神様でなくなった日/神様になった日(完結)   作:ファルメール

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第03話 正義の国

 

 その日の正義は、黒のスーツに黒のネクタイと、喪服姿であった。

 

 家を出ようとした所で、こちらもスーツ姿の陽太と鉢合わせた。

 

「あ、おじさん、おはよう」

 

「オウ」

 

 ジロッと、陽太の頭のてっぺんから爪先まで、正義は注意深く観察する。陽太はちょっと圧倒されたように、一歩後退った。

 

「似合わねぇ、なぁ」

 

 率直な感想を受け、甥は「あはは」と頬を掻く。

 

「これからひなが取ってきたテレビ番組の取材で……」

 

 陽太とひなは最近、空の映研部OGがやっているラーメン屋の経営立て直し計画に奔走している。どうもひなのアイディアで、陽太をラーメン屋再生請負人として売り込んでいるらしい。

 

「何なら、俺の組がスポンサーになってやっても良いが……」

 

「そ、それはちょっと……」

 

 ヤクザの組がスポンサーになるなど、ヤバイと小学生でも分かる。流石に陽太もそこまで考え無しではなかった。

 

「ふん。まぁ、俺も帰りにはちょっと寄ってみるよ。売り上げに貢献してやるぜ」

 

「はは、ところでおじさんは……今日は、お墓参りにでも?」

 

 陽太は、正義の服装を見てそう判断したようだ。

 

「あぁ。家族の、な……」

 

「……?」

 

 その回答を受けて少しだけ陽太は怪訝な顔になる。

 

 家族の墓参りと言っても、祖父母の墓ならこの前参ったばかりだ。正義が結婚していたという話は聞いた事が無いし……家族と言うのは、ならば誰の事なのだろうか?

 

「じゃあな」

 

「あ……」

 

 問おうとしたが、その時には正義はもう玄関から出て行ってしまっていた。

 

 イマイチスッキリしないが、時計を見るとインタビューの時間が迫っているのに気付いて、陽太も慌てて家を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 正義は、成神家を出るとまず花屋に足を運んだ。

 

 菊の花束を買うと、散歩のような歩調で町を歩いて行く。

 

 そうして郊外へと出た所で、足が止まる。

 

 そこは動物霊園だった。

 

 彼がその前に立って、花を手向けたその墓は、周囲に雑草などは生えていなかった。恐らくは大地か時子が、多忙で中々来れない自分の代わりに定期的に手入れに来てくれているのだろう。

 

 ここに葬られている動物は、正義にとってもそうだが大地にも愛されていたのだ。

 

 正義は合掌して、黙祷する。

 

 数分もそうしていた後、彼は踵を返した。

 

「じゃあな、銀次。また……今年の末に来るから」

 

 

 

 

 

 

 

 墓参りを終えた後、正義は陽太に言った通り件のラーメン屋へと向かった。看板には「堕天使」とポップな文字で大きく描かれている。

 

 あちこち寄り道しながら来たので、もうすっかり日が暮れてしまっていた。

 

「いらっしゃいませ」

 

 元気良く出迎えたのは、まだ二十歳にもなっていないだろう若い女性店主だった。彼女が、空の映研OGなのだろう。最近は行列の出来る人気店になったという話だが閉店時間間近の今は、正義の他に客は居ない。

 

「ラーメン一丁頼むよ」

 

「はい。フォーリンエンジェル入りましたー」

 

「フォ、フォーリンエンジェル……」

 

 およそラーメンに付けるものとは到底思えない名前のそのインパクトに、ヤクザの組長も圧倒されたようである。

 

 そうして出てきたラーメンだが、

 

「……うん。美味いな。フツーに美味いよ。これ」

 

「ありがとうございます!!」

 

「ごっそさん。また来るぜ」

 

 腹も膨れたし、正義が勘定を置いて店を出ようとした、その時だった。

 

 ガラリと、背後から入り口の引き戸が開く音が聞こえる。

 

「すいません、今日はもう……」

 

「こんだけ繁盛してるんなら貸した金すぐに返せるよな」

 

 入ってきたのは、いかにもチンピラといった風のチャラい格好をした男だった。

 

「ひっ……月に30%の利子なんて法外です!!」

 

 抗議する店主だったが、男がどんと机を叩いた音で思わず身を竦ませてしまう。

 

「こっちには借用書があんだよ。ちゃんと利子を付けて……」

 

 取り出した借用書を突き付けようとしたそこで、横からその紙切れがひったくられた。

 

「あぁ!? なに、す……ん……だ……」

 

 借金取りの男は、最初はいきり立って借用書を奪い取ったその手が伸びてきた方を振り返ったが……言葉を言い終わらない内に、みるみる顔から血の気が引いていって、青ざめた。

 

「俺のシマで、随分好き勝手やっているようだな?」

 

「な、な、成神組長!? なんで、こんな所に……!?」

 

 借金取りは腰を抜かしてしまって、言葉も呂律が回っていない。正義はそんな彼にはもう興味を無くした様子で、借用書を丸めて捨ててしまうと、電話を掛けた。

 

「あぁ、俺だ。すぐにトラックをよこしてくれ」

 

 10分ほどで、店の前にコンテナを積んだトラックが停車した。

 

 正義は腰を抜かしたままの借金取りの首根っこを猫のように引っ掴むと、ズルズルと引っ張っていく。そうして店を出る所で、彼は店主の神宮寺に振り返った。

 

「ああ、もう借金の心配は無いからな。これからは誰はばかる事無く、美味いラーメンを作ってくれ。それじゃあな。また食いに来るからよ」

 

「あ……ありがとうございました。またのお越しを、心よりお待ちしております」

 

 ポカンとしていた神宮寺は、やっと思い出してそう言うのが精一杯だった。

 

 そうして正義が借金取りと一緒にコンテナに入っていって、トラックが発車した所で、店のカウンターの内側から陽太、ひな、空の3人が顔を出した。隠れていたのだ。

 

「だからわしの言った通りじゃったろ? 借金取りは正義の奴が片付けるとな」

 

「本当だったし」

 

「……で、でも、おじさんはこれから何するつもりだろう。まさか……」

 

 正義の職業柄、最悪のパターンも頭によぎって陽太の顔色が悪くなった。

 

 まさかあの借金取りをドラム缶に詰めた後、セメントを流し込んで海に沈めたりする気では……

 

「安心せよ」

 

 そんな彼の心中を読んだ訳でもあるまいが、ひながそう言ってくる。

 

「今日は心配しているような事にはならぬよ。あの借金取りは、命拾いしたな」

 

 

 

 

 

 

 

 コンテナの内側では、胸がむかつくような匂いが充満していた。

 

 これは糞尿の匂いだ。正義に引っ掴まれてコンテナに引きずり込まれた借金取りが、恐怖のあまりズボンの前も後ろも汚してしまったのだ。

 

 彼はこれから自分がどうなるのかを1ダース分も想像してみたが、どれもぞっとしない。夜とは言え真夏のクソ暑さの中、しかも風通りの無いコンテナの中だと言うのに、寒気が止まらなかった。

 

「お、お願いだ……です。もうしません!! もうしませんから、どうか許してください!! 命だけは」

 

「お前もこの業界でメシ食ってるなら、俺の縄張りでの掟破り……つまりは俺の国の法律を犯した奴がどうなるか、知ってるだろ?」

 

「お、俺をどうする気……です……か……?」

 

 少しでも温情ある答えを期待しての問いだったが、

 

「どうすると思う? まずは身元を隠す為に両手足と首を切断して、あれで焼き尽くす」

 

 正義が指差すと、コンテナの隅にガスバーナーが置かれているのが見えた。

 

「焼け残った骨はハンマーで粉砕して潰して、海に撒いて捨てる。残りはコンクリートに詰めて沈める。お前という存在は、この世から消滅するんだ」

 

 まるで明日の食事の献立でも述べているような口調で、正義は言う。彼の懐から、ドスが顔を出した。

 

 それを振りかぶって……思い切り振り下ろす。

 

 ガチン!!

 

 金属音が鳴った。

 

 白刃は、借金取りの耳を掠めてコンテナの壁に突き立っていた。

 

 借金取りは、さっき失禁していたのでもう糞尿は下の穴から出なかった。もし汚物が膀胱や直腸に残っていたら全て流れ出ていたろう。その代わりという訳でないが、上の穴からは涙と涎と鼻水がひっきりなしに流れ出ている。

 

「……と、言いたい所だが。今日は家族の命日なんでな。俺は一年に一度、この日だけは、殺生はしないと決めてるんだ。いわばこれは恩赦。今日だけは、見逃してやる」

 

 そう言ってドスを仕舞うと、コンテナの鍵を開けてやる。

 

 流れ込んできた外気の涼しさが、これほど心地良いものだと借金取りは初めて知った思いだった。

 

「二度目はねーぞ」

 

「ひゃ、ひゃい!! ありがとうございます……」

 

 転げ出すようにコンテナから飛び出した借金取りはそのまま夜の闇に消えていく。

 

 その後ろ姿を見送りながら、正義はふんと鼻を鳴らした。

 

「やれやれ……俺も甘くなったもんだ。まぁ、あんなチンピラ一匹消した所で、俺に得がある訳でも無いから良いんだがな」

 

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