緋色の王 太極の乙女【完結】   作:につけ丸

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13.死神

 呻き声を上げつづける彼の元に僕はすがり寄った。

 

 僕は手を伸ばして黒い仮面を取ろうとした。仮面を少し動かせばスミスの顎が見えた……ドス黒く、もとの肌なんて想像もつかないほど毒々しく染まった人肌が。

 

 1番黒く染まっている場所は"逃げろ"とサインを送って、攻撃を受けた場所だった。呪毒は下水のへどろじみて渦巻きながら頬から唇をつたって喉の奥へ流れ込んでいた。

 

 指が頬に触れた途端、霊視が降りた。

 

 これは呪いだ……精神の小さな綻びからじわじわと穴を広げ精神をなぶって苛める呪い。

 

 きっと平常時ならなんの影響も及ぼさないはずで、いや、そもそも強固な自我をもつスミスにこんな呪いは無意味なはずだった。

 

 仮面を持ち上げ、取り払おうとしたけれど、さえぎられた。

 

 スミスに腕をつかまれていた……意外なほど華奢な手で、添えるような儚い力で。

 

「アマリリス……あなたなの? もう目が霞んで何も見えないの……」

 

 スミスの声はこれまでの彼の男性的なテノールではなかった。女性的などこか母性を感じさせるアルト。

 

 僕にこれまでとはべつの混乱が襲いかかった。こんな火急の事態なのに、気に留めることすら間違っているのに、突然降って湧いたスミスが"女性"かも知れないという可能性に、僕は動けなくなって喉を鳴らすことも出来なかった。

 

 腕に添えられていた手が、今度は僕の頬に添えられた。皮手袋ごしだったけれど、ふしぎと体温を感じとれた。

 

「あなたと旅に出て……初めは私も警戒していたわ。だって……わたしたち(カンピオーネ)と、あなた達(神に連なる者)は宿敵同士……どこまで行っても平行線で変わる事のない関係」

 

 スミスの言葉は弱弱しくて、僕は石像になった。心音が邪魔でしかたなかった。

 

「あなたと行動していたのも義務感でしかたなかった」

 

「でも……あなたが初めて笑ったとき、あなたに情を抱いてしまったのね……」

 

「私はあのとき孤高の王でなくなったのかもしれないわ。今、あなたが傍に居てくれているのがとても嬉しいもの」

 

「春と夏を旅して、あなたは何度も問いかけたわね……」

 

「願いはないのかって。私は、私の願いは自分で叶える性分だったし、あなたは全てを捧げる願望器だったから……決して口にすることも思うこともしなかった」

 

 それは追憶、走馬灯のなかでスミスは、アマリリスとの過去をしずかに口した。

 

 あの強者であるスミスが心折られる要因となった小さな綻びとは、きっと僕らだった。

 

「……でもアマリリス。私はあなたと旅をして、言葉を交わして、心を通わすうちに、ひとつのことを願うようになっていたわ」

 

 僕にはひとつの心当たりがあった。

 

 願望器であるアマリリスは思考ですら汲み取って望みを叶えてしまう。神様ですらそれが発揮されるならスミスであっても例外ではない、けれどアマリリスとスミスの間に願いを叶えた雰囲気はなかった。

 

 願望器であるアマリリスが唯一願いを叶えられない願い。それは……。

 

 

「アマリリス……どうか、あなたはしあわせになって」

 

 

 そうだ。アマリリスへの願いだ。

 全てを捧げる存在であるアマリリスは決して自分を勘定にはいれない。それが願われたものだろうと、死が目前に迫っていても。

 

困ったように、嬉しそうに、微笑むだけだ……。

 

 

「でも、ごめんなさい」

 

「私は女媧を倒せず、最期まであなたを護れなかった。だから…………」

 

 

 

 

 

 

 ────()()()()()()

 

 

 

 仮面の王が僕の襟を掴んで引き寄せた。有無を許さない力で。

 その時には女性的な雰囲気など消し飛んでいた。あるのは雄々しい王者に相応しき覇気のみ。

 

 バイザーの内にある彼の眼光を見た気がした。どれだけ心を折られようと屈する事の無い眼光。彼が冥王(プルート)と呼ばれる真の所以を、僕は本当の意味で知ったのだ。

 

 ”無理です……僕にどうしろって言うんですか……!”

 

 だからこそ僕はイエスを言えなかった。言えるはずがなかった。

 

 ”あんなバケモノ、貴方がでなければ倒し得ない! 僕になんかに!”

 

 スミスにだって成しえなかった女媧討伐を果たせというのだ、今のスミスを前にするほど、奮起しなければいけないのに僕の心は萎えていった。

 

 襟を掴んでいた力が緩まった。やさしく頭を撫でられて髪を梳かれた。

 

 

「安心したまえ、すべてのピースは揃っている……。私の敗北もまたその一つ……予定調和なのだ」

 

 ”予定調和……?”

 

「そうだ……この世界はひとつの舞台なのだ……。我々は壮大な演目を演じ、人は人生においてひとつの役を負っているものさ」

 

 

 僕にはスミスの言っている事が欠片も理解できなかった。だけどスミスは満足したように体を横たえて空を見上げた。

 

 

 「──古き王はここで倒れ、そして君に託す事が、私の役目だったようだ」

 

 

 なにを……僕がそう聞くより早く、スミスは懐からとある物を取り出した。

 皮の手袋から黒く染まりきった血が滴り落ちていた……まるで彼の終焉を示すかのように。

その手には、武骨で厳めしい鋼色のリボルバー式の銃。スミスを象徴とする、神殺しの鉾。

 

 「私のアルテミスより簒奪した権能は、一月に6発の魔弾を撃てる権能だ……」

 

 「まだ……ひとつの弾丸が残っている……」

 

 「私が傍に居れば……君は引き金を引ける……しかし私はもうすぐ冥府へ帰るだろう……。だが私が滅ぼうと、此処に籠められた私の魂は……人の魂は、決して滅びはしない……」

 

 「──勝ちたまえ、アキ」

 

 

 それがスミスの残した最後の言葉だった。彼の身体は現世に繋ぎとめられず、風船がしぼむように衣装から重みが消えていた。

 

 あとに残ったものは主を失い、転がった仮面とくずおれた衣装のみ。

 

 悟った。

 

 冥王はあるべき場所へ帰ったのだと。冥府へと下ったのだと。

 

 

 ”それでも僕には無理です……”

 

 ”弱い僕はあなたに付きまとって、足を引っ張って……挙げ句の果てにはこんな結末を招いた……!”

 

 ”そんな僕なんかに……貴方は何を求めてるんですかっ!?”

 

 

 どこまでも身勝手な人だった。

 こんな事になった原因を持ちこんでおいて、それなのに遅れてやってきて美味しいところを持っていく。最後には僕にすべてを押し付けて去っていった。

 

 

 ”でも、それが贖罪になるのなら。あなたが──望むなら”

 

 

 アマリリスの身体が望みを叶えようと泡立った。けれどそれより強く僕は奮い立った。心と体は合致し、僕らは競いあうように同じ方向へ向かっていた。

 

 

 僕は──

 

 主を失った仮面を、手に取った。

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