

 

 僕の身体と彼女の意志を食いつぶし、()()合わせて。

 

 なんて反吐が出る話だろうか。

 

 

 思えばアマリリスと配合させる男は、凡夫であれば凡夫であるほど都合がよかったのだろう。普通の倫理観をもった人ならば、きっとアマリリスを助けようとするに違いない。

 現に僕がそうだった。

 

 何の変哲もなく特別な能力のひとつも持たないから、まつろわぬ女媧の牢獄から助けられることは決してない。

 

 誰でもよかった。凡人。代えが利く……。

 僕の周りを言葉が飛び回って、いやでも目について、頭から離れようとしなかった。心が萎えていくのを止められなかった。

 

 僕は記憶を求めた。

 

 自分の過去の記憶を取り戻して、何者であったか知ることができれば、この見えない鎖から逃れられると信じて。

 

 僕がアマリリスと出会う以前の自分を懸命に探った。ここはきっと心の奥底のどこかで、僕の過去があるに違いなかった。念じれば、意思に呼応して辺りのもやが晴れていく。

 

 

 もやが晴れた先──そこは空洞だった。

 

 これが、僕……? 僕は思わず後ずさった。

 

 ぺたぺたと鼻、口、目、耳を探って、でも手のひらになにかが触れる感覚はどこにもなく。

 

 ──僕の顔はどんな顔だった? 

 

 その時、水の音が耳朶を打った。

 

 音のした方へそろりそろりと歩いていって、小さな水溜まり見つけた。

 水は雨のように落ちてきて波紋を作りだした。僕を身をかがめて許しを乞うように頭を下げた。水鏡に僕の顔が映り込む。

 

 

 ──僕の顔は、空洞だった。

 

 

 絶叫とともに目を醒ました。

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