ショタベル・ミィス   作:人工衛星

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続伝 ソード・モフ兎リア

 エルネチエが不意を突き、ベルの首に『ハーフ・リング』を装着した瞬間、ベルの体は白い光に包まれた。

 その光に、周囲に居た者達の目がくらみ、ぼやけた視界が鮮明さを取り戻した時には、子供の様に背丈を縮ませ、顔を幼くしたベルの姿がそこにはあった。

 しかし、その様子はどこかおかしく、仲間(ファミリア)の事はおろか、主神(ヘスティア)のことすら忘れているようだった。

 これは一体どういうことかと、元凶であるクレドネ・ファミリア副団長、【大草原(トリプルダブル)】のエルネチエ・スティバルリアを問い詰めたところ、彼女は悪びれることなくヘスティア達の問いに答えた。

 

「いやあ、実は『ハーフ・リング』が完成したのがつい昨日の事でね。私も実際に効果を見たのはこれが初めてなんだ」

「じゃあ君はベル君を実験台にしたのかい!?」

「それよりも今はベル様のことですヘスティア様! どうしてリリ達の事が分からなくなっているんですか、答えてください!」

「この『ハーフ・リング』は、肉体をパルゥム並――つまりは子供の状態に回帰させるんだけど、どうやら副次効果で記憶まで子供の状態に戻ってしまうみたいだね」

「なっ……時間に干渉するなんて、そんな魔道具(マジックアイテム)聞いたことがありませんっ」

 

 ベルの首に嵌められた『ハーフ・リング』の効果に唖然とするリリ。それもそのはず、時間という絶対的な物に干渉できるのは、それこそ『神の力(アルカナム)』でしか成し得なかったからだ。

 

「まあぶっちゃけると、装身具(アクセサリー)魔道具(マジックアイテム)の効果で体の大きさをパルゥムに近付けるのは不可能でね。そこで私は行動範囲の縮小という、弱体化(デバフ)として、知り合いの呪術師(ヘクサー)に協力してもらって、肉体を子供の状態に変化させることに成功したんだよ! 凄くない!?」

「ヘ、呪術師(ヘクサー)という事は、この首輪は呪道具(カースアイテム)ですか!?」

「やべぇぞ、早く外せ!」

「ひぅ……っ」

 

 魔術師(メイジ)の一種である呪術師(ヘクサー)の手によって作られる、忌み嫌われし道具、それが呪道具(カースアイテム)である。

 装備した対象に『呪詛(カース)』をかける道具が、相棒の首に着けられたことを知ったヴェルフは、泡を食ってベルの首輪に手をかけた。

 知らない大人にいきなり首を触られたベルは、潤んでいた瞳を更に潤ませ、喉を引き攣らせる。

 

「ぐっ……ちょっと我慢してろ! ――ってか、外れねえ!」

 

 小さな子供に(おび)えられるという精神攻撃(ダメージ)に、胸の痛みを覚えながら、一刻も早く呪道具(カースアイテム)を解除しようとヴェルフは手を動かした。

 しかし首輪の接続部が溶接されたように固く、完全に接着していて外せない。

 

「あー、駄目だよ。知り合いの呪術師(ヘクサー)が言うには、肉体を変化させた副作用で、解呪しないと『呪詛(カース)』も呪道具(カースアイテム)も外せなくなっているんだって」

「ふざけろっ!?」

 

 何でもないことの様に告げるエルネチエの言葉に、たまらず怒鳴るヴェルフ。

 その怒鳴り声にベルは更に委縮してしまう。

 

「ヴェルフ様、ベル様が怯えています。いったん離れて下さい」

「あ、ああ」

 

 リリの言葉で僅かに冷静さを取り戻したヴェルフが、首輪から手を放し、後ろに下がるも、子供となったベルは怯えたまま、目を固くつぶり、小さくなってしまった。

 ベル本人からすれば、突然知らない場所に来たような感覚なのだろう。

 恐怖に震えるベルを前に、誰もが手をこまねいていた。

 そんな、ベルの一大事に慌てる眷属たちを、落ち着かせるように、ヘスティアはヴェルフ達に声を掛けた。

 

「まあまあ、解呪で外せるのなら話は簡単だよ。確かミアハのとこの、ナァーザ君が呪いを解く道具(アイテム)を作れたはずさ。この後ベル君を『青の薬舗』に連れて行こう」

「えっ……神ヘスティア、それは困ります。解呪されたら『ハーフ・リング』はただの『・リング』になってしまいます」

「君ちょっと反省した方がいいよ」

「申し訳ありません、本っ当に申し訳ありませんっ!」

 

 (おや)として、眷属(こども)に害を加えられた事に対して、他所の(こども)の自分本位な姿に呆れと、僅かな怒りをにじませた半目を送るヘスティア。

 全ての元凶であるエルネチエと同じ、クレドネ・ファミリアの一員である店員は、神の機嫌を損ねてしまった事も含め、すでに熟練の域にまで達した高速の謝罪を繰り返した。

 

「――というわけで、だ。今はこの普段に増して可愛くなったベル君を、存分に堪能しようじゃないかー!」

「何がというわけなのか、さっぱり分かりません!」

 

 我が子を思う親としての姿を見せたのも束の間、ヘスティアもまた、神の一柱に他ならなかった。

 欲求に正直な神の例に漏れず、己の最も愛する眷属の、普段見れない姿を愛でようとする姿は、どこかの絶壁神(ロキ)にそっくりであった。

 

「店員君っ、ちょっとそのカチューシャを渡してくれないか」

「は、はいっ」

 

 ベルが外したカチューシャを、店員から受け止ったヘスティアは、再び幼くなったベルの頭に取り付けた。

 

「ふおぉぉぉー――――――っ!!」

「べ、ベル様可愛いっ!」

「ム、ムズムズが……」

 

 小さなベルに取り付けられた瞬間、神経が通ったように上に伸びていた兎耳が垂れ下がり、今の心情を表すかのようにプルプルと震えた。

 いまだ目を瞑り、体を震わせていることも相まって、臆病な子ウサギそのものなベルの姿は、少年に思いを寄せる女性陣には、たまらなく庇護欲をそそられるものだったらしい。

 しかし、ヘスティアはそこで満足しなかった。

 その紅玉(ルベライト)のような瞳も合わせての、ベルの魅力だ。

 瞼の奥に閉じこもった瞳を誘い出すように、少年が捕らわれている、恐れという闇を振り払う聖火のごとく。

 聖女の様に慈愛をこめた笑みで、慈母の様な優しい声で、怯える少年に囁きかける女神が――そこに居た。

 

「ハア、ハア……ベ、ベル君、目を開けてごらん……だ、大丈夫。何にも怖くないよ……ふひひ」

 

 脳内に浮かんでいる己の姿と、現実の姿との差異が激しい。

 息を荒げ、鼻を伸ばしながらベル(ショタ)に声を掛けるその姿は、どうみても不神者(ふしんしゃ)であった。

 場所が場所なら一発でお縄につくこと間違いなしの顔である。

 しかし相手は成長してなお、純粋さを失わなかった少年。それが心身ともに幼くなったとなれば、その無垢さは推して知るべし。

 息を荒げながら告げられた言葉を、素直に信じてしまった哀れな子ウサギは、ゆっくりと瞼を開けて、声の主を視界に入れた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「か、可愛いよぉっブェールきゅぅーん!」

「――ほ、ほぁああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 

 瞳を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは、だらしない表情を浮かべ、両手の指をワキワキと動かしながら近づいてくる不審神物(ふしんじんぶつ)

 そんな相手が己に抱き着こうと、両手を広げるものだから、少年のキャパは限界を超え――脱兎のごとく逃げ出した。

 

「ベ、ベルくーん!?」

「何やっているんですか、ヘスティア様!」

「早く追いかけましょう!」

 

 奇声を上げながら走り出したベルは、瞬く間に店の扉をくぐり抜け、外に飛び出してしまった。

 代金未払い商品を外に持ち出されないよう、扉の前に立っていた警備の男も、一連の動作のあまりの素早さに、止めることが出来なかったようだ。

 慌てて床に落ちたベルの装備を拾いあげ、少年の後を追いかけて外に出た、【ヘスティア・ファミリア】の者達が目にしたのは、すでに豆粒ほどに小さくなった子ウサギの背中であった。

 

「おい、いくら何でも速すぎるだろ!」

 

 最速でレベル4に至った【白兎の脚(ラビットフット)】の名に恥じぬその敏捷は、『逃走』のアビリティを加味してもなお信じられない速さだった。

 

「それはそうだよ。今の【白兎の脚(ラビットフット)】は『ケモミミ髪帯(カチューシャ)』の敏捷向上に合わせて、『ハーフ・リング』の敏捷向上が付いてるんだから」

 

 レベル2にランクアップを果たした冒険者の目と足をもってしても、見失いそうになる子ウサギの背中に、驚愕の声を漏らすヴェルフ。その背から聞こえてきたのは、生徒の質問に答える教師のような声だった。

 

「【大草原(トリプルダブル)】っ、なんでここに!? というか、あの首輪は体を小さくさせるだけじゃないのか!?」

「いやぁ、君達を追いかけろと怒られてしまってね。それと、私がその程度で妥協するような職人に思われるのは(はなは)だ心外だよ。『ハーフ・リング』は装着者をパルゥムに変身させるなりきり(パーティー)グッズだよ? ちゃんと身体能力をパルゥムに近付けてあるとも」

 

 エルネチエは追走を続けながら、ヘスティア・ファミリアに己の作品のもたらす効果を紹介し始める。

 

「『ハーフ・リング』は装着者の肉体をパルゥムに近付ける。それは身長、容姿はもちろん、その小回りの利く敏捷と、器用さを向上させる。更に種族的特徴である高い視力も装身具の効果によって再現させた、私の最高傑作!」

 

「加えて『ケモミミ髪帯(カチューシャ)』の敏捷、跳躍力向上と聴覚向上が合わさればまさに無敵! その眼と耳は追跡を察知し、重複して強化された敏捷が、歩幅の小さい子供の脚を、逃れられぬものなど何もない神速へと変える!! お値段はなんとっ、今なら二つ合わせて七八〇万ヴァリス!」

 

「「「ふざけんな(ないで下さい)っ!!!」」」

 

 作品紹介が終わる頃には、ベルの背中は見えなくなっていた。

 それが当然とばかりに作品の性能を誇らしげに語る元凶に、ヴェルフ、ヘスティア、リリの三人が堪えきれずに怒声を上げた。

 

 

 * * * *

 

 

 オラリオに本日二度目の怒号が上がるのと同じ時刻。

 二人の給仕姿の女性が北東のメインストリートを歩いていた。

 

「まったく……シルの奴には迷惑をかけられるニャ」

 

 一人は獣人のキャットピープルで、呆れていることを表すように、両掌上に向けて肩をすくめている。

 

「同僚に対してそう言った事を言うのは感心できません、クロエ」

 

 もう一人の方はエルフであり、空色の瞳を細め、隣を歩く獣人を(たしな)めた。

 

「リューは本当にシルの事が大好きだニャー」

「シルは私の恩人ですので」

 

 二人は現在、働いている酒場の女将に頼まれ、調理道具を扱っている商店に向かっている最中だった。

 

「――いやでもまじめな話、シルが料理するのはいい加減止めて欲しくない?」

「……」

 

 それまでと表情を一変させたクロエが、普段の語尾すら着けなくなった言葉に、リューは何も言えずにいる。

 

「特に最近は、どこから入手してきたのか分からない調味料……調味料? をアレンジに使い始めているし……」

 

 口調が昔の物に変わってしまうほど思いつめたクロエは、自分たちがここに来ることになった理由を思い浮かべた。

 

「私、調理中に鍋が溶けたの初めて見たわ」

「最近のシルの料理は特に奇抜ですから……」

「奇抜なんて可愛い物じゃないでしょ、アレ。というか、アレを料理と呼びたくないわ。間違って口に入れでもしたら、耐異常持ってても死ぬわよ」

「……私もそう思います」

 

 想像したのか、顔を青くしたクロエの言葉に、一連の出来事をクロエと共に目撃していたリューが、大切な友を庇いきれず、沈痛そうに眉を歪めながら同意を返した。

 

「あんな料理で【白兎の脚(ラビットフット)】が落せるのかしらね?」

「……シルならばベルと良好な関係を築けるでしょう。そう言った懸念は不要かと」

 

 クロエに含みのある笑みを向けるられたリューは、()()と視線を逸らして己の考えを口にする。

 

「――ニュフフ、まぁ? 少年のぷりっとしたお尻は、既にミャーの物だからニャァ。他はシルにくれてやってもいいかニャー?」

「訂正しなさい」

 

 雰囲気と口調を普段のものに戻し、それまでの空気を払しょくするためにクロエが叩いた軽口の内容に、リューが間髪入れずに口を挟んだ。

 

「ベルの臀部(でんぶ)はクロエの物ではありません。発言の訂正を求めます」

「ひっ……じょ、冗談ニャッ、冗談! だからそんな瞳孔の開いた瞳で見ないでほしいニャー!?」

 

 クロエの発言が琴線に触れたのか、ガンギマリした瞳をクロエに向けるリューに、クロエはガチでビビった。

 ――最近のリューは【白兎の脚(ラビットフット)】がからむと様子がおかしくなる。

 潔癖なエルフの中でも、特にそれが顕著なリューに春が来たのか。そして相手がシルの想いを寄せる冒険者と同じであるだろうことから、近く修羅場へ発展するのではないか。

 最近の『豊穣の女主人』で働く同僚の間では、もちきりの(ネタ)話だ。

 もちろんクロエもその噂を聞いている。

 というか積極的に話題に上げさえする。噂の内容を知らないのは当事者のリューとシルだけだ。

 それゆえクロエ達はリューとの会話中、しばしば話題に【白兎の脚(ラビットフット)】を出して、その反応を内心で面白がっていたのだが、今回は完全に裏目に出てしまった。

 

「ぁー……あっ! あんなところに白兎がー!」

「……っ!?」

 

 めちゃくちゃ怖い顔を向けるエルフの気を逸らそうと、話題の種を探すクロエは、目に入ったそれに飛びつく様に叫び、人差し指を向けた。

 リューはクロエの言葉に肩を跳ねさせ、指が刺された先を反射的に向いてしまう。

 

「プププ。引っかかったニャ。少年じゃなくて兎人(ヒュームバニー)でしたー」

「……」

 

 二人が向かっていた先からこちらに爆走してくる、幼い白毛の兎人の姿を、少年と勘違いしたのかとからかうクロエ。しかし、からかわれたリューは何の反応も返さなかった。

 

「……あの、なんか言ってくれると助か」

「待ちなさい。なにか様子がおかしい」

 

 予想以上に気落ちされたのかと、心配になったクロエが声を掛けると、それに被せる様にリューが口を開いた。

 その言葉にクロエもまた、近づいてくる兎人(ヒュームバニー)を再度見る。

 

「……急いでいる、いや、逃げている?」

「……話を聞いてみましょう」

 

 走りながら何度も後ろを確認する姿は、何かを恐れて逃げているようで、その様子にリューの『正義』が刺激された。

 すぐさま発言を行動に移したリューと、合わせる様にクロエが走り出した。

 近づいてくる兎人はその速度から見て、第二級冒険者(レベル4)並みの身体能力の持ち主。しかしそれに駆け寄る二人もまたレベル4。

 修羅場を幾度も越え、経験を積み重ねた二人には、技術の片鱗も臭わせない幼い少年を相手取ることは容易であった。

 

「つーかまえたっ」

「うわぁっ」

 

 顔を後ろに向ける少年を、近づいたリューが優しく投げて速度を殺し、浮いた少年の体をクロエが捕獲(キャッチ)する。

 一瞬の連携に、兎人の少年は何が起きたかもわからないまま、クロエの腕の中に収まった。

 

「町中であんな速度で走ると危険だニャ」

「少年、私達の目には何かから逃げる様に見えましたが、話を聞かせて貰えますか。力になれるかもしれない」

 

 突然の事に目を白黒させていた少年は、リューの言葉に顔を上げ、自身を見下ろすエルフに目を向けた。

 そこで初めて少年の顔を視認したリューが、空色の目を見開き驚きを露わにしたが、声を掛けられた少年はそれに気付かず叫んだ。

 

 

「――助けてっ」

 

 

「助けてって……穏やかじゃないニャァ。まあ、格好で一目瞭然だけど」

 

 クロエが少年の姿に目を細める。少年の様相は普通ではなかった。

 サイズの合っていない服。それも上の物のみ。

 靴は履いておらず、裸足でストリートを駆けたせいで足裏は砂ぼこりに塗れている。

 極めつけはその首に嵌められた金属製の首輪だ。

 首輪の中心に緑色の石がはめ込めれていることから、何らかの魔道具(マジックアイテム)である事が(うかが)い知れる。

 『人さらい』。そんな単語がクロエの頭に浮かんだ。

 

「リューどうするニャ? また賭博場(カジノ)の時みたいな厄介事に首突っ込むことになるかも……リュー?」

 

 少し前に目の前の同僚が解決した、一連の騒動の様になるかと危惧したクロエが、少年を見下ろすリューに尋ねるも、返事が返る様子がない。

 どうかしたのかと、再度リューの名を呼べば――

 

「……可憐(かれん)だ」

 

 ――ポツリと、漏らすように口走られた言葉に、コイツ誰だと目を剝いた。

 

「ど、どどどどうしたニャ、リューの気は確かかニャッ?」

「私は至って平然です。クロエこそどうしたのです」

 

 あっ、聞き間違いかな。そう思ったクロエを置いて、リューはクロエの抱く少年に声を掛けた。

 

「一体何があったのか、話を聞かせて貰えますか」

 

 再度リューが少年に尋ねると、少年は口を開いた。

 混乱しているのか、その内容は時系列がバラバラで、支離滅裂な物だったが、要約するとこうだった。

 少年は昨日まで祖父と共に田舎の村で暮らしていた。

 しかし、目を覚ますと知らない場所で、知らない人たちに囲まれて、その人達から飛び掛かられたり、首に手をかけられたりした。

 怖くて目を伏せていたが、大丈夫だと声を掛けられたので目を開けた。

 しかし、その声の女性の浮かべる表情と動きに恐怖を覚え、とっさに逃げだした。

 目を覚ました建物から外に出ると、周りは知らない物ばかりで、向かう先も分からず走り続け、ここにいるとの事だった。

 クロエは少年の話す内容に、――僅かな違和感を覚えながら――特大の厄ネタだと顔をしかめた。

 同時に目の前のエルフがそんな話を聞いて、無視をするはずがないとも理解(よそう)していた。

 

「話は分かりました」

 

 ――そら来た。

 仕方ない、今回は付き合ってあげるか。と苦笑を浮かべながら、お代に何日か仕事を代わって貰おうかなと、クロエは皮算用をした。

 

「安心しなさい。何が来ようと、貴方の身は私が守ります」

「……、……ん?」

 

 あっれー? 聞き間違いかなぁ、なんか予想と違うぞー?

 笑みを浮かべた表情が固まり、冷たい汗が頬を伝う。

 

斯様(かよう)に可憐な少年を狙うとは、許されざる蛮行です。『正義』の名において、不届き者には罰を与えなくては」

「リ、リュー? どうしたのニャ、さっきからちょっとおかしいニャ」

 

 これまでのリューのやり方ならば、少年を安全な場所へ移した後、綿密な情報収集をして、少年に危害を加えた個人だか、組織だかを潰しに行っただろう。

 普段とはまるきり違ったリューの言動に、動揺を隠せないクロエは、そこで気付いた。

 

 ――この兎人、【白兎の脚(ラビットフット)】を幼くした感じにそっくりニャ。

 

 

 クロエの脳裏によみがえる、(ネタ)話の一つ。

 ――最近のリューは【白兎の脚(ラビットフット)】がからむと様子がおかしくなる。

 

 件の少年とは種族の違う兎人でも、見た目がそっくりなら適応されるのか。

 クロエは人知れず戦慄を覚えた。

 姫を護衛する騎士(ナイト)のような態度でありながら、纏う空気は狂戦士(バーサーカー)の様に荒々しい。

 このままでは少年を追いかけてくる存在が居た場合、このメインストリートが血の海に沈んでしまう。

 そんな未来図が容易くクロエの脳裏に描かれた。

 

「さ、先にこの兎人を安全なところに連れて行くのが、いいんじゃないのかニャ?」

「ええ、そのほうが少年の為にも良いでしょう」

 

 ――よしっ!

 暴走が予期されるリューの手綱が引けたと、内心でガッツポーズを取る。

 

「クロエは少年をギルドへ護送して下さい。……私はここで追手がこないか見張ります」

「あっ、はい」

 

 ……駄目だニャ。今のコイツの手綱引くとか、ミャーには荷が重すぎたニャ。

 早々に諦めたクロエは悟った顔でリューに一応の忠告をする。

 

「あー、じゃあミャーは少年を連れて行くから、程々にしとけニャ」

「……それは保証できません。私はいつもやりすぎてしまう」

 

 ――自覚あるなら手加減しろよ。

 喉元まで上がってきた言葉をなんとか飲み込んだ。

 

「お、お姉ちゃん、そんなことしたら危ないよ。一緒にいよう?」

 

 おいヤメロ。空気読めバカウサギ。

 話を聞いていたのか、それまで二人の邪魔をしない様、静かにしていた少年は、ここに残ると言ったリューに、潤んだ瞳を向けてそう言った。

 

「……大丈夫です、心優しい少年。貴方に降りかかる危機は全て、私が葬り去りましょう」

 

 穏やかな笑みを少年に向ける、リューの纏う空気に圧が増すのを、クロエには察知できた。出来てしまった。

 クロエは無言で走り出した。

 一刻も早く(これ以上余計な事を言う前に)少年を安全な場所に届け、リュー(ポンコツ)を抑えなければ。

 

 

 ……どうしてこうなった。

 そう思いながら、腕の中で震える少年を連れて、ギルドへ走るクロエだった。

 

 

 

  * * * *

 

 

 

「――暇ね」

 

 ――また始まった。

 オッタルは、鋼の自制心で自身の表情筋が動くのを許さなかった。

 目の前の女性が、憂いの表情でため息を溢す姿は、もしも精微に絵画に写せたのなら、それは後世にまで残すべき至宝となるだろう。 

 そんな美の化身である、己の主神のフレイヤは、バベルの最上階から都市を見下ろしながらそう言った。

 フレイヤは、たまに『発作』を起こす様にフラりと旅に出る事があった。――それも眷属(ファミリア)を連れず、一人で。

 曰く、『運命』――己の隣に立つにふさわしい『伴侶(オーズ)』――を探すためだと言うが、振り回される身としては気が気でなくなる。

 最近は見初めた他派閥の冒険者に興味を注いでいる為、旅に出る事は無くなったが、その分、件の冒険者に『試練(ちょっかい)』を出すことが幾度かあった。

 しかし、都市の存亡がかかった大事件に、フレイヤ・ファミリアが関わったのはつい先日の事。

 『敵対派閥(ロキ・ファミリア)』に協力する形で、ファミリア幹部が戦闘に参加した一連の騒動は、派閥関係者に大きな怪我をする者は出なかったものの、相手は規格外の攻撃を繰り出す未知の敵であった。

 ――あれだけのことが起きて直ぐだというのに、もう『暇』になってしまわれたのか。

 そうオッタルが考えてしまうのは無理もないことだろう。

 

「ねえオッタル? あの子にまた悪戯(なにか)してあげようと思うのだけど、今度は何がいいかしら」

「……かの者は先日『遠征』に失敗し、負傷を負っているとの話です。手をお出しになるとしても、少し間を置くべきかと愚考いたします」

「ええ、聞いているわ……でも、例の騒動でも活躍したそうじゃない。それも貴方が称賛する程の力を振るったとも」

 

 敵の黒幕が用意した策謀を、その冒険者が(くじ)いたことは、既に報告してある。

 その中には人造迷宮(クノックス)全域を響き渡らせた、大鐘楼の音の事も入っていた。

 

「私の知らないあの子を貴方達が知っているのは、……少し嫉妬しちゃうわ」

 

 報告の際、フレイヤが楽しそうに聞いていたので、かすかな安堵を覚えたのは記憶に新しい。

 しかしそれだけではなかったのだ。

 楽しんでいたのは本当。

 だが、その裏でオッタル達に嫉妬も感じていたのだと、フレイヤは言っているのだ。

 

「貴方のお気に障ったのであれば、如何様にも罰を受けましょう」

「あら、別に怒ってはいないわ。ただ、そうね。私もあの子の新しい一面を見てみたいだけ」

「……今のロキ・ファミリアは事を終えたばかり。些細な事にも敏感になっているでしょう。敵対派閥(フレイヤ様)が動きを見せれば首を突っ込んでくるかもしれません。しばしの時をお待ちください」

「……仕方ないわね」

 

 拗ねた少女の様に唇を尖らせる主神に、心の内で安堵の息を吐くオッタル。

 しかし、その安堵も束の間。巨大な窓ガラスに手をつき、下界を見下ろすフレイヤの様子がおかしいことに気付く。

 

「――オッタル」

「はっ」

「今から言う子供を一人、攫って来てくれないかしら」

 

 主神から下された神託(ことば)を理解し、返事をするまでオッタルはしばしの間を要した。

 

「……それは」

「今ね、とても面白そうな事になっているみたいなの。あの子を近くで見てみたいわ」

 

 曇りなく磨かれたガラスに写る、都市のどこかを見つめるフレイヤの瞳は、熱を孕んでトロリと潤み、その頬は赤みがさしていた。

 室内に扇情的な香りが立ち込み始め、オッタルは自身の雄が刺激されるのを自覚した。

 同時に、自身が主神の命に従い、所望の子供を主神に差し出せば、その子供がどうなるかも――察した。

 

「……申し訳ございません、フレイヤ様。その命令に承服できません」

「どうして? ヤル事スませたらすぐに帰すわ」

 

 フレイヤの背中に、巨大な(ドラゴン)が口から流涎(りゅうぜん)するのを、オッタルは幻視した。

 

 

「――ねえ、オッタル。お願いできないかしら?」

 

 微笑みを浮かべるフレイヤが放つ神意に、全身を晒されながらも、オッタルは都市最高(レベル7)の冒険者に恥じぬ、毅然とした態度を崩さなかった。

 

「もし事が露見した場合、フレイヤ様の御名に傷が出来かねません」

 

 頑として譲らないオッタルの姿に、フレイヤは神意を収め、代わりに頬を小さく膨らました。

 

「あなたってば、本当に頑固ね」

「申し訳御座いません」

「……そう、残念だわ。とても残念」

 

 オッタルが決して引かないと悟ったのだろう。普段よりも更に無垢な光を強めた、今は幼き子ウサギを、腕に抱くことを諦めたフレイヤは、言葉通り残念そうにため息を吐いた。

 しかし、フレイヤはそれでもいいと思えた。

 この『想い』は、いつか少年が己のモノになった時までにとっておこう。

 これまでよりも更に少年への執心を強めながら、美神は笑みを深め、透明な光を放つ子ウサギを見つめていた。

 

 

 

「――……本当にダメ?」

「駄目です。フレイヤ様」

 

 

 こうして、純粋無知な子ウサギの純潔は、人知れず【猛者(おうじゃ)】の手によって守られた。

 

 

 

 * * * *

 

 

 ……頭痛が痛いニャー。

 

 知能指数の低い事を思い浮かべながら、クロエはストリートを全力でかけていた。

 腕に抱える幼い兎人が、己の服にしがみついて、全身にかかる風圧に耐えているのが分かる。

 それに申し訳なさを感じながらも、しかしクロエは速度を緩めない。

 今は同僚(ポンコツ)が現行犯逮捕されるかどうかの瀬戸際なのだ。

 ギルドまで少年を送り届け、事情を説明し、保護されたのを見届けた後、速やかに現場に戻り、一人残ったポンコツ(リュー)を連れて撤収。あるいは証拠隠滅の後、逃走しなくてはいけない。

 故に、今は一秒すらも惜しみ、昇華した敏捷(ステイタス)を全開で発揮していた。

 

「フギャーッ、ギルドまで遠いニャーッ」

 

 しかし、クロエの敏捷をもってしても、北東のメインストリートからギルドまでの距離は、近くは無かった。

 

 腕っぷしが強くて、信用できる奴がいたら、少年を預けてリューを止めに行けるのに。

 焦るクロエは、そんな都合のいい考えを思い浮かべた。

 そんなクロエの日頃の行いが良かったのか、それとも、腕の中で震える子ウサギの幸運か。

 ――結果として、クロエの願いは、ギルドに行くまでもなく叶った。

 

「あーっ! そこの冒険者達、ちょっと止まるニャ!」

 

 視界に入った金色の光に、気付いた時にはクロエは叫んでいた。

 

 

 

 * * * *

 

 

 迷宮都市オラリオ。その北端に居を構える『黄昏の館』。

 周辺の物と比べて、高さも、面積も群を抜いて大きな建物こそが、都市最高峰の探索(ダンジョン)系ファミリアの一つ。ロキ・ファミリアの本拠(ホーム)であった。

 その一室に、幹部であるアマゾネス姉妹と金髪金眼の少女の姿があった。

 三人は、ここにはいないエルフの少女の事で話し合っていた。

 

「あれからレフィーヤの元気がないねー」

「仕方ないでしょ。あれだけのことがあったんだから」

 

 褐色の肌を持つ双子の姉妹。ティオナとティオネが悩まし気な表情を浮かべて、そう言った。

 都市(オラリオ)の破壊を目論む黒幕(エニュオ)の野望を阻むため、ロキ・ファミリアは小さくない犠牲を出しながらも、数度の人造迷宮(クノックス)への突入(アタック)を経て、他派閥の協力を仰ぎ、数々の苦難の末、『神』を天に送還、都市の存続に成功した。

 クノックス制圧の際、多くの人命が失われた。

 その中にはレフィーヤと親しかったエルフの一人も含まれていた。

 そのことでレフィーヤが負った心の傷は深く、それでも気丈に振舞おうとする彼女の姿が痛々しく、ファミリアの者達は彼女を心配していた。

 どうにか彼女を元気づけられないか、レフィーヤを想う三人は話し合う。

 

「うーん、何かいい方法はないかなー」

「普段のレフィーヤなら、アイズが話しかけたら一発なんだけど……どうだったの、アイズ?」

「……返事はしてくれるけど、ずっと上の空みたいで……」

「アイズでもダメかー……」

「どうしたものかしらね」

 

 あーでもない、こーでもないと悩む中、おずおずとしながらアイズが提案を出した。

 

「この前、私が落ち込んでいる時、ティオナ達が町に連れ出してくれて、その、嬉しかったから、その時みたいにすれば、どうかな……?」

 

 少し頬を赤らめるアイズの言葉に、ティオナの頬が喜びで緩む。

 ティオネはアイズの提案に顎に手を当てて考え込み、自身の考えを口にした。

 

「そうね……今のレフィーヤを強引に連れ出そうとしても、かえって逆効果になるんじゃないかしら」

「じゃあさー、プレゼントなんてのはどう? あたしらでレフィーヤが喜びそうなもの贈ろうよ」

「あら、珍しくいい意見だすじゃない」

「なにをーっ!?」

 

 ティオネの言葉にティオナが噛みつきながら、三人は部屋から出る。

 目的が決まった冒険者の行動は迅速であり、それは日常でも変わらなかった。

 大切な仲間の笑顔を取り戻すため、少女たちは町へ繰り出した。

 

 

 

 

「――で、何買うかは決めてるの?」

「それをこれから考えるんじゃん」

「つまり考えてなかったと」

「そんなこと言うティオネこそ、何か考えはあるのー?」

「アンタのした提案なんだから、すぐ思い浮かぶわけないでしょう」

「つかえなーい」

「コ、コイツ……」

 

 ホームから出た三人は、とりあえず色々な物が集まる中央に向かって、ぶらぶらと歩いていた。

 

「アイズは、自分が貰って嬉しい物とかある?」

「……じゃが丸くんとか?」

「却下ね」

「あ、あと、剣とかも駄目だよ。レフィーヤは魔術師だもん」

「……」

 

 自分の好物を否定され、次策も口に出す前に潰されてしまったアイズは、しょんぼりした。

 そっちが聞いたから言ったのに。と、小さな自分(アイズ)も口を尖らせている。

 

「服とかも最近買ったばかりだしなー、私は英雄譚を読むと元気出るけど、レフィーヤは違うだろうし、ティオネは?」

「私は団長が居れば、それだけで最高の気分になれるわ」

「……ブレないねーって、今はレフィーヤが喜ぶものは何かって話じゃん。ティオネの事は聞いてないってば」

「いっそ物から離れてみるのも手ね。かえっていい案が浮かぶかも」

「えー、何も浮かばないよ。アイズは?」

「これをすれば元気になる事ってある?」

 

 再び話を振られたアイズは考え込む。

 自分が元気になる事、己を振り返ったアイズの脳裏に、城壁の上で(いつか)の光景がよぎった。

 

「……モフモフ」

「え? なに――」

 

「――あーっ! そこの冒険者達、ちょっと止まるニャ!」

 

 突然背後からかけられた声に、三人が振り返ると、給仕姿の猫人(キャットピープル)が自分達に向かって駆け寄ってきていた。

 

「酒場の店員?」

 

 ティオナが呟いた通り、その人物は、三人の主神であるロキが気に入っている酒場、『豊穣の女主人』で働く従業員の一人であった。

 

「常連さん達にこの少年の保護をお願いしたいニャ! 面倒事に巻き込まれているみたいで、今うちの同僚が人生の岐路に立たされているのニャ、事が落ち着いたら迎えに行くから、それまでよろしく頼みますニャッ!」

 

 店員はアイズ達に近付くと、焦っていることを隠しもせずに、一方的に頼みごとを口にして腕に抱えていたソレをアイズに押し付けた。

 

「お、お姉ちゃん?」

「少年っ、そのお姉さん達に着いていくのニャ。そいつ等と一緒に居れば安全だニャ」

「お姉ちゃん達は?」

「心配するニャ。ミャー達もその三人ほどじゃないけど、そこそこ強いからニャ。――じゃあ、後はお願いしたニャー!」

 

 それだけ言うと、店員はアイズの腕の中に移された少年を置いて、来た道を戻って行ってしまった。

 

「……何だったの、今の」

「……さぁ?」

 

 呆然とする双子をよそに、アイズは渡された少年を見た。

 少年は兎人(ヒュームバニー)の様で、白い髪と同じ毛色の長い耳を生やしていた。

 店員が言っていた面倒事とは、成程。少年の服装と首輪が、その異常性を十分に訴えかけている。

 

「どうするのよ、この子」

「まーでも、お願いされちゃったし、保護するしかないんじゃない?」

「そうは言っても、事情も何も聞かされていないのよ? もしファミリアに迷惑が」

「ねえ君、名前はなんて言うの?」

「聞けよ」

 

 ティオネの危惧もスルーして、ティオナが少年にかがみこんで名前を尋ねる。

 店員が去ってから、不安げに俯き震えていた少年は、顔を上げて小さく名前を呟いた。

 

「……ベル。ベル・クラネル」

 

 呟かれた名前に、そして顔を上げた事で見えた顔に、三人は固まった。

 

「え、どういうこと?」

「アルゴノゥト君と同じ名前? って言うか、同じ顔?」

 

 ティオネ達が困惑の声を上げる中、アイズは雷に撃たれた様な衝撃に、全身を襲われていた。

 ――か、かわいい……っ。

 涙に潤んだ紅玉(ルベライト)に似た瞳。処女雪を想わせる白い髪と、それと同じく色素の薄い肌は、幼い子供特有のもちもちとした感触と高い体温を、抱えた腕に伝えている。

 記憶よりも幼さを増したその顔と、その容姿は、一時期師事したこともある少年によく似ていた。というかそっくりだ。

 違うのはその年齢と、頭頂部から伸びる、柔らかそうな白毛に覆われたウサギ耳くらいか。

 二つ名に兎の文字を関していることもあって、少年の容姿と兎の耳は、完璧に合致(マッチ)している。

 心の中の幼いアイズが、子ウサギを抱えながらグッジョブ! と親指を立てていた。

 

「アルゴノゥト君って、人間(ヒューマン)だったよね?」

「そもそも年齢が違うでしょ。同じ名前の別人じゃない?」

「こんなにそっくりなのに? そんな偶然ってあるー?」

 

 双子の掛け合いを耳にしながらも、聞いた端から内容が流れていく。

 

「……この子、本拠(ホーム)に連れて行こう」

 

 アイズは、気付けばそんなことを言っていた。

 ティオネは、当然その発言にいい顔をしない。

 子供と言えど、関係者以外を自分たちの本拠地に入れるのは賛成できないし、見るからに面倒事に巻き込まれている少年と、ファミリアの者を近づけたくなかった。

 しかし、何事にも楽観的な妹はそんな姉の内心に気付くことなく、アイズに賛同してしまう。

 

「いーんじゃない? よく分からないけど、この子大変そうだし。酒場の店員からも保護してって言われたしね」

「ち、ちょっと待ちなさい!」

 

 ティオナの言葉をティオネが慌てて止めるも、止められたティオナは首を傾げる。

 

「なんで止めるの?」

「なんでって……アンタね、ファミリアと無関係な人間をホームに入れるのは駄目に決まっているでしょ」

「でもリヴェリアがギルドの人ホームに入れてたって、アイズが前言ってたよ」

「あれはリヴェリアの知人で、その人格をリヴェリア本人が保証していたから、特別にホームに入れた例外よ。その子は違うでしょう」

「……私が責任を持つ、から」

「アイズ、アンタ何を考えてるの?」

 

 訝し気な視線を送るティオネに、アイズは少年の髪を撫でながら、理由を説明する。

 

「この子をレフィーヤに見せてあげたら、元気出ると思う。……モフモフしてるし」

「いやいや、ないでしょ。ていうか、モフモフってなによ」

「それってロキが言ってた動物療法(アニマルセラピー)ってやつ?」

「……多分?」

動物(アニマル)って……この子兎人(ヒュームバニー)でしょ。そんな扱いしたら可哀そうよ」

「いいじゃん、いいじゃん。何でも試してみようよ。この子も保護できるし、一石二鳥だよ」

「……はあ、仕方ないわね。ただし、入れるのは応接室までよ」

「……うん。ありがとう、ティオネ」

 

 二対一の意見に、ティオネはため息を吐いて、妥協案を出すことで折れた。

 ホームに連れていく事を認めて貰ったアイズは、不安そうにする少年の髪を撫でつつ、感謝の言葉を向けたのだった。

 

「……さっきから撫で過ぎじゃない?」

「安心させるためだから」

「そ、そう? それにしては――」

「安心、させるため、だから」

「ああ、うん。分かったわ……」

「あたしにも触らせてー」

「ぅう……」

 

 ホームを出て、そう時をまたぐことなく、三人は一人を連れて、来た道を引き返したのだった。

 

 

 

 ホームに戻った三人を、玄関(エントランス)で出迎えたのは、一人のハイエルフの姿だった。

 

「……ようやく戻ったか、お前達。ホームを離れる時は、誰かに言伝をしろと何度も……その兎人(ヒュームバニー)の少年は、一体どうしたのだ?」

 

 帰ってきた三人に小言を始めたのは、ファミリアの最高幹部の一人、ハイエルフのリヴェリアである。

 ファミリア幹部である三人の、軽率な行動を咎める事と、自分たちに心配をかけた事への説教を予定していたリヴェリアは、アイズの腕に抱えられている、幼い兎人に気付いた。

 

「……この子、ホームに入れていい?」

「…………元いた場所に戻してきなさい」

 

 リヴェリアに上目遣いをしながら、尋ねたアイズに返ってきた言葉は、想像を絶するほどに心無いモノだった。

 目を見開くアイズの隣で、小さなアイズも子ウサギを抱えたまま、悲壮な表情を浮かべて居る。

 

「ち、ちゃんとお世話するから」

「駄目なものは駄目だ。世話をすると言っても、お前はダンジョン探索で、ホームを開けることが多いだろう」

「レフィーヤにも見せてあげたいの。この子を見せれば、元気出ると思うから……」

「そうやってレフィーヤも味方につけるつもりか? お前たちはいつもそうだ。命の大切さと、それに付随する苦労を理解していない」

「フィンやガレスの話も……」

「あの二人は駄目だ。お前に甘いからな」

「うぅ~っ」

 

 頑として首を縦に振らないリヴェリアに、万策尽きたアイズは困り果ててしまう。

 小さなアイズはリヴェリアの態度に、やだやだと泣き喚きながら、仰向けになって手足をばたつかせていた。

 

「ちょっと、リヴェリア? 何の話をしているか分からないのだけれど、私達はこの子の保護を頼まれただけなのよ」

 

 アイズとリヴェリアのやり取りに妙な違和感を覚えながら、ティオネが少年を保護するに至った経緯と、ホームに連れてきた必要性を説明した。

 

「……ふむ、成程。何らかの事件に巻き込まれている少年の保護を頼まれ、事を終えたら迎えに来ると言われたと。そして少年の名は【白兎の脚(ラビットフット)】と同じで、その容姿も酷似している……」

「相手がどんな奴かも定かじゃないし、迎えに来た時もうちのホームなら分かり易いし、安全だと思うわ」

「……ふう、仕方ない。アイズ、お前が提案したのだ。言葉通りその子の迎えが来る間の世話は、お前がやれ」

「……うん、ありがとう。リヴェリア、ティオネ」

「私はフィンとガレスに話をしてくる。お前たちはその子を応接室に連れていけ」

「あ、話は終わった? じゃああたしはレフィーヤを応接室まで連れてくるね!」

「ちょっと待ちなさいよ! アイズ、私はあのバカが変な事しないか見てくるわ。アンタは先にいっていて」

「分かった。……行くよ?」

「……うん。ごめんなさい、僕のせいで」

「いいよ、気にしないで」

 

 リヴェリア、ティオナ、ティオネが離れていく中、アイズは少年に語り掛ける。

 少年は自分が迷惑をかけている事が、話を聞いて察してしまったのだろう。

 申し訳なさそうにアイズに謝る少年の謙虚な姿が、冒険者の少年と被る。

 それがどこかおかしくて、少年の謝罪を受け入れながら、アイズは仄かな笑みを浮かべた。

 

 ホームの応接室に入ったアイズは、抱えていた少年を下ろした。

 下ろされた少年は、その場で膝を抱えて座り込み、応接室の壁や天井に、不安そうに視線を彷徨わせる。

 アイズも少年の隣に腰を下ろし、応接室にはしばしの静寂が訪れた。

 

「……ねえ、お姉ちゃん」

「……何?」

「僕を連れてきてくれた、女の人達、大丈夫かな?」

 

 静寂を破った少年は、自身を最初に助けてくれた、酒場の店員たちの安否を口にした。

 

「……大丈夫。あそこの人達は、皆強いから」

 

 少年を安心させるために、アイズはそう言った。

 それは慰めではなく、事実でもある。

 『豊穣の女主人』に務めている店員は、その身のこなしから、ロキ・ファミリアの団員にも劣らない強者であることを、アイズは見抜いていた。

 もちろん、普通の民間人も店員を務めているが、少年を連れてきた猫人と、その同僚は前者だろうと、アイズは考えている。そして、その考えは正しい。

 アイズの言葉に、少年も少し安心できたのだろう。しかし、少年は再び瞳に涙を浮かべてしまった。

 

「……僕、おじいちゃんのところに帰りたいよ。……帰れるのかな」

 

 少年の口ぶりから察するに、彼は攫われてきたのだろう。

 名声を高めた冒険者に、容姿が酷似しているせいか。好事家というのは、何でも欲しがり、あらゆる手を使ってでも、それらを求めるものだ。

 アイズは少年の頭を撫でた。

 大丈夫だよと、君は大切な人にまた会えるよ。と言うかのように、雪の様に白い髪を優しく撫でる。

 少年の言葉に、姿に、自身の想いも重なった。

 アイズの隣に座る少年を挟む様に、小さなアイズも優しい表情を浮かべながら、一緒に少年を撫でていた。

 

 ――落ち着く。

 

 やがて、城壁で教えを授けた冒険者を、今と同じように撫でていた時の様に、アイズは心が穏やかになっていくのを感じていた。

 少年の白い髪を頭頂部から優しく触れると、ゆっくりと撫でおろす。アイズは顔を綻ばせながらそれを何度も繰り返し、少年はアイズの手を受け入れる。

 そんな穏やかな時間がしばし流れた後、不意に、アイズの手の動きがそれまでの動きから僅かに変わった。

 リラックスしているアイズの心に、ふと好奇心が芽生え、つい手がすべってしまったのだ。

 

 

 ――モフッ。

 

「うひゃっ!?」

「……」

 

 ――モフモフッ。

 

「うぅっ……」

「……ッ」

 

 ――モフモフッモフモフモフモフッ!

 

「お、お姉ちゃん止めて、くすぐったいよぉ」

「も、もうちょっと……」

 

 

 何という事だろうか。

 少年の頭から伸びた長い耳は、まるで職人が丹精込めて作り上げた様に、手触りが素晴らしいものだった。

 ふわふわの短く白い毛越しに、人肌よりも少し高い温度が伝わってくる。

 触れる度に、ピピピピッと、うさ耳が小刻みに震えるのも、面白いと思ってしまう。

 ――マーベラスッ! いい仕事してますねぇ。

 髭を着けたちびアイズも、頷きながらそう評価をした……気がした。

 何かに憑りつかれたように、少年の白い髪と耳をモフり続けていると、応接室の扉が開いた。

 

「連れてきたわよ……って、何してるの、アイズ?」

 

 応接室に入ってきたティオネが目にしたのは、一心不乱に少年を撫で続けるアイズと、くすぐったさを耐える様に、体を固く縮ませて震え続ける少年だった。

 ティオネの声を聞いたアイズは、そこで少年の様子に気付き、ハッと肩を揺らして、正気を取り戻した。

 

 

 

 

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