月は……いや、空は女媧だった。
まつろわぬ神は強大すぎて対抗する手段は限りなく少ない。けれどこの手にもつ銃は、神の喉元へ刃を突き付けられる類まれな鉾だった。
だが完全なる女媧はただの神より位階が違う。
まつろわぬ神を弑逆できる十分な力をもった武器でも、いまの女媧を討滅するには至らない。
「女媧! 今こそ悪因悪果を償うときが来たんだ!!!」
だけどスミスの銃なら……いや、スミスの権能なら可能性はあった。
「あなたは新たな世界を創るために何度──
女媧の創成には幾星霜の時がながれていて、月が何度満ち欠けしたかなんて数えるのも馬鹿らしい数になっていた。そしてスミスがアルテミスから簒奪した権能は、月の満ち欠けによって銃弾が増えていく。
だけどスミスの権能には最大6発という制約が存在した。
だから僕は全能の力で覆す。
全能である僕なら月の満ち欠けさせた因果を……天地創成した女媧へ因果を返せるはずだった。
天の女媧が雲を突き破って、僕を吞み込まんばかりに大口をあけ手を伸ばした。
僕はその光景を仰ぎ見ながら、恐れることも、逃げ出すこともなかった。
「あなたは恐ろしかったんだ……」
「どれだけ痛めつけようと、どんなに時間が流れようと。そして死してなお、決して朽ち果てないスミスの意志が……人間の魂が!!!」
「だからこそあなたはスミスを倒したとき、すぐに僕を喰らわず
「その性根は”究極の一”になっても変わらない!
「僕には……──
女媧に何度も恐怖と絶望を味わされた僕だからこそ見抜けた、まつろわぬ女媧の恐怖。新生する前から決めていた。まつろわぬ女媧をたおすのなら女媧が唯一恐れていたあの銃しかないと。
だから……!
内に残ったすべての力を一発の弾丸へと変えた。
銃を持ち上げる力すら残っているか疑問なほど掛け値なし全精力を。
恐ろしいほど力を秘めた弾丸が精製され、僕は膝をついた。
新生したときには掬っても掬ってもなくなる気がしなかった臍下丹田に脈動していた力の泉が、今は掘りつくして枯れてしまった井戸のようだった。
でも保険なんて許してくれるほど、まつろわぬ女媧は甘い相手じゃないと骨の髄にまで刻まれている。
いつだって全力。ダメだったら後から考えればいいっ!
「ごめん、アマリリス」
「勝手に命を使ってしまって……でもスミスの想いを、僕の命を、次へ繋ぐために──僕は!」
ホウギィィィィィ
ワレヲォアイセェェェ
女媧はまだ僕に捧げさせようと狂していた。もう時間がなかった。
早く、撃たなくちゃ……。
でも意識は消えかかって、肉体は限界を迎えていた。なにも不思議なことじゃない。
万物の主である女媧への反逆。
事象の改変に神速への到達。
神獣の封じ込め。
神殺しの弾丸の精製。
どれひとつとっても人には前代未聞の難事で、それを10分にも満たない時間で繰り返したのだ。
そのツケを払わなければならなかった。疑問を挟む余地なんてない。
だけど、まだ……まだ終わっちゃいない!
「まつろわぬ女媧……僕はお前を愛さない。僕が、愛するのは……故郷の家族に、友達と……──うぅん」
それはダメだ。僕はあの時、過去を捨ててしまった。だからそんな言葉を吐くのは許されない。
力の一切を使い切ってしまったから羽根の力が失われた。
神獣たちが猛然と走り寄って、僕を吹き飛ばした。体がバラバラになったかと錯覚するほどの衝撃が襲った。
スミスの仮面がはずれて緋色が舞った。視界が霞む。ミイラかと見まがうほど細くなった腕を無理やり酷使して、銃を持ち上げようとした。
「僕が……愛するのは、
神獣の牙が襲う。
ぶちりと音がして両足が食いちぎられていた。活力が急速に消えて、手の銃が重くて支えきれそうになかった。
あとちょっとなのに……僕は最後の最後で!
のどが動かず嘆くこともできなくて、悔しさで幼子よりか弱い力で銃を握りしめた。
ふと……後ろから誰かに手を添えられた気がした。銃口がゆっくりと持ち上がって中天を向く。
──Lock,stock, and barrel.
ぶつけれやれすべてを──
渾身の力で引き金を引いた。
「ジョン・プルート・スミスッ──あの人だけだッ!」
砲身から極大の光弾が解き放たれ、偽りの月は真なる月光に呑まれ──