緋色の王 太極の乙女【完結】   作:につけ丸

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20.審判

 まどろんでいた。

 

 空は晴れていて、久しぶりに青空の日差しをほほに感じていた。

 いい天気だね、というアマリリスの声が少し遠く聴こえた。

 

 ”ごめんねアマリリス……僕の命は君の命でもあるのに。女媧を倒すためとはいえ僕が勝手に使ってしまって……”

 

 ”そんなことないよ。だってあなたはわたしだもの、だから後悔も、恨むこともしてないよ”

 

 ”それに言ったでしょ。わたしたちが生きてるこの歩んできた道こそどうしようもなく正解なんだって。あなたの選択は決して間違いじゃなかったの”

 

 ”だってほら──”

 

 

「あらあら。新しい私の子はとびっきりの変わり種みたいね」

 

 

 落ちていきそうな意識を可憐な声がつなぎ止めた。誰だろう。

 

「はじめまして、わたしはパンドラ。

 あらゆる災厄と一掴みの希望を与える魔女、そしてすべてを与えるものよ……ふふ、なんのことか分からないって顔ね」

 

「でも私はあなたの軌跡をすべて見ていたわ。

 あなたが足掻く姿を、足掻いて足掻いたその先で神殺しを為した姿を」

 

「自分を知らないあなたが未知の世界に迷いこんで、惑わされ悲劇に遭い右往左往しながらも、それでも自我と最良を必死に探し続けた。

 頼るべき王と出会い、勝利を得たけれど、その先に待っていたのは酷薄な真実と破滅に別離。

 自分と他者との価値観にゆれ、最後には自分を見出し、強大な敵へ立ち向かった。

 1度は敗北して、全てが崩れ去ってしまったけれど希望を手にしそろりそろりと歩みを進め、そしてあなたはついに到った……!」

 

「本当なら全能者なんて、人から外れて"神に連なる者"って言っても過言じゃないあなたを私の義息に迎えるなんてこと、すっごぉぉぉく悩んじゃうんだけど……でもね」

 

「──おめでとう。頑張りつづけたあなたへ私は最高の祝福を送るわ!

 私は傍観者で、ただ見ていただけ。

 けれどだからこそ私はあなたに裁定を下せて、あなたへご褒美をあげれちゃう!」 

 

 

「これよりあなたは新生するわ!

 災禍を詰められた蠱毒の壺に迷いこんだ貴方は、絶望の果てに最後に残った希望(エルピス)を掴みとる権利を得たのだから! 

 さぁ、偉業を成した彼に祝福を! 大罪を犯した彼に怨嗟を! 神殺しを為した彼を言祝ぎ呪う祝福と憎悪の言霊を与えてちょうだい!」

 

 

 

「──口惜しや」

 

 

 声には聞き覚えがあった。ただ声の主に思い至らなかったのは、その声を僕がまともに聞いたことがないからだった。

 

「妾にまつろわぬ性がなかったならばそこな小娘の場所には、妾がおったであろうに……」

 

 声の主は女媧だった。

 僕らの前に現れた女媧に狂気はすこしも感じ取れなくて、手放しに美しい女神だと驚嘆した。不遜さと慈悲深さを器用に両立させたいまの女媧こそが真の姿なのだった。

 ただ、いまの女媧に力はほとんど感じなくて、もう幾ばくもせず去ってしまうのだろうと悟った。

 

「そなたらは天地開闢、人類創造、文明教化をなした比類なき太母たる妾より権能を簒奪する。そして妾の死によって妾という軛は壊され、そのあとに待つ渾沌と破壊がそなたらを苛むであろう。

 ならば我が権能、血肉と変えよ。

 そしてそなたの身体は一度は妾に捧げられ、妾が産み落としたもの。我が子にして忌々しき怨敵よ。ゆめゆめその駆体を傷つけることのなきよう……妾とふたたび相まみえるその時まで」

 

 

 女媧の言葉はまつろわぬ性を喪ってなお、鋭いものだった。けれど僕には"また会うまで壮健であれ"と、そういっている気がした。

 

 わだかまりや思うところが消えたなんて決してないけれど、なんだかおかしくなって僕が小さく笑うと、女媧はどこかすねたように顔をそらして空へ消えていった。

 

 あるべき場所へ、神話の世界へ帰ったのだ。

 

 

 後に残ったのは僕たちとパンドラと名乗った少女だけだった。

 

 "パンドラ様。このたびはかつて強大な太母神であられた御身に拝謁の栄を浴し、まことに歓喜の極みにございます。ですが僭越ながら問いただしたき儀がございます。

 もしやわたしと秋はかの羅刹王とならぶ、恐るべき王たちの末席を占める運びになったのですか?"

 

 アマリリスがパンドラの前にでてどこか厳かな雰囲気で問いかけた。今のアマリリスは僕のそばから離れていて、どこか幽霊のようだ。

 

「ええ、私と似た神性を宿すものよ。どのような経緯があっても神を殺した事実は変わらないもの。ふふ、アマリリスといったわね。そんなに畏まらないで、あなたもこの子だというのならわたしの義息同然だわ」

 

 彼女のピンクの髪とアマリリスの緋色の髪が揺れてどこか姉妹のようにも思えた。すべてを与える者とすべてを捧げる者、たしかに似ているのかもしれない。

 パンドラの答えに絶句していたアマリリスの代わりに僕が問いかけた。僕たちはいったい何になったのかと。

 

 

「神殺しの魔王よ、今風にいうならカンピオーネってやつかしら? それは後々だって知れることよ。

 さて用も済んだことだし、帰らなくちゃ。もっとあなたたちとおしゃべりしていたいけど、色々と制約が面倒なのよ。神話の世界から出張してきてるし、私も一応神様だし」

 

 大雑把な人だなぁ、と心でぼやきつつ、良くしてもらったみたいでありがとうございました。

 僕がお礼をいうと、パンドラは微妙な顔をうかべた。え、なんで。

 

「アキはイイ子ね。ちょっと今後が心配になるくらい……。

 そうね、ちょっとだけお節介しておこうかしら? 

 いまあなたがいる世界はね、女媧様が大暴れしちゃったせいで元の世界から切り離された、いわば平行世界みたいなものよ。それに女媧様は時間まで狂わせちゃったから時間軸も数億年くらい未来なんじゃないかしら? 私は神と人のいるといころには必ず顕現する権能があるからそんな問題じゃないんだけど」

 

「え?」

 

 爆弾を落とされた。

 

「でもね、よく聞いて。世界が切り離されたのは確かにあの子が消えてしまったあとよ。でも私はスミスやアニーのママでもあるから、分かるの。あの子はねきっとどこかでひょっこり生きてるわ」

 

「それって!」

 

 詳しく問いただそうとしたけれどパンドラは笑うだけで柳のように躱されてしまった。

 

「私は面白くなるようちょっかいはだすけど、基本的に傍観者なの。知りたいなら自分でね」

 

「じゃあアキ、アマリリス。ママは帰るわね。……ふたりともその掴んだ手を離さないように」

 

 そういって微笑み、パンドラも女媧と同じように消えていった。

 

 

 あとは僕らだけが残った。

 僕たちの戦いは終わったのだ。 

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