神様でなくなった日/神様になった日(完結)   作:ファルメール

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第09話 興梠博士の遺産

 

 世界的IT企業「フェンリル」の一室。

 

 本棚も机も、ベッドすらも無い、殺風景な部屋と言うよりはただの立方体の空間と表現した方が適切であろうそのスペースに、鈴木央人は居た。

 

 幼い時からコンピューターに関して天性の才能を示し、その才能を利用していた両親。その両親が居なくなった後は、彼はこの会社のCEOに拾われ、ハッカーとして働いていた。

 

 興梠博士の研究成果を追う事を命令され、残されていた僅かな足跡を辿る内に辿り着いたのは、佐藤ひなという一人の少女と、彼女の脳内に量子コンピューターが埋め込まれているという結論。

 

 だがその成果を上に報告した時、彼等はひなからそれを取り出すという決断に至った。CEOは言葉を濁したが、大人のやる事は昔からいつも同じだ。

 

「僕が情報を引き出したからだ……」

 

 ロゴス症候群患者であるひなが今も元気でいられるのは、喪失した脳機能を量子コンピューターで補っているからだ。つまり、それを取り出すという事は……

 

 良くて彼女は元の歩く事も話す事も出来ない体に戻るか……最悪の場合、手術に体が耐えきれずに……

 

 調べたひなの、元気いっぱいに飛び回って良く笑う姿が脳裏に蘇る。

 

 ごくっと、央人は苦い唾を呑んだ。

 

 今更ながら後悔する。こんな事なら適当な所で探せませんでしたと言うか、CEOや他の役員が失望しない程度の成果をでっち上げてお茶を濁すとかするべきだった。

 

 このままではひなも、自分と同じ目に遭う。

 

 大人達の、あるいは世の中の勝手な都合に巻き込まれて、奪われて、捨てられる。

 

「なら……」

 

 危険が迫っている事を伝える事。それが彼に出来るせめてもの罪滅ぼしだった。

 

 それは温情か、哀れみか。取り上げられなかった愛用のハッキングツールを用いて、ひなの脳内コンピューターへとメッセージを飛ばす。

 

 逃げるか、あるいは最後の時間を友達と一緒に過ごすか……

 

 どうするかは分からないが、彼女にはその二つのいずれかしか道は無いだろう。

 

 そして彼自身も、それ以上ひなにしてやれる事は無い。

 

 その、筈だった。

 

「これは……」

 

 ハッキングツールが、メッセージの受信を知らせた。

 

 

 

 

 

 

 

「状況を打開する一手……おじさん、それは何です?」

 

 陽太の問いに、正義は少し間を置いて、話し始めた。

 

「まずおさらいだ。ひなちゃんの脳内には量子コンピューターのチップが埋め込まれていて、敵はそれが今の人類の手に余る物だ、世界の秩序を乱しかねない物で危険だからと、ひなちゃんを狙っている。ここまでは良いな?」

 

「はい」

 

「じゃあ、陽太。敵はどうしてひなちゃんを追っかけ回してくる?」

 

「……?」

 

 おかしな事を聞かれて、陽太は首を傾げた。

 

 敵がひなを狙ってくる理由なら、今し方他ならぬ正義自身が説明したばかりではないか。文字通りその舌の根も乾かぬ内に、狙ってくる理由を尋ねてくると言うのは、不可解である。

 

「……質問の仕方が悪かったな。俺が言いたかったのは、だ。どうすれば敵がひなちゃんを狙ってくるのを止められるかって事だよ」

 

「どうすれば、止められるか……」

 

 世界中どこに逃げても追ってこられる。こっちから攻撃しても、勝てる見込みは無い。だとすれば、確かに連中がひなを狙ってくるのを止めさせるしか方法は無いだろう。

 

 だが、どうしたらそんな事が出来るのか。

 

 陽太は考え込んでしまった。

 

「ちょっとたとえ話をしようか。陽太、お前宝石店に行った事はあるか? そこでダイヤとかプラチナの指輪でもネックレスでも良いが、見た事はあるか? あれがいくらぐらいするか、知ってるか?」

 

「え……いや……」

 

 男性で、しかも一介の高校生である良太には、宝石店に行った経験など無い。それに加えて、突然正義が話題を変えたので戸惑いを隠せないでいた。

 

「まぁ、とにかく高いって事だけ分かっていれば良いが。じゃあ陽太。何故、ダイヤのアクセサリーとかは高いか分かるか?」

 

「え……それは、綺麗だから……?」

 

 その回答に、正義は苦笑した。

 

「まぁそれも間違いじゃあないが。だがそれじゃあ50点だぜ」

 

「ダイヤやプラチナが稀少だから、じゃろ?」

 

「流石全知のひなちゃん。その通りだ」

 

 ぱん、と正義が手を叩いた。

 

「ダイヤは稀少だからこそ価値がある。だからダイヤの採掘を行なっている会社は、鉱山から発掘された多過ぎるダイヤは、全て海に捨てているんだ。そうしてダイヤが市場に出回り過ぎるのを防いで、希少価値や『ダイヤは永遠である』という幻想を保って、商品としての価値を維持しているんだ」

 

 もし、ダイヤがいくら美しい宝石であっても、それが道端の石ころのように誰でもすぐ手に入れられるものであれば、どこの誰が大金を払って手に入れようとするだろう。簡単には手に入らない稀少な物だからこそ、高い値も付くしそれでも欲しがる人が居るのだ。

 

「ひなちゃんの力だって同じだ。世界中で唯一人、ひなちゃんしかそれを持っていないから、敵は躍起になってひなちゃんを追い掛け回す。じゃあ、その量子コンピューターが世界中に出回ったらどうなる? 世界中のどこでも、超小型量子コンピューターが造れるようになったら、どうなる?」

 

「それは……」

 

 そうなったら、確かにひなを狙う事は無意味になる。

 

 だがどうやって、そんな状況を整えると言うのだ?

 

「設計図だ。ひなちゃんの中にある量子コンピューターの設計図。それを探す」

 

「設計図……?」

 

「そうだ。いくら興梠博士が不世出の天才だからって、超小型の量子コンピューターなんて代物を自分の頭の中だけで図面を引いて造れる訳が無ぇ。そんなのを造るにはそれなりの施設を使わなければならねぇだろうし、その為には紙かデータの設計図が絶対に必要になる筈だ」

 

「そうか!! その設計図を、ネット上に公開してしまえば……!!」

 

「あぁ、そうすれば敵がひなちゃんを狙うのも止まるだろう。そしてその為には……ひなちゃん!!」

 

「何じゃ?」

 

「神殺しの火を使ったという少年に連絡を取ってくれ。向こうからこっちに連絡してきたって事は、こっちから向こうに連絡する事だって、出来る筈だ」

 

「……分かった。やってみよう」

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、僕に連絡してきたって訳ですか」

 

<そうだ。少年。お前の力を借りたい。ひなちゃんに危険を知らせてきたって事は、少なくとも俺達の敵じゃあねぇんだろ?>

 

 フェンリル本社の一室で、央人はひなを中継して送られてくる正義のメッセージに応答していた。

 

 まさかひなの方から連絡を取ってくるとは思わなかったので、メッセージが来た時には驚いたが……しかし正義の話を聞いてくる内に、彼は段々とワクワクしてきた。

 

 上手く行けばいつだって自分を利用し続けてきたいけ好かない大人達に、一泡吹かせてやれるのだ。たとえ自分が道具として利用されるだけの存在だとしても、捨て石に過ぎないとしても。

 

 連中には忘れている事があるのを、思い出させてやれる。その捨て石が飛んで来て当たれば痛い、当たり所によっては命にだって関わるという事を、思い知らせてやる。

 

「……分かった。協力するよ。でも僕が見付けられたは状況証拠だけだよ? それで、彼女の頭に常温動作可能な超小型量子コンピューターのチップがあるという以外の結論が考えられなかったから、上に報告したんだ」

 

<シャーロック・ホームズで有名なあれだな>

 

「『考えられる可能性を一つずつ消していって、最後に残った結論があったのなら、どんなに信じられないと思うような内容であっても、それが真実である』……でしたっけ? 確かに世界一の探偵は良い事を言ってましたね。まさにその通りだった」

 

<……それで、何か設計図の手掛かりはないのか? 心当たりとか、何か気になった物とか。どんな些細な事でも良い>

 

「博士は利用したであろう研究施設にも、一切の情報は残していなかったよ」

 

 今にして思えば、それもひなに埋め込む前の量子コンピューターを使って監視カメラの記録などを改竄し、痕跡を消していたのだろう。興梠博士も、自分の研究の危険性・影響力は百も承知だったのだ。

 

 その上で、彼は何を置いても孫娘を救いたかったのだ。

 

「遺品も調べてみたけど……廃品回収業者に持って行かれて、回収出来たのは孫娘との写真と何冊かの研究ノートだけだった。それとそのノートに挟まれていたCD-ROMが一枚」

 

<CD-ROM……中身は何だった?>

 

「孫娘……ひなちゃんの写真データだった。勿論僕も調べてみたけど、手掛かりに成り得るような情報は何も無かった。ただのアルバムだったみたいだ」

 

<……とにかく、掴める物は藁でも芦でも掴むさ。俺達は手持ちのカードに賭けるしか無いんだからな>

 

「もし、手持ちのカードに手掛かりが無かった時は?」

 

<だから賭けだって言っているだろ? 取り敢えずその写真を、今から伝えるパソコンのアドレスに送ってくれるか>

 

「それは構わないけど……でも、設計図なんて物が本当にあるかな? 仮に過去にあったにせよ、現存しているものかな?」

 

<勿論、俺にも絶対の確証など無いがな。だが興梠博士がひなちゃんの為に研究してたって事を考えると、多分だが……あると思うんだよ>

 

「その見通しを説明してもらえますか?」

 

<……当たり前だが脳内に入る程の大きさの量子コンピューターなんて世界中どこでも実用化はおろか論文さえ発表されていない大発明だ。つまり世界初のな。要するにテストされてないんだよ。博士はそんなのを孫娘に埋め込んだ事になる。だから今は良くても、今後何らかの不具合が起こるかも知れない。そして博士は高齢だった。その不具合が出た時に、自分が生きているか分からない。仮に生きていても、その時認知症とかアルツハイマーとかで、不具合を修正出来る状態に無い可能性も十分ある>

 

「成る程、不具合が生じた時に誰かがひなちゃんを助けられるように、設計図を残している可能性が高いって事か……っと、これで良し。写真データを送りましたよ」

 

 

 

 

 

 

 

「おっ、来たぞ」

 

 ノートパソコンが、メールの着信を伝える音を鳴らす。

 

 早速そのメールを開く正義。陽太もひなも、正義のすぐ後ろに来てその画面を見た。

 

 タイトルも文章も無いメールに、添付されていたファイルを開く。そこに入っていたのは、十数枚の画像データだった。アイコンをクリックして、データを開いてみる。

 

 画面に表示されたのはひなを通して央人が伝えてきた通り、ぬいぐるみを持ってはしゃいでいたりパソコンを操作していたりと、ひなの日常を撮影したアルバムだった。

 

「何か手掛かりが……」

 

 背景に、メモでも写っていないか。あるいは写真の中に別の写真でも写っていないか。

 

 陽太は眼光で画面に穴を開けられるぐらい注視する。しかしどの一枚を見ても、手掛かりらしい手掛かりを見付ける事は出来なかった。

 

 やはり、自分達は賭けに負けてしまったのだろうか。

 

「……何故、CD-ROMに入ってたんだ? どうして、生の写真じゃダメだったんだ?」

 

 ぼそりと、正義がごちる。

 

 今時、写真はスマホで撮ったりするのが多い。デジカメで撮影したにしても、だったら印刷してたりしそうなものだ。博士は何故それをしなかった? いや、していたアルバムが回収される前に処分されてしまったのかも知れないが……

 

 第一、どうして研究成果を記したノートに、ただのアルバムCD-ROMが挟んであったのだ?

 

 実物の写真では出来ない、何かがあった……?

 

「0……」

 

 唐突に、ひなが呟いた。

 

「え?」

 

「どうしたの、ひな?」

 

 ひなは、画面に表示された写真を指差した。

 

「この写真には、「0」と……そう書かれているのじゃ……」

 

「書かれているって……ひな……?」

 

 陽太は目を凝らすが、画面の中の写真のどこにも、そんな数字は見当たらない。

 

「待て、陽太。じゃあ、ひなちゃん。この写真はどうだ?」

 

 正義はマウスをクリックして、写真を切り替える。

 

「これは……3じゃな」

 

「じゃあ、次のこれは?」

 

 正義が写真を切り替えていく度に、ひなは一つの数字を読み上げていく。

 

 その言葉は、当てすっぽうで言っているようにはとても見えなかった。

 

 そうして十数枚の写真に、全て一つずつの数字をひなが答えた。

 

 正義は手元のメモに、ひなが述べた数字を順番に記入していた。

 

 この数字の列が示す物は……

 

「……上から10番目までは、こりゃ電話番号だな。おい、すぐにこの電話番号がどこのものか調べろ!!」

 

「はい、オヤジ!! すぐに!!」

 

 正義は組員の一人にメモを手渡す。組員は慌てて、スマホを操作し始めた。

 

「……これで、博士がわざわざCDに写真を残していた理由も分かったな」

 

 央人が発見したCDに記録された写真には、撮影された後にコンピューター処理でタグが付けられていたのだ。それも恐らくは量子コンピューターを使って、高度に暗号化された物が。だから央人やフェンリル社が解析しようとしても分からなかった。

 

 写真に隠された情報を読めるのは、脳内に量子コンピューターを持つひなだけ。

 

 興梠博士の研究は徹頭徹尾ひなの為だった。だから設計図の在処を示す暗号を解読出来るのも、ひなだけなのだ。

 

「オヤジ、分かりました!! この電話番号は、東都銀行本店の物です!!」

 

「じゃあ、おじさん。後の数字は?」

 

「前の番号が銀行と来れば……後ろのそれは恐らくは暗証番号だろう。貸金庫の」

 

「そこに、量子コンピューターの設計図がある?」

 

「確証は無いがな。ここまで念入りに隠すんだ。可能性は高いと思うぜ」

 

「でもオヤジ、貸金庫に入るにはセキュリティカードが必要ですぜ。俺達、そんなの持ってませんが……」

 

「合い鍵ならあるだろ?」

 

 正義は、机の引き出しを開く。

 

 彼がそこから取り出したのは、やはりとてもモデルガンやエアガンとは思えない鈍い金属の輝きを放つ、一丁の拳銃だった。54式トカレフのコピー銃、通称『赤星』である。

 

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