壊れてしまった彼女をこれ以上を壊さないように。
彼女がもうなにもささげなくていいように。
僕はその一心で"神様"にささげつづけた。
時には左足を。
時には鼻を。
時には歯を。
時には髪を。
時には皮膚を。
無力感。不安。あきらめ。こころの負を払拭しようと僕は僕をささげた。
けれど"神様"は、僕からうばっても、彼女からもうばうことはやめなかった。
……それから幾度か"夜"がおとずれた。
僕にあったはずの四肢はいつの間にか左腕の一本しかなくて、かわのはげたイモムシじみた姿をしていた。
横たわる彼女は呼吸ばかりで、ずいぶんと会話をしていなかった。
僕は這うように彼女のとなりに向かう。
引きずるとむき出しの皮膚が灼けるほど痛かったけど、僕は痛みを"いたい"と感じなかった。
僕がささげるからキミは大丈夫。
毎夜のささやきが、僕と彼女のあいだに転がった。
僕がささげるからキミは大丈夫。
僕がささげるからキミは大丈夫。
僕がささげるからキミは大丈夫。
僕がささげるからキミは大丈夫。
何度も何度もくりえした。毎晩毎晩くりかえした。
彼女に見てほしくて、聞いてほしくて、褒めてほしくて。
僕が、キミにすべてをささげるから、キミは大丈夫。
「アキ」
はじめて彼女が返答した。彼女はゆるゆると僕のほほに残った手を添えた。
「あなたがわたしにささげてくれるなら、わたしはわたしのすべてをあげるから」
「だから、どうか、きずつかないで」
アマリリスは無機質な笑顔をうかべて笑った。
時間も感情も、僕から遠ざかった。
アマリリスは狂った人形だ。僕は断じた。
人のこころをどうやってか垣間見て、欲しがるものを与える。そういった機能をもった人形なのだ。
だってほら……さっきの言葉だって僕が何よりも求めていた言葉と、一言一句変わらないんだから。
空に消し飛んでいた僕の意識がもどってきたとき、僕のゆびは彼女の喉をおさえつけていた。
あはは。あはは。──ころそ。
家の玄関を飛びでるように、僕のこころは軽やかだった。
でも直ぐに……違和感が生まれた。
喉の脈がなかったのだ。
呼吸は、している。
熱も、あった。
僕はいまさらながら彼女は人間じゃないと言う真実を本当の意味で理解した。
彼女は人間などではない。ただの血の通わぬ人形なのだと、僕は悟ったのだ
正気にもどった。奥歯を砕いた音がして、正気に戻る音がした。
”ぁぁ…………あ゙ぁぁあ゙あ゙あ゙あぉぉあ゙あ゙あ゙あ゙………………”
けもののうなり声は、たしかに僕で、それまでけもの以下だった僕にとっては高尚な叫び声だった。
すべてを与えるアマリリスは正常で、壊れていたのは僕だけだった。
ヒーローはあらわれない。
僕は鉄格子にすがりついて声なき声をあげた。
神様、お願いします。
僕からすべてを奪っていいですから、どうか彼女からもう奪わないで上げてください。
神様、お願いします。
僕からすべてを捧げますから、どうか彼女から奪ったすべてを返して上げてください。
僕の祈りは真実、雷鳴となって風雨をよんだ。
夜と北極星しかうつさなかった丸窓からは、雲とそれをまとう月が僕を見おろしていた。
ほうけていた僕に、睡魔がおそってきた。
"夜"だ。
ああ、これで……。僕はかすかな安堵を胸に、目をとじた。
──目が覚めると、すぐに失っていたはずの部位に感覚が戻っている事に気づいた。
彼女もいた。それも出会ったばかりの姿で。
僕は嬉しくなって笑顔になった。
"神様"はわるものではなかった、本気でそう思った。
彼女も笑顔をうかべてくれた。
それは見なれた無機質な笑顔じゃなくて心からの笑み。
そう。
アマリリスは僕で、僕はアマリリスになっていた。