荒野の少女と1つのセカイ   作:kasyopa

110 / 233
希望と憧れに花びらを添えて その3

演奏を終えて頭を下げる言葉。それに対して5人は淀みない拍手を送った。

 

「聞いてくださってありがとうございます。つたない演奏でしたが」

「そんなことありません。うまく表現出来ませんが……とてもお上手でした」

「ね、お姉ちゃんの演奏は最高なんだから!」

「なんで文が自慢げなんだか……でも本当、素敵な演奏だったわ」

「ええ。思わず聞き入っちゃうくらい力強くて、それでいて優しい音色ね」

「うぅ、姉妹揃ってすごい人達ばっかりだよ……わたしも頑張らなくっちゃ!」

 

各々の感想を聞き届けてから彼女は再び輪に加わる。少し疲れたのかため息を吐いていた。

そんな様子を見ていた雫が自分の水筒を差し出す。

 

「もし良かったら、どうかしら」

「ありがとうございます。……ってこれ、甘酒ですか?」

 

水筒から注がれたのは白濁色の飲み物。

しかし特有の酒の香りはなく、すぐに違うということがわかった。

 

「しょうが湯よ。ほら、この時期だとまだ冷えることもあるでしょう?

 はちみつたっぷりだからそんなに辛くないし」

「なるほど、ではいただきます」

 

水筒からしょうが湯というのもなかなかに大胆だが、

桜の咲き始める時期に寒さが戻ってくるのは良くあること。

体の内から温めるにはもってこいだった。

 

「雫ってばまたいろんな物入れたりして……ま、今回は確かにありがたいけど」

「この前はお味噌汁だったよね」

「水筒にお味噌汁……いいですね。今度叔母さんお願いしてみようかな」

「「「えっ?」」」

「えっ?」

 

いつかの話題で盛り上がりを見せるかというところで、言葉がいいアイディアだと肯定する。

笑い話で終わるはずが、むしろもっと厄介な方向に転がりつつあった。

 

「鶴音さんもそう思うわよね。お味噌汁は体にいいし、運動後には塩分補給にもなるから」

「そうですね。最近の水筒は保温性も高くて、お弁当の冷めたご飯も食べやすくなりますし」

「そう言われれば確かにそうかも?」

「いや、みのりまで流されてどうすんのよ」

 

思わぬ廻り合いに2人は会話に花を咲かす。

一方は天然、一方は計算の元で導き出しているという違いこそあれど、

お互いに奇抜なアイディアを提供するもの同士、馬が合うといったところだった。

 

「文のお姉さんもマイペースっていうか、なんていうか……似た者同士ね」

「そんなことないですよ。お姉ちゃんの言ってることは大体正しいので」

「確かに言ってることはわかるけど……それでも水筒に味噌汁はないかなって」

 

それが理解出来なくもない愛莉と遥であったが、ここで全て肯定してしまうのも何か違う。

一方で変わらず2人の為になる(?)会話が続いており、みのりは完全に引き込まれていた。

 

「そうそう、この前皆で寄せ鍋をした時に、焼きマシュマロをしたんだけどそれが楽しくって……」

「確かにこちらの文化では暖炉もありませんし、ガスコンロの火なら安全に処理できますからね。

 この辺りだと焚き火はともかくバーベキューも出来ませんから」

「ふむふむ……」

「みのりー、そろそろ戻ってらっしゃい」

「2人も、その話はまた今度にでも」

 

そろそろ収拾がつかなくなると判断した2人は、助け船を出すのだった。

 

 

 

それからお弁当がなくなっても会話は続き、そろそろ会話のネタも無くなって、

自然と解散の流れができていた。

 

「皆さん、ありがとうございました。お陰で文も満足出来るお花見になりました」

「こちらこそ、私達もこんなにゆっくりお花見出来たのは久しぶりで。ありがとうございました」

 

言葉と遥がお互いに頭を下げる。こういった律儀なところは似た者同士かもしれない。

 

「まさかアンタに助けられるとは思ってもみなかったけど。やっぱり隅に置けないわね」

「えへへ、ありがとうございます愛莉さん。また一緒にお話しましょう!」

「そうね。ダンスは一級品だから、もし良かったらみのりと雫に教えてあげて頂戴」

「わかりました! その時は覚悟しててねみのりちゃん!」

「ひええ! コーチが2人!? どど、どうしよう雫ちゃん……」

「でも、その方がもっと楽しいわ。私からもお願いね。文ちゃん」

「はい! MORE MORE JUMP!の皆さん、ずっと応援してますからね!」

 

ほどなくして解散し、鶴音姉妹は帰路につく。

ほんのりと傾いた日が空を赤く染め始めていた。

 

「文。愛莉さんに前から好きだったこと、言わなくて良かったの?」

「うん。だって愛莉さん、今はMORE MORE JUMP!として頑張ってるから」

 

愛莉からすれば要らぬ心配だろうが、いざ自分の大切な物や憧れに対しては臆病なのは変わらない。

以前放った一言で姉を傷つけてしまったことが、今も深く胸に刻まれている。

 

「でも、言わないと伝わらないよ」

「わかってるって。でもそれは今じゃないと思うの。もっともっと、大事な時があるはずだから」

 

2人にとって明日ほど不確かな物はない。

永遠に続くと思っていたものが失われた、あの日から。

 

しかしわかっていながらも先送りにしてしまう。

自分のせいで大好きなものが失われるのも、文にとって恐ろしいことだった。

 

文の古傷は、まだ癒えることを知らない。




こんばんわ、kasyopaです。
お花見イベントが開催される様子ですが、
こちらのお話群は相変わらず残させていただきます。
鶴音姉妹が存在する時点で色々変化する物語もあるかもしれない。

さて、次回は箸休め程度にアンケートで可決された「エリア会話集」となります。
それが終われば、エイプリルフールイベント……のようなお話。
そして、それが終われば少し休止期間をいただきます。
年度はじめがエイプリルフールしかない状態になりますが、ご了承の程お願い致します。

それでは、また。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。