荒野の少女と1つのセカイ   作:kasyopa

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※第2部終了後、2部のサイドストーリー枠に再度変更します。


閑話 非力な少女達

固く閉められたカーテンによって、外部と完全に遮断された部屋。

煌々と光を放つディスプレイに照らされたベッドの上で、奏が言葉に覆い被さっていた。

 

「ハァ……ハァ……ダメです、宵崎さん……1人で出来ますから……」

「大丈夫、わたしに任せてほしい」

 

上着のファスナーを丁寧に下ろしていく。

頬を紅潮させながら何かを言いかけた言葉の口を閉じさせた。

 

晒された肌着は熱を帯びた呼吸と共に上下している。

その胸に手を当てれば心臓が強く脈打っていた。

しっとりと濡れた黒と白の髪が交わり影の溶ける。

息も掛かる距離でお互いの顔を見つめあっていた。

 

「えっ、と……宵崎、さん」

「喋っちゃだめ。じっとしてて」

 

意を決した奏はそのまま顔を近づけていき────

 

─を重ねた。

 

 

 

──時は少しばかり遡る。

 

桜も散り始めた頃、日頃の暖かさ故か春雨も激しさを増していたシブヤの街。

傘も差さずに1人の少女が地下道へと駆け込んだ。

 

「まさか急に雨に降られるなんて」

 

ハンカチで服を拭っていたのは言葉であった。

久しぶりの休日にと街へ駆り出すまではよかったものの、

天気予報を過信して傘を持ってきていなかった事が祟り、すっかりずぶ濡れになっている。

 

「クシュン! とりあえず傘を買って帰らないと……文にまた怒られちゃうな」

 

せっかく妹が選んだ春のコーディネートも、濡れてしまっては台無しだ。

薄手の服なこともあり、ぺったりと肌に張り付いていた。

 

「あれ……鶴音さん?」

 

そんな彼女に偶然声をかけたのは奏。

両手はスーパーの袋で塞がれており、買い物帰りなのはすぐに見てとれた。

 

「あ、宵崎さん。最近よく会いますね。お帰りですか?」

「うん。カップ麺と缶詰が切れかけてたから。

 ……はぁ、誤送なんてことがなかったら外を出ずに済んだのに」

 

言葉の姿を見るやげんなりとする。

奏も当然傘など持っておらず、出不精の為に色々買い足したのがよくなかったらしい。

 

「もし良ければ家まで送りますよ。その様子だと傘も差せないでしょうし……」

「……ごめん。お願いしていいかな」

「気にしないでください。これも何かの縁ですので」

 

申し訳なさそうにお願いする奏に対して首を横に振る言葉。

 

こうして地下道の店で傘を購入し、付き添いとして家へ向かうことになったのだが……

 

「傘、1本しかなかったね」

「そうですね。この辺りは通行人も多いですから」

 

奏の家に向かう途中のコンビニを覗いてみても、

急な雨のせいか最初に買った1本しかなかった。

しかも2人で入るには心もとない大きさである。

 

やがて地上へ上がるも雨は勢いを増すばかりであった。

それでも奏には曲を作ることが最優先であり、帰りを遅くすることはできない。

言葉もその意図を汲み取って横に並ぶ。

1つの傘に2人。いわゆる相合い傘というもの。しかし……

 

「鶴音さん。そんなに傾けてたら濡れるんじゃ」

「気にしないでください。私の方が身長高いですし、そちらには荷物もありますから」

 

傘のほとんどを奏の方へと譲り、言葉は以前にも増して濡れていた。

奏が反対の声をあげるも、傘の主導権は言葉にある。

そんな会話をしている2人のそばを1台の車が通りかかった。

 

「あっ」

 

水溜まりの水を撒き散らし、車側を歩いていた言葉がモロに水を被った。

身長差もあって奏は全く濡れなかったものの、

一方の言葉は衣服が透けるまでずぶ濡れになっていた。

 

「だ、大丈夫?」

「はい。宵崎さんは大丈夫ですか?」

「うん。髪が少し濡れただけだから」

 

「(不謹慎かもだけど……綺麗だな……)」

 

素肌が見えるまでに濡れたその姿も、髪をハンカチで拭く仕草も、

奏では到底出せない美しさを纏っている。

言葉に目を奪われながらもやがて目的地に着いた2人。

 

「もしよかったら上がっていって。そこまでずぶ濡れだと体に悪いし」

「ありがとうございます」

 

普段なら断っていたであろうが、

今回ばかりは見てくれも悪いため言葉に甘えることにする。

キッチン、ではなく脱衣所まで案内され替えの服を渡された。

 

「ごめん、ジャージしかなくて」

「いえいえ、ジャージは好きですよ。動きやすいですし何より窮屈しな……」

 

そう言いかけて肌着とジャージに袖を通した言葉であったが、

それは奏が普段来ているものと全く同じもの。

サイズも身長差もありすぎるためか、お腹が完全に出てしまっていた。

 

「なんか……ごめん」

「もう、今日で謝るの3回目ですよ。気にしてないといってるじゃないですか。

 あ、洗濯機お借りしてもいいですか?」

「うん、遠慮なく使ってもらっていいよ。わたしがやると服が縮むから」

 

以前の失敗を思い出しつつ語る奏に対し、あるあるといった表情で言葉は洗濯を始める。

その間に紅茶のひとつでも淹れようと台所へ向かうも、ティーバッグが見つからない。

よくも悪くも家事代行の穂波に任せっきりであり、台所に立つことすらない奏は、

その所在を知ることができなかった。

 

「(わたし、とことん家事が出来ない女だな……)」

 

残念がっていると言葉が顔を覗かせた。

 

「宵崎さん、どうかしましたか?」

「ううん、なんでもない」

 

お茶を淹れようとした、その事実ごとひた隠しにしつつ言葉に向かい合う。

仕方なく冷蔵庫にある冷えた麦茶を振る舞った。

 

「鶴音さんのお陰で今日は本当に助かった。……お礼に何か、言ってくれたら嬉しいな」

「あ、でしたら……作曲風景を見せていただきたい、ですかね」

「そのくらいでいいの?」

「はい。もちろん差し支えない程度であれば、ですが」

「そんなことない。じゃあ、案内するね」

 

奏からすれば当たり前の日常である。それを見て楽しいことがあるのだろうか。

そんな疑問を浮かべつつ奏は自分の部屋に案内するのだった。

 

 

 

通販の段ボール、使ったままのマグカップ、散乱する楽譜。

消えることの知らないディスプレイと、

その周囲を取り囲むように設置された音楽機材の数々。

日の光を許さぬ締め切られたカーテンと、クーラーによって冷やされた空間。

 

辛うじて足の踏み場がある部屋で、奏はいつも通り作曲を続ける。

いつもと違うのは、その後ろに言葉の姿があるということか。

 

こんなにも散らかった部屋でも言葉は何一つ言うことはなかった。

奏は改めて彼女の器の広さを思い知る。

 

「「………」」

 

クリック音と鍵盤を押さえる僅かな音だけが、この部屋を支配する──はずだった。

1時間ほどすると荒い息遣いが聞こえてくる。

ディスプレイに向き直る際、視界に入った言葉の様子がおかしいことに気づく奏。

 

「鶴音さん……?」

「ハァ……すみません、なんでも、ないです」

 

途切れた言葉を呟きつつも顔は段々俯いていく。

やがて奏の椅子に手をかけていた。

 

「ごめん、なさい、宵崎さん……ベッド、お借りしてもいいですか?」

「別に構わないけど……まさか!」

 

今にも崩れ落ちそうな言葉は、なんとかベッドに座り込む。

その顔は紅潮しているが何より顔色が悪い。

 

これまでの経緯で悪条件が重なれば、答えは明白であった。

焦った様子で駆け寄る奏だが、散乱した楽譜に足を取られる。

そのままバランスを崩し、言葉の体を押し倒した。

 

固く閉められたカーテンによって、外部と完全に遮断された部屋。

煌々と光を放つディスプレイに照らされたベッドの上で、奏が言葉に覆い被さっていた。

 

「ハァ……ハァ……ダメです、宵崎さん……1人で出来ますから……」

「大丈夫、わたしに任せてほしい」

 

上着のファスナーを丁寧に下ろしていく。

頬を紅潮させながら何かを言いかけた言葉の口を閉じさせた。

 

晒された肌着は熱を帯びた呼吸と共に上下している。

その胸に手を当てれば心臓が強く脈打っていた。

しっとりと濡れた黒と白の髪が交わり影の溶ける。

息も掛かる距離でお互いの顔を見つめあっていた。

 

「えっ、と……宵崎、さん」

「喋っちゃだめ。じっとしてて」

 

意を決した奏はそのまま顔を近づけていき────

 

『額』を重ねた。

 

随分と熱くなっており、すぐに風邪だとわかった。

しかし看病の経験はなく薬の場所もわからない。

 

「こういう時、望月さんが居てくれたら……」

 

いつも頼れる少女は今日は来ない。電話をすれば駆けつけてくれる可能性はある。

 

──しかしこれは自分が招いた結果。

  自分の不甲斐なさが生んだ結果。

  ()()()のように、また繰り返すのか。

 

「違う……わたしが、救わなくちゃいけないんだ」

 

だからといって諦めることは出来ない。

『救うことに呪われた少女』は行動を開始した。

 

「風邪の時はまず安静に……してる。あとは水枕……とかはない。濡れタオルくらいなら」

 

ネットで情報をかき集めながら、出来る限りの処置を施していく。

酷く拙いものであったが、それでも少女は全力だった。

 

『私にはそれに対して応援することも、背中を押すこともできませんが……

 貴女達が帰ってきた時に、出迎えることくらいは出来るかと思います』

『でしたら、助けたい人を助けられた時、私にも紹介して貰えませんか?』

 

待っていると言ってくれた少女。

あの言葉は、ずっと奏の中で鳴り響いていた。

そしてまだあの時の約束を果たせていない。

 

いつか待つその未来で、痛いくらい笑えるように。

 

 

 

「ん……あれ……」

 

カーテンの隙間から漏れる黄昏の光に目を覚ます言葉。

そのそばでは奏が眠りについていた。

 

お湯の入った洗面器と荒く絞った濡れタオル。

それだけで必死に看病してくれていたのだろうと考える。

 

「……このままでは風邪を引いてしまいますよ」

 

そっと耳打ちしてベッドの上に寝かせる。

先ほどまで病人が寝ていたベッドだが、体を冷やすよりかずっとよかった。

 

「少し長居しすぎましたね。お暇しましょうか」

 

部屋を出てキッチンを通り、脱衣所へ向かう言葉。

そんな生活感のない家の中に、唯一立てられていた写真立てが目に入った。

 

父と、母と、少女が幸せそうに写っている。

それが奏の家族だと気付くのにさほど時間はかからなかった。

そしてこの家の状態から、現在の様子は予想に難くない。

 

「……こういうのを、運命っていうんでしょうか。

 神様はいつも、意地悪なものですね」

 

笑みを溢しながら、着替えを終えて言葉は奏の家を後にする。

雨はまだ少しだけ残っていた。




お久しぶりです。kasyopaです。
今回はUA10000記念、「言葉が奏に押し倒される話」でした。
文字数は普通より長くなりましたがその分絡みが書けたから許して……(4000文字)

絶対選ばれないと思ってネタで入れた結果がこれだよ!
(シチュ・相手とも大差をつけてました)
相手に絵名をいれてもよかったかなー、と思ったりもしましたが、覆水盆に帰らず。

なお、発案の元は「シャミ子が悪いんだよ」から来てます。

押し倒されてからのシチュエーションが全然なくてすまない。
でもこの話でR-15指定されたら……いや、ありませんね。

皆様のお陰で、累計UA10000を突破し、先週のUAも1000を越えることができました。
評価も増えて、ホクホクしております。
これからも応援してくれる皆様には感謝しかありません。

結構暗いお話になっている第2部ですが、
このお話で少しでも気晴らしになれば幸いです。
それでは、またいつか記念話でお会いしましょう!
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