緋色の王 太極の乙女【完結】   作:につけ丸

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5.法王

 あれからジョン・プルート・スミスと名乗った青年にたすけだされた僕は、神様によって閉じこめられていた場所から逃げ出すことに成功していた。

 

 囚われていた場所は高くそびえる塔だった。

 遠くはなれたはずなのに、僕を見おろすのをやめない塔。

 

 あそこにはまだ神様はいる。なら、きっと神様とはふたたび会うことになる。

 確信があった。

 

 塔から大きくはなれて、言葉もなく座りこんだ。

 

 

 「遅れてすまなかった」

 

 座ってからすぐにスミスは小さな謝意を僕にかけた。

 

 言葉を返せなかった。となりに腰かけたスミスは、ケープを肩にかけてくれた。

 

 

 ”……アレは一体なんですか。”

 

 感謝も、喜怒哀楽も、すべて無視して、いの一番に疑問をぶつけた。

 

 

 スミスの答えは僕の震えが止んだころにやってきた。彼は"神様"を知る者だった。

 

 神様とよんでいた影は、正真正銘の【神】

 スミスは断言した。

 

 そして神様の正体は【女媧】

 それが神様の名だという。

 

 荒唐無稽な話も、僕は受け入れることができた。だってこんな非日常、どう説明すると言うんだ。逆に納得したくらいだった。

 

 女媧。正直あまり聞き覚えのない神様だ。

 これがゼウスやロキなんていう馴染み深い神々ならともかく、どんな神様なのか見当もつかなかった。

 

 

 彼は女媧を【まつろわぬ神】とよぶ。

 人に災いを運ぶ神の総称で、ときおり神々は神話から抜け出してしまうらしい。原因は分かっていない。そして厄介なことに現実世界に現れた神は歪んで、神話に当てはめられた姿とは大きく乖離してしまうらしい。

 慈悲深い神でも人に災いをもたらす、といった具合に。

 

 

 女媧、まつろわぬ神。言葉を転がした唇を噛みしめると、膝を抱えた腕に力がこもった。

 

 

 知らなければならない。僕をこんな目に合わせた張本人を、知らぬ存ぜぬで済ませて起きたくなかった。

 

 女媧のことを聞き出そうとする僕にスミスは答えず、ただ一言、()()を使えばいい。そんなアドバイスを送るのみだった。

 

 

 霊視? 僕が訝しんだ瞬間だった……──霊視が降りたのは。

 

 女媧。山海経にも記される人首蛇身の女神。

 中国全域に広く信仰をあつめる神で、諸神話と習合し信仰を獲得するなかで人間創造、天地開闢、文明教化をえて慈悲深さをもった救済の女神としての地位を確立する。 

 "大洪水によって伏羲女媧兄弟だけが生き残り、天意を伺った二柱は婚姻した"

 この神話は女媧自らが婚姻制度を率先して完成させたものである。

 先史時代の母系社会は雑婚であり、親戚関係や婚姻関係はいっさいなかった。そのため女媧はふたたび人類が繁殖していけるよう婚姻制度を定め、それによって女媧は文明教化の相と人類に倫理と授けることとなった──。

 

 

 知らない知識が流れんで、そのそばから僕は口から吐き出していた。激流のような知識と頭痛を堰き止めたころには焚火の薪の大半が炭へと変わっていたころだった。

 

 「霊視が降りたか」

 

 僕のささやき声が聞こえていたらしいスミスが呟いた。

 

 戸惑う僕に彼は労わるような声音で、さっきの現象を詳らかに教えてくれた。

 

 霊視とはアカシックレコードと呼ばれる場所から知識を抜き出す技能だという。

 神話や逸話にたびたび姿を現す、巫女や神官が使う超常的な力のひとつだそうだ。

 

 

 決して凡人には使えないような力を前に、己の体は彼女のものへと変わってしまったのだなと一抹の寂しさを覚えた。

 

 

 それに女媧のことだ。

 汲み取った知識の女媧は、天変地異すら起こしてしまえる神様だった。それが僕らのまえに現れたというのなら、抗うのは不可能じゃないかと寒気をおぼえた。

 

 

 まつろわぬ女媧は万全ではない。

 僕の暗い表情になにかを悟ったのかスミスが少しだけ明るい声音で言った。まるでそこに活路があるというように。

 

 どうやらまつろわぬ女媧が降臨する場所に、彼は居合わせていたらしい。神の降臨には必ずといっていいほど贄が必要となる。

 

 スミスはそこを突いた。

 

 降臨を邪魔されたまつろわぬ女媧は、贄を満足に得ることが叶わなかった。

 

 だからまつろわぬ女媧は万全ではなかった。

 あるべき肉体が存在せず、精神のみで存在する、幽霊のような状態だという。

 

 しかし万全ではないからこそ、完全を求めて贄を欲する怪物となってしまった。

 

 

 ”欠けている肉体を埋めるために僕らを?”

 

 僕の問いをスミスは肯定した。

 

 だがひとつ問題があった。スミスは肯定とともに真実を語った。

 

 

「実体をもたないまつろわぬ女媧に、──実体のある贄は、贄足りえないのだ」

 

 

 つまり僕らが精神や無機物を摂取できないように、まつろわぬ女媧もまた肉体や有機物を摂取できない。そういった隔たりがあった。

 

 「……しかし女媧は不完全でも神。例外がある」

 

 スミスの少し躊躇いがちな言葉に、僕は気にしないで欲しいと促した。

 

 その条件とは心のそこからささげたいと願ったとき。その時だけ、女媧は肉体と精神を一度に喰らうことができる。

 

 つまり、あのときの僕たち。

 

 

 アマリリスは求められるまま総てを捧げようとして、僕はそんな彼女を見たくなくて、アマリリスと一緒に捧げものを差し出した。

 

 僕たちは僕たちに捧げあったのに、結果的に女媧に捧げものを送る形になっていた。こんなバカな話があっていいのか。

 

 

 アマリリスは捧げるだけの生に、幸せはあったのだろうか。彼女の生に、なにか意味があったのだろうか。

 

 僕はフラチな考えをぬぐえずにいた。

 

 アマリリスは女媧が求めたから現れた。そこにアマリリスの意思はなくて、ただ求められていたから。最後まで彼女に幸福だった時間を感じ取れなくて、僕のこころは沈んだ。

 

 でも、彼女は、もとめられた。

 

 

 まぶたを強くつむって、目をあけた。

 

 

 ”ここってどこなんですか?”

 

 アマリリスへの思考を打ち切って僕はまた問いかけた。

 

 焚き火の火で仮面を橙にゆらす彼は、アメリカだ、とこたえた。

 

 僕は目を丸くした。

 

 まずアメリカという場所だ。

 故郷の土地がどこだったか思い出せなかったけけど、アメリカという国は遠い国という覚えだけはあった。つまりここは故郷からかけはなれた場所で、僕はそんな場所へ喚び出されたのだ。

 

 神のみがもつに相応しい強大な力を行使すればこそ可能な芸当だった。

 

 スミスは【権能】と呼び、権能は神々やそれらと同格のものたちのみがあつかえるシロモノで、権能をつかえば地球のうらがわから人をよびだすも造作もなかった。

 

 

 僕にとってはひどく縁遠いものだ。

 

 ”すごい力ですね”

 

 僕はここにきてはじめて笑った。

 

 僕が笑うと、スミスもすこし安堵したようにみえた。……仮面の下がどうなっているのか、わからなかったけれど。

 

 

 スミスは気障ったらしい挙措で姿勢を正し、僕を見つめた。

 

 「なにはともあれ。君が無事でよかったアマリリス」

 

 「女媧に連れ去られたのは不運だったが、以前の人形だった君とは見違えるほどの変化したのは、喜ぶべきかもしれない」

 

 「──()()()()()()()()()

 

 

 喜ぶスミスのことばに、目の前が真っ暗になった。

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