ショタベル・ミィス   作:人工衛星

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終章 ファミリア・苦労ニクル

 アイズ達が酒場の店員から渡された子ウサギを、ホームへ持ち帰っていた頃。

 自分達の下から飛び出してしまった団長を追いかけ、ヘスティア・ファミリアの面々は北東のメインストリートを走っていた。

 

「くそっ、すっかり見失っちまった!」

「命様、【八咫白烏(スキル)】に反応はありますか!?」

「申し訳ありません、範囲外のようです……」

 

 器を昇華させた団員たちが、その走力と特殊能力を全力(フル)稼働しても、逃げ出した白兎の影すら掴めない。

 それもそのはず。

 逃げる白兎は類を見ない速度で器を三度昇華させた、『世界最速兎(レコードホルダー)』。

 いまだレベル2でしかないヴェルフ達の身体能力とは、文字通り桁が違う。

 そのうえ、ベルは突出した【敏捷】のステイタスに加え、逃げ足に補正が入る発展アビリティの【逃走】を発現させている。

 脱兎の如く逃げ出したベルは既に、命の眷属探知のスキル効果圏内から抜け出してしまっていた。

 

「何をしているんだ君達っ、早くベル君を捕まえるんだー!」

「黙ってくださいヘスティア様! 元はと言えばヘスティア様が怯えるベル様に抱き着こうとしたから、こうなったのですよ!?」

「うっ……し、仕方ないじゃないか! ベル君が可愛すぎるのが悪いんだ!」

「開き直らないで下さい! ヴェルフ様、思いっきり揺らしてあげて下さい!」

「よしきたっ」

「ぬあぁっ!? や、止めるんだヴェルフ君っ! ――うぷぅ」

 

 ヘスティアを脇に抱えたヴェルフがリリの要望に応え、ヘスティアをがっくんがっくん上下に揺さ振った。

 騒いでいたヘスティアは三半神経にかかる負荷によって急速に酔い、顔を青くして口を押える。

 

 白兎の背を追って、店を出たヘスティアだったが、足の遅さを見かねたヴェルフに早々に脇に抱えられ、――ちなみにステイタスの低い春姫も、同じく命に抱え上げられている――そのまま運ばれていた。

 そのためリリから出された罰の内容を、ヴェルフが速やかに実行に移すことが出来たのだ。

 そんなリリもまた、店から出る際、手早くベルの装備や服を一纏めに抱えながら、同じく()荷物を抱えたヴェルフと命に並んで走っていた。

 それまで騒いでいたヘスティアが黙ったことで、レベル2の団員達は、子兎の捕獲するための方策を話し合う。

 

「何か手はないか、リリスケ」

「今のベル様は子供です。リリ達の裏を取るような考えは浮かばないでしょう。記憶も子供ならオラリオの知識もないはず。路地裏や小道を使う事は無いでしょうし、逃げる勢いのままに、真っ直ぐ走る事しかしないかと」

「では、このまま行けば、見つけられると?」

「いえ、そうはうまくいかないでしょう。このまま中央まで行きついてしまえば、各方向に伸びるメインストリートのどこへ向かったか分からなくなってしまいます。その前に見つけなければ……」

「おいおい、もうかなり中央に近づいてるぞ……?」

「なんとかそこまでに足止めされていることを願うか、そうでなければ目撃情報をたどるしかなくなります……!」

「くそっ……ん? おい、あいつは――」

 

 焦るヴェルフが見かけたのは、見覚えのある一人のエルフ。

 その声で、他の者もその人物に気付いた。

 

「リュー様?」

 

 ベル達の行きつけの酒場の給仕服を身にまとったエルフが、何かを待ち受ける様に、人通りの少なくなったストリートのド真ん中に立っていた。

 

「……なんか、やけに物々しい雰囲気じゃないか?」

「リリもそう思いますっ、しかし、今は背に腹を変えられません!」

 

 瞑目しながら、ただ立っているだけのはずなのに、周辺一帯の空気を軋ませるかのような威圧を放ち続けるリューの姿に、リリのわき腹がいつかの痛みを錯覚した。

 ある日の路地裏での記憶が蘇りそうになるのを振り払い、リリは今にも蹴りかかって来そうなリューへと突貫する。

 

「リュー様っ!」

「……ヘスティア・ファミリアの方々ですか。どうされたのですか?」

「ベル様――に、よく似た子供を見かけませんでしたか!?」

「……それは、しかし」

「見たのですか!?」

「ええ、いえ、私が見たのは兎人(ヒュームバニー)の少年でしたが」

「それです!」

「……その少年がどうしたのですか」

「その子供はベル様なのですよっ!」

「…………は?」

「だから、その兎人の少年がベル様なのです!」

 

 リリがリューの口にした兎人の少年の事を認めたあたりで、リューの(まなじり)に剣呑な光が宿りかけたが、次いでリリが発した言葉に、リューの目は点になる。

 

「し、しかし、彼は少年よりも大きく、なによりヒューマンだったはずでは」

「それは私の作品の効果さ!」

「あ、貴方はもしや、【大草原(トリプルダブル)】?」

「そうだよ。彼が身に着けていた装身具は私が作り上げた傑作でね――」

「ベル様はこの方の被害に遭わされたのです! 元に戻すためにも、まずは見つけなくてはいけないのですが、何か知っているなら教えてください!」

 

 それまで静かに後ろをついて来ていたエルネチエが、話に割り込み作品の自慢をするのを途中で断ち切り、リリはリューに問い詰める。

 詰め寄られたリューは、しかし何故か視線を忙しなくあちこちへと彷徨わせ始めた。

 

「あの少年が……ベル?」

「リュー様?」

「わ、私は……少年の、ベルの前で何という事を」

 

 狼狽(うろた)え始めたリューにリリが困惑していると、黒髪の猫人(キャットピープル)がリリ達の下に駆け寄ってきた。

 

「リュー! まだ人を殺してないニャーッ!?」

 

 物騒な事を叫びながら近づく給仕服の猫人――クロエは、ストリートが血に染まっていないことに安堵しながら、同僚の元へ駆けつけた。

 

「あなたは確か……クロエ様?」

「んニャ? おミャーは少年のとこのパルゥムニャ? まさかおミャーがリューを止めてくれたのかニャ?」

「い、いえ、リリは少し話を聞いていただけですが……そうですっ、クロエ様は兎人の少年を見かけませんでしたかっ、ベル様にそっくりな子供なのですが!」

「少年にそっくりの兎人? 見かけたも、何も。さっきロキ・ファミリアの奴らに預けてきたニャ」

「ぬぁにぃー!? それは本当かい、店員君!」

 

 ロキ、という単語に反応したヘスティアがヴェルフの腕から抜け出し、クロエに詰め寄った。

 見た目が幼女とはいえ、歴とした神の一柱に詰問されたクロエは、狼狽えながらも神の問いに答えた。

 

「は、はいですニャ。保護の必要があると判断して、信用できる冒険者に頼みましたニャ」

「その冒険者は誰なんだい!?」

「け、剣姫達ですニャ……」

「よ、よりにもよって、ヴァレン何某ぃ~!? こうしちゃいられない、直ぐに向かうぞ、みんな! ――さあヴェルフ君っボクを持つんだ、早く!」

 

 クロエの答えに顔を歪めたヘスティアは、眷属たちを急かし、自らもまたヴェルフに抱える様、催促する。

 主神の要望に複雑そうな表情を浮かべながら、それに応えるヴェルフ達は、再びベルの元へ向かおうとする。

 一連の出来事に戸惑うクロエは、事情を知っていそうな同僚に声を掛けた。

 

「リュー、これは一体どういう事なんだニャ?」

「……っ、……っ?!」

「リュー大丈夫かニャ!? 尋常じゃないくらい顔赤いニャッ!」

「私が説明しようじゃないか! 事の始まりは私の傑作である二つの装身具が――」

「フギャッ! いきなり何ニャッ!? つーか、おミャーは一体誰ニャ!」

 

 赤面して震えるエルフと、猫人に作品の紹介を始める彫金師を置いて、ベルの動向を知ったヘスティア達はストリートの先へ急ぐ。

 

 しかし彼女たちは知らない。既に子ウサギがアイズ達によって、ロキ・ファミリアのホームへ持ち帰られていることを。

 

 

 ――周囲を巻き込み続ける子ウサギの騒動は、まだ終わらない。 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 場所は変わり、【ロキ・ファミリア】のホーム、その応接室の一つ。

 

 扉を開けたティオネは、ベル・クラネルを称する幼い兎人の少年を、ひたすら触り続けるアイズに声を掛けた。

 

「――何してるの、アイズ?」

 

 声を掛けられたアイズは、少年をモフる手を止めて、我に返ったように周囲を見回した。

 アイズの目に入ってきたのは、撫でられている間息を止めていたのか、息を荒げ、肩を上下させる少年と、入り口から胡乱気に自分を見るティオネだった。

 現在の状況を説明するならば、事案の現場を見られた『加害者』と、その『被害者』だろうか。

 年端もいかない少年を、一心不乱に撫で続ける先程までの自分は、弁解しようもなく危険人物である。

 先程までの行いを客観的に振り返ったことによって、アイズは冷静を取り戻すと共に、羞恥に駆られていた。

 そんなアイズの様子を見ながら、ティオネは首を傾げた。

 

 どうにも、【白兎の脚(ラビットフット)】とそっくりの兎人を保護してから、アイズの様子がおかしくなっている。

 原因はアイズの隣にいる兎人に間違いないだろう。今は呼吸が整ってきたのか、落ち着いたようだが、その顔は赤いままである。子供と言えど、アイズ程の美少女に触れられて照れているのだろうか。

 しかし、その容姿以外、どこにでもいそうな純朴な子供そのものである、この少年のどこがアイズの琴線に触れたのかが、ティオネには分からなかった。

 

「まあ、いいわ。アイズ、今からティオナ達をここに入れるから、その子が怖がらないようにしときなさいな」

 

 分からなかったので、それは一旦置いとい(考えるのを止め)て、当初の目的を果たすことにした。

 フィンに好かれようと努力して、理性的な言動をするようになったティオネだが、その本質はアマゾネスという種族らしいソレであり、普段自身が馬鹿と評している妹と同じく、考えるのが苦手(脳筋)であった。

 応接室近くにあらかじめ待機させておいたのだろう、ティオネ達を呼びに扉から離れていくティオネの言葉に従い、アイズは少年に声を掛ける。

 

「……今から私の仲間が来るけれど、心配しないで。皆いい人だから」

「う、うん、分かった。大丈夫だよ」

 

 顔を赤くしたまま頷きを返す少年に、アイズの口端がほころぶ。

 先程の行いに戸惑いながらも、自分を避ける様子のない兎に心が温かくなった。

 自然とアイズの手は少年の頭を再び撫でた。今度は敏感そうな耳には触れないように慎重に、そして優しい手つきで。

 再度触れられた瞬間は、ビクリとした少年であったが、耳に触れない撫で方に力を抜き、恥ずかしそうにしながらも、差し出すように頭を傾げ、目を細めた。

 臆病な兎が自分に懐き出したようなその様子に、アイズは優しい気持ちが深まる気がした。

 そのまま少年を撫で続けていると、開かれたままの扉から、ティオネ達が入ってきた。

 

「来たわよって、また撫でてるし……」

「アイズー、その子の様子はどうー?」

 

 アイズ達の様子を見るやいなや、呆れた表情を浮かべるティオネと、少年を窺うティオナが応接室に入ってくると、その後ろから、エルフの少女が顔を出した。

 

「あの、アイズさん……見せたいものがあるって、何ですか?」

「レフィーヤ」

 

 そのエルフの少女――レフィーヤはティオナに続いて応接室に入ると、アイズに用を尋ねた。ティオナからは詳しいことを聞かされていないようだ。

 人造迷宮での同族との別れから、しばらく憔悴していたものの、以前のような振る舞いが出来るほどには持ち直したようだが、それでも、その表情にはどこか影が落ちていた。

 その影を晴らしたくて、アイズ達三人は彼女を元気づけられる物を探しに外に出たわけだが――アイズの隣に座る子ウサギと触れ合えば、自分の様に優しい気持ちにならないだろうか。

 そんな期待をしながら、アイズは少年を抱き上げ、レフィーヤに少年がよく見えるようにした。

 少年を目にした瞬間、レフィーヤが目を見開き、震える指先を少年に向けた。

 

「………アイズさん。この兎人は一体どうしたんですか?」

「さっき、町で預けられて……迎えが来るまでホームで保護しようかなって」

「…………なるほど。でしたら、なんで私をここに呼んだんですか?」

「えっと、元気出るかなって、思ったから?」

「……………アイズさん、なんで、さっきからその兎人の頭を、撫で続けているんですか?」

「……な、なんとなく、かな」

 

 何故かアイズが抱き上げた少年を撫でれば撫でるほど、レフィーヤの目から光が消えていく。

 作った笑みでなく、以前のように、彼女の輝くような笑顔を見たくて、モフモフな子ウサギを連れてきたのに、今のレフィーヤは、全くの無表情でどんよりと濁った眼を、アイズと少年に向けている。

 

 アイズは表情に出さずに、狼狽えた。

 自分が想像していた展開とは、全く逆方向の反応をするレフィーヤに。

 都市最高峰(レベル6)の自分ですら、ビビりそうな程の威圧感を放ち始めたレフィーヤに、冷汗が浮かぶのを感じながら、何故こんな瘴気にも似た空気を纏うのかと、疑問符がアイズの頭を埋め尽くした。

 心の安定を求めてか、アイズの手は止まることなく、少年の柔らかい髪を撫で続け、少年もまた、レフィーヤが放つ威圧感に怯えてアイズにしがみついた。

 その行動が引き金となったのか、全身を震えさせながらも一線を耐えていた彼女の怒りが、とうとう暴発した。

 

「ア、アイズさんから離れなさい! このヒューマ――ヒュームバニーッ!」

「ちょ、ちょっと、どうしたのレフィーヤ!?」 

「そうだよ、相手は子供だよー!?」

 

 自身の好敵手(ライバル)――だとレフィーヤが勝手に定めている――を思わせる容姿の兎人が、アイズと親し気にしている光景に耐えられなくなったレフィーヤが、レベル4の身体能力で、応接室の入り口からアイズ達の下まで一瞬で距離を詰めて少年に掴みかかろうとして、寸前のところでアマゾネス姉妹が彼女を抑え込んだ。

 

「離してくださいっ!」

「お、落ち着いて、レフィーヤーッ!?」

「これが落ち着いていられますかっ! 私のアイズさんを誑かす泥棒兎にお灸を据えてやらなくてはぁーっ!」

 

 肩と腰を抑えられたまま、必死の形相で兎人に手を伸ばすレフィーヤ。

 あと少しで届きそうな手を、ブンブンと上下に振る中、柔らかい何かがレフィーヤの指をかすめた瞬間、反射的にそれを掴んだ。

 

 ――スポンッ

 

「えっ」

「あっ」

「ちょっ」

 

 栓を抜くような音と共に、振り上げられたレフィーヤの手の中には、白くて細長いものが握られていた。

 怒りで熱くなっていた頭から、血の気が引いていく。

 恐る恐る、レフィーヤが自身の握るものに目を向ければ、それは確かに、少年の頭頂部から生えていた(もの)だった。

 

「え、あ、ご、ごめんなさ――」

「うわぁーっ! レフィーヤ何してるの!?」

「早く回復薬(ポーション)、じゃなくて万能薬(エリクサー)で治療しないと!」

 

 予想だにしない出来事に、レフィーヤは顔を青ざめ、ティオネ達が慌てだす。

 アイズも突然の事に固まっていたが――ふと、違和感を感じた。

 自分にしがみつく少年が痛がる様子がないからだ。それに、少年の真っ白な髪が赤く染まる事もなく、まるで最初から頭の上に耳がなかった様に見えた。

 

 

「何をしているんだ、お前達」

 

 慌てふためく三人を置いて、アイズが首を傾げていると、部屋の前から声を掛けられた。

 その声に肩を跳ね上げた三人と共に、アイズが入り口に目を向けると、リヴェリア達がこちらを不思議そうに眺めていた。

「ち、違うんですリヴェリア様! 私、こんなことするつもりじゃなくて……し、信じて下さいぃ!」

「丁度良かった! リヴェリア、直ぐに回復魔法を!」

 

 敬愛する師であり、一族の王族でもあるリヴェリアに弁明するレフィーヤに、とれた兎耳をくっつけようと魔法を乞うティオネ達の様子に、リヴェリアが状況を窺う中、その影から金髪の小人族(パルゥム)が顔を出した。

 

「これは一体、どうしたのかな?」

「団長ぉ!」

「フィン~っ、万能薬(エリクサー)持ってない? あの子の耳が千切れちゃったの!」

 

 フィンと呼ばれたパルゥムは、苦笑しながらレフィーヤが手に持つソレを指差した。

 

「僕の目には、それが作りものに見えるんだが、君達には違って見えているのかい?」

 

 その言葉に、アイズ達がフィンの指さす先に視線を向けると、千切れたと思っていた耳の根元には、曲線状になった白い板と、レフィーヤが握ったままの耳と、対になっているもう一本の耳が、くっついていた。

 まるでそれは、兎耳がついた髪帯(カチューシャ)の様。

 いや、まるでではなく、髪帯なのだろう。少年の兎耳は作り物だったのだ。

 作り物の耳から、少年の頭に視線を移し、その白い髪が赤く染まっていないのを確認して、慌てふためいていた少女たちは、そろって息をついた。

 

「よ、良かったぁ~」

「いや、良くないわよ。本物だったら大惨事になってた所だったのよ」

「す、すみませぇん……」

 

 安心して気が抜けたのか、肩の力を抜いたティオナの言葉に、ティオネが窘める様に言うと、それを聞いたレフィーヤが肩を小さくした。

 それを見たフィンが、苦笑を続けながら肩をすくめて、アイズの元へと、正確にはアイズの横に居る少年の元へ近づいた。

 

「さて、報告では兎人と聞いていたんだが、どうやら違っていたようだね。少年、僕の質問に答えてくれるかい?」

 

 万人を安心させるような笑みを浮かべたフィンが、少年にそう尋ねれば、声を掛けられた少年は恐る恐る顔を上げ、その笑みを見て警戒を解いた。

 

「名前を聞いてもいいかい? 僕の名はフィン・ディムナ。君は?」

「……ベル・クラネル、です」

「ふむ。じゃあ、君がここに来るまでの経緯、覚えていることを教えてくれるかな」

 

 その質問にベルは答えていく。二度目だったためか、最初に給仕服を着た少女たちにしたよりも内容が整理され、明確に話すことが出来ていた。

 そして、それを聞き終えたフィンは、情報をまとめるように自身の顎を親指で撫でると、再び質問を発する。

 

「君の首についている物は、前から持っていたものかい?」

「ううん。違う、ます」

「ははは、そんな丁寧な言葉を使わなくてもいいさ。楽に話せる方で構わないよ。それに、もう質問は終わりだよ。ああ、最後に握手してもらえるかい?――ありがとう」

 

 握っていた手を放し、緊張するベルに笑いかけると、フィンはレフィーヤに手に持ったうさ耳を渡すように言い、手渡されたそれを観察した。

 

「……はぁ、やっぱりね」

「何か分かったのか、フィン?」

「ああ、ここを見てごらんよ」

 

 自身の考え通りだったことに、呆れたようにため息を漏らすフィン。

 その様子にリヴェリアが尋ねれば、フィンは指をさしながらそれを見せた。

 髪帯のような白い板をひっくり返したその中心に、『W』という記号が三つ並んだものが刻印されているのを見て、リヴェリアもフィンのため息の理由を知った。

 

「……成程。また奴の仕業か」

 

 頭痛を抑える様に頭に手を当てるリヴェリアに、アイズ達は首を傾げる。

 

「お前達も見てみろ」

 

 その疑問を解くために、リヴェリアが言った言葉に従い、フィンの指が差す先を見るアイズ達。

 

「何これー?」

「この道具を作った製作者を証明する刻印だ。そしてこの三つのWが意味するのは、【大草原(トリプルダブル)】の作品、という事だ」

「【大草原】って、確か【クレドネ・ファミリア】の副団長でしたっけ」

「そうだね。彼女は何かと問題を起こしているから、君達も知っているだろう?」

「あたし知らないんだけど、だれー?」

「え、えっと……ティオナさんでも知ってそうなものだと、『流れ星事件』の犯人でしょうか」

「ああ、それなら知ってる! 魔道具で空を飛ぼうとして失敗したんでしょ?」

 

 

 ――『流れ星事件』。それは飛空能力を持つ魔道具を噂で耳にしたエルネチエが試作した魔道具を、依頼の報酬につられた冒険者に装備させ、魔道具が暴走。冒険者がオラリオの空に発射された事件である。

 冒険者の命に別状はなかったが、これにより、【クレドネ・ファミリア】は被害をうけた冒険者のファミリアとギルドに多額の慰謝料と罰金を納めている。

 『流れ星事件』以外にも、エルネチエ・スティバルリアは多くの騒動を巻き起こし、それを指さしながらゲラゲラと爆笑する神々にちなんで、彼女に【大草原(WWW)】の二つ名が与えられたのだ。

 

 【クレドネ・ファミリア】のメンバーの努力や、フィンの注意喚起によって、【ロキ・ファミリア】にはまだ被害を受けていないが、【白兎の脚(ラビットフット)】は彼女の作品の犠牲者となったのだろう。

 フィンの考えは正しく、それはすぐに確証された。

 

「アイズ、その子の首輪に髪帯の刻印と同じモノが、つけられていないかい?」

「うん、待って――――あった」

 

 フィンの言葉に頷いたアイズが少年の首輪を確認していくと、首輪の繋ぎ目、その裏側に小さく刻印が刻まれていた。

 注意深く見ないと分からない場所にある事から、製作者はわざと自身の作品だと分からないようにしているのだろう。

 

「これで決まったね。この少年はベル・クラネル本人だ。握力もレベル4相当の強さだったし、小さくなっているのは彼の着けている首輪の効果だろう」

「でも団長、体をここまで変化させる魔道具なんて聞いたことありません」

「【大草原(ヤツ)】は『神秘』持ちだ。……まあ、『神秘』があったとしても、どういう原理で肉体を回帰させているのかは皆目見当もつかないがな」

 

 リヴェリアはそう言って目を細め、ベルの首に巻かれた魔道具を見る。

 言葉通り、リヴェリアの知識では現在のベルの状態は魔道具の限界を超えた不可能なものである。しかし、現に目の前に結果があり、それが幻術によるものではないと魔導師の勘で理解できていた。

 あとでレフィーヤの魔法理論の確認がてらに議論してみようと思考していると、足音がこちらに近づいてくるのを、ハイエルフの長い耳が拾う。

 そうしばらくもせずに、開けられたままの扉から人影が姿を覗かせた。

 

「ここに居ったのかリヴェリアよ。儂を呼んでいると聞いたのじゃが、何の用じゃ?」

「なんや、リヴェリアー、なんかおもろいことでもあったんかー?」

 

 応接室に顔を出したのは、ロキ・ファミリアの最古参の一人、ドワーフのガレスと、主神のロキであった。

 

「確かに私はガレスを呼ぶように言ったが、ロキは呼んではいないぞ」

「そんな冷たいこと言わんといてーな。たまたまウチがガレスと居る時にリヴェリアからの伝言聞いてな。面白そうな勘したからついてきたんや」

 

 ロキの言葉にリヴェリアが仕方ないとばかりにため息をするのを横目に、ロキは己の眷属たちに囲まれた少年にその細目を向けた。

 

「んで、この少年は何者や。入団志望者か?」

 

 視線を向けられたベルは、少しだけ身を固めるも、怯えることは無かった。

 既にここが安全であると理解したからだろう。

 おずおずとしながらも、ベルは自信を観察しているロキに向かって、口を開いた。

 

「あ、あの……初めまして。ぼ、ぼくはベル・クラネル、です」

「……ん? お、おう。ウチはロキや。よろしゅーな」

 

 名乗られた名前に困惑しながらも、名乗りを返したロキは、どういうことだとフィンに顔を向けた。

 主神の様子に苦笑しながらも、手に持ったままだった髪帯の刻印に指を向け、次いで、ベルの首を指さした。

 フィンの指先の『WWW』の刻印を見たのち、少年の首輪へ向けられた指先に、つられる様に視線を動かしたロキは、全てを察して――噴き出した。

 腹を抱えてゲラゲラと声を上げ、しばらくして笑いの衝動が収まり始めたころに、フィンの持つ兎耳のついた髪帯に目を向け――ベルの頭に装着させると、再び笑い転げた。

 そんなロキの様子に、紅玉(ルベライト)のような赤い目を大きく開いて驚くベル。それを見て噴き出すロキ。

 何がそんなに面白いのか。今や箸が転がっても笑ってしまいそうな主神の様子に、眷属たちはそろって冷めた目を向けた。

 

「フッククク……さ、流石【大草原(www)】さんや……うちらには想像つかんことをやってのけるわ……しかもそれがドチビの眷属て……」

 

 ヒーヒーと涙を流し、息も絶え絶えに笑い続けるロキ。

 魔道具を使って子供にさせる意味も、ケモミミ付きの装身具も、更に装着者にそれが似合いすぎることも、それが気に入らない(ロリ巨乳)の眷属であったことも、全てが面白くてたまらない。

 多くの未知(笑い)を提供してくれる【大草原】の熱烈な応援者(ファン)の一人であるロキは、久々の新作の喜びを大いに露わにした。

 

「はー、笑った、笑った。腹よじれそうになったわ」

「いつかそのまま笑い死にして、天に送還されないか心配になるほどじゃのう」

「そうなったら私達は堪ったものではないな」

「冗談で終わりそうにないから、洒落にならないね」

 

 感情の落ち着きを取り戻し、転げまわるのを止め、体を床から起こした主神に、古参の眷属たちは呆れた表情を浮かべた。

 

「それで、その少年をどうするのだ。【白兎の脚】本人ならば、【ヘスティア・ファミリア】に引き渡した方がいいのではないのか?」

「……ぇっ」

 

 落ち着きを取り戻した応接室で、リヴェリアが言うと、フィンは顎に手をやる。

 

「んー、そうだね。他派閥の、それも団長をいつまでも本拠地(ホーム)に置いておくわけにはいかないし」

「そうですっ、直ぐにホームから出すべきです。今すぐにでもっ!」

「……さっきからどうしたのよ、レフィーヤ」

「でも前より元気になってない?」

「……まあ、ある意味ではね」

 

 フィンの言葉に身を乗り出し賛同するレフィーヤの様子に、ティオネ達が困惑する。

 

「えー、このままここに置いとくんはどうや? そっちの方が面白そうやし」

「何を言っているんだお前は……」

「そういうわけにもいかんじゃろう。のう、坊主。お前はどうしたい?」

 

 ふざけたことを言い出した主神に、リヴェリアが溜息をつき、ガレスがベルに近づき、小さな頭に手を置いてそう聞いた。

 

「え、ええと、ぼく、おじいちゃんのところに帰りたい」

「そうか、そうか。なら帰してやるぞ。安心せい」

「……」

「んん、どうした?」

 

 ベルの望みを聞いたガレスが笑みを浮かべながら、その白い髪を撫でると、ベルは驚いたように目を大きく開き、手を離したガレスを見上げた。

 

「……あ、あのね、おじいちゃんの撫で方、僕のおじいちゃんの撫で方にそっくりだったから、それで驚いて」

「おお、そうなのか。それは奇遇じゃのう」

「……その、だから」

「なんじゃ、言うてみい」

 

 ベルが上げていた顔を下ろし、言い辛そうに体をゆすれば、ガレスが先を催促した。

 

「………もういっかい、撫でてほしいの」

 

 白い髪から覗くヒューマンの耳を赤くさせ、蚊の鳴くような声で言った言葉に、ガレスは再びベルの頭をワシワシと撫でた。

 その様子を見ていたティオナ達は、自然と顔が綻んでいた。

 

「なんか、ほっこりするよね、こういうの」

「そうね……私もあんな子供が欲しいわ。――団長との間に」

「むむむ……中身はあのヒューマンなのに……ちょっと可愛いです。ちょっとだけですけど」

 

 ほんわかとした雰囲気の中、応接室に団員の一人が顔を出した。

 

「ああっロキ、それに皆さんもおそろいで。ヘスティア・ファミリアの神とその団員達が、ホームの前でロキとアイズさんを呼んでいるのですが」

「あん? ドチビがぁ?」

「どうやらお迎えが来たみたいだね」

 

 フィンの言葉に、アイズはベルを抱える腕に僅かに力を強める。

 

「えぇ~もうちょっとアルゴノゥト君と一緒に居たかったなー」

「何アホなこと言ってんのよ。さっさとその子を返しましょう。もとから部外者どころか、別の派閥の人間なんだから。いつまでもホームに置いとけないわよ」

「ティオネの言う通りだな。行くぞロキ、アイズ。先方にも勝手に連れてきたことを謝罪せねば行かんからな」

「ま、しゃーないな。行くで、アイズたん」

「…………うん」

 

 アイズはベルを抱えたまま立ち上がる。

 そうしてリヴェリアを先頭にして、ロキ、アイズ、そしてそれについていくようにしてティオナ達が応接室を後にした。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 去って行く金の髪の少女の背中を見ながら、フィンは困ったように苦笑を浮かべた。

 彼女が件の少年に関心を寄せていたのは知っていたが、あそこまでの執着を見せるとは。

 これまでにない彼女の傾向に、いいことなのか、悪いことなのかと肩をすくめる。

 

「さて、どうやら彼の少年に降りかかった災厄は終着する様だ。僕はこれから仕事に戻ろうと思うんだが、ガレス、君も手伝ってくれないかい? ……ガレス?」

「………………のう、フィンよ」

「どうしたんだいガレス。なにか気になる事でも?」

「――お主、ティオネと子を作らんか?」

「いきなり何を言っているんだっ!?」

 

 反応を見せずにいた戦友が発した予想外過ぎる発言に、フィンは盛大に困惑した。

 

「いやのう……坊主を撫でていたら存外悪くない気分でなぁ、お主の子なら儂の孫みたいなもんじゃし……お主もそろそろ身を固めんか?」

「いやいや、確かに僕は伴侶を求めてはいるけどもっ、相手はパルゥム一択だって知っているだろう!?」

「嫁御の一人ぐらいにアマゾネスがいてもよかろう」

「本当にどうしたんだガレスッ、正気に戻ってくれっ!」

 

 

 ボケた事を言い出した老年のドワーフに、パルゥムの中年はダンジョンの中でも出さない様な焦りの声を上げた。

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 ロキ・ファミリアの本拠、『黄昏の館』へ続く門の前に、ヘスティア達は居た。

 

「だ・か・らぁ~、早くヴァレン何某とロキの奴をボクの前に出せって言っているんだ! どうせ中で呑んだくれているんだろうっ」

「ですから、今お呼びしてますのでお待ちください。神ヘスティア」

「そうですヘスティア様っ、リリ達のような零細ファミリアが、ロキ・ファミリアのような大手にそんな口の利き方していたら、後で何をされるか分かったものではありませんっ! ――これだから冒険者はっ! ペッ」

「おいやめろリリスケ。お前までそっち側に行ってどうする」

「申し訳ありません。しかし我々も焦っているのです。何卒お急ぎ戴けないでしょうか?」

「そう言ってもなあ。急ぎで伝えは出したが、こっちも最近バタバタしていたし、事前の連絡もなしに来られても、直ぐに話が行くか保証できないんだよ。そこは了承してくれ」

「アンタの言う通りだ、悪いな」

「いや、いいさ【不冷(イグニス)】。これが仕事だし、何よりそっちの【白兎の脚】には世話になったからな――っと、良かったな。来たみたいだぜ」

 

 門衛の青年がニヤリと口端を上げ、立てた親指を門に向けると、開かれた扉から影が飛び出してきた。

 

「来たかドチビィ~相変わらず貧乏そうな臭いさせとるなぁ!」

「ぐぬぬぬ……いきなりご挨拶とは歓迎してくれるねロキィ……!」

「はあ~? 歓迎? どこが? 貧乏臭さが移るからウチのホームに近付かんといてくれんへんかぁ?」

「ムッキィーッ! 元はと言えば君のトコのヴァレン何某がボクのベル君を誘拐したのが悪いんだろう! 早くベル君を返すんだ。そうすれば今ならさっきの発言を許してやる! 後ボクは貧乏臭くなんてないっ!」

「ヘスティアさん借金の返済終わったんですか?」

「――ふぐっ」

「ぶはははっ! え? 自分2億ヴァリスも即金で返せないってマ? ウチなら余裕なんやけどー?」

「いいい加減にしろ、ロキ」

 

 ここぞとばかりにヘスティアを煽り倒すロキと、今にも憤死しそうなくらいに体を震わせるヘスティア。

 尚も煽り続けようとしたロキの頭頂部に、リヴェリアの手刀が振り下ろされた。

 

「イッタァ……ヒドいなリヴェリア。今エエとこやったんに」

「これ以上恥をさらすな。――済まなかった、神ヘスティア。主神に変わって謝罪しよう」

「……いや、いいよ。君達も苦労しているみたいだし。それよりもベル君、いやベル君にそっくりな兎人がここにいるはずなんだけど、何か知らないかい?」

「ああ、こちらでもそちらの事情は把握しているつもりだ。今そちらの団長を渡そう。――アイズ」

「うん……」

 

 リヴェリアが館の扉に声を掛ければ、白毛の兎人を抱えたアイズがヘスティア達の下まで歩いてくる。

 

「ベル君!」

「――――ヒィ」

 

 次第に近づいてくる最愛の眷属の姿に、満面の笑みを浮かべて手を広げれば、少年はヘスティアの姿に顔を青くして喉を引き攣らせた。

 ショックで固まるヘスティア。

 それを見て噴き出すロキ。

 因縁の相手に指をさされて笑われているのが気にならないくらい、ヘスティアの心は傷ついた。

 

「……やだよ、お姉ちゃん。ぼくあの人のところに行きたくないよ」

「ぐふぅっ!」

 

 そこに投げかけられた止めの一撃。ヘスティアの心は砕け散った。

 

「……でも、君はあっちに戻らないと。……帰りたくないの?」

「帰りたいけど、でも……」

「! ――ちょい待ち、アイズたん。……なあ少年。いっこ聞かせてくれへん?」

「なに?」

「ンフフフ……そうおかしなことやないよ。ウチんとことあっちのおっぱいのとこ、選ぶとしたらどっちがええかってだけや」

 

 何かを思いついたロキが、悪だくみを隠そうともしない、怪しい笑みを浮かべてそう聞くと、純粋である少年は正直に自身の想いを口にした。

 

 

「ロキ様のところ」

 

 

「………………………聞いたかぁドチビィ? 残念やったなぁ~、自分のとこの子取られた気分はどうや。ん? 今どんな気持ち?」

「…………」

 

 ベルが答えた瞬間。ニィィィと口端を吊り上げ、固まったままのヘスティアを中心に回りながら「ねぇねぇ(N)どんな(D)気持ち(K)?」と繰り返すロキ。

 しかしそうまでされてもヘスティアは一向に反応を見せなかった。

 やがてロキの言動を見かねたリヴェリアに背後から殴られ、倒れる姿をさらしても、ヘスティアは固まったままだった。

 

「ヘ、ヘスティア様、大丈夫ですか……?」

 

 流石に心配になってきたリリ達がヘスティアの顔を覗き込めば、その口が小さく動いていることに気付いた。

 

「――……ボクのベル君がボクじゃなくてロキを選ぶなんて、いつもボクを受け入れてくれたベル君がボクを拒むなんて、そもそもどうしてロキなんだボクの何がいけないんだいベル君。ああ、子供達は本当に変わりやすいんだな……ベル君があんなにはっきりと自主性を見せるなんて。でもそれが今なのがボクは複雑だよベル君。ボクは喜んでいいのか悲しんでいいのか本当に分からないんだ。ボクの手を跳ねのけてロキの手を取る君を見ていると、ボクはすごく悲しいんだ。でもどうしてだろうね、君の成長を喜ぶ気持ちも確かにあるんだ。僕の手が届かない君を見ていると言葉にできない感情がボクの中に湧き上がる……これが、『N T R』……?」

 

「本当に大丈夫ですかヘスティア様ぁーっ!?」

「お気を確かにっ?!」

「ちょっ、おいっ……ベ、ベルーッ助けてくれーっ!」

 

 あまりの衝撃に壊れかけている主神(ヘスティア)に慌てる眷属たち。

 地面で伸びている主神(ロキ)が招いた出来事に、謝罪するためにも手を貸そうとする眷属たち。

 両名が慌ただしくしながら、事を収める為に動き出し――しばらくして、【ディアンケヒト・ファミリア】に連れ込まれたベルは、団員のアミッドの解呪魔法によって元に戻った。

 あちこちで騒動をばらまいたお騒がせな子兎の脱走劇は、こうして終わりを迎えたのだった。

 

 

 

 * * * *

 

 

「……ねぇヴェルフ。なんだかすごく疲れてるみたいだけど、神様達も全然動こうとしないし……何かあったの?」

「いや、気にするな。何でもねぇよ……」

 

 翌日、目を覚ましたベルは何も覚えておらず、疲れ果てた様にソファーの上で伸びている仲間たちの姿に首を傾げた。

 比較的余裕のありそうな兄貴分に尋ねてもはぐらかされるばかりで、ベルは困惑してしまう。

 

「あ、そうだ。どこで聞いたかは忘れちゃったんだけど、冒険者用のアクセサリーを取り扱ってるお店があるらしいんだけ――」

 

「「「「絶対にいかないっっっ!!!」」」」

 

 

 ぼんやりと残る記憶からか、何気なしに言った内容はその場に居た者達から強く拒否され、ベルは更に戸惑う事となった。

 

 

 

 ――そんなベルが知る由もないことだが。

 

 【クレドネ・ファミリア】は、【ヘスティア・ファミリア】からの慰謝料に加え、【ディアンケヒト・ファミリア】の魔法使用料の代金を支払う事になり、副団長エルネチエ・スティバルリアには当面の間制作活動禁止の罰が下された。

 

 『豊穣の女主人』に務める二人の少女達は、帰りが遅くなったことで女将からの雷が落され、三日間の皿洗いと灰髪の少女に料理を止めるという業務を増やされ、黒猫は世の理不尽を嘆き、ポンコツは数枚皿を割った。

 

 【ロキ・ファミリア】では、連日落ち込むアイズを励ますようにティオナとレフィーヤが必死に声を掛け続け、その横でリヴェリアはため息を吐く姿がよく見られていた。

 また、秘密裏に『クレドネ・ファミリア』に猫耳髪帯を注文していたティオネが、己とフィンの頭にそれを着け、その愛らしい子猫の姿に堪らず襲いかかったことで始まった『追いかけっこ』を、どこか期待した目で見るガレスと、それらを肴に酒を呑むロキの陽気な笑い声が、ホームに響き上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――オラリオは今日も平和です。

 

 そして、いつか全ての者達が、この平和を享受できる世界になる様に、私達は待ち続けるのでしょう。

 

 夜空を彩る月よりも輝かしく、昇る朝日よりも希望を与えてくれる、そんな『英雄』を――――ってね」

 

 

 

「ふざけた事言ってないで仕事してくださいヘルメス様」

「いやぁアスフィ……そんなこと言ってもこれは流石に無理があるだろう? 書類が山みたいになってるじゃないか」

「貴方があちこちフラフラしているからでしょう! それにそこにあるのは主神の確認が絶対に必要な分だけです。他は全て私が片付けました!」

「はあ……それにしても、俺の出番がこれだけって……」

「何か言いましたか?」

「いいや、何も言っていないさ。――――ハァ」

 

 

 




その後、【クレドネ・ファミリア】の扉を開ける狐娘の姿があったとか、なかったとか。




これにて当作品は完結です。お付き合い頂きありがとうございました。
もう一つの作品も、しばらくしたら投稿したいです(願望)。

それでは、来年もよろしくお願いします。
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