翌日、言葉の寝付きは悪かった。
叔父に気にするなと言われても、気にしてしまうのが彼女。
これからも千紗都は機会を伺っては言葉に接触を図るだろう。
出会ったときは神高の制服だった為、どの学校に通っているかも知られた。
幸い文の学校は遠いため、よっぽどのことがない限り接触もない。
連絡先も寄越してきたということは、
体質の関係か彼女も外には出たがらないのかもしれない。
「おはよう」
「お! おはよう委員長ー! 珍しいじゃん朝イチじゃないなんて」
「そういう日もあるよ」
教室の扉を開ければ、真っ先に理那が話しかけてくる。
他のクラスメイトも意外そうに見つめていた。
「何々、髪のセットで苦戦したとかそういうかわいい理由だったり?」
「少し寝付けなかっただけだよ。それよりもうすぐ先生来るから席に座って」
「はいはーい」
席にまでついてこようとする友人を適当な言葉であしらい、ようやく腰を落ち着ける。
朝の授業の準備をしつつ、あのときのように弁当を忘れていないかも確認。
「おーいお前ら朝のホームルーム始めるぞー」
担任が姿を見せ各自席に戻る生徒達。今日も変わらぬ日常が始まる。
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昼休みを告げるチャイムが鳴り響く。
言葉は1人で昼食にちょうどいい場所を求めて敷地内をうろついていた。
といってもろくに校舎内を探索したこともないため、いく宛は限られてくる。
「結局中庭だね」
雲間から差し込む光を浴びながら、すでに何人かの生徒が昼食をとっていた。
たまには1人の時間を堪能するか、と歩いていると見知った生徒がポツンと昼食をとっていた。
「はあ……中庭で食事とか少し憧れてたけど、これなら別に教室と変わんないな」
そんな愚痴をこぼす灰色かかった緑の髪の少女。
「草薙さん、ご無沙汰してます」
「え? あっ、鶴音さん……どうも」
神高祭で知り合いそこそこ会話を交わした仲ではあるが、
2人とも積極的に関わろうとしなかった為そこで終わっていた関係。
強いていうならバレンタインにチョコを渡してはいるものの、寧々からすれば全くの予想外であった。
「お昼、ご一緒してもいいですか?」
「うん。別に、断る理由もないし」
少し間隔をとって座る言葉。
何かしら期待をもって外まで出てきた寧々にとってもよい収穫であった。
「バレンタインの時は、ありがとう。その、美味しかった」
「それはよかった。叔母に教えてもらった甲斐がありました」
「(叔母……お母さんじゃなくて?)」
多少の違和感を感じるものの突っ込む話でもないため、聞き流すことにする。
「そういえば最近は演奏してないみたいだけど、何かあったの?」
「今はオーバーホール……修理中なんですよ」
「あ、そう……」
実際に見にいった事はないものの、寧々にとっては日頃の小さな楽しみになっていた。
本人に感想を伝える勇気はまだ持ち合わせていない為、肩を落とすことしかできない。
「(でも、メンテナンスも大事だから仕方ないか……)」
「えっと、なにかありましたか?」
「なんでもない。気にしないで」
無理が祟って最初のショーで失敗した事もあり、それ以上はなにも言わなかった。
それを機に話題が途切れた事もあり、お互いに箸を進める2人。
「草薙さんは最近なにかありましたか?」
もう食べ終わるか、といったタイミングで今度は言葉が質問する番となった。
少し驚きつつも、口を開く寧々。
「何かって、結構アバウト……最近だったら、星乃さんと歌の練習してるくらいだけど」
「そういえばそうでしたね。あれから順調ですか?」
「うん。でもなんていうか、まだ自分の歌に自信が持ててないっていうか……そんな感じなんだよね」
「歌に自信、ですか。人前で歌うというのを提案しては」
「それ、わたしに言っても意味ないと思うんだけど……」
「それもそうですね」
お互いに笑みをこぼしながらも他愛ない談笑は続く。
そこから先もとくに大きな話題もなく、ただ2人きりの昼食を楽しむのであった。
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「まさか先生の使いっぱしりなんてねー。ハードルだと量も多いしさー」
「でもありがとう。いつも手伝っててもらって」
理那が愚痴をこぼす。2人は今体育の授業に向けて倉庫から用具を運びだそうとしていた。
倉庫といっても強引に押し込んだ物置と化している。
あらゆる場所にボールや運動部が使用する用具が散らばっていた。
「そういや委員長、昨日の子なんだったの?」
「あ、あれは……なんでもないよ。人違いだったみたい」
「いやいや、本名呼んでたでしょ。なに、昔の知り合いとか?」
本人からすればただの興味でしかない。話題に困った際の最もたる疑問。
しかしそれを意識しただけでも、彼女の言葉が思い出される。
『本来裁かれるべきは父と母だが、もうこの世にはいない。
代わりに我がその罰を受けることにする』
『それはもちろん、親殺しに見合った物であれば甘んじて受けようではないか。
死ねと言われればこの命、喜んで差し出そう』
歪んだ覚悟を真っ向から受け止めてしまい、消化できないまま残り続ける。
普段は受け流すことができても、自分の問題であるためどうしようもできなかった。
──そしてその集中力の欠損は作業にも現れる。
「委員長危ない!」
「えっ──」
そんな声と共に、倉庫から轟音が鳴り響いた。
* * *
「おい! 何があった!」
あまりに大きな音だった為に教師が駆け込んでくる。
他の生徒も気になったのか野次馬のように群がっていた。
目の前に広がる光景は残酷なもの。
倒れかかったトンボやハードルが言葉の上に覆い被さっている。
その隣で、理那が必死にそれらを取り除いていた。
「ああもうっ! トンボがこんがらがって起きやしない!
先生! 男子! 見てないで手伝って! 女子は保健室の先生と救急車!
後、委員長の鞄全部持ってきて!」
「あ、ああ!」「わかった!」
戸惑う先生と生徒に対して声を張り上げる理那。
言葉に覆い被さる器具は男手5人で集まってようやく片付けることができた。
しかし意識がなく右腕は変な方向に曲がっており、手から出血している。
「ヒッ……!」
「グロいのに慣れてないやつは離れてて!」
「おい、しっかり「患者に触んな馬鹿!」」
思わず駆け寄った彰人を押し退け容態を確認する理那。
それから理那は先生が到着するや否や共に応急処置を開始し、
救急車にも先生を退けて随伴した。
「君、随分しっかりしてるね。大人でもここまで出来る人はいないのに」
「父さんが医者だからね。ここからだとうちの病院が一番近いからそこがいいよ」
救急隊員による応急処置も終わり、揺られながらも理那は質問を返す。
言葉の意識が未だ戻る気配はなかった。