緋色の王 太極の乙女【完結】   作:につけ丸

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12.刑死者

 もう一度目覚めたとき、スミスはまだ戻ってきていなかった。

 どれだけ待っても姿を見せない彼に不安になって探しに出たけれど、結局見つからなかった。

 

 一日がすぎて陽がかたむきかけた頃、中天に光芒が瞬いた。

 その眩い光弾は自由自在に空を駆け巡って、あれはスミスの弾丸。神と闘えるほどの戦士である彼を象徴するアルテミスの権能だった。

 

 彼がなぜいないのか、彼がなにをしているのか、全てを悟った。

 

 僕は色を失いながら立ち上がって光の方向へ駆け出した。

 

 吐しゃ物をもらしてしまいそうな罪悪感がのしかかって押し潰されそうだった。

 

 

 走って、走って。

 駆けて、駆けて。

 

 戦場へたどり着いた。戦況はひと目で分かった……スミスは劣勢だった。

 

 あのいつも冷静なはずのスミスが精細を欠いている。

 

 僕は彼らの戦いを以前とは違ってつまびらかに見通すことができた。霊視による気絶が契機だったのか、ところどころが曖昧だった前回とは違い、見違えるほど戦いはクリアで高高度な情報がいともたやすく理解できていた。

 

 けれどそれは福音ではなかった。

 

 あの超然としたスミスが追い詰められている、それをまざまざと感じ取ってしまったのだから。

 

 

 超越者同士の決着は早かったように思えた。

 まつろわぬ女媧による攻撃によって、スミスは壊れた人形のごとく項垂れた。外傷は見受けられず、血の一滴も零していないのに、全身の血が凝固したように彼から生気が消滅していた。

 

 影から這い出たまつろわぬ女媧が仕留めた獲物へそろりと手を伸ばす。

 

「ガァ…………ァ……!」

 

 スミスの苦悶の声が虚空に響いて、力なく溶けていった。あれはとどめを刺しているのではなく、辱めているのだ。

 

 まつろわぬ女媧にこれ以上の追撃は必要ないはずだった。それにアマリリスや僕のように心を折っても贄にならないスミスに用はないはずだった。

 

 女媧は神である。しかし戦士や英雄ではなかった。倒した敵を苦しめないように介錯する、そんな概念は持ち合わせていなかった……ただ己を苦しめた怨敵に鬱憤を晴らしているだけだった。

 

 

 罪悪感と恐怖、強迫観念がいっぺんに押し寄せて精神は摩耗し息が荒くなった。

 苛まれた心は徐々に余裕がなくなって、意識を曖昧にし、そして……

 

 

 ”──もう、やめてくださいっ!”

 

 

 僕はいつの間にかまつろわぬ女媧の眼前に躍り出ていた。両手を広げて立ちふさがって、すぐにひざと頭を垂れた。

 

 僕はやっぱり凡人だった。

 女媧の前でも、恩も怨もあるスミスが苦しめられているのをみてイイ気味だとあざ笑う心と、苦しむ彼を見たくない善性と罪悪感が心のなかに渦巻いていた。

 けれど。

 

”──僕は、僕のすべてをあなたに捧げますから! もうこの人に手を出さないでください!”

 

 口から出た言葉は、まつろわぬ女媧への嘆願だった。

 

 後ろで身じろぎする気配をかんた。だけど、僕はじっと目を閉じたままだった。

 

 ナンジ、ソノミヲササゲルカ? 

 

 最後通牒だった。僕が女媧に喰われることへの。

 靄がまとわりつくような女媧の声をはっきりと聞いた。きっと目を開ければ目と鼻の先に女媧の顔があるに違いなかった。

 

 目を開ける勇気はなくて、でも震える舌を動かした。

 

 ”さ、ささげ……る……”

 

 キシキシキシキシ

 歯を擦り合わせたような音が響いた、女媧の笑い声だった。

 

 すぐに僕は喰われるものだと思っていたけれど、何を思ったかまつろわぬ女媧の姿は消えた。

 

 

 くずおれる僕と倒れ伏したスミスだけがその場に残された。

 

 ただ。

 

 ── 

 

 地面に”月”を指す絵文字があって、月が現れるまでがタイムリミットなのだと悟った。

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