瞼にあたる光を感じて僕の意識は目覚めた。
どうやら鬱蒼と茂る森のなかに寝かされているらしかった。風に揺れる木々から差しこむ木もれ日が、ちらちらと僕を照らしていた。夜は晴れていた。
寝起きは最悪だった。でも乱れる呼吸とひどい寝汗が僕の意識をクリアなものへと変えていった。
あたりを見渡したけれどスミスの姿はなかった。
あれからどうなったのだろう? 意識がクリアになっていくにつれ記憶も鮮明になって、最後にまつろわぬ女媧と戦っていた事を思い出した。
でも僕が安全な場所にいる。
あの状況からスミスは僕を連れて逃走に成功したという何よりの証拠だった。もしかしたら女媧を討滅している可能性もあった。
完璧だ。素直にそう思う。
女媧にしてやられた経緯はあれど、僕を助け出した辣腕とまつろわぬ女媧を退けた強さは鬼神にも思えるほどでこれ以上なく頼りがいがあった。
思えばスミスはアマリリスを失ってしまったけれど、女媧の完全なる復活は防いでいたし僕を助け出すことにも成功していた。
被害をみれば僕らだけに収まっている。帳尻合わせは全体を見れば取っている、といってもよかった。
だったら僕も惜しまず彼に協力しなければいけない。
草木が擦れる音と足音がきこえた。
姿を見せたスミスの手には食べられそうな果物や簡易的な水筒が握られていて、倒れてしまった僕のために取ってきてくれたのだろうと察することは簡単だった。
「起きたか、身体は大丈夫か」
僕が目覚めていることに気づいたスミスはどこか安堵した様子をみせて労りの言葉すらかけてくれた。
あの女媧と闘いながら、その上で僕を助けてここまで逃げ切って。どこまでも隙がなく、完璧な彼に助けられたのが誇らしい。
スミスが僕のそばの寄って膝をついた。
起き上がっていた僕に横になっていなさいと言葉をかけ、肩に触れようとした。
スミスには感謝してもしきれなかった。なら僕も応えるために感謝を───
”──さ、触るなっ!”
パシン、と乾いた音が僕らの間に生まれた。
頭の冷静な部分とは裏腹に、喉から飛び出た言葉は罵倒だった。そして罵倒が僕の封じ込めていた感情に火をつけた。
言霊には力がある、それは本当だったみたいだ。頭の冷静な部分がそんな思考を残して、あとの僕はぐちゃぐちゃになった。
”あ、あなただったんですね……”
これまでの自分を覆すほど底冷えした声だった。
”あなたがアマリリスと僕を苦しめた元凶だったんだ……”
”まつろわぬ女媧に観せられた霊視でアマリリスとあなたの過去を知ることができた──あなたが女媧を喚んだんじゃないか!”
彼への正の感情でつくった張りぼての殻は綺麗さっぱりなくなっていて、腹の底に渦巻いていた負が僕を支配した。
あなたがもっと大雑把じゃなければ!
あなたがもう少し適当じゃなかったなら!
こんなことにはならなかった筈だ!
彼女が傷つくいて死んでいくことも、僕が呼び出されて苦痛を味わうこともなかった!
”──すべてあなたのせいだっ!”
怨嗟を乗せて、僕は糾弾した。自分の思いの丈も吐き出したし、真実でもあった。でもそれらを取り払って最後に残るのは一つの醜い感情。
嫉妬だった。
失敗しようともその帳尻を合わせる辣腕。瀟洒で確固とした自我。強力無比な力。
全てが僕にとって縁遠い宝ばかりで、強烈な嫉妬が喉から心臓を薪とするかのように燃え上がらせてはザワつかせた。
僕は自分の無力さに目をそらして、圧倒的なはるかな高みにある太陽に手を伸ばしてしまうどうしようもない凡俗だった。
僕が糾弾する間、スミスは反論することもなく粛々と受け入れていた。
そして僕の言葉が途切れると、スミスがゆらりと動いた。
ひっ、と悲鳴が僕ののどから漏れた。でもスミスに害意はなくて、彼はただ持ってきた食料と水を僕のそばに置いただけだった。
「君は疲れているんだ」
「残念ながらまつろわぬ女媧は倒しきれていない。明日もまた辛い日になるだろう……今日は休んでいたまえ」
そう言い残してスミスは姿を消した。
僕はスミスを見ることすらしなかった。
ただ、どこかで遠くで獣の悲しげな遠吠えを聞いた気がした。