神様でなくなった日/神様になった日(完結)   作:ファルメール

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第07話 陽太とひなの選択

 

「取り敢えず、ここならひとまずは安全だ」

 

 正義が組長を務める隆骨会の事務所は、市内にあった。

 

 清潔感のある、ぱっと見では会計事務所かと思わせる外観で、窓には「OFFICE NARUKAMI」と大きく書かれていた。事情を知る者でなければ誰もヤクザの事務所だとは思わないだろう。突然現れた正義と彼の組員によって助けられた陽太とひなは、ここに匿われていた。

 

「それで? 一体全体何があったんだ? 話してみろ」

 

「……何から話したら良いのか……」

 

 実際、どのように説明すれば良いものか陽太にも分からなかった。

 

 甥が戸惑っている様子を見て取った正義は、ひなへと視線をやった。

 

 全知の神を自称する少女は、たっぷり数分も間を置いた後に、静かに語り始めた。

 

「……30日後の世界が見えなかったからそこで全てが終わると思っていた。じゃが違った。貴様らには何の関係も無かった。終わるのはわし一人の世界じゃ」

 

「……ひなちゃんの世界が、終わる……」

 

 それは死ぬという事なのだろうと、正義には察せられた。

 

「ずっと、じぃじが守っておってくれたのじゃ」

 

「じぃじ……お祖父さんと言うと……興梠博士が?」

 

「うむ。じぃじは正に神そのものじゃった……しかしある少年が、神殺しの火を使ってしまったのじゃ。その少年は深く後悔しておる。その想いが伝わってきた。そして漸くわしは自分自身の事も分かるようになった」

 

 ひなの言葉は非常に比喩的表現が多く、まるで詩か預言書の一節のようであったが……

 

 不思議と、正義には彼女の言葉の意味がよく理解出来た。しっくりと、彼の中に入ってきた。

 

 それは事前に収集した情報から、ひなの力の秘密を考察し、そしてその結果何が起こるか。その可能性について予測していた、裏付けがあったからに他ならない。

 

 そして理解する。

 

『……俺の推理は、相当事実に迫っていたって事か……!!』

 

 その確信を得ると、正義は陽太に自分の推理を語り始めた。

 

 ロゴス症候群であるひなの、失われた脳機能を補う為にインプラントされたコンピューター。

 

 不世出の天才である興梠博士の研究成果。

 

 それを狙う者が現れたのだ。

 

 連中の目的は二つに一つ。

 

 ひなの力を利用するつもりか、あるいは封印するつもりかのいずれか。

 

「恐らく連中はひなちゃんを捕まえた後は、ここを開いてコンピューターだかチップだかを取り出すつもりだろうな」

 

 指先で己の額を叩きつつ、正義は説明を締め括った。

 

「そんな……」

 

 説明を受けても、陽太はまだ実感が湧いていないようだった。

 

 無理もあるまい。日常から一気に非日常に。彼は今までも、そして今も平凡な18才の高校生でしかない。こんな、世界の安定とか秩序とかの為にどうこうという話をされても受け入れられないだろう。これは至って正常な反応である。

 

 だが、世界は決断を待ってはくれない。

 

「無駄じゃよ、陽太。それに正義……こことていつまでも安全ではない。わしにはもう助かる術は無いのじゃ」

 

「そんなの嫌だ!! 僕はひなと一緒に居るんだ!! この夏はずっと楽しかった。今までで過ごしてきた夏休みで一番!!」

 

 それはひなが現れたからだ。

 

 ひなが居たから。

 

 ひなと過ごす毎日が楽しかったのだ。

 

「だからこれからも一緒に居たい!! 夏が終わっても、秋が来て冬が来てまた次の年も!!」

 

「わしには分からん……どうしてじゃ……?」

 

「どうしてって……それは……」

 

 ぐいっと、見た目よりはずっと逞しい陽太の手がひなの簡単に毀せそうな程に小さな体を掻き抱いた。

 

「僕がひなを好きだからだよ。大好きだからだよ……それじゃだめ……?」

 

「そっか……じぃじ以外にもそんなことを言ってくれる奴がいたとはな」

 

 陽太の腕の中で、ひなはふっと微笑する。

 

 だがその笑みは、先程までの諦観に満ちていた自嘲的なものではなかった。

 

 全知の神であるひなだが、しかし分からない事もある。それは人の心。最後に人の心を動かすのは、損得勘定や理屈ではなく、やはり剥き出しの感情の発露かも知れなかった。

 

 この感情の動きは、彼女自身が予測出来なかったものだった。

 

「分かった、陽太。恐らく全てが無駄に終わるじゃろうが……それでも。それでも、わしも貴様と一緒に最後の最後まで足掻く事にする。貴様達と一緒に居る時間は……わしにとっても今まで生きてきた中で、一番楽しかった時間だからな。喪いたくないのは、本当じゃ」

 

「ひな!!」

 

 ぱぁっと、陽太の表情は光が差したように明るくなった。

 

「……結論は出たみたいだな」

 

 逃げる事は出来ない。

 

 ならば選択肢は二つだけ。戦うか、降参するか。

 

 陽太とひなが選んだのは前者。それは正義とて望む所だ。

 

 この時、陽太はひなの父親に会いに行った時に言われた言葉を思い出していた。

 

 

 

『奇蹟は一瞬だから強く光り輝いて見えるんだよ。だが、結局ツジツマが合っていく。そのように世界は出来ているんだ』

 

 

 

 確かに、それはそうかも知れない。

 

 ロゴス症候群という生まれながらの病気で、歩く事も立つ事も、話す事もままならなかったひな。それが、今のように元気に生活出来るようになったのは、間違いなく奇蹟であろう。

 

 そのプラス分を引いて、ゼロに戻そうとする流れが起き始めた。

 

 それがあの黒服達であり、引いてはその裏に居る彼等を操っている連中だ。

 

 連中に捕まったら、ひなは脳内のコンピューターを摘出されて、どうなるか……ぞっとするので考えたくもないが、良くて昔のように歩く事も話す事も出来なくなるか。最悪の場合は……それこそ本当に、彼女の世界が閉じる事になる。

 

 そんなのは嫌だ。

 

 だから、戦う。

 

 世の中が帳尻を合わせようとしてくるのなら、その世の中と戦って、ひなを勝ち取る。

 

 今のひなが元気でいる事がいわば借金であって、それを取り立てようとするのが世の中という金融会社なのだとしたら、その借金を踏み倒すまでだ。

 

「じゃが正義。何か考えはあるのだろうな?」

 

 陽太もひなも、世の中と戦う事を決意しはしたが、それは気の持ちよう、スタンスであって具体的な行動ではない。特に今回の敵は特定の個人や企業などではなく、もっと具体性に欠けて実体が見えない、社会を動かすシステムそのものとさえ言って差し支え無いものだ。

 

 勝ち目など文字通り万に一つあれば御の字だろう。

 

 ただ我武者羅にやって勝てる筈も無い。何かの秘策を以てせねば。

 

 その事については、言われるまでもなく正義とて承知の上だった。

 

「あぁ……勿論、手は考えてある。多分に、賭けや運の要素が絡むがな。だが、まずは敵の様子を見てからだ。連中がどう行動するかを見極めて、次の手を打つ」

 

 敵が次にどんな手を打ってくるか?

 

 ある程度ではあるが、想像は付く。

 

 正義が言っているように隆骨会の縄張りはまさしく彼の国。ここでは日本の法律は通用しない。だから警察に手を回して踏み込ませようとしても、時間が掛かる筈。

 

 一方で、ひなを捕らえようとしている連中からすれば、ひなは、正確には彼女の脳内コンピューターはいつ爆発するか分からない核爆弾のような物だろう。

 

 可能な限り早く自分達の手中に収めて、手早く安全に管理ないしは解体したい筈。

 

 ならば警察が動けるようになるまで待つなんて悠長な事はすまい。

 

 すると……

 

 そう考えていた時、4回の丁寧なノックがされて、部屋に組員が入ってきた。

 

「オヤジ、黒崎の親分から電話がありました。緊急に話したい事があるから、すぐに本部の事務所に来るようにと」

 

 ぴくりと、正義の眉が動いた。

 

「オヤジが、か……」

 

 陽太とひなを匿ったこのタイミングで、渡世の親からの緊急呼び出し。

 

 偶然ではない。

 

 どうやら連中の手は予想以上に長いようだ。

 

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