緋色の王 太極の乙女【完結】   作:につけ丸

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16.塔

 空が点滅していた。

 

 正確には月と太陽が凄まじい速さで疾走していた。地球の自転が早まったわけではなくて、単純に時が加速していた。

 

 刹那のうちに万物の誕生と終焉が繰り返され、土へと還っていった。そこに無機物有機物の差はない。まさに人類には到底なし得ない神の御業。

 

 ──完全なる女媧による創世が始まったのだ。

 

 時も生も死も、まつろわぬ女媧の下僕だった。

 当然だ、女媧は天地創成の権能を取り戻したのだから……酸鼻きわまる悪辣さと妄執によって。

 

 "陰陽の結合が万物を生む"

 

 もともと女媧は一柱で人類創造と天地補修を為した創造神。

 

 これまでのまつろわぬ女媧は陰のみの"影"でしかなかった──けれどそれも過去になった。

 陽であり完全性を秘めた僕が女媧と溶け合ったことでまつろわぬ女媧は──完全へと至ってしまった。

 

 神話における女媧は1柱のみで人類を生み出し、崩れた天地を補修した神でもあるなら、或いはそれが正しい姿なのかもしれない。

 

 

 6つの大陸がひとつになっていく……大陸のぶつかり合う轟音はどこか鐘の音に似ていた。

 地上のあらゆる場所で落雷が降りそそぎ、極大の稲妻が女媧の本拠で僕らを捕らえていた塔に直撃した。

 塔はあっけなく崩れ去って、森や石くれと同じように土へ還った。

 

 まつろわぬ女媧にして完全なる女媧は、万雷の禍いのなかで──絶叫した。

 

 

 

往古之時、四極廃、九州裂

(古の時、天を支える四極の柱が傾いて、世界が裂けた)

 

 

 それは唄だった。女神復権の祝詞であり、復讐完遂の呪歌だった。

 一節を紡ぐごとに空と大地の境界が砕け、洪水を呼ぶ女媧の唄が世界に満ち満ちた。女神の言葉をこの世の真実にするために、天は落ち、大地は裂け、人々は歓喜の歌を捧げた。

 

 

 

 

天不兼覆、地不周載、火熞炎而不滅,水浩洋而不息
 

(天は上空からズレてしまい、大地は割れ、すべてを載せたままでいられなくなった。火災や洪水が止まず)

 

 

 

 真円を描いていた青い星が……破れる。

 球状の惑星だったものは故事に語られる平らな土地へと変貌を遂げ、土地のあちこちで火の手が上がり緑は消えた。

 そしてその合間を縫うように洪水があらゆるものを飲み込んだ。

 

 

 

 

猛獸食顓民、鷙鳥攫老弱

(猛獣どもが人を襲い食う破滅的な状態となった)

 

 

 

 かすかに生き残った人々にも安寧はなかった。どこからともなく現れた渾沌、窮奇、饕餮、檮杌、鬼に竜……人では抗し得ない神獣と呼ばれる神の眷属が、容赦なく喉を喰い破り臓腑を引きずりだし引き裂いた。

 

 世界の神話のなかに散見されるハルマゲドンを代表とする終末神話の再現だった。すべてが崩壊していく様を誰もが例外なく指をくわえて見ているしかなかった。

 

 ひとつとなった大陸に巨大な亀裂が走っていく。地震とともに大地が盛り上がってまつろわぬ女媧の面貌を描いた。

 

 

於是女媧煉五色石以補蒼天 斷鼇足以立四極

(女媧は、五色の石を錬りそれをつかって天を補修し、大亀の足で四柱に代え、黒竜の体で土地を修復し、芦草の灰で洪水を抑えた)

 

 ずるりと大海から大陸(女媧)が引き抜かれた。

 女媧はゆっくりと浮き上がり、雲を掻き乱し、成層圏を抜け、宇宙へとたどり着くと、月を喰らった。

 

 女媧は月となった。月は女媧だった。

 偽りの月が顕現する。

 

 唇に位置する部分がわなないて、最後の一節が紡がれた。

 

 

 

 

上際九天、下契黄壚、名声被後世、光輝重万物

(女媧の功績は、上は九天に至り、下は黄泉に届く。名声は後世に伝えられ、光輝は萬物を照らす)

 

 

 

 ──ここに万物は女媧の手に落ちた。

 

 

 

 

 

 僕は月にいた。

 

 偽りの月のなかで僕はありとあらゆる物が破壊されていく様を微睡みと絶望の中で、ぼぅっと見ていることしか出来なかった。

 

 女媧に呑まれたあと僕がいたのは真っ白な空間だった。

 まわりには僕という存在しかいなくて、母の胎内でゆれる胎児のように身体を丸めて、ここにたどり着くまでの過去を思い出して無意味に後悔を重ねていた。

 

 情けなかった。

 無様だった。

 

 あの人の意思を継いだのに、願われたのに、望まれたのに、ひとつとして叶えられない僕がいっそうに情けなくて希死念慮に囚われた。

 

 ”──大丈夫。まだ希望はあるよ”

 

 優しげな声に振り向けば緋色の少女がいた。アマリリスだった。

 

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