「ん……」
言葉がそんな声と共に目覚めたのは、ベッドの上だった。
漂う薬品の臭いと白い綺麗な天井を眺める。
「ここは……」
「あ、お姉ちゃん!」
周囲を確認しようと体を起こそうとしたところで、腕が動かないことに気づく。
何故と疑問を覚えるより先に、気づいた文が顔を覗きこんだ。
「叔父さん! 叔母さん! お姉ちゃん起きたよ!」
病室の外へ駆け出していく彼女を見送りつつ、興味は先に感じた違和感へ向けられる。
ぼやけた視線の先で、自分の利き腕がギプスで固定されていた。
反対の腕は無事だったらしく、そばに置かれたメガネを手に取る。
「ああ……なるほどね」
はっきりとする視界。吊るされて固定された腕には痛みどころか感覚もない。
改めて周囲の様子を観察すればその部屋の全貌が明らかになっていく。
どうやら個室のようで他の患者は見当たらない。
窓の外は夜の帳が落ちすっかり暗くなっていた。
「言葉さん!」「言葉ちゃん!」
扉が開かれ慌てた様子で叔父と叔母が駆け寄る。
その後ろでは担当医と思われる白衣の男性が壁にもたれ掛かっていた。
「大丈夫ですか。痛むところはありませんか」
「今は大丈夫。ごめんね、心配かけて」
「なにか欲しいものはない? すぐに買ってくるわ」
「……とりあえず今は状況説明して欲しい、かな」
心配なのは分かるものの、記憶も混濁しており判断材料も少ない。
いつも冷静な彼女もこればかりはお手上げだった。
「体育倉庫の器具に押し潰されたそうだな。
右上腕部骨折に右手の裂傷、後は脳震盪、といったところだ。命に別状はない」
先ほどまでだんまりを続けていた男性が口を開き、おもむろに近づいてくる。
その厳格な雰囲気から叔父と叔母は言葉から離れた。
「ですが斑鳩先生。この子の、演奏家として再開の目処は……」
「私も医者だ。出来る限りの処置は施した。後はこの子の気持ち次第ですよ」
「私の気持ち……」
腰を落とし視線の高さを合わせる担当医。
その黒い瞳の中には頭に包帯を巻いた言葉の姿が写っていた。
「そうだ。医者に頼っているだけでは治せる物も治せやしない。
医者の私が言うのもなんだがね。
さてお2人とも、入院の手続き等がありますのでこちらへ」
最後にそれだけを言い残し、叔父と叔母をつれて担当医は部屋を離れた。
残されたのは窓の側で様子を伺う文と、ベッドで横たわる言葉だけ。
「お姉ちゃん、本当に大丈夫? 朝元気なかったみたいだし……」
「大丈夫。お医者さんも言ってたでしょ。命に別状はないって」
「そうじゃなくて、えっと……」
口を濁す文が心配することが体の事ではないことはわかっている。
それでも誤魔化すように別の話題を繰り出した。
「文。入院の事、誰にも伝えてないよね」
「あ、うん……」
「よかった。なら、宮女の人達には絶対に教えないで」
「なんで? お見舞いとか来てもらえるかもしれないよ?」
「それ以上に心配させたくないから」
神高生徒には自然と知られてしまうだろう。
しかしこの2人が連絡さえしなければ宮女の知り合いや友人に知られることはない。
そういう意味では学校が違うのは利点とも言える。
文にとって受け入れがたい事実だが受け入れる他なかった。
本人の願いを無視してまで伝える度胸はまだない。
「わかった」
「うん。いい子だね」
唯一動く手で文の頭を撫でる。しかし撫でられている彼女の表情は暗いものだった。
・
・
面会時間を終え、1人残される言葉。
部屋の隅には自分の衣服を詰め込んだバッグが置かれていた。
「暇だな……」
イヤホンから流れる楽曲に耳を傾けながらそう呟く。
辛うじて無音は免れているがそれだけだ。
「こんなんじゃ、セカイにも行けないよね」
再生リストに存在する『名前のあるUntitled』。
こんな怪我の状態であんな場所にいけば2人に迷惑がかかるどころか、
自分の容態が悪化するのは目に見えていた。
またこの前みたいに、KAITOが自分から現れてくれないか、と願ってみる。
「って、そんなので出てきてくれたら苦労しないよね」
自虐的に笑いスマホを置くと、画面がひとりでに輝きだしてMEIKOが現れた。
「っ!?」
『ご無沙汰してるわよ言葉。って、どうしたのそんな驚いた顔して』
「いや、だって、ちょうど2人と話したいって思ってたから」
『とんだ偶然ね。あら、その腕……』
バーチャルライブのように写し出されたMEIKOが周囲を見渡せば、自然と言葉の腕に目が止まる。
「ああえっと、ちょっと怪我しちゃって」
『……そう。でも、無理はダメ。今は治すことに専念しないと』
「わかりました。でも、お話くらいはしてもらえると嬉しいかな」
『ふふ、そのくらいお安いご用よ』
「すみません、包帯の交換に来ましたー」
簡単な約束を取り付けたところで、軽く扉がノックされる。
恐らくナースの誰かだろう。急いでスマホをベッドの中に隠し返事をした。
「お待たせ委員長。待った?」
そんな台詞と共に姿を表したのは、自分のクラスメイトであり親友の理那であった。