神様でなくなった日/神様になった日(完結) 作:ファルメール
「ひなから離れろ!! ひな、逃げろ!!」
陽太は叫んでいた。
終わりの始まりは、あまりにも突然だった。
有志の参加による、空が脚本を書いた自主製作映画の作成も佳境に入っていた。
途中、雨宿りしていたその時だった。唐突に、ひなが不可解な事を言い出したのだ。
『終わるのはわし一人の世界じゃ』
『なんだよそれ、まるで別れの言葉みたいじゃないか』
『まるで、ではなく『別れ』じゃよ。それが人類の選択なのじゃ』
ひなが何を言っているのか、陽太には分からなかった。
だが、その言葉の意味を問い質している暇も、あるいは正しく理解しようとする余裕すらも世界は許してくれなかった。
何の前触れも無く、唐突に、ずらりと黒服にサングラスと、まるで映画に出てくる秘密機関のエージェントのイメージそのままの連中が現れて、ひなを渡してもらおうと言ってきたのだ。
当然、皆が反発した。
伊座並さんや阿修羅に足止めを頼み、陽太は逃げた。ひなの手を引いて。
どこへ逃げようと言うのか?
陽太に宛ては無い。
ただ、少なくともここではないどこかだという事は分かっていた。
ここは危険だ。ひなが襲われる。
だからここではない所へ行かなければならない。
「遠くへ!! 誰の手も届かない、安全な所へ!!」
「ムダじゃ。どこに逃げても奴らの手からは逃れられん。安全な場所など、地球上の何処にも無い」
全知の力を持つひなが言うのなら、それはその通りなのだろう。
陽太もそれは知っている。
だが、それでもこの時だけはそれを認められなかった。認めたくなかった。認める訳には行かなかった。
この、一夏。
ひなと過ごした一月にも満たない時間。
だがそれはいつしか、自分の中で当たり前であり、同時になくてはならないものになっていた事に今更ながら気付いた。こうして、喪いかけている時になって、初めて。
「嫌だ……僕が探す。僕はひなを連れて逃げるんだ!!」
「ありがとう、陽太。貴様と過ごしたこの夏は消えて無くなるが。今、感じているこの気持ち。せめてそれだけは残っていてほしい。そう願うわしがいる」
それが、最後の言葉。
「うわっ!!」
黒服に、陽太は背後から襲われて組み伏せられた。
ひなは、抵抗の素振りを見せなかった。
彼女は全知の力以外は普通の少女でしかない。取っ組み合いで屈強な男に勝てる可能性は全知の力など用いずとも0%だとあまりにも明瞭。それを彼女自身分かっているから、無駄な事はしないのだろう。
「ひなから離れろ!! ひな、逃げろ!!」
陽太はもがくが、黒服の押さえ付ける力は強く体はびくとも動かない。
声の限りに叫ぶが、もう、ひなは全てを諦めたように振り返らない。
「……っ!!」
この時、陽太が最も強く覚えていた感情は怒りでもなければ悲しみでもなかった。
それは、後悔だった。
『あの子のあの力……それが何なのかは分からないが……でも、このまま何も起こらないって事だけは無いだろう。それは断言出来るぜ。いつかは何かが起こる。それが一時間後なのかそれとも一年後かは、分からねぇがな』
『俺の時みたいに……世の中ってのは、勝手にでっち上げた理屈で、こっちの大切なものをいとも簡単に奪っていく。だから……今から考えておくんだな。選択を迫られたその時に。戦うか、それとも降参するか。二つに一つ、どちらを選ぶのかを、な』
正義から聞かされた言葉が蘇る。
いつかは、今だったのだ。
でも、自分はどちらも選べなかった。
戦う覚悟も無いけど、だからとてひなを喪うのも嫌だ。
でも、もしこんな事になると分かっていたなら、もっとよく考えておくべきだった。そうすれば、喪う事を覚悟して、残された時間を大切に過ごすか、それとも徹底抗戦するか。どちらかを決められていただろうに。
こんな日がいつまでも続くような気がして、甘い事ばかり考えて、その結果がこれだなんて。
「ひなっ……」
叫んだ、その時だった。
キ、キ、キ、キィッ……
急ブレーキによるタイヤと地面独特の擦過音が、耳に響いてきた。
反射的に、陽太も、ひなも、黒服も。
その場の人間全員が、音のした方へと振り返る。
そして、一様に仰天して一瞬固まった。
自分達へ向かって、コンテナを搭載したトラックが突進してきたのだ。
「うわっ!!」
陽太を抑えていた黒服は、悲鳴を上げて跳び退った。陽太自身は危なく轢き殺される所だったが、トラックが直前で右にハンドルを切ったお陰で地面の赤いシミに化けるのは避けられた。
トラックが完全に停止するとほぼ同時にコンテナの扉が勢い良く開け放たれて、中からこれもブラックスーツに黒のネクタイにサングラスと、陽太やひな達と居る黒服とあまり区別の付かない強面で体格の良い男達が躍り出てくる。彼等は全員が、サブマシンガンやショットガンで武装していた。
十数の銃口が、一斉に最初に陽太達の前に現れた黒服達に向けられる。
ミリタリーは素人の陽太にも、一目で分かるどう考えても玩具とは思えない重量感と金属的な光沢を持つ銃器。映画やドラマの中でしか見た事のない物が今、現実に目の前にある。
ひなが切り出した突然の別れの言葉から、急転直下であまりにも色んな事が起こり過ぎて頭がどうにかなりそうだった。
「その嬢ちゃんをこっちに渡してもらおうか」
コンテナから出てきた方の黒服が、ひなの傍に居る最初に現れた方の黒服に銃を向けて凄む。その黒服はひなを庇うように身構えるが……
「うわっ!?」
後ろから手が伸びてきて襟首を掴まれて、庭に放り出される猫のように持ち上げられた。地面に付かなくなった足が、バタバタと空を掻いた。
「!? おじさん……!?」
「貴様は……正義!!」
軽く見積もっても70キロはあるだろう黒服を片手で持ち上げているのは、正義だった。
彼はそのまま両手で黒服を抱え上げると砲丸よろしく投げ飛ばして、飛んでいった黒服は別の黒服にぶつかってボウリングのピンのように将棋倒しになった。
「どうしてここに……!?」
「話は後だ、乗れ!! 早く!!」
トラックの助手席を指し示す正義。
「……じゃ、じゃが……わっ!!」
「ひな、行こう!!」
陽太は、今度は躊躇わなかった。
ひなの手を掴むと、助手席へと飛び乗った。
「待てっ!!」
「ん……」
声のした方を見ると、新手の黒服数人が向かってきていた。
だが正義は少しも慌てず懐から信号拳銃を取り出すと、一切躊躇無く引き金を引く。
弾が地面に当たって、もうもうと煙幕が立ち上った。
「ゲホッ、ゴホ、な、なんだこの煙は!?」
「目、目にしみるぞ!!」
黒服達が咳き込んだり涙目になっているのを尻目に、正義は大きく手を振る。これは「引き上げ」の合図だ。それを見て、トラックから降りてきた黒服達は録画映像の巻き戻しのように統率の取れた動きでコンテナに戻ると、最後の二人が観音開きになっていた扉を閉めた。
それを確認した正義は運転席に乗り込むと、慣れた手付きでトラックを発進させる。
明らかに法定速度を超過したスピードでトラックが走り出して、後には煙幕の中でのたうっている数名の黒服だけが残された。
「危ない所だったな」
走行中のトラック。
運転席に着く正義はハンドルを切りながら、隣に座る陽太とひなの様子を横目で観察する。二人共に、目立った外傷が無い事を確認すると、彼はふうっと一息吐いて視線を前方とバックミラーに戻した。
「……い、一体何が……」
ひなはそれが人類の選択だとか、別れだと言っていたが……陽太にはまだそれが何なのか分からなかった。だが……具体的に何がどうとかは分からないが、何か大変な事が起きているのは分かる。
「始まったんだよ。とうとう始まったんだ」
「……えっ?」
正義の口角が上がって、頬が歪む。
顔が引き攣って、獰猛さを感じさせる笑みが浮かんだ。
「始まったって、何が……」
「戦争だよ」
語る声は重く真剣で、だがどこか喜んでいるように弾んでいた。
「俺達と、世の中との戦争がな……いや……」
この言葉は違う。
戦争が始まったのはもっと昔だ。自分が大学3回生だったあの時から。
「20年前から、俺の戦争は一度も終わっていない。まだまだ続いているんだ」