(志狼サイド)
「ィヤ゛ァァァァァア゛ァァァッッッ!!!」
羊膜を翼のように揺蕩わせたゴースの遺子が、甲高く空に哭く。その悲鳴染みた絶叫に引かれてか、上位者ゴースの遺体に雷が落ち、継いで浜辺にも雨霰のように雷が降り始めた。
「フッ、ハッ!」
しかし、原作と違う動きをされようと焦らない。俺の上に降って来た雷を、跳躍して刀で受け、そのまま雷返しを放つ。
─ビシャァンッ─
「ゥオウ・・・」
雷に打たれ、しばし動きを止めるゴースの遺子。その隙に錆丸・表裏で素早い連斬の追い打ち。
「オォウッ!?」
大きく怯み、蹌踉めく遺子。その様は、まるで淤加美一族や落ち谷衆のようだ。
それも当然。俺は既に、五行界眼で奴を見た。その中に、木行の特性を見出したのだ。
更に其処へ、仙峰寺拳法奥義、菩薩脚のコンビネーションで追撃する。
「ヤ゛ァァァァァァッ!」
「其処!」
─ガギャリリリッ!─
上段振りが見えたタイミングで、鳳凰の紫紺傘を開く。回転する鉄扇が振り下ろされた胎盤を弾いて受け流し、間髪入れず放ち斬りに繋いだ。
「グォウッ・・・
ギャァァァアァァァッ!!ギャァァァアァァァッ!!」
怯みの次は、二連高跳び叩き付け。1回目を視線を外して背中に殺気を感じながら潜り抜け、2回目は再び紫紺傘を開いて受けて放ち斬りに繋げる。
「ギャァァァアァァァッ!!」
再び呼雷。今度はゴースの遺体のみに落雷し、それが伝播して絨毯攻撃になる。
空かさず遺子の背後に回り、その背中に向けて突きを放った。するとバックスタブが成立し、遺子は膝を突く。
「ハッ!タァッ!」
その腰を踏み付けて跳躍し、雷光絨毯を遣り過ごして落下忍殺を決めた。
「
背中の不死斬りを抜刀。そして未だ立ち直れぬ遺子の頸へと、落ちる滝のように赤黒い瘴気塗れの刃を振り下ろした。
──ア・・・アァ・・・──
「・・・フゥ」
血払いをし、不死斬りを納刀。緊張が切れて、息が漏れる。
脳内に光る、2つの文字列。それは紛れも無く、あの上位者、ゴースの遺子を弔った証だった。
「・・・」
じんわりと、唯々じんわりと、この達成感を噛み締める。
再起不能に陥る事、実に18回。
長かった。地味に長かった。何せ、1度回生不可能の死に追い遣られたら深い眠りに落ちて朝に目覚め、次の夜、次の夢を見るまで再挑戦が出来ないのだ。因みに、ゴースの遺子戦だけで、である。エーブリエタースに
それでも、まだ
「さて・・・もう、一仕事だ」
くるりと振り向くと、ゴースの腹から影が立ち上っている。
悪夢の主、老いたるゴースの赤子である。
「眠り給え、
朧気に人型を模る影の心臓に、楔丸を突き立てる。影は形を失い、溶けるように散っていった。
──あぁ、ゴースの赤子が、海に還る・・・呪いと海に底は無く、故に全てを受け容れる・・・──
悪夢は、明けた。空に浮かんでいた黄金の月は消え、水平線の彼方に朝日が顔を出し始める。
「よし、後は・・・あの人だ」
俺は浜に現れた灯火を使い、狩人の夢に戻った。夢の工房は轟々と音を起てて燃え上がっており、夢に終わりが近い事を現している。
「お帰りなさい、狼様」
階段の前で、ドレスで着飾った身長の高い美女がお辞儀をしてくれる。
彼女は人形。この夢の中で、狩人の世話をする者。灰に近い銀髪と球体関節になった手の指が特徴で、この世界の癒し枠である。
「あぁ、只今。だが、すぐまた少し出る」
「そうですか。行ってらっしゃい、狼様」
「あぁ」
スタスタと狩人悪夢の墓石に向かい、手を翳す。小さく手を振ってくる人形に此方も手を振って返し、狩人の夢を後にした。
───
──
─
「狩人よ、君は良くやった。長い夜も、もう明ける」
夢の裏庭、白い花畑の大樹の下。ゲールマン殿は杖を持ち、此方に微笑む。
「さぁ、私の介錯に身を任せたまえ」
「・・・出来ませぬ」
「ほう・・・そうか、君も何かに呑まれたか・・・」
「いいえ、違います。貴方に、会わせねばならぬ人が居るのです」
「ん?はて、一体誰かな?」
「─────ゲールマン先生」
「っ・・・!?」
花畑に入って来た、貴族風の衣装を纏った女性。その顔は人形と同じであり、また体格も瓜二つである。
「マリ、ア・・・?」
「お久し振りですね、ゲールマン先生。会いたかった・・・」
車椅子の側に膝を突き、ゲールマン殿の左手に自分の右手を重ねるマリア殿。その頬に、ゲールマン殿は右手を添えた。信じられないモノの存在を、確かめるように。
「あぁ、マリア・・・本当に、マリアなのか・・・?」
「はい。間違い無く、貴方のマリアです」
「あ、あぁ・・・!」
ゲールマン殿の瞳から、ぽろぽろと滴が零れる。そしてマリア殿を抱き締め、破顔して嗚咽を漏らし始めた。
「あぁ、マリア。愛しいマリア・・・済まなかった。私は君の気持ちにつけ込んで、あんな・・・あんな、悍ましい・・・」
「良いのです、良いのですよ、ゲールマン先生。私は、貴方を愛しています」
そんなゲールマン殿を、マリア殿もまた優しく抱き締め返す。
儚く、然れど美しい。望んでいた光景だ。
「ゲールマン先生・・・彼が、コレを届けてくれたのです」
「これは・・・!」
マリア殿が取り出したのは、小さな髪飾り。捨てられた古工房から、俺が回収した物だ。
「ゲールマン先生・・・これは、私の為の物ですか?」
「あぁ・・・あぁ、そうだ。そうだとも・・・だが、その前に、君を・・・私は・・・あぁ・・・」
顔を手で覆うゲールマン殿。しゃくり泣きを繰り返す彼に、マリア殿はそっと寄り添う。
「・・・ありがとうございます」
「・・・な、何を・・・?」
マリア殿が告げる、感謝の言葉。ゲールマン殿は顔を上げ、赤く泣き腫らした眼を点にする。
「私にさせた事を忘れ、罪から逃げれば、楽だったでしょう・・・でも、貴方はそれをしなかった。罪を背負い、悔い、贖罪の為に、弔い人になった。
それを続ける限り、貴方の中には、私は生きています。
私を忘れないで居てくれて・・・真の死者にさせないでくれて、ありがとう」
「ま、マリア・・・マリア・・・ぁ」
そしてマリア殿はゲールマン殿の頬に両手を添え、確りと眼を合わせて、その言葉を贈る。
「私は、貴方を赦します」
「ッ!」
「・・・美しい」
1枚の絵画にしたいその光景を見て、俺は呟く。
体感時間で3時間以上、一切攻撃せずにマリア殿の攻撃を凌ぎながら説得した苦労も、これで報われるというモノだ。
『ほぉ、こんな可能性があったとは・・・流石に読めなかったなぁ』
全身が総毛立つような、頭に響く声。空を見上げれば、真っ赤な月から名状し難い化物が降りて来る。
鬣のような触手に、露出した牙のような肋骨。何より真っ黒な穴がぽっかりと空いた無貌。
「月の魔物・・・いや、黒い上位者、貴様か」
『やっぱり分かるか~』
おちゃらけたような声が響く。やはり気に入らん。
『さぁ、俺を倒して見せろ。そうすれば、晴れてこの夢はお前の物だ』
「・・・ゲールマン殿、マリア殿。下がっていて下さい」
「いや・・・見届けさせてくれ。君の狩りの行く末を」
「先生は任せたまえ。私がカバーする」
「・・・御意」
黒歌の赤葉にそっくりな双刃刀、
『因みに、俺を倒せば結構便利な特典が手に入っちゃうぜ。頑張るんだな』
「・・・参る」
形代流しを使い、傷薬瓢箪で回復。阿攻の飴を噛み締めて忍具を錆丸に付け替え、俺は駆け出した。
(NOサイド)
「ゲールマン先生」
「何だね?マリア」
志狼と月の魔物との戦いを見ながら、マリアはゲールマンに語り掛けた。
「私は今まで、あの悪夢の時計塔に閉じ籠もっていました。それが貴方の・・・せめて名誉を護る行いであると信じて」
「あぁ・・・」
「ですが、彼は言ってくれました。『それでは彼を呪うだけだ。膿は抜いてやるべきなのだ』、と・・・そして、この髪飾りを渡してくれました」
左の掌に乗せた小さな髪飾りに視線を落とし、小さく微笑むマリア。髪飾りには愛の残滓が籠もり、故に少し、温かい。
「あぁ。あの子は、私にもヒントをくれたよ。私が君に教えた、あの子守唄・・・
「・・・歌ったのは、あの人形でしょうか。
正直、少し悪趣味だと思いましたよ?未練を人形に落とし込むなんて」
「うぐ・・・中々、痛い所を突かれたな」
苦笑いをするゲールマン。そしてフッと息を吐き、背後の燃える洋館を見遣った。
「それに、彼が言うには、私の遺志の片鱗が残っていたそうです。気付かなかったのですね」
「あぁ、私は盲目だった・・・彼女には、悪い事をしてしまったかも知れないな・・・
私の勝手でミコラーシュと共に作り上げ、また私の勝手で辛く当たってしまった。曲がりなりにも、あの何の罪も無い人形は私の子も同じ・・・親として、愛でるべきだったのかも知れない。思えば、名前さえ付けてやっていなかった」
「その役目は、彼が継いでくれます」
後悔に表情を沈ませるゲールマンに、マリアは月の魔物と戦う志狼を見ながら言う。
戦況は、ハッキリ言ってかなり優勢。鋭いヒット&アウェイと、錆丸の素早い連撃。それは確実に月の魔物の体力を削り、更に青錆毒が身体を蝕む。
そして遂に体幹が崩れ、狩人達で言う所の内臓攻撃、致命の一撃たる忍殺が入った。
「お見事!鮮やかなものだ」
「えぇ。鋭く、最短距離で、慈悲深い。貴方のスタイルに似ているかも知れませんね」
志狼の忍殺と、ゲールマンの葬送。それらは何の偶然か、相手への一握の慈悲であった。
『ゴァアッ!』
「ぬぅっ!」
月の魔物・・・否、黒い上位者の無貌が紅く突き刺すように光り、志狼の体力を死亡寸前まで一気に削る。リゲインの恩恵を受ける事は出来ない志狼だが、しかし前に出る。其処に一切の躊躇は無い。
「喰らえ・・・
志狼は背中に背負った不死斬り・・・では無く、布を巻き付けられた大剣を掴み、振るう。
その瞬間。大剣の鋼の刀身は青緑の昏い光の大刃に覆われ、振るわれると共に光波が迸る。
奥義・月光斬
「おぉ、あれはルドウイークの!」
「月光の聖剣・・・彼の遺志もまた、継いだのでしょうね」
形代を1つ消費して放たれるその神秘の光刃は、黒い上位者、その化身であり容れ物でもある月の魔物の身体を見事に叩き切った。
『は、はは・・・おみ、ごと・・・』
満足そうに笑って、黒い上位者は斃れた。それは、悪夢の主が消えた事を意味する。
「あぁ・・・もう、お別れの時間のようだね、マリア」
ゲールマンが自分の手を見ると、その手は輪郭がぼやけ、青白い液体のように、穏やかに崩れ始めている。現実に死に、されど悪夢に囚われ生きていた彼は、夢の目覚めたと共に散る運命である。
「マリア。君は、どうするのかな?」
「私は、彼と共に。貴方と共に逝こうとも思いましたが・・・どうやら、私はまだ、必要とされているようですので」
「あぁ、それで良い。永い、永い刻の間、君を縛り続けてしまった。だが、今やその枷は無い。君の生きたいように、生きたまえ」
「はい・・・ゲールマン、先生・・・」
ポロリ、ポロリ。マリアの眼から、小雨が降る。自分が愛した師が、今、永き檻から解放されるのだ。
しかし、それはまた永遠の別れでもある。故に彼女は泣き、されど微笑んで送るのだ。
「全て、永い夜の夢だった・・・愛しているよ、マリア」
そう言って、ゲールマンは白く散った。彼の魂を掠うように、一迅の風が純白の花弁を舞い上げる。
「・・・ありがとう、狼君。先生は、報われただろう」
「ならば、何より・・・っ」
マリアに答えると、志郎を目眩が襲った。
崩れ落ち掛けたその肩を、マリアが支える。
「君も、目覚めるのか」
「あぁ・・・」
白く濁っていく意識の中で、志狼は確かな達成感を噛み締めていた。
───
──
─
「・・・朝か」
志狼は、新たな朝に目覚めた。ベッドから降り、カーテンを明ける。
柔らかな陽射しがその顔を照らす、実に清々しい朝だった。
《実績解除:次元の窓》
「ん!?」
最後の最後で、台無しになったが。
to be continued・・・
~キャラクター紹介~
葦原志狼
何時の間にかヤーナム攻略してた戦国忍者。
最も、ちょこちょこショートカットしてたのでかなり攻略は早かった。ヤーナムで立体機動は便利過ぎる。
そしてゲームには存在しないNEWエンディングを開拓した。
最後の実績解除により、フロムゲー伝統のとある要素が解禁され、また現代風にアレンジされて発現する事になる。
時計塔のマリア
ゲールマンの愛弟子にして恋人。
カインハースト出身であり、ゲールマンを慕っていた。故にゲールマンらの罪の証拠たる漁村を秘匿し、時計塔で番人となっていた。
しかし、志狼の説得により道を譲り、ゲールマンをゴースの怒りと彼自身の自責の呪縛から解放する事を選択。生存√となった。
最初の狩人、ゲールマン
総ての狩人の原点。
墓を暴き、上位者の怒りに触れて狂気と獣の病を振り撒く先触れとなった彼は、己の冒涜を悔い、助言者となった。
彼の振るう大鎌、葬送の刃は、多くの苦しみを乗り越えた者への、一閃の慈悲である。偶然か必然か、その本質は楔丸と同じであった。
悪夢の中に生きていた彼は、未練と使命から放たれ散った。
月の魔物
青ざめた血。無貌の黒幕。
bloodborneの隠しボスであり、志狼を転生させた黒い上位者の化身。
不完全なその肉体の中では、獣性の虫と神秘の精霊が統合されずに混在している。故にゲールマンは人形に延命装置としての役目を与え、旧き友の使命の成就を待ち続けた。
これを狩った事で、志狼の内には青ざめた血が流れた。その全て、黒い上位者の掌の上で。
~用語紹介~
・Баю-баюшки-баю\バユ・バユシュキ・バユ
ロシアの子守唄。内容は、「ベッドの端で寝ていると、灰色狼男がお前を森に連れ攫ってしまうよ」と言う中々恐ろしいモノ。
bloodborne旧バージョンでは、人形がこの歌を歌う事があった。
bloodborne内でロシア系の名を持つのは、ゲールマンのみ。そして、それを教わる立場に居たのは・・・
・月光の聖剣
教会の英雄、聖剣のルドウイークが、《導き》と共に見出した神秘の大剣。
かの英雄の手を離れても、その月光は色褪せぬ。
鎮魂から英雄的行為へ、弔いから殺戮へ。振るう力は変わらねど、刃の心は移り行く。
遂には使い手が移ろい、今は忍の慈悲である。