楽しんで頂ければ幸いです。
「ベル、お前……!」
「ベル殿、そのお姿は……!」
その『光景』に、ヴェルフと
「ベル様っ、嗚呼、そんな……」
「べ、ベル様……なんと……」
リリと春姫は、驚きを隠せずその口に手を当てた。
そんな眷属達の姿を、彼らの主神は気にもしない。
その視線はただ一点、ベルの姿を見つめるばかり。
「ベ、ベルくぅーん! 君はなんて可愛いんだぁー!!」
荒ぶる神は鎮まることなく、ツインテールをブンブンと揺らしながら、自らが最も愛する眷属の元へ飛びついた。
「――ヒィッ」
幼さの残る顔立ちと、それに見合わない豊かに実った母性の象徴を持つ美少女が、己の元へと飛び込んでくる。
そんなシチュエーションを、喜ばない男がいるだろうか。否、いない。
普段の少年ならば、主神の身を慮って優しく受け止め、顔を赤らめながら主神――ヘスティアの行動を
しかし、己に飛び掛かるロリ巨乳を前にしたベルは、恐怖に喉を引き攣らせ――その場から飛びのいた。
「へぶぅうううっ!?」
ビターン! と床へダイブしたヘスティアは、顔面を強かに打った。
あまりの痛みに涙を浮かべるヘスティアは、しばらく悶絶した後顔を上げた。
「ひどいじゃないか、ベル君っ……ベル君?」
赤くなる程強く顔を打ち付けた痛みと、受け止めて貰えなかった悲しみに、抗議の声を上げるヘスティアは、そこで初めてベルの様子がおかしいことに気付く。
床にへ張りついたまま、顔を上げた先に居たのは、背丈が縮み、何時もより幼さを増した顔を青くする、最初の眷属の姿だった。
「お、お姉ちゃんは誰? ここは何処なの?」
身に着けていた衣服はサイズが合わなくなったせいでズリ落ち、シャツがワンピースの様に下半身までを隠している。誰にも踏み入れられていない処女雪のような白い髪は位置が低くなり、
「こ、これは一体どういうことですかっ?」
ベルの言葉を聞いたリリがこの現状を作った張本人に顔を向ける。
咎める様な視線を向けられたその人物は、片目を瞑り、口端から舌を覗かせ、己の頭に拳を当てた。
「――てへぺろっ☆」
次の瞬間、複数の怒号がオラリオの空に響き渡った。
* * *
事の始まりは、今から少しだけ時間をさかのぼった時の事――。
「ベル様は、アクセサリーを着けたりはしないのですか?」
「アクセサリー?」
左腕の調子を確かめる様に、中庭で軽い運動を行うベルに、縁側で座って見ていたリリが尋ねた。
「ええ、少々、いやかなり値段は張りますが、これからは必要になってくるとリリは思います。……ただでさえベル様は色々と巻き込まれやすいのですから、備えは大事です」
派閥連合の『遠征』――
数多の死線をくぐり抜け、深層からの帰還を果たしたのはつい先日の事。
重傷だった左腕を覆っていたギプスも、器の昇華に伴い向上した自己治癒力により、常人よりも遥かに速い期間で外すことが出来た。
尖っていた神経も落ち着きを取り戻し、近いうちにダンジョン探索を再開することをファミリアの皆で決めていた。
しかし、この半年という短い期間に、ベルの身に起きた事件は数知れず――次にベルを待つ何かを危惧したリリはそう提案した。
「アクセサリーみたいなお洒落な物、僕には似合わないよ」
「リリが言っているのはベル様が思っているような、普通のアクセサリーの事ではありません。武具や防具が発展アビリティの『鍛冶』によって、特殊な効果を与えられるのと同じように、『彫金』というアビリティの効果で、装着者に様々な恩恵を与える、冒険者様用の特殊な装身具の事です。以前『
「へー」
「へーって、知らなかったのですか?」
「……だって、そんなすごい物買うお金なんて無かったから。それにしても、やっぱりリリは色んなことを知っているね」
「……まあ、昔取った杵柄といいますか……そんな事より、アクセサリーですよ! これから見に行きませんか、ベル様?」
「そうだね、ちょっと気になるし、行ってみようかな?」
「そうですかっ! そうと決まれば――」
「皆と一緒に行こう。僕が呼んでくるから、リリは準備していて」
ベルの返事に花開くような笑みを浮かべたリリだったが、続けられた言葉に開いた花は一瞬で萎れた。
離れていくベルの背中を、リリは恨めしそうに見つめる。
「……ベル様の、ばか」
拗ねた妹のような表情を浮かべるリリは、やがてため息を落として自室に向かった。
「いやー、ベル君達と一緒に買い物に行くなんて何時ぶりだろうねー。それもアクセサリーを見に行くなんてなー、綺麗な指輪とか置いてあるんだろうなぁー……どう思う、サポーターくぅん?」
「……知りませんっ」
両手を頭の後ろに当てながら歩くヘスティアは、リリに笑顔を向けながらそう尋ねた。なお、その眼はまったく笑っていない。
そんなヘスティアと、目を合わせないようそっぽを向く、リリ達に苦笑を浮かべる一同。
「しっかし、アクセサリーか……」
「どうしたの、ヴェルフ?」
複雑な表情でそう呟くヴェルフの様子に、ベルが首を傾げる。
「いや、まあな。鍛冶師にとって冒険者がアクセサリーをつけるってのは、自分の作品に信用がされてない気分になるんだよ。……必要だってことはわかるんだけどな」
「えっ……ごめん」
「ああ、謝るなって。俺もお前がアクセサリーを着けるのには賛成なんだ。ただ、鍛冶師としての
「ヴェルフ殿の向上心が高まっていますね。いえ、今までも鍛錬を重ねていたのは知っていますが、最近ソレが顕著になっているような気がします」
「おうっ、なんてたって、ヘファイストス様から『まあまあ』とのお言葉を貰えたからな! これからもっと腕を磨いて、あの方に認めて貰える作品を打って見せる!」
「それは以前ダンジョンで作った魔剣のことですか?」
「ああ。……俺は絶対に『至高』に手を掛ける。俺が打った剣でお前等を強くしてやるよ」
「それは楽しみです。自分達も負けていられません! そうですよね、ベル殿!」
「うん!」
笑顔を浮かべる眷属たちに毒気を抜かれたのか、張り付けた嘘の笑顔を消し、代わりに慈愛の笑みを向けるヘスティア。
……でも完全に許したわけではないからなと、ベルたちに見えないようにリリの脛を軽く蹴る。
「――いったぁ!?」
予想外の痛みに、その場でうずくまる
「か、神様? どうされたんですか?」
「な、なんでもないっ、気にするな、皆っ」
つま先を押さえる主神を心配してベルが聞くも、ヘスティアは答えない。
「……レベルの上がったリリに効くわけないでしょう」
ぬおぉぉぉっ、と唸るヘスティアに冷めた目を送るリリが、ため息交じりに呟いた。
「ヘスティア様が変なのはいつも通りなので置いておきましょう。……それより」
それまでの会話に一切入ってこなかった、ファミリアの一人に半目を向けるリリ。
その目線の先に居る人物が何をしていたかというと――
「――……婚約指輪……いえ、婚約首輪? いっそピアスというのも……はっ!? 春姫は一体何を、いえ、でも……ベル様が望むのなら、春姫は……」
顔を真っ赤に染め、頬に手を当てながらいやんいやんと首を振る『極東のエロメイド』がそこに居た。ベルにアクセサリーショップに誘われてから、ずっとこの調子である。
「何を妄想しているのですか、このエロ狐はぁ~っ!」
「こんっ!?」
「春姫殿っ!? リリ殿おやめください!」
「何してんだ、お前等は……」
うずくまる神にそれを心配する少年。メイドに襲い掛かる小人とそれを止める少女。
往来のど真ん中で広げる騒動に、周りの目を集めながら、青年はため息を吐いた。
迷宮都市オラリオは、今日も平和であった。
* * * *
いつかヴェルフと共に歩いた北東のメインストリートを進む。
懐かしみながら目を動かせば、空に幾筋の煙が昇っているのが見える。
少し前のヴェルフと同じ、【ヘファイストス・ファミリア】の構成員が、己の工房に火を入れているのだろう。
ふと気になって、隣を歩くヴェルフに目を向ければ、先程の僕と同じように空を見上げていた。
「なんだ、ベル。どうかしたのか?」
「いや、もう少し進んだらヴェルフが前に居た工房があるなって」
「ああ、まだ数か月しか経ってないのってのに、随分昔の事に感じるな……なんだ、俺が前の工房を恋しがっていると思ったのか?」
「い、いや、そういうわけじゃないけど……」
とっさに首を振るが、ヴェルフの言う通り、少し不安を覚えてしまったのは事実だ。
兄離れできない弟のような表情をした僕の頭を、ヴェルフは苦笑しながらかき回した。
「心配しなくとも、
「……うん。ありがとう、ヴェルフ」
「ヴェルフ様、ベル様を寂しがらせるのは止めて下さいっ、命にかかわりますっ」
「ああ、兎は寂しくなると死ぬんだったか? 悪かったな、ベル」
「や、やめてよ二人とも。僕は
小さく笑う二人に、抗議の声を上げる僕だったけど、やがて二人に釣られて口元を緩める。
僕とヴェルフの間に漂い始めた、しんみりとした空気はリリの冗句がかき消してくれたみたいだ。
やがて幾つかの建物を通り過ぎた先、職人たちが仕事をする工房の手前。
大通りに軒を連ねる、大小の商店の中でも一際大きな建物の前で、僕たちは足を止めた。
両開きの大きな扉の前には、
「【クレドネ・ファミリア】?」
「ええ、ここは【ゴブニュ・ファミリア】とも提携している、金物細工専門のファミリアです」
「ここでアクセサリーが買えるの?」
「ええ、そう聞いています。実はリリも初めて入るので、詳しいことは分かりません。ですが、ここの商品の質の高さはリリが保証します」
「リリ殿、それはどういう意味ですか?」
「命様は気にしないで下さい。とにかく中に入って、実際に見てみましょう」
命さんが首を傾げてリリに尋ねるも、リリはその問いを流して扉を開け、中に入ってしまった。
そんなリリの姿に、神様と一緒に苦笑しながら、僕達も続く。
扉をくぐってすぐ、入り口の真横に屈強そうな男の人が立っていて、思わず肩を揺らしてしまった。
僕の後から入ってきた春姫さんが、男の人を間近で見てしまい、かすかに悲鳴を上げ、命さんの腕にしがみついていた。
おそらく商品を奪われないようにするための警備員……なんだろうけど、春姫さんに悲鳴を上げられて悲しそうにしている。
悪い人を威圧するためか、結構怖い顔をしている男の人だけど、今は眉をひそめ、肩を落としていた。その姿は哀愁と少しの諦観を感じさせる。
きっとこれまでにも同じような事があったのだろう。僕は男の人に同情を覚えた。
中の様子は、外観から想像していたよりもこじんまりとしていて、壁を見ても商品が並んでいることは無かった。
先を進むリリの後に続いてカウンターに向かうと、何人かスーツを着た店員らしき人がそこに立っていて、僕たちを見ると笑みを浮かべて頭を下げた。
「いらっしゃいませ。失礼ですが、所属する派閥の名と、エンブレムをお見せください」
「【ヘスティア・ファミリア】です」
リリが懐からだしたファミリアのエンブレムを、カウンターに立つ店員に渡すと、店員さんは分厚いファイルをカウンターの下から取り出して、後ろの方からめくり、手にしている【ヘスティア・ファミリア】のエンブレムと、ファイルの中身を見比べた。
「確認しました。本日の御用件はどうされましたか?」
「アクセサリーを見せて下さい」
「かしこまりました。少々お待ちください」
柔和な笑みを浮かべたヒューマンの女性は、リリにエンブレムを返すとカウンターの奥に姿を消し、戻ってきた時には、腕の中に小さな箱を抱えていた。
「こちらが、冒険者用の
カウンターに置かれた箱を店員が操作すると、箱が階段状に開き、中にいくつもの指輪やイヤリングが、箱に敷き詰められたクッションに埋め込まれていた。
「……綺麗」
「ほぉー、見事なもんだな」
小さな金属の中に、鳥の羽や燃え広がる火をモチーフにした彫刻が施され、中には宝石らしきものがはめ込まれたものまである。
その細工の美しさに命さんは感嘆の声を漏らし、ヴェルフもまた、感心したように頷きをした。
冒険者が装着することを想定しているためか、実用性を追求していながらも、優美さを兼ね備えた装飾品の数々に、僕も目を奪われる中、その一つ一つに共通語が記された小さな紙が添えられていることに気付く。
気になった僕は、丁度目についたの紙の文字を読んでみた。
「えっと……【敏捷上昇:低】?」
鳥の羽が描かれた指輪につけられた紙には、そう記されていた。
……もしかして、これを着けるだけで
「『リング・オブ・ウィング』が気になりますか、【
「えっ? あ、はい、えっと……この指輪を着けるとどんな効果があるんですか?」
「はい。こちらは装着者の敏捷のステータスに低補正をかけるものです。隣の『ランニングブレイズ・リング』は【力】の値に低補正がかかります。この低補正とは対象のステータス値を、およそ2~5%程度向上させることが出来ます」
「す、凄い……」
いきなり店員の女性に話しかけられて狼狽えた僕は、その後に説明されたアクセサリーの効果を聞いて、驚嘆した。
神様の
「こ、この……『リング・オブ・ウィング』? は、いくらぐらいするんですか?」
「はい。そちらは八〇万ヴァリスになります」
「はっ、はちじゅうまん……じゃ、じゃあ、こっちのランニング、えっと……」
「こちらの『ランニングブレイズ・リング』は七十六万ヴァリスになります」
「……リ、リリ?」
予想だにしなかった高価格に、僕は目を剝きながらリリの名前を呼んだ。
「……知ってはいましたが、やはり相応の値段はしますね……こればかりは仕方ありません」
「し、しかしリリ殿、私達のファミリアにそんな余裕はあるのですか? ただでさえ今は『遠征』失敗の
近くで僕と店員さんのやり取りを聞いていた命さんが、顔を青くしてリリに尋ねると、リリは苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。
「その『遠征』でリリは確信しました。ベル様はこれからもトラブルに巻き込まれるでしょう。いえ、それどころか自らトラブルに巻き込まれに行くに違いありません」
「リリ? 僕はそんなことしないと思うんだけど」
「いや、ベルなら自分から突っ込んでいくな」
「ヴェルフっ?」
「すみませんベル殿……否定できませんっ」
「命さんまで!?」
「ベル様はわたくしやウィーネ様のように、困っている方をお見捨てになりません。お優しいお方ですから……」
「は、春姫さんっ……あれ? それフォローになってますか?」
仲間の皆からかけられる言葉に、冷汗をにじませる僕を、春姫さんは庇う様に曇りない笑顔を僕に向ける。だけどその言葉は、リリの言葉を否定してはくれなかった。
「まあまあ、サポーター君。ベル君の装身具くらい僕がローンで買ってあげるさ。なに、これも僕の愛の一つの形だよ!」
「愛の重さを借金で表すのは止めてください、
「ぐふぅっ!?」
それまで静かに見守っていた神様が、リリの言葉に血を吐きながら崩れ落ちるのを横目で見ながら、リリはため息を吐いて皆に言った。
「ヘスティア様ではありませんが、今日は
「リリ……」
「リリ殿っ」
「リリ様……」
「あ、でも限度はありますからねっ、物を決める前に必ず、リリに相談してください!」
「全部台無しだ。リリスケ……」
リリが最後に付け加えた言葉に、ヴェルフが額に手を当てながらそう言った後、わずかに笑う。
僕もこらえきれず苦笑を浮かべてしまう。でも、リリの想いは素直に嬉しく思えた。
それから、各自が自分のスタイルに合ったアクセサリーを選んでいると、カウンターの奥の方から、何やら争っているような物音が聞こえてきた。
「――……おいっ、誰かこのバカ止めろぉ!」
「無理だっ、レベルが違う!」
「うおぉぉぉっ! 燃えろ俺の中の
音はどんどん近づき、それに伴って複数の人の声も聞こえてきた。
「ま、まさか……」
聞こえてくる声の大きさに比例して、店員の女性の顔色も悪くなっていく。
そして、その人は店員さんがアクセサリーの入った箱を持ってきたところから、僕たちの前に姿を現した。
「やあやあ、噂の【
姿を現したその人物は、作業着に身を包んだ、若い女性だった。
腰や足を同じ作業着を着た人たちに掴まれながらも、女性はその人たちを気にも留めず、引きずりながらこちらに向かって来る。
止めることが叶わないと諦めたのか、作業着の人たちは掴んでいた手を放し、膝に手を当てながら肩を上下させていた。
解放されたことで女性は速度を上げ、とうとう僕の元までたどり着いた。
「おおっ、本物の【
「え、あの、貴方は誰ですか?」
「うんうん、いいねいいね。無垢な白を彩る
僕に近付いて来るやいなや、その人はジロジロと僕を色んな角度で眺め始めた。
その遠慮が一切感じられない視線に、
語っている内にテンションが上がってきたのか、近かった女性の顔がさらに近づけられ、自分の顔が熱くなるのを感じた。
僕よりも小さな一五〇
長い銀髪をあちこちに跳ねさせ、女性が顔を動かす度に、室内を照らす魔石灯の光が、髪に反射しキラキラと輝いた。
こちらを見つめる大きな碧眼は子供の様に輝き、無遠慮な視線にも悪気を感じさせない。
近づけられたことでよくわかる整った顔立ちに、自然と鼓動が速くなる。
「こらこら~っボクのベル君にそれ以上近付くんじゃなーい!」
注がれる女性の視線に合わせないよう、視線を彷徨わせる僕と女性の間に、神様が割って入り、遮られた視線に安堵の息をこぼす。
「……ベル様の節操無し。綺麗な女性なら誰でもいいんですか?」
「ごっ誤解だよリリっ!?」
女性の視線から解放された矢先に、湿度の高くなった目をリリから向けられた僕は、慌てて否定をする。
「全く。ベル君を誑かそうとするなんて、この僕が許しはしないぜ? そもそも、君は一体誰なんだい?」
「おおっと、これは失礼しました、神ヘスティア。私は【クレドネ・ファミリア】の副団長を務める【
「なっ、ト、【
「知っているのですか、リリ殿?」
「知っているも何も、オラリオでも有名な彫金師ですよ。普段は己の工房にこもりきりだと聞いていたので安心していたのですが、この方と関わるとロクな事がないと
「ああ、俺も聞いたことがある。オラリオの中でも五人に満たないレアアビリティ『神秘』の保有者であり、『彫金』と合わせた装飾品は、都市最高の品質と価格を誇っているってな」
「なんと……いやしかし、その話とリリ殿の言う噂はどう関係するのですか?」
「その作品が問題なのです。【
……【
「エルネ、貴方は店に顔を出さないでって、何度もお願いしたはずよね?」
「つれないこと言うなよ。大体、私が彼らの事を知ったのは、君が裏で【
「なっ……と、とにかく! 貴方は邪魔になるから下がって!」
「だが断る」
エルネチエさんを窘める店員さんがそう言うと、彼女はそれまでの顔を一転して劇画調に変え、その要望を断固として拒絶した。
「この前の
「あ、ありがとうございます?」
顔をさっきまでの笑顔に戻し、大げさな手ぶりをしながら近づくエルネチエさんの言葉に、僕は戸惑いながらもお礼を返した。
「お近づきの記念に、これを進呈するよ」
歩み寄ったエルネチエさんは、流れるような手つきで、僕の頭に何かを被せた。
「えっ?」
「あっ」
「これは……」
被せられた瞬間、不思議な感覚が体を包み、僕を見る皆が漏らした声が、やけに鮮明に聞こえた。
「うんっ思った通りだ。よく似合っているよ!」
「な、なにを……って、これナニ!?」
満面の笑みを浮かべて頷いたエルネチエさんに尋ねながら、被せられた物に触れようと手を伸ばすと、モフッとした感触が手に伝わり、ありえない場所から触られた感覚が送られてきた。
「大変お可愛いらしいです、ベル様!」
「まるで
鏡がないから自分では分からないけど、頭の上から毛に覆われた長いものが生えていた。
春姫さんが僕を見て頬を赤らめ、命さんは驚いた表情を浮かべて居る。
命さんの言葉から察するに、生えているものは兎の耳だろうか。
「お、お似合いですよ、ベル様……ぷふっ」
「ああ……くっ、今まで無かったのがおかしく思える、くらい、ぶはっ、し、しっくりくるな……くっ、ははははははっ!」
「リリっ、ヴェルフまでっ、二人ともひどいよ!」
僕の姿を見て噴き出した二人に声を上げると、連動するように頭の上の耳がピンッと伸び、それを見て二人は更に笑いだす。
「恥ずかしがることは無いぜ、ベル君! 今の君はすっごく可愛いよ!」
「嬉しくないですよ、神様ぁ」
グッと親指を立てる神様に、僕は力なく項垂れる。
「自分がどうなっているか気になるだろう【
「はあ……仕方ないですね。どうぞ、ご覧になってはいかがですか。……あと、私も可愛らしく思いますよ?」
「うぅ……うわ、本当に耳が生えてる」
エルネチエさんに促された店員さんがカウンターの下から、胸から頭までを写せる鏡を取り出して、こちらに向けてくれたので、それを覗き込むと、僕の白い髪と同じ、真っ白な兎耳が頭の上から生えていた。
認めたくはないけれど、そこに写っている僕は
「これぞ私の新作『ケモミミ
「い、いらないです」
「何ぃっ!? ではもっといい物を持って来るとしよう。ちょっと待ってて!」
エルネチエさんに購入を迫られたけど、僕は首を振った。
確かに身体能力を複数上げられるのはすごいけれど、やっぱりその分金額が高いのと、何よりこれを着けてダンジョンを潜ると考えると少し、いやかなり恥ずかしい。
そんなわけで断ったのだけれど、それが意外だったのかエルネチエさんは驚いて、それから直ぐに奥に引っ込んでしまった。
その後を追う様に、呼吸を整え終えた作業着の人たちが、口々に「行かせるな、応援を集めてこい!」と言いながら奥へ向かっていく。
「すみません。うちの副団長が……」
「あ、あはは……」
申し訳なさそうに肩を小さくする店員さんに、僕はあいまいな笑みを浮かべることしかできない。
「しかしベル殿、本当によろしいのですか? その効果を聞くところ、ベル殿にうってつけのアクセサリーだと思うのですが……」
「そうなんですけど、こんなの着けたままダンジョンに潜りたくないですよ」
「まあ確かに、緊張感に欠けちまうな」
「それに高過ぎます。完全に予算オーバーです。もう少し安ければ考えたのですが……」
「嫌だよ!?」
ふとそこで、春姫さんが残念そうな表情をしていることに気付き、僕は春姫さんに声を掛けた。
「春姫さん?」
「……ベル様。本当にそちらの品は買われないのですか? 春姫とおそろいですのに」
「え? ああ、そういえば春姫さんは
「むぅー……」
「何膨れてんだ、リリスケ」
春姫さんの言葉に、リリが頬を膨らまし、ヴェルフがそれを見て呆れている。
変身魔法で獣人になれるリリからすれば、今の春姫さんの言葉は、言外に仲間外れにされたように感じたのかもしれない。
「……先程からベル様を見ていると、春姫はなんだかソワソワしてしまいます。無性に駆け寄りたくなるというか、なんというか……」
リリの様子に苦笑していると、春姫さんの雰囲気が変わったような気がした。
まるで歓楽街に立ち寄った時に、僕を追いかけてきたアイシャさん達と同じような気配。
頬を上気させた
「それどころか、ムズムズとした不思議な感覚が、春姫の下腹部に――」
「ストォーップ! ストップだ春姫君! それ以上の発言は
「は、はい」
おへその下に手を置いた春姫さんから、僕を庇う様に神様が両手を広げて、春姫さんの視線を遮った。
神様とリリが春姫さんに詰め寄り、それを見た命さんが二人を落ち着かせようとしている。
よくわからないけれど、神様に言われた通り、僕はケモミミカチューシャを頭から取り外す。
すると、それまで体を包んでいた感覚が消え、鮮明に聞こえていた周囲の音も、普段のそれに戻る。
「うわ、結構感覚にズレができるな」
「そうなのか、ベル?」
「うん。春姫さんの
アクセサリーによるステータスの強化。それは外付けのものであるが故に、装着中に壊れたり、または外れたりした際、効果が消えてしまう。
平常時ならば何の問題はない。精々勿体ないと思うくらいだろう。
しかし戦闘の最中ならば、話は別物だ。
ダンジョンでの戦闘は命の奪い合いだ。僅かな動きが生死を左右することは、少なくない。
これまでに、アクセサリーよりも遥かに頑強な鎧が、モンスターの攻撃を受けたことで壊れ、剥落したことが何度もある。
モンスターの爪牙が迫るその瞬間、身に着けたアクセサリーが外れてしまったら?
強化されたステータスが元に戻ったことで生まれる、感覚のズレの中、精細な動きが出来るだろうか。
そしてそれが叶わなかった時、自分はモンスターの攻撃から逃れられるだろうか。
これまで幾度も死線を潜り抜け、培われた冒険者としての感覚が、ケモミミカチューシャの着脱にそんな疑惑を浮上させた。
「うーん。なんだか少し不安になって来ちゃったな」
「どうされたのですか、ベル殿?」
取り外したカチューシャを店員に渡し、独り言を吐く。
神様たちを落ち着かせた命さんが訪ねてきたので、先程浮かんだ考えを伝えると、命さんも同じ考えに至ったのか、眉をしかめた。
「成程……ベル殿の懸念ももっともです。自分の使う技は特に『心』と『器』の一致が重要になって来ますので、そういう問題があるとためらってしまいますね……」
僕と命さんが話し合っていると、店員さんが「そういう事でしたら」と、カウンターの奥から手の平大の箱を取り出し、箱を開いて僕たちに見せてきた。
「こちらの指輪は『身代わり君』と言いまして、装着者が負傷した際、どんな攻撃でも一度だけ、ある程度の肩代わりしてくれます。使い捨ての物ですので、効果が発動すると同時に指輪は砕けてしまいますが」
「おおっ、そんなものが! そ、それで価格の方はいかほどで?」
「五百万ヴァリスになります」
「む、無理です!?」
すでに僕たちの懐事情を把握しているのだろう、こういったものもあるという、見本ですよと苦笑する店員さんの話を聞きながら、僕は二か月前を思い出した。
――
ヒュアキントスさんの魔法が当たった際、運よく片腕を負傷するにとどまったおかげで、勝利にこぎつけることが出来た。
しかし、あれは本当に運が良かっただけなのだろうか。今思い出してみると、あの人の魔法の威力は相当なものだった。レベル2の身で耐えられたのは奇跡に近い。
その考えを裏付ける様に、戦闘を終えた時、つけていたペンダントは砕け散っていた。
あの時は魔法の余波のせいだと思っていた。でも、もしあれが『身代わり君』と同じ効果を持った物だとしたら?
――五百万ヴァリスになります。
――む、無理です!?
先程の店員さんと命さんのやり取りが頭の中で繰り返される。
(まさ、か――)
脳裏に思い浮かぶのは、いつかの
ペンダントと同じく、シルさんから僕の手に渡り、既にガラクタと化した超高額
背中に刻まれた魔法のスロットに手を当てると、そこが熱を帯びている気がした。
ただの本になった
サーッという音が聞こえてきそうなほどに、頭の血が下がっていく。
血圧が急激に下がったことで、意識を手放しそうになる僕の耳に、奥の方からドタドタと足音が聞こえてきた。
「お待たせ―! さっきよりももっとすごいの持ってきたよ! 他の人たちの分もあるから、この中から選んで!」
エルネチエさんが、一抱え程ある木箱を担いで、戻ってきた。
「ちょっとエルネ、貴方を追いかけていた皆はどうしたの?」
「え? なんか邪魔だったから、
「アイツ等買収されやがった……!」
頭を抱えながら崩れ落ちた店員さんには目もくれず、エルネチエさんは木箱の中から二本のベルトが付いた箱を取り出した。
「私は『神秘』持ちだからね、
エルネチエさんが言うには、
ただし飛び上がるだけで、飛行することはできない。
「なかでもこの『
次に見せられたのは紅い宝石がはめ込まれた腕輪。
装備すると耐久が上がり、全ての攻撃に火炎属性が付与される。
ただし全身が炎に包まれるため、装備時には
「なんだい、さっきから私の作品にケチをつけないでくれよ」
「貴方がいつもいつも変な物ばかり作るから、
「でも高値で売れる物も作ってるだろ?」
「だからタチが悪いのよ!」
店員さんがエルネチエさんに掴みかかるのを横目で見ながら、僕たちはエルネチエさんの持ってきた作品を見せて貰っていた。
「性能はともかく、どれも作りは見事な物ばかりだな」
「ええ、この見た目だけでも、高値がつけられるのも頷けます」
ヴェルフは職人としての目線で、リリは養われた目利きで作品の数々を評していた。
二人の言う通り、エルネチエさんの作品はどれも綺麗で、芸術に疎い僕でも、彼女の
ふと、何かに背を押されたように、僕は箱の中に手を伸ばした。
意識したわけじゃない。
だけど、いつの間にか僕の手には大きな輪っかが握られていた。
「これ、何だろう……?」
他の者と比べて、特別目を引くような物じゃない。装飾も殆どされておらず、それらしいのは中心にはめ込まれている、親指ほどの緑色の石くらいだ。
「――お目が高いね。【
「うわぁっ!?」
いつの間に近付いたのか、後ろから僕の肩を掴んだエルネチエさんが、耳元に口を寄せて囁いた。
とっさに耳を抑えながら振り向くと、エルネチエさんは満面の笑みを浮かべて居た。
「それは私の新作の一つ『ハーフ・リング』だよ」
「は、
「んー、ちょっと違うかな。意味としては『
「それは、どういう……」
「早い話が、装着した者を子供に変身させてしまうのさ」
エルネチエさんのその言葉に、聞かされていた僕よりも速く神様たちが反応した。
「子供のベル君だってぇ!? ベル君、今すぐそれを着けるんだ!」
「そしたらリリとおそろいですよ、ベル様!」
「え、ちょ、ちょっと神様、リリ?」
突然声を荒げて迫ってきた二人に、たじろいでいると、手の中の『ハーフ・リング』が抜き取られてしまった。
「えい」
「ちょっ――」
ガチン、と首輪だったらしい『ハーフ・リング』をエルネチエさんが僕につける。
突然の事に声を上げようとした瞬間、僕の視界は真っ白に染まった。
続きはクリスマス