「ただいま」
「おかえり言葉ちゃん。……何かあった?」
やっとの思いで家にたどり着いた言葉を出迎えたのは叔母であった。
いつにもまして足取りは重く顔色も悪い。
せっかく理那やクラスメイト達との交流で得た活力も全て失せていた。
「まあ、うん。叔父さん、帰ってきてる?」
「ええ、今は自室でゆっくりしてるわ。もしよかったら呼ぶけど……?」
「ううん、いい。私から行くから」
一旦部屋に戻り私服に着替えた言葉は扉の前に立ち、数回ノックする。
どうぞ、と声がしてからゆっくりと扉を開けば、小学校の資料室のような間取りが出迎えた。
ガラス張りの本棚には仕事用のファイルがきれいに並んでおり、
部屋のスミには背もたれのないソファが置かれている。
窓際に置かれたテーブル席に腰を掛けた叔父が言葉を見ていた。
「言葉さん、おかえりなさい」
「ただいま叔父さん。今、ちょっといいかな」
「ええ。今終わったところですから。どうぞ、好きな席に座ってください」
いつもと変わらぬ様子に多少の安堵を覚えながらも、一番近い席へ腰を掛ける。
顔色の悪さは変わらないもののそれを追求することはない。
「珍しいですね。態々部屋まで訪れるのは」
「えっと、文には聞かれたくないことだから」
「なるほど、確かにこの部屋は多少の防音加工をしてますからね」
叔父は仕事とプライベートをきっちり分ける人間であった。
その一環がこの部屋の作りにある。
「ひとつだけ聞きたいことがあって。誤魔化さないで聞いてほしいの」
「ええ。答えられる範囲であれば」
「3年前の事故で事故を起こした人達、どうなったか知ってる?」
「……!」
普段は態度を崩さない叔父であるが、その質問に対しては目を丸くした。
しかしそれも一瞬のことですぐに元に戻る。
一瞬であっても確かな変化を、言葉は見逃さなかった。
「……やっぱり、知ってるんだね」
「その話は、誰から聞きました?」
「雲雀っていう人から。今日聞いたの」
名字を出した方が効果的だろうと、
質問を質問で返すことには何も違和感もなく答える。
この場において逃げることが許されないのは叔父であるからだ。
「答えて叔父さん。最初から知ってたんだよね」
「何も言わなかったことは謝ります。ですが私にも守るべきものがあります」
「守るもの?」
「それはあなた達です。子供を守るのが保護者としての責任です」
これ以上悲しい事実に晒されてしまえば、2人は到底耐えられない。
何より、当時の言葉の思いと幼い文の事を思えば当然のことである。
遺された者達の思いをすくい上げた責任として、
2人の知らぬところから降り注ぐ困難は払い除けてきた。
それこそ事故によって引き起こされた加害者の心中であっても。
悲劇の代わりに喜劇を与え、心身ともに充実を図った日々。
その内のもっともたる例の1つが記念日のお祝いであった。
「私が聞かなかったら、教えることもなかったってこと?」
「はい。まだあなた達には早すぎると思いますので」
非常に残酷な答えであったが、その判断は正しいことも理解していた。
現に千紗都からその事実を明かされ、今もこうして狼狽を続けている。
まだ自らを癒す段階の少女にとって、どんな劇薬よりも効果的な毒であった。
「ごめん。私、部屋に戻るね。教えてくれてありがとう」
「言葉さん」
おもむろに席を立ち部屋を後にしようとしたところで呼び止められる。
何事かと思い振り替えれば、いつにもまして真剣な叔父がそこにいた。
「この問題は言葉さんが責を負うべき問題ではありません。
雲雀さんが何を仰っていたとしても、気にしてはいけませんよ」
「うん、そうだね。復讐は考えてないって言ってたから、大丈夫」
「そうですか。ならよかった」
そこが一番の懸念する要素だったからか、安堵の表情を浮かべる。
その顔を見送って言葉は部屋を後にした。
・
・
疲れ果てた様子でベッドに腰を掛ける。気分転換に楽器の演奏をしようにも手元にはない。
「セカイにでも行こうかな……」
あの場所であればMEIKOとKAITOがもてなしてくれる。
最近は雑貨屋のお陰か、ただ殺風景な灰色のセカイを眺める以外の楽しみ方も増えてきた。
それでもこれまでに利用したのは片手で数えられる程度だが。
「お姉ちゃん! MORE MORE JUMP!の人達が生配信やってるよ!」
「ふ、文っ!? 痛っ!」
仰向けになりつつスマホを操作していると、文がノックもなしに部屋へ突撃してきた。
あまりに唐突な出来事に驚き手を滑らせ、落下したスマホが顔面に直撃する。
「わわわ、お姉ちゃん大丈夫?」
「だ、大丈夫」
手で患部を覆いながらもなんともないと身振りで伝えた。
そんな姉の様子を無事と受け取り、文は隣へと腰かける。
「ほらほらお姉ちゃん、今回はコラボ配信の発表するんだって! 楽しみだねー」
「コラボ配信……って誰とするの?」
「早川ななみっていう、アイドルだった人だよ。元々すっごく人気だったんだけど引退しちゃって。
今はチャンネル登録者数80万人を越える超有名人なんだから!」
「へぇ、知らなかった」
「もー、お姉ちゃんネット事情全然知らないんだからー」
「ほらほら、動画始まってるよ」
そう熱弁する文をなだめつつ配信を眺める。
言葉からすれば一人としてその事情を知らない人物ではあるが、文にとっては大切な人達。
これまで見てきた彼女の中で、今がもっとも幸せそうだった。
だからこそ、彼女を不安にさせてはならない。
叔父が保護者としての責を果たすなら、自分は姉としての責を果たすだけ。
そう心に誓う言葉であった。