学校もバイトも休みの日。まだお昼前の人通りが落ち着いてる頃。
私は家族に見つからないようにフルートを家から持ち出し、ビビッドストリートを訪れていた。
理由は当然MEIKOに言われたことを果たすため。
彼女は音楽と言っていたから、歌でも演奏でも構わないだろう。
それでも私にはこれしかなかった。
ここは常に様々な音楽が飛び交う場所。通りがかる人もその環境に慣れている。
クラシックの楽器という点で浮いてしまうかもしれないけど、
木を隠すなら森の中というし悪目立ちすることもないだろう。
その分耳も肥えているかもしれない。
けれどそんな人達から評価を貰えるなら、MEIKOの期待に応えられると思う。
通りを行ったり来たりして他に誰かやっていないかを確認。
やっているならいい感じの場所を尋ねてみてそこで演奏させてもらえればいい。
と、思っていたのだが流石に早い時間だけあって誰一人として居なかった。
入り口もシャッターもない、ただの通りで一人演奏を始めることにする。
チューニングを兼ねて音出しを数分。それだけで三年間というブランクを実感する。
昔だったらほんの数十秒で終わっていたものが、今では倍以上かかっている。
最近手入れをしたとはいえ音出し自体は行っていない。
そして音出しの時点で興味を持った人達が集まり、また近くのお店の店員さんも遠目に見ていた。
「お、フルートなんて珍しいな」
「なんの曲演奏するんだろ」
でもこれはただの物珍しさによるものだ。私の演奏によるものじゃない。
「………」
当たり障りのないように知名度は高い曲の方がいいかもしれない。
でもクラシックをそのまま弾くのでは芸がない。ならいろんなJ-POPとかそのあたりで。
一曲軽く演奏して自分の調子を確かめる。指が上手く動かないのは織り込み済み。
お客さんを飽きさせないためにも、そして自らの技量を確かめるように1コーラスだけ。
二曲目、三曲目と移るにつれて手探りながらも勘を取り戻していく。
ただ演奏するにつれて昔のことが思い出されていく。音楽を通じて鮮明なまでに記憶が蘇る。
あの時はこうしていたとか、出来ないのなら他の所でカバーしようとか。
家族のことやコンクールのこと、裏山のお花見のことや何気ない日常のことまで。
「なんていうか、普通だな」
「そうだな……」
お客さんは一人、また一人と興味を失って行ってしまうが予想通りではあった。
それでも数人のお客さんは最後まで残ってくれている。
時折休憩を挟みながら10曲ほど演奏して頭を下げる。このくらいで終わりにしよう。
「ありがとうございました。以上になります」
頭を上げれば休みの人もあって始めた頃より人通りが多くなっており、通りも活気だっていた。
静かにゆっくりと拍手が送られる。
コンクールの時よりずっと少なかったけど、それでも最後まで聞いてくれた人には感謝を。
「(あれ?)」
随分と久しぶりで酷い演奏だったから落ち込むかと思っていたけど、
やりきった達成感からか思いのほか満足していた。
それどころか改善の余地すら考えるほどに。とりあえず楽器をしまってこれからは何をしようか。
「お姉ちゃん?」
一番聞きなれた声に体が凍り付く。恐る恐る振り返ってみればそこには文の姿があった。
「あっ、文……どうして」
「どうしてって、お買い物だけど……それってフルートだよね? じゃあ演奏してたのって」
「──聞いてたの?」
「聞いてたっていうより聞こえてきた、かな。
こんなに早くからやってる人居ないからよく響くし」
聞かれた。よりにもよって自分の妹に。これでは何のために中学で演奏をやめたのかわからない。
何のために今まで必死になってバイトしてきたのかわからない。
文だってそれを理解してくれているはずだ。それなのに私は。
「──失望、したよね。私がこんなことにかまけててバイトしてない、なんて」
「バイトのことは関係ないよ。確かに前より下手になってるかもって思ったけど」
「それは私も解ってる。でも、これで最後だから」
「最後なんてそんな、私はお姉ちゃんに」
「大丈夫、解ってるから。終わりにしよう。ありがとう、文。最後の観客が貴女でよかった」
精いっぱいの感謝と笑みを送る。
思い出も音楽も、全部捨て去れば本当の意味で今を守ることができる。
この子を守る為なら私は──
「だったら、私が思い出させてあげるから!」
しかし帰ってきた彼女の言葉は予想外の物だった。
今にも泣き出しそうな顔で私を突き離し、どこかへ向けて走って行ってしまう。
その背中に私は戸惑うことしかできないのだった。