荒野の少女と1つのセカイ   作:kasyopa

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全20話構成・三人称視点となります。


第1話「たった1人の友達」

奇跡のような一夜からしばらく経過して。

言葉はしばらくビビッドストリートに姿を見せなくなっていた。その理由とは──

 

「ねえ鶴音さん、今度またイベントがあるんだけど──」

「白石さん、それはオーバーホール中だからって言ったよね?」

 

そんな問答が日常のひとつとして行われている。

冬の寒さも一旦落ち着きをみせ始め、中庭で昼食を取っている時の出来事だ。

 

あれから一躍時の人となった鶴音姉妹は、

Vivid BAD SQUADを通じてイベント参加を希望されていた。

といっても日常的に会話の機会があるのは自然と絞られる。

彰人も声をかけたものの理由を聞くなりやめてしまった。

 

一方の杏はそのオーバーホールが終わるタイミングを図るかのように、

タイミングを見ては様々なイベントに誘っていた。

情報を絶やさない、という意味もあるかもしれない。

 

「そっかー。でもまた見に来てくれると嬉しいな! あの時結局聞けなかったんでしょ?」

「そうだけど……まあお客さんとして見るにしても、楽器が手元にあってからがいいかな」

 

この前のようなトラブルがあるかもしれない、と箸を進めながら口を濁す言葉。

実際のところは知名度が上がったことにより、

出演者だけでなくお客さんにもある種の期待を抱かせてしまった。

それにいざ応えようとしても、そのための楽器がないのではがっかりさせてしまう。

それが言葉にとって一番の問題点であった。

 

「まあまあ、ここは委員長に免じて許してやって下さいよ風紀委員様」

「理那ってばまたその呼び方ー。私は別にいいけど鶴音さんくらいは普通に呼んであげたら?」

 

そんな勧誘の流れを断つように口を挟んだのは理那。

フレンドリーという共通点から、杏と理那が知り合うまでさほど時間はかからず、

また親睦を深めるのも同様であった。

 

「私の役職呼びは敬意と尊敬の念が籠ってるからねー。委員長も嫌って言ってないし」

「でも東雲君は名前呼びだよね」

「男の子は別ですー」

 

自分の信条を語りつつも彼女は彼女で購買で買ってきた大量のパンに舌鼓を打っている。

そんな光景に、文と大食い対決したら良い勝負が出来そうだな、と2人は考える。

 

「そういえば理那はなにか自分でやってみたいこととか、将来の夢とかってあるの?」

「私? 私は今のところないかなー。何が向いてるかもわかんないし」

 

ひとまずの話題が終わったことで、話の流れから矛先は理那へ向く。

言葉の夢はともかく、そういった話は一切口にしないことから興味がわいたのだろう。

しかし問われた本人は特に何も考えていない様子であった。

 

「なんでも向いてると思うけど……勉強以外は」

「言ったな委員長! それは流石に怒るぞー!?」

「あはは、まあ私も特に勉強なんか出来なくても、

 RAD WEEKENDを越えられれば問題ないわけだし?」

 

そしてこの2人、勉強が出来ない点も同じだった。

 

「でも白石さん、赤点とって追試になれば練習時間も減るんじゃないかな?」

「うっ」

「あはは、言われてるー」

「他人事じゃないから。この前国語の小テスト、追試になってたでしょ」

「あっ、それ杏には秘密にしてって言ってたやつ!」

「あれー? 理那ってばあの小テスト追試になってたんだー?」

「あと1点! あと1点あればセーフだったし! 杏の方こそどうだったの!?」

「私は見事追試回避しましたー」

「う、裏切り者ー!」

 

と言いつつ、彼女も赤点ギリギリだったのは口が裂けても言えない。

もしここにいる3人が同じクラスであれば、更なる不毛な言い争いになっていただろう。

言葉は余裕を持ってこなしているのは言うまでもない。

 

「とりあえず話を戻して。なにかやってみよう、って思ったりもしないの?」

「今はとりあえず楽しそうだな、面白そうだなって思うことを、

 行き当たりばったりでやってるだけだからねー。

 ほら、年取ったり怪我したら体とか動かなくなってやりたいこと出来ないじゃん?」

「まあそうだけど、同じ目標に向かって進む仲間っていうのも他に変えがたいよ」

 

現にそうやって進み始めている杏だからこそ言える話であり、

これは理那だけでなく言葉に対しても贈られたものであった。

 

「目標、か……」

 

依然として先の事を考えることも出来ない彼女は、ぼんやりと思い浮かべる。

『自分の音を奏で続けていきたい』という想いはもはや果たされている。

しかしその先で何を得るか、何を選ぶのかまでは決まっていない。

 

変革の機会であれば既にあのイベントから始まっている。

妹もまた、自らの形で音楽を体現していた。

そんな共通点を知ってからは今までよりもさらに距離が縮まったかもしれない。

それでも文は叔父と叔母には心配をかけまいと秘密にしているようで、

言葉も準ずる形で2人に伝えることはなかった。

 

「同じ目標がなくても、私は委員長と一緒にいられたらそれでいいかな」

「……理那?」

 

そんな中で理那が懐かしむように呟く。その表情はいつもと違って憂いに満ちたもの。

思わず言葉が名前で呼んでしまうほど、哀愁たっぷりに呟く彼女は我に帰る。

 

「おおっといけない、私としたことが。昼休みも終わっちゃうしささっと食べて教室戻ろう!」

「そうだね」

 

幸いここにいる者はそれを追求する事はしない。杏の同意の元、食事を再開する3人。

言葉にとっていつもより少し騒がしい昼休みは、あっという間に終わりを告げるのであった。

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