オープニング
──お父さんとお母さんに私の演奏を聞いてほしい
──始めたきっかけはそんな些細なことだった
──上手く演奏できれば褒めてくれて、
失敗しても励ましてくれて。
「私、もっともっと練習して上手に弾けるようにがんばるね!」
コンクールで入賞した時に褒めてくれた両親に向けた言葉。
大好きな2人が応援してくれるから続けられた。
大好きな音楽を、大好きな人の声援に乗せて奏でる楽しさは、他に代えがたかった。
──だからいっぱいいっぱい練習して
──ただ、そんな時間が続けばいいって思っていた
雨が降る。黒い服に身を包んだ人たちが悲しみの雨に頬を濡らしていた。
立てかけられた両親の写真が目に映る。
死因は交通事故。雪でスリップした車が歩道に突っ込んで、両親が巻き込まれた。
ただそれだけ。ただそれだけのことなのに。
「(──どうして?)」
心の問いに答える人は誰もいない。隣では妹が叔父と叔母に泣きついている。
私の分まで泣いているように見えて、私は一生懸命涙を我慢した。
それでも涙はあふれてくる。思い浮かぶのは両親のいた日々。
そしてなによりもよぎるのは、約束。
『私、もっともっと練習して上手に弾けるようにがんばるね!』
でも、聞いてくれる人はいない。
そして何よりもこれから私達はどうやって生きていけばいいのか。ただそれだけだった。
両親の棺を載せた車が式場を出ていく。残された私達はその場に立ち尽くしていた。
「お姉ちゃん」
「大丈夫。大丈夫だから。私が、守ってあげるからね」
妹が不安を隠しきれない様子で私の服の袖を引っ張る。
応えるように涙をぬぐい抱きしめると再び泣き始めてしまった。
必死に言葉をかけるも泣き止んでくれない。
それはそうだ。彼女もどうしたらいいか分からないのだ。
私も守ると言ったが具体的に何をしたらいいかなんてわからない。
そんな中、一組の男女がしゃがみ込み私達と視線を合わせた。
「君達2人は、私達が預かるよ」
それは先ほど妹が泣きついていた叔父と叔母だった。
二人には子供がおらず私達にとってもありがたい申し出であったため、
二つ返事で保護下へと入った。
・
・
そして現在へと時は移り。
「ありがとうございましたー」
お客さんの背中にお辞儀をして、お礼を述べる。
これで最後のお客さんだ。閉店の準備へと取り掛かろうとしたところで、
バックヤードにいた店長さんが顔を出した。
「
「あっ、本当ですね! ではお先に失礼します」
「はーい。気を付けてね~」
店の制服から学校の制服に着替えて駅へと向かう。
急いだ甲斐あって終電の一本前で間に合った。
イヤホンを耳に、スマホの音楽を再生する。
J-POP、アニソン、ジャズ、ロックなどいろんなジャンルの曲があるが、
私の好んで聞く曲はそれらではない。
「KAITOの曲……やっぱり落ち着く」
バーチャルシンガー。人が作った曲を代わりに歌ってくれるパソコンソフト。
今では世界的な人気を博し、初音ミクを筆頭に今なお様々なところで愛されている。
そんなバーチャルシンガーの中でも一番好きなのがKAITOの楽曲だった。
物悲しげで静かな音色が響き渡り、思考が落ち着いてくる。
流れる街並みを眺めながら感傷に浸る。
あれから変わったこととがあるかといえば、あった。
私は無事公立の高校に進学し、新しい生活をスタートしている。
妹の方も3年目の中学生生活を送っている。
中学に入ってからは、音楽をやめた。
叔父と叔母に迷惑をかけないように中学に入ってすぐ新聞配達のバイトを始め、
高校に進学してもすぐ学校から近い楽器屋さんでバイトを始めた。
それで私の分と妹の分のお小遣いを稼いでいる。
ただでさえ食費や電気代など、普段なかった出費を強いているのだ。
これ以上迷惑はかけられない。
駅を降りてベンチに座り、音楽を止めようとしたところで見慣れぬ曲を見つける。
「Untitled?」
名前のない楽曲。そんなものを入れた覚えはない。それでも興味本位で再生してみる。
すると、スマホから光が溢れて──
・
・
気付けば見知らぬところに立っていた。
鈍色の空。枯草の草原。丘の上に立つ葉のない枯れ木。
そしてその木の傍に、赤と青の影が立っていた。影は気付いたのかこちらへと近付いてくる。
それにつれて輪郭がはっきりしていき誰なのか分かるようになる。
しかしその人物は本来いないはずの存在。
多くの人々の歌を歌いあげ、日本に、世界に広めてきた存在。
「初めまして、
「歓迎するわよ」
「MEIKOにKAITO・・・どうして私の名前を知って」
いつしか見た紅葉と時雨の衣装に身を包んだ二人が、私の名を呼んで出迎えた。
二人はバーチャルシンガーと呼ばれる存在。
それはパソコンのソフトであってロボットではない。
こんな不思議な場所へやってきたことよりも、重要なことだった。
そして何より──『
手の込んだファンサービスというようには見えない。
「それは、ここが貴女の想いから出来たセカイだからよ」
「セカイ?」
「そう、セカイ。君の本当の想いを見つける為の場所」
セカイ、想い。妙に聞きなれた単語でありながらそれが意味する物は計り知れない。
理解出来ないことが多い。けれど彼女達は物腰低く、優しい雰囲気を纏って話しかけてくる。
こういう時はまず、1つずつ分からないことを聞いていけばいい。
「あの、お話の途中で申し訳ないんですけど、まずテレビの企画とかじゃ、ないんですよね?」
その問いかけに二人は顔を見合わせ、笑みをこぼす。
「ええそうよ。でもそんな物よりももっと素敵なものだと思うわ」
よくあるテレビのドッキリ企画とか、そういう物ではないらしい。
まぁ逆にそれだったとしたら当選発表とか街頭インタビューとかあると思うし、
こんな唐突に出来るものではない。
「えっと、セカイってここのことなんですよね。私の想いから作られた──って!」
分析しようとして、今まさに帰宅途中だったことに気付く。
このまま質問をしていってもいいのだが、叔父さん達から何かしら連絡があるかもしれない。
「あっ、えっと、私もう帰らないと! 帰り方はあるんですか!」
「ちゃんとあるわ。そのスマホの『Untitled』を止めれば帰ることができるわよ」
「Untitledって、さっきの」
手元にあったスマホでは、変わらず『Untitled』というタイトルの曲が再生され続けている。
止めようとしたところで、改めて声をかけれられる。
「言葉。もしまた何かあれば僕達に相談しにきてくれるといい」
「私達はずっとここで待ってるわ。貴女の力になるためにもね」
「それって、どういう」
見計らったような絶妙なタイミングであったため手は止まらず、停止ボタンに触れる。
光に包まれながら私は最後まで質問を飛ばすことができないままその場を去るのだった。
・
・
駅のホームで目を覚ます。
私があのセカイという場所にいる間こっちではどうなっているか見当もつかないから、
幸い人気のないホームで助かった。
スマホの連絡アプリには、ついさっき叔母さんが心配する文章が送られていていたようで。
バイトが忙しくて連絡できなかった旨を伝える。
するとすぐに「気を付けて帰ってきてね」と優しい文章が送られてきた。
スマホをしまって改札を出る。頭をよぎるのはセカイのこと。MEIKOとKAITOのこと。
あんな寂しいセカイで、二人は私が来るのを待っていた。
でも、何のために? どうしてそこまでして?
晴れぬ疑問を胸に秘め、私は足を家へと向けた。