緋色の王 太極の乙女【完結】   作:につけ丸

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18.月

 偽りの月から地球へ、僕らは飛翔した。

 

 まつろわぬ女媧の重力を振り切って。

 

 だけどあのまつろわぬ女媧が僕らの叛逆程度で滅びることはない。

 

 確かに僕たちは捧げものを奪い返した。それは時間さえ飛び越えて、贄になった過去のアマリリスを奪い返していた。

 

 それを受けてなお女媧は健在。

 完全なる女媧は世界の主にして万物の造物主。因果の逆転が起きようと呑み込めるほど強大な存在だった。

 

 宇宙は無音の空間で、でも轟音の変わりに不気味な波動を背に聞いた。

 

 ”アキ! 来るよ!”

 

 まつろわぬ女媧が視界を覆い尽すほど巨大な光線を射出したのだ。いや、よく目を凝らせば密集したおどろおどろしい腕の塊だと気づいた。

 

 「無茶苦茶だ!」

 

 悪態をつかずにはいられない。前回戦った時にみせた影腕の剣山などアレに比べればかわいいものだ。

 逃げ場はない。

 

 「まだだ!」

 

 これくらいの逆境、乗り越えてやる。

 

 もう敗北主義者になるつもりは毛頭なかった。あれは一度切り抜けたことがある……なら。 僕はひと息に自分へ潜りこみ、途端に世界から虚ろになった。

 

 ”──それじゃあダメ”

 

 以前と同じように魔術を行使しようとしてアマリリスの諭す声が聞こえた。

 

 ”自分だけ騙すだけじゃ、どれだけ逃げても文字通り世界を牛耳る女媧に捕まっちゃう。騙すなら自分も──世界も!”

 

 僕の才能とはつまり自分の書き換えに等しかった。自分という色を消してまっさらなキャンバスにかえ、誰かの色で染め上げる。

 

 ……けれどそれでは、足りない。同じ手は二度も女媧には通用しない。

 

 自分を書き換えるだけでは不十分なら僕が選ぶべきは世界を書き換えなければならない──事象の書き換えを望まなければ。

 

 無理難題にもほどがある。でも擬似的に"神の子"となり、全能者となった僕にならできるはずだ。

 

 

 自己が虚ろになって消えていく。

 

 僕の肉体が露と消えた。

 

 身体がほどけて、記憶がとけた。

 

 

 あれ、ぼくは──いったいだれだった? 

 

 

 ”大丈夫”

 

 ”あなたの傍にはわたしが付いてるから、消し去ってしまった自分を、再定義するの”

 

 ”──さあ思い出して、あなたが何者だったのか”

 

 

 きれいなこえにいわれるがまま、ぼくはあたまをひねった。

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 

 「そうだ、思いだした……」

 

 僕は()()()()。14歳の日本人で、中学生だった。

 それに僕には家族がいた。お父さんにお母さん。妹だって二人もいた。

 せせこましいアパートに家族5人で住んで、いつもテレビの取り合いをしたり兄妹三人を押しこんだ子供部屋をうばいあったり、でもゲームの最新機種はいつも買ってもらえて、なに不自由のない暮らしを送っていたんだ。

 

 僕は学校に通う学生だった。

 成績はそこそこで、内申点をいつも気にしていた。ちょっと偏屈だったけど友達だっていて、気が休まる時がないくらい騒がしくて、楽しかった日常を、思い出せる……僕の顔だってしっかり思い出せる。

 

 「過去はちゃんとあったんだ……」

 

 

 皮肉なものだった。

 何者でもなかった僕は何者かであった"僕"を見つけることが出来なくて、何者かへなろうとしたとき何者だったのか思い出すことができたんだから。

 

 

 「でも……ごめん」

 

 これじゃダメだから、僕はあなたたちを()()()()。僕は求めていたはずの過去をあっけなく捨てた。

 指先からキラキラとした光が、虚空のなかへとけていった。思い出のすべたが色素をうしなって灰色へ染まった。

 

 少しだけ寂寥感をのこして、でも僕は振り向かなかった。

 

 過去の自分では彼女を……アマリリスを護れないから。

 

 今の僕のとなりには何よりも大切なアマリリスがいるから。

 

 

 だから。

 

 

 僕は誰かだった田中秋文でも、誰でもない(アキ)でもなく──アマリリス、君のたどり着けなかった(アキ)になる。

 

 アマリリスは春と夏に咲く花だ……だから季節の半分は冥王(プルート)のそばにいた。

 

 でも彼は僕に役目を譲り渡した。

 

 プルートーのいないペルセフォネを実り豊かな秋へと導く。

 ()だって乗り越えられる君へ──未来永劫、君と歩み続けていたいから! 

 

 意志を横溢させると、希薄だった意識が急速に上昇をはじめた。周りの景色がおもしろいように後ろへ飛んでいき、平たい土地へぐんぐんと近づいていく。

 ……光や稲妻にでもなった感覚だった。

 

 ”──そうだよ、わたしたちはその領域にまで到った”

 

 ”速さでも、時間でも、なんでもいい。たどり着くまでの過程を極限まで縮める事によって、わたしたちは()()()

 

 ”これこそ神々と羅刹の王にのみ許された神域の速度──神速

 

 ”あとは秋がどこへ行きたいか決めるだけ。それでわたしたちの()()は完成する”

 

 

 「なら、僕が"僕"になったときにもう権能は完成していたんだね」

 

 「だって行きたい場所なんて最初からひとつしかないから」

 

 

 ──地球に降り立った。全身を縛める重力が心地いい。

 僕が行きたかった場所はスミスと別離した場所で、僕がいる場所は森だった形跡がなにもない荒れ野だった。でも僕にはここがあの場所だと確信した。

 

 僕は走り出した。

 周囲にはかつて山海経に綴られた妖魔や神々を彷彿とさせる神獣の群れがひしめき跳梁跋扈していて、まつろわぬ女媧の敵たる僕の道を阻んだ。

 

 「アマリリス」

 

 ”うん!”

 

 羽を広げて四方八方に羽根をまき散らした。それは円を描くように広がって、神獣たちを阻む壁となった。この羽根は異教の悪魔を滅ぼしてきた聖なる神から授かったもの、だったら破邪の性質をもっていて当たり前だった。いくら人間じゃ太刀打ちできない神獣でも一時の間、足止めする壁になる。

 

 僕はひたすら走った。

 消耗がひどい……うまれたての身体で、無茶をやったんだ。まだ元気に走れているのが不思議なくらいだった。

 

 

 「ここだ!」

 

 僕は直感的に目的の場所を探りあてると意思を流出させた。地面にクレーターかと見まがうほどの大穴が開く。

 女媧のもたらした年月の長さは、大量の土砂が堆積するには十分な時間だった。

 

 もう女媧は成層圏にたどり着いている。急げ。

 僕は開けた大穴にとびこみ、その最奥に転がっていた──()()()()()を拾い上げた。

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