名前を持てない化物   作:名前を持たないモノ


原作:魔法使いの嫁
タグ:まほ嫁 オリキャラ
小さな違和感が、静かに私たちを捉えた。

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名前を持てない化物

 それは、唐突だった。

 ただ私が勝手に自分に対して少し、違和感を覚えいただけの時に唐突に「それ」は現れた。

 

 家の扉をノックする音が聞こえて、エリアスが自分から見に行って。少し待ったけれど返ってこなかったから、様子を見に行ってみた。

 扉の先に立っていたのは……なんだか、不思議な人だった。

 

 灰色の髪をして、焦げ茶色の目をした私より頭一つ分くらい背の高い人だった。そんな人がエリアスと仲良さげ……といえる様子ではなかったけれど、それでも話をしているようだった。

 

 (エリアスがあそこまで面倒臭そうに対応するなんて珍しい……)

 

 そんなことを思いながらその二人の様子を眺めていたら、不意に焦げ茶色の瞳が私を捉えた。

 途端に顔を驚いたようにしてから、その人はエリアスを押しのけて私のそばに寄ってくる。視界の端でシルキーが失礼な客人に対して少しムッとしていたようだったけれど、私の頭はすぐにそんなことを考えられないようになってしまった。

 というのも、焦げ茶色の瞳をした人が私に向かって言った言葉が原因だ。

 

「ほほう! キミがあの堅物なエリアスの惚れ込んでるっていう嫁さんかい! いやぁ思ってたより若い娘なんだね。エリアスってばロリコン?」

 

「断じて違う。というか家主の許可なく家に上がるのはやめてくれないか」

 

 お茶を用意しようとしたのか、台所に向かおうとしたシルキーに対してエリアスが客ではないからお茶はいらないと辛辣な言葉でシルキーを止める。

 そんな言葉を聞いた焦げ茶色の瞳の人は、少しうなだれているように見えた。

 焦げ茶色の瞳の人の声は、なんというかその見た目からはあまり想像のつかないものだった。

 灰色の髪で、瞼が半分ほど閉じられていたからもっと眠たそうな声をしていると思っていた。実際は想像以上に低く、そして活発そうな声だった。

 勝手な想像で決めつけていたことが少し恥ずかしかったけれど、なんだか少し変な感覚がした。

 まるで目の前にいるこの人を構成するパーツが頭の中でうまく組み合っていないような、どうしようもない「違和感」をいつしか私は感じていた。

 

 灰色の髪はまるですべてを諦めたように見えて。半分ほどを瞼に隠された焦げ茶色の瞳は誰かを責めるように見えて。低く、活発な声はまるで新しいおもちゃを見つけた子供のようで。まとう雰囲気はまるで人ではなく、けれど姿かたちは見慣れた人間のもので。

 それぞれの意味するところがすべてバラバラな方向に向いていて、それが違和感となって私を襲う。

 

「あの、エリアス。こちらの方は……?」

 

「あー……。それは……なんて紹介すればいいのかな」

 

 エリアスが私に何かを教えるときに少し迷ったような様子を見せる、ということはこれまでにもあった。

 けれど今の悩んでいる様子はこれまでのものとは違っていた。これまでは何を教えるのか、どう説明をすれば伝わるのかを考えていた。

 今は違う。言葉からしてまるで、説明そのものが問題であるかのような……。

 しばらくの間悩んでいたエリアスが、私に向けてようやく口を開く。焦げ茶色の瞳の人は、黙ってエリアスが情報を整理するのを待っていたようだった。まるで、自分がどう説明されるのか興味があるかのように、じっとエリアスを見つめて。

 

「それは、生物の感じる"違和感"の集合体だよ」

 

「違和感の集合体……?」

 

「そう。ありとあらゆる生き物が感じる、説明のつかない……というよりは説明しようとしたところで忘れられるようなちょっとした違和感の集合体。……まぁ、これはあくまでボクの認識なんだけどね」

 

 エリアスの言葉を受けてから茶色の人を見てみれば、少しだけ満足げな表情をしていた。

 紹介されたのが嬉しかったのか、口角が少し上がっている。

 

「というわけで紹介に預かりました。どうぞよろしくね」

 

「はぁ……」

 

 ゆっくりと頭を下げてから茶色の瞳の人はニコリと笑う。

 

「あの、あなたの名前は……?」

 

「ないよ」

 

「それの言うとおりだ。文字通りの名前を持たない(ノーネームな)化物だからね」

 

「ノーネームって……」

 

 とりあえず、ということで投げた質問の答えは予想していないものだった。

 名前というのは個を表す上で想像以上に重要だ。名前があることで存在が固着し、そして名前が存在が固着するからこそ名前が呪いをかける条件になるのだから。

 

「そう、ですか」

 

 返せた言葉はそれだけだった。

 目の前にいるこの焦げ茶色の瞳の人は、名前を付けられない違和感が本質なんだ。だからこそ、名前がない……持っていないということだって理解できる。

 理解は、できる。名前を持たない理由の理解は。けれど――

 

「ああ、チセ。それを見たのならそこにいるそれがどう見えているのか、教えてくれないかな」

 

「どう見えているのか……ですか? えっと、灰色の髪と半分ほど閉じられた焦げ茶色の瞳をした人に見えます」

 

「へぇ、キミにはそう見えてるんだ。……人として見られたのはいつぶりだったかな」

 

 エリアスに対する返答に、焦げ茶色の目をした人が感心したようで、懐かしいものを思い出すみたいな言葉を口にする。

 人として見られたのがいつぶりなのかがわからない……? つまり、この人の姿は人によって違うの? そんなの、聞いたことがない。

 

「あの、エリアスにはどう見えているんですか?」

 

 そう聞いて帰ってきた答えは何とも言えないものだった。

 エリアスの目にはどうやら"ローブで全身を覆い隠し、何も書かれていないお面で顔を隠した人型存在"に見えるようだった。

 人型、とだけ言って人だと断言しないのはローブで詳細が隠されていて見えないから……だそうだ。

 

「ところで、チセを見たんだからもう目的は果たしただろう。早くどこかに行ってくれないか」

 

「エリアスさんよぉ、そんな酷いこと言わなくたっていいじゃないかぁ……」

 

「そうカッカせずに早く。違和感があるとどうにも集中しきれないんだ」

 

 なにか、違和感があった。

 エリアスの言葉と、答えた焦げ茶色の瞳の人の言葉。そしてさらに返されたエリアスの言葉。

 それぞれがなんだか少し、嚙み合っていない……ような気がする。

 

「あーあ。まぁ仕方ないか。しょうがない。愛しの花嫁といる時間を邪魔してる邪魔者は去るよ」

 

 そんなことを言いながら焦げ茶色の瞳の人は玄関へと拗ねたように歩き始める。

 その歩幅は小さく、ゆっくりとしたものだった。

 なんだか背中が小さく、寂しそうに見えてしまったのは、私が先の返答との温度差について違和感を感じているからだろうか。

 

「あの、エリアス。あの……人? はどういうものなんですか?」

 

「……さっきも言ったけれど、あれは説明のつかない、いずれ忘れられるくらい小さな違和感の集合体。そこにいるだけで違和感をまき散らす学問の敵さ」

 

「私にはエリアスとの返答が少しかみ合っていないように聞こえていたのですが、それは……?」

 

 私の言葉を受けて、エリアスは少し悩んで……そして改めて口を開く。

 

「違和感というものは人によってとらえ方が違うだろう? だからあれも、見たものによって見た目が違うし、聞いたものによって言葉が違うんだと思うよ」

 

「思う……ですか」

 

「説明がつけられない違和感の集合体なんだ。だから誰もあれの本質を表す言葉を知らないし、詳細の断定もできないのさ」

 

 仕方がない、とでも言うようにエリアスが肩をすくめる。

 さぁ勉強の続きだとエリアスが焦げ茶色の瞳の人に対して背を向けたところで、私は扉を今しがた開いたその存在に向けて違う目を向けていた。

 

 自分が違和感の集合体だから、誰かに迷惑をかけ続けて。

 自分が説明のつかないものだから、明確な(名前)を持てなくて。

 自分が人によってとらえ方の違うものだから、本質を常に見てもらえなくて。

 

 誰にも認められず、誰とも言えず、そして誰にも見られない存在。それがあの人なんだろう。

 だとしたら、それは私が思っているよりもずっとずっと悲しいことで。

 

「……」

 

 私がそんなことを考えたところで、扉を半ばまで開けていた焦げ茶色の瞳の人が振り返る。

 灰色の髪が私と同じ夕焼けの色に変わって、焦げ茶色の瞳が記憶の中に閉じ込められていたあの人の色に染められて。体の大きさも、骨格も変わった上で私に向けて声をかける。

 

「『ありがとう、チセ』」

 

 子供を慈しむような優しい笑顔で、その人はそんな言葉を投げかける。

 私は何も口にしていないのに、まるで何を考えていたのかがわかっているかのように。

 親が我が子の考えを言い当てるかのように、簡単に私の考えていたことを読んで、その人はそんなことを口にする。

 その人はもういないだとか、いろいろと考えつくことはあったけれど、そのどれもが私の口からは出ていかなかった。

 

「おかあ――」

 

「チセ、それの言葉に耳を貸さなくていい」

 

 私の言葉を遮ったのはエリアスだった。まるで私からあの人を隠すみたいにローブを広げて、私の前に背を向けて立ちふさがる。

 どうして、と言おうと思ったところで再びエリアスが口を開く。

 

「そいつは、どういう原理かはわからないけれど波長の合う人間を攫っていくみたいなんだ。幸い被害者はみんな帰ってきているけれど、例外なく何を見たのかについては口を閉ざしてるんだ」

 

 何があるのかわからないところにそう易々と連れて行かせるか、とエリアスはあの人に向けて敵対心を見せる。

 けれど、違う。

 その人は悪くなんてない。その人はただ、私の思ったことに対して感謝を示そうとしただけなんだよ。だってあんなにも優しい顔でいたんだから。

 

「チセ、ダメだよ。キミをアレに付いて行かせるわけにはいかないんだ」

 

 そう言ってエリアスは私を無理やり反転させて家の奥へと追いやろうとする。

 私にはエリアスのその力に対抗する術がなくて、何もできずにその人から遠くへと進んでしまう。

 

「『それじゃあ、元気でね』」

 

 その言葉を聞いた気がした次の瞬間には扉が閉まってしまって、私はあの人の姿をもう見ることができなくなってしまった。

 あの人は、なんだったのか。そのことについて考えを巡らせようとして、はたと違和感に気づく。

 

 (あの人って、どんな姿だったっけ)

 

 ついさっきまで見ていたはずなのに、私の中には違和感ばかりが芽生えていく。

 髪の色は燃えるような赤だっただろうか。深い夜のような黒だっただろうか。瞳の色は透き通った空の色だっただろうか。それとも、若葉のような緑色だっただろうか。

 何が何だか分からなくなっていく私に向けてエリアスが再び声をかける。

 

「チセ。休憩は終わりにして勉強の続きをしよう」

 

 その言葉の意味を少し考えて、答えてから再び考えようとして今度は何について考えようとしていたのかがわからなくなっていた。

 ……何かを、忘れているような気がする。

 

 (……多分、あんまり重要なことじゃないのかな)

 

 大切なことなら、きっといつか思い出すって。そう思って私はエリアスの背中を追いかける。

 

 

 

 私の中にあった説明のつかない小さな違和感は、少しの時間だけで頭の中から消えて、忘れてしまった。

 

 

 

 


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