緋色の王 太極の乙女【完結】   作:につけ丸

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6.恋愛

 アマリリスとスミスは面識があった。経緯は僕の知るところではないけれど、彼は、アマリリスとどこかで一緒にいて言葉も交わしたはずだった。

 

 ”……あの、聞いてください”

 

 僕は彼のバイザーの奥にある目を見据えた。

 

 この身体が女性(アマリリス)だったころを知っている人だ。

 そんな彼にあの塔で起きた事を黙っているのは、あまりに不義理であった。

 

 

 「君はきっと長い間、あの牢獄に押し込められていて混乱しているのだろう……。私はもっと早く君のもとへ来るべきだった」

 

 最初スミスは僕とアマリリスとの過去を信じようとしなかった。

 僕自身、過去の記憶が曖昧で説得力がかけてしまったのもあった。だからだろう、別人格を形成してしまうほど追い詰められた、そう考えたスミスは悔いるように拳を固め、彼の言葉に僕も弁明に必死になった。

 

 ”ち、ちがいますっ! その証拠にほら、コッチもちゃんと付いてますし!”

 

 男同士だからと僕はズボンに手を掛けて、彼に腕づくで止められた。

 

 「い、いや、わかった。わかったから少し落ち着きたまえ」

 

 瀟洒な姿勢を崩さなかった彼がこればかりは動揺していて、僕としても顔から火が吹きそうだった。

 

 

 何度目かの説明で、スミスはやっと信じてくれた。

 

 「……重ねて、すまなかった」

 

 話終えると彼は3度目の謝意を口にした。もう余裕の含まれていないのが表情を見なくてもわかるほど苦り切った声だった。

 僕は否定も肯定もせず、ただ夜風に揺れる橙を見つめていた。

 

 

 「私はアマリリスと旅をしていた。一緒にいた君も分かるのではないか? 彼女がどんな存在だったか」

 

 頷く。

 アマリリスの異質さはよく知っていた。

 

 

 ”アマリリスはすべてを捧げてしまう人でした。命を削ってもかまわずに”

 

 「君はアマリリスを人と呼ぶのだな……」

 

 「アマリリスは望みを汲み取って叶えようとする性質をもった存在だった。人形と変わらない無垢な彼女に善悪などなく、手当たり次第にな」

 

 ”人形って……アマリリスは歴とした人間でした。少し変わってたけど、僕を助けてくれた人間でした”

 

 アマリリスは人形じみていた。

 でも人形と断言されるのは納得いかなかった。

 

 

 「いいや彼女は人形だ……だったと言うべきかな」

 

 それでもスミスは翻さなかった。

 

 「だから私はアマリリスに感情を植え付けようとした。人格を形成すれば力の制御もある程度可能だろうと踏んでね」

 

 「春から夏への数ヶ月。私とアマリリスは旅をして、国々を周り、人々と触れ合わせ、人間と同じように扱った」

 

 スミスの語る言葉の端々に彼とアマリリスの共有した過去を思わせて、在りし日をのぞいた気分になった。僕は最初、スミスはアマリリスに冷たい感情ばかりを向けていると思っていた、でも今ではわからなくなった。

 

 

 「アマリリスは私にとって……いや。アキくん、と言ったな。女媧は君を"ホウギ"と呼んだ、そう言っていたね」

 

 過去を振り返るのを止めた彼は、人が変わったようだった。

 仮面の奥には強かさと怜悧さを兼ね備えた光があった。

 

 戦士の目だった。

 

 ホウギ。

 微かに認識できたまつろわぬ女媧の呟き。でも確かに女媧の口から出た言葉だった。

 

 僕が頷くとスミスは得心したように腕を組んだ。

 

 なにか分かったのだろうか、と不思議がる僕にスミスはすぐに気づいた。

 

 前提として女媧は不完全な存在だ。スミスの言葉に"万全ではない"とさっきもスミスが言っていたことを思い出した。

 

 ”女媧の完全な姿って、いったい何なんです? 単純に肉体をとり戻しただけでいいんですか?” 

 

 「そうだな、身体をとり戻しただけでは女媧は完全へとは至れないだろう。

 ……ここからは私の推論となるが、中国において女媧は現代に至るまでメジャーな神だ。そして遺跡などから発掘された絵図に描かれる女媧は、兄弟にして夫たる【伏羲】と絡み合う姿で描かれることが多い。

 そして伏羲は、庖羲(ほうぎ)という名ももっている。まつろわぬ女媧のいうホウギとはこの神を指していると考えて間違いないだろう」

 

 伏羲。それがまつろわぬ女媧の言葉の正体だった。

 

 

 ”でも、なんで僕を伏羲だなんて? 僕はただの人間ですよ……いまはちょっと違いますけど”

 

 「女媧という神の神話の枠組みは【道教】だ。そして道教の思想に【陰陽太極図】がある」

 

 スミスは地面に二匹の魚みたいな形をした絵を描いた。

 

 「この図が示すのは対となる二つの要素の関係性だ。陽がどれほど強くなっても陽の中に陰はあり、いつかは逆転しうることを示している」

 

 「これを女媧に当てはめると、女神である女媧は"陰"の相をもつことになる。そして対であり男神である伏羲は"陽"の相をもつ」

 

 「女媧のなかに伏羲はあって、伏羲のなかに女媧あり」

 

 「伏羲を内包した【陰陽一体】こそ完全なる女媧の姿なのだ」

 

 

 僕はふと気づいた。

 まつろわぬ女媧は不完全で、幽霊のような存在だった。まるで影のようで、温かいものがなにもなかった。

 

 ”……つまり、伏羲を求めているまつろわぬ女媧には陽の相がない?”

 

 「おそらくな。私がまつろわぬ女媧の降臨に介入した影響だろう」

 

 ”でも、なぜ僕を?”

 

 

 スミスは僕に視線をよこそうとはしなかった。ただポツリとつぶやくように推論を語るのみだった。

 

 「両性具有は神話において大きな意味をもつ。

 そもそも奇形とは信仰の対象になりやすいものだ。ましてや二つの性を備えた両性具有は古代では精霊にも等しい存在だったと考えられている、完全な存在として信仰をあつめたほどに」

 

 「君はまつろわぬ女媧によって両性具有になり完全となった」

 

 「自覚は薄いだろうが君は"君"であるだけで"完全性"という神性を持ってしまっているんだ」

 

 それは女媧にとって喉から手が出るほど欲していもの。

 おそらくまつろわぬ女媧は僕を伏羲に仕立て上げ、交わる事で復活を果たそうとしているのだ。

 

 

 絶句した。まつろわぬ女媧の悪辣さと狡猾さに。

 

 ”あんな、知恵なんてなさそうな化け物なのに……”

 

 知性を感じさせない女媧は神というより妖怪じみていて、しかし僕らを苦しめることには悪魔じみた狡猾さを持っていた。

 

 「神とは、理性を失っていようと、神なのだ」

 

 スミスはどこか慣れ切ったような口ぶりだった。

 

「ゆえに君は決して女媧に吞まれてはいけない。君と女媧が交わったが最後、単体()から複数()を生み出す──()()()()が誕生するとみて間違いない」

 

 「創成神としての権能を取り戻すのは必然だろう」

 

 

 壮大な話だ。

 僕は正直なところ全く現実味がなくて、話の理解も周回遅れどころか置いてけぼりだった。

 

 でもわかったことがある。僕はまつろわぬ女媧の餌食になってはいけない、それだけは死守しなければならなかった。

 

 ふと、大きな眠気がまぶたにのしかかった。"夜"の睡魔ではない。馴染み深い疲労によるごく普通の眠気。

 

 

 「今は眠るといい……君が目覚めたらここを発つ」

 

 彼の心地よいテノールを耳にしながら、僕の落ちていった。

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