僕が"僕"を認識できたのは半日がたったころだった。
こころを壊せるなら、壊したかった。
記憶を消せるなら、消したかった。
死ねるのなら、死にたかった。
でも自傷も、嘔吐も、泣くことも、僕はしなかった。できなかった。
この美々しく人間離れした身体はアマリリスのカラダで、もう僕が自由に使ってはならなかったのだ。
彼女は言った。"きずつかないで"と。
そう言い遺したのをおぼえている。
それを翻してまで傷つけることも汚すこともできるはずがない。
ただ心だけが僕のもので、だからひたすら責め続けた。
水鏡の中にいる
緋色の髪。空色の目。白い歯に薄く艶やかな唇。ほつれた薄い服からのぞく均整の取れた肢体。まさに美の黄金比を備えた作り物だった。
彼女が僕になって、より近くで認識することで思い知らされた。
──アマリリスとは神に捧げられるべくして生まれた人形である。全てを捧げることを定められた神の供物である。
言葉が、不意におちてきた。
なにをいってるんだやめろ。彼女は"人"なんだ。
でも僕の理性とは対照的に、本能はそれを肯定した。血の通いはじめたアマリリスという彫像が。僕の男としての部分をからめとる。
アマリリスにはきっと、人間には知覚できない美しさがあったのだ。それが僕という俗物がまじって、僕たちの位階に落とされた。
唾を嚥下すると……いままで気づかなかった部分が反応を示した。
下半身だ。僕自身勘違いしていたのだが完全に女性の体になった訳ではなく下半身には陰茎が付いていた。
いわゆる両性具有。
おそらく以前の彼女にはないもので、僕にはあったものが主張をはじめていた。
”……う、……ぁえ”
戸惑いがもれ、羞恥と怒りでほほに熱がおびた。
彼女の手でそんなものに触れるわけにもいかず、僕は右往左往をくりかえした。
だけど、ふと閃くものがあった。
"ここ"だけは彼女じゃなくて、僕なのだと。
記憶のなかの彼女はまちがいなく女性のカラダをもっていた。
それに見覚えもあって。
きっと、僕はもう正気じゃなかった。
立ちあがった僕は檻のなかで走りだすと、そのままその部分を壁にしたたかにうちつけた。
絶叫。そして情けなく、うずくまった。
自傷行為は結局、くりかえさなかった。
痛みもある。けれど、かすかに残ったジブンが消えてしまう……そんな恐怖がなにより拒んだ。
情けなくて心をころした。
なにも聞かず、なにも映さず、なにも考えず、呼吸だけをくりかえした。
なにもできない僕は、なにもしないをえらんだ。
そして。
かなしみなんて関係なく──"夜"は、きた。