神様でなくなった日/神様になった日(完結)   作:ファルメール

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第12話 最後の勝利者

 

「常温動作可能・最新型量子コンピューターのマイクロチップ、ロゴス症候群患者の治療に大きく貢献。医療面に於いて今後ますますの応用が期待される……か」

 

 とある町の公園。

 

 ベンチに腰掛けた少年が新聞を広げている。

 

 新聞にはとあるサナトリウムで、女性の医療スタッフと車椅子から立ち上がった少女が握手している写真が掲載されていた。写真のすぐ下に※印が付けられていて「職員の司波素子さんと患者の●●さん」と注釈が書かれていた。

 

「あいつら、上手くやったじゃないか」

 

 ばさっと、少年は新聞を下げた。

 

 現れたのは、央人の顔だった。

 

 彼は新聞をめくる。

 

 経済欄には「フェンリル社経営悪化、CEO更迭の動きあり」という記事が載っていた。

 

「ふん、ざまあ見やがれ」

 

 悪戯が成功した幼子のように央人は笑うと、新聞を丸めてゴミ箱に放り投げた。

 

「おい、鈴木。行こうぜ」

 

「あぁ、今行くよ」

 

 ベンチから立ち上がる央人。

 

 彼や、声を掛けてきた少年が着ているのは県内ではそれなりの進学校の制服だった。

 

 あの、8月31日に量子コンピューターの設計図がネット上にアップされたあの時から、世界の形、世界の在り様は劇的に変化した。

 

 あらゆる国家の安全保障や防諜は、根本から見直しを行なわざるを得なくなった。

 

 民間企業でもそれは同じで、特に煽りを受けたのがフェンリル社のようなIT企業だった。何しろ自分達の会社が売りにしていたコンピューター関連の技術が、一夜にしてコンビニで売っている電卓と同じレベルにまで落とされたのである。業界は大混乱に陥った。

 

 央人もフェンリル社お抱えのハッカーとして、事態の収拾に駆り出された。とは言え、フェンリル社が万全の状態ならばいざ知らず、巨大な混沌の只中にあったのでそれが彼に幸いした。

 

 彼はその時、自分の戸籍を偽造して、ついでに数年間は食うに困らないだけの資金を隠し口座に振り込むとフェンリル社から逃げ出したのだ。

 

 一時は追手が掛かるかとビクビクしてもいたが、こんな状態ではハッカー一人を追い掛けるのに血道を上げる余裕は無いだろう。

 

「まぁ、ある意味ではこれでCEO、あなたの思い通りにはなったでしょう?」

 

 空を見上げ、どこか皮肉気に、央人は呟く。

 

 君にはもう二度と道を踏み外して欲しくない。CEOは確かにそう言っていた。

 

 手を、太陽にかざしてみる。ずっと身に付けていて、我が身の一部だとさえ言えたハッキングツールは既に無い。今の央人はちょっと頭の良い普通の学生に過ぎない。もう、道の踏み外しようも無い。

 

 CEOの願いは叶えられた訳だ。彼女が考えていたのとは、恐らくは違う形であろうが。

 

「まぁ、僕はしばらくはモラトリアムを楽しませてもらいますよ」

 

 

 

 

 

 

 

「囚人番号1240番。出ろ。面会だ」

 

 甲府刑務所。看守の声を受け、独房内に座していた人物は顔を上げた。

 

 着ているのは仕立ての良いスーツではなく囚人服。髪は短く切り揃えられているが、その囚人は正義だった。

 

 面会室に入る。面会人は、既にガラス越しのそこに座っていた。

 

「おじさん!!」

 

「久し振りじゃな」

 

 面会人は、二人。陽太と、ひなだった。

 

「……」

 

 正義は、一瞬だけひなを見違えた。

 

 今の彼女が着ている衣装はトレードマークだった修道服ではなく、年頃の女の子が着る様な服だったからだ。その視線に、ひなも気付いたらしい。「ああ、この服か?」と、スカートの裾を摘まんでみせた。

 

「あの服は脱いだのじゃ。もう、ワシは神ではなくなったのでな」

 

「そっか……」

 

 納得した様に微笑して頷くと、正義は着席する。

 

 8月31日、隆骨会による東都銀行襲撃の日。

 

 貸金庫に隠されていた量子コンピューターの設計図をネットにアップし、それが世界中に拡散したのを見届けると、正義以下組員全員は武装解除して投降、駆け付けてきた警察に現行犯逮捕された。

 

 陽太とひなは、罪には問われなかった。

 

 ヤクザ30人の中に高校生と、小学生ぐらいの少女一人。普通に考えれば事件に巻き込まれていたと見るのが自然だし、これは少し後の話になるが、正義が二人の事は人質にするつもりだったと警察に証言した事。そして、正義が赤星を陽太に突き付けているシーンがネットにアップされていた事が証拠となった。

 

 銀行を襲撃する前に、事務所で正義が陽太に銃口を向けたのはこうする狙いがあったからなのだ。ヤクザ者である彼は、最初から堅気である陽太やひなを巻き込むつもりなど無かったのである。

 

「判決は出たぜ。20年だそうだ」

 

「20年……」

 

「長いな……」

 

 今まで自分が生きてきた時間全てよりも、正義の刑期は長い。その重さを想像して、陽太は圧倒されたようだった。

 

「……もし、お前等にガキが出来て、それが男だったらニキビ面の中学生かな。俺が会う時には」

 

 からかう様に正義はくっくっと喉を鳴らす。

 

 陽太とひなは揃って顔を真っ赤にして「何言ってるんですか!!」「何を言うのじゃ!!」と否定してくる。それを見た正義は思わず吹き出してしまって肩を揺らした。

 

「あれから、蒼天会も直系団体の稼ぎ頭だったウチの組が全員パクられたのと世界中が大混乱の煽りを受けて落ち目だからな。この分なら俺がシャバに出る頃には、自然消滅しているだろ」

 

 組を絶縁してしまってヤクザ業界では死んだも同然の正義であるが、彼はそんな事は気にも留めていない様に飄々としていた。

 

「時間だ」

 

 看守が、面会時間の終了を告げる。

 

「はい、分かりました」

 

 歯切れ良く返事して、正義はすくっと立ち上がった。

 

 それを見る陽太やひなの顔は、どこか申し訳なさそうである。

 

「……そんな顔をするなよ、二人とも。俺はこれでも、時々やってくる鉄砲玉と乱闘して血祭りに上げたりしている以外は、至っておとなしい模範囚だからよ。もっと早く、仮釈放になるかも知れない。その時を楽しみに待っていてくれ」

 

 彼流のジョークなのか、それとも真面目に言っているのか。

 

 どちらとも判断しかねて、陽太もひなも狐につままれたようである。

 

 そうして、看守に連れられて退室していく正義。

 

 だが、部屋から出ようというその時に彼は足を止めて、二人を振り返った。

 

「なぁ、陽太、ひなちゃん」

 

「はい」

 

「む」

 

「前にひなちゃんが言った様に、人類はひなちゃんが生きている事を許さなかった。危険は回避されなくてはならない。まだ人類の手にはあまる代物だ。秩序は保たれなくてはならない。そんなお題目を並べてな」

 

「はい」

 

「だがどうだ。ひなちゃんは今もこうして、元気に生きている」

 

「陽太や、貴様等が戦ってくれたお陰じゃ。ワシは心から貴様等に感謝しておる」

 

「オウよ」

 

 ひなのその言葉に、正義は深く頷いてみせる。

 

「俺達は戦った。そして、こうしてひなちゃんが生きている世界を手に入れた」

 

 それが意味する所は、一つ。

 

「そう、俺達は……世界に勝ったんだよ」

 




ご愛読ありがとうございました。

この作品はこれで完結となります。

短い間でしたが、読んでいただけた事を感謝致します。
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