「・・・」
「・・・」
気まずい。一夏とシャルルはこう思っている。ユーゴはタブレットを取り出したかと思うと部屋を出ていったっきり戻ってこない。ただ、時計の針が刻む音だけが聞こえている。
先程一夏が緑茶を淹れた際、多少のトラブルがあった事も重なり、何とも言えない雰囲気となってしまった。
【ガチャリ】
ユーゴが黙って部屋へと戻ってきた。空いてる椅子に腰を下ろし、タブレットを操作している。とにかく、この部屋の三人が戻ってきた事でようやく話が進む時が来た。
「まず、シャルル。何で男のフリなんかしてたんだ」
「・・・実家からそうしろって命令されてね」
「実家?実家って言うと、デュノア社か。でも何で?」
「・・・二人とも、僕はね、本妻の子じゃないんだ。父とは、ずっと別々に暮らしてたんだけど、二年前にお母さんが亡くなって、引き取られたんだ。デュノアの家の人が迎えに来てね」
「それで、色々検査を受ける過程でIS適性が高い事が分かって、非公式ではあったけど、テストパイロットをやることになってね
「でも、父に会ったのはたったの二回だけ。話をした時間は、一時間にも満たないかな」
「それとお前が男のフリするのに、何の関係が・・・」
「そこから先は俺が答えよう」
先程まで黙ってタブレットを操作していたユーゴがこちらにiPadを向けた。そこには一人の男がいた。どうやらオンラインでの通信のようだ。
「誰だこの人?」
「俺は如月慎吾。ユーゴのアドバイザー兼スポンサーとでも思ってくれ。ユーゴに頼まれて、ついさっきまでデュノア社の事情について調べてた。まずデュノア社は確かにISの量産シェアが世界3位の大手企業だ。その事実は正しい」
「だが、会社の実態は経営危機。何せ造られるISはラファール・リヴァイヴ。未だに第二世代型。よく言えば一定の数値を安定して出す堅実なIS。だが悪い言い方をすれば進化の止まった型落ち同然だ」
「今やどの国もISは第三世代型への開発に着手、量産化の目処を目標としている。なのに、デュノア社はその第三世代の試験機にすら、成功に着手出来ていないのが現状だ」
「その通りです如月さん。凄い情報収集力なんですね」
「まぁ、あまり褒められた事ではないがな。さて、部外者はここで引き下がろう。調べ物があるのでね」
画面をミュートにすると、直ぐに如月さんは再びコンピュータを動かして何かしらの作業を始めた。シャルルも再び話し始める。
「で、僕はね、男としてIS学園に入学する様に父に言われたんだ。理由は二つ。一つ目は注目を浴びて、デュノア社の広告塔になる事。そしてもう一つは、日本に出現した特異ケースと接触しやすい。上手くいけばその仕様機体と、本人のデータが取れるかも」
一夏の肩が多少動いた。その答えは言わなくても分かるだろう。
「一夏と一夏のISデータを盗んでこいって、あの人に言われたんだ。それが昨日突然、緊急の命令が追加された。ユーゴの扱うISのデータを盗んでこい。そう言われてね」
「・・・はぁ。本当の事を話したら楽になったよ。二人とも、聞いてくれてありがとう。そして一夏、君を騙しててごめん。それにユーゴ。君のISは実際に盗み出そうとした。本当に、ごめん」
乾いた笑顔の後に、シャルルが深々と頭を下げる。
「それで良いのか・・・?」
そう言ったのは一夏であった。
「それでいいのか!!良いはず無いだろう!」
そう言うと一夏は、シャルルの肩を優しく掴んだ。
「一夏?」
「親が居なけりゃ子は産まれない。そりゃそうだろうよ。でも!だからって、そんな馬鹿な事が!!」
「一夏・・・」
「俺と千冬姉も、両親に捨てられたから・・・別に俺の事はいい。今更会いたいなんて思わない。でもお前は!これからどうするんだ!?」
「どうって、全部バレちゃったもんね。きっと直ぐに本国に呼び戻される。その後の事はわからない。良くて、牢獄行きかな?最悪の場合、死刑」
「だったら!だったらここに居ろ!!」
「へっ?」
「俺達が黙っていれば、それで済む!ここに居るんだ!それなら仮にバレたとしても、お前の親父や会社。それに本国には手出しが出来ないはずだ!」
そう言うと一夏は生徒手帳を取り出し、ある1ページ内容を朗読し始めた。
「IS学園特記事項。本学園における生徒は、その在学中において、ありとあらゆる国家、組織、団体に帰属しない。つまりこの学園に居れば、少なくとも三年間は大丈夫って事だ。その間に何か方法を考えれば良い」
「・・・凄いね、特記事項なんて55個もある。みんな目で流してる程度だと思うよ」
「知らなかったのか?こう見えて、俺は結構勤勉なんだぜ。ユーゴ。お前だって、この一件を黙ってるつもりだろ?」
「・・・あぁ。そうだな。男であろうが女であろうが、俺にとっては関係ない。これまで通りに隠すなら、俺もこれまで通りの接し方をするだけだ」
「・・・そう。一夏。それにユーゴ。庇ってくれて、ありがとう」
ベットから浮かせ立ち上がると、二人に向かって深々と頭を下げた。
「おう。ってシャルル!胸、見えそうだから!」
一夏が慌てて視線を逸らす。そしてシャルルが慌てて隠す。ユーゴはというと、タブレットのメッセージアプリで誰かとやり取りをしている為、気になってすらないらしい。
「・・・そんなに気になる?」
「当たり前だろ!」
「・・・もしかして見たいの?一夏のエッチ」
「なんでそうなる!?」
「なぁシャルル。少し聞きたい事が・・・」
【コンコン】
「一夏さん。いらっしゃいますか?夕食をまだ摂られていないようですが、お身体でも悪いのですか?」
「せっ、セシリア!?」
不意にノックされたドア。この状況、特にシャルルの実態を他者に見られる事だけは不味い。その思いは三人とも一緒であった。咄嗟にシャルルが病気のふりをして、そして一夏とユーゴで看病のふりをする事とした。
「あら、一夏さん。どうされたのですか?」
「シャルルが体調悪くてさ。ユーゴと看病してたんだよ
「まぁ。それは大変ですね。ユーゴさん。それにシャルルさん。一夏さんを少しお借りしてよろしいでしょうか?」
「別に。好きにすれば?」
「ごほっ。ごほっ。ど、どうぞ」
「一夏さん。実は私も偶然、夕食がまだなんですの。ご一緒しませんこと?」
一夏はセシリアに連れられる形で部屋を出て行った。足音もどんどん遠ざかって行く。
「・・・もういいかな?」
「そうだな」
セシリアが一夏を連れ出し、部屋の中にはシャルルとユーゴだけが残された。先程掴み合いの様な喧嘩をしており、そして仲介役が居なくなった為に、二人の空気は重すぎる。
「ユーゴ。あの・・・」
「気にするな。結果的にジョーカーを奪い取れなかった以上、俺には無害で、何の関係もない」
するとナイフを取り出した後、何処からかリンゴを取り出すとそれの皮を剥き始めた。
「・・・さっきは悪かったな。いきなりナイフを使うのは流石に失礼だった。ああ言う場合は首締めなり溝ウチなりで弱らせてから、ナイフを突きつけ、話を聞くべきだったな」
「ええっ!?そんな事しようとしてたの!?」
「あぁ。それと注文予定だった自白剤だが、仲間が全てキャンセルした。お前自身の裏事情が分かった以上、俺に取っては無害だ」
「・・・君。一体何者なの?さっき跨った時に、ネクロノミコンって言ってたけど」
リンゴの皮を剥く手がピタリと止まる。瞬間的に聞いてはいけない何かを聞いてしまった感がシャルルには感じられたが、既に後の祭りだ。
「ごっ、ごめん!何か言いたくなかったり、思い出したくなかったりするものだった!?」
「ネクロノミコン。俺が追っている組織さ」
「えっ?」
「お前には知る権利がある。勘違いとはいえ、お前に襲いかかったのは事実だ。だが、教えるのはここまでだ。ネクロノミコンという組織。俺はそれを追っている・・・今度はこちらから一つ、質問に答えろ。お前に俺のISを奪い取るように追加で指示を出した奴、そいつは何者だ?」
「それが、一方的な話だったんだ。渡された専用の通信機を使ってきて、それでいて突然命令として追加された。機械音声を使ってたから、男か女かも分からない」
「如月さん。これじゃあ」
「あぁ。絞れた様で絞れてない。会社員から役員。株主まで片っ端から調べ上げれば、何かしらのボロら出るかもしれんが、途中で気付かれて、データを抹消されたら一気に水泡だ」
「あっ、でも!」
突然シャルルが立ち上がった。
「最後に名前だけは名乗ってた。確か、代表取締役員のマリーネ・シルファスって人だよ」
「如月さん!聞きましたか!」
「あぁ!もう検索中状態だ」
すると部屋に一夏が戻ってきた。その手には二人分の食事のプレートを持っており、机の上へと並べた。
「とりあえず二人とも、食事貰ってきたぜ。食べろよ」
「俺は騒動前にもう食べた・・・一夏。それにシャルル。これは警告だ。俺にはあまり関わるな。つまらない飛び火に、お前達が巻き込まれない為にもな・・・」
それだけ言うとユーゴは再び寝袋に潜り込んだ。二人の食事の皿にリンゴを乗せて。寝袋からは寝息のような音が聞こえてきたが、それが果たして演技なのか、本当なのかは分からない。二人とも顔を見合わせたが、シャルルのお腹が鳴った事で、深くは考えない様にした。
「箸、苦手なのか?」
「練習はしてるんだけどね。中々上達しなくて」
「悪かった。フォークとか貰ってくるよ」
「いいよそんな!一夏に悪いよ」
「なぁ。シャルルはもう少し、他人に甘える事を覚えた方がいいぞ。そんなに遠慮ばかりしたら、損するぜ。試しにまずは俺に頼る事から始めてみたらどうだ?」
「・・・じゃあさ。一夏が食べさせて。僕も一夏に食べさせるから」
「えっ?ええっ!?・・・よし!男に二言は無い!」
(賑やかだな・・・俺にも、この二人みたいに笑える生活を、人生を送れたかもしれないな。7年前のあの事件がなければ・・・)
そう思いながら、シャルルの「あーん」の言葉を最後に、ユーゴの意識は薄れていった。
その頃、こちらはアイスクリームの販売店の車内にいる如月さん。彼の表情は憤りに溢れていた。
「くそっ!デュノア社のデータバンクから、不自然にデータが消されてやがる!恐らく、外部から特定のワードを検索した際に発動する、消去用コンピューターウイルスが仕組まれていたのか」
マリーネ・シルファスという人物、そのデータなどの痕跡は何一つ残されていなかった。デュノア社の役員達などに直接問いただせば何かしらの手がかかりは掴めるかもしれないが、こんな念入りな準備をしている奴が相手じゃ、その情報も信じられないだろう。
しかし、今回の一件で如月さんには、ある確信が芽生えていた。
(間違いない。デュノア社とは無関係な場所で奴等が動き出している。こっちの素性を知っている連中。ネクロノミコンが・・・)
(それにしても、一つだけ気になるな。今回のデュノアの一件は、間違いなくデュノア社とフランス政府が絡んでいる。だがそうだとしたら、仮にも女であるシャルロットを男と誤魔化してIS学園に入学させられるか?いくらデュノア社の持つコネをフル稼働させたとして、フランス政府の後ろ盾を得るなんて、普通出来るか?)
「この一件、より詳しく調べる必要があるな」
如月さんは珈琲を一杯飲み終えると、再びPCの画面との睨み合いがはじまった。
その夜の事。IS学園アリーナの屋上にはラウラがいた。
「教官、あなたの完全無比な強さこそ、私の目標であり、存在理由・・・」
左目の眼帯を取り外す。右眼の赤色とは違い、そこから金色の瞳、
「織斑一夏。教官に汚点を与えた存在。そして白金ユーゴ。私にあの屈辱を思い出させた存在。どんな手を使っても、排除する」
すると彼女が携帯している通信機から、通信が入ってきた。
「私だ・・・何?シュヴァルツェア・レーゲンに改造を行うだと?ふむ・・・成る程。チューンアップ出来る箇所が見つかったのか。で、その手の専門メカニックが訪れるのだな。了解した。で、その者の名は?」
「・・・成る程。マリーネ・シルファスと言うのだな。了解した。ではこれで」