それからというもの、言葉の入院生活が始まった。
といっても誰しも自分の生活があり、見舞いに来るものはほとんどいなかった。
文も今の時期は勉強が忙しいため顔を出せないでいる。
しかし理那は毎日学校終わりに他愛ない雑談をしに来ていた。
プリントもその際に渡してくるため、担任の仕事をかって出ている節すらある。
それでも午前から午後にかけては暇をもて余してしまう。
バッグの中に入っていた少量の本も読み尽くしてしまった。
体調が万全かと言われればそうでもない。
麻酔はとっくに切れてしまい、少しでも動けば耐えがたい痛みが走る。
結果としてベッドで横になりながら、
イヤホンから聞こえる楽曲をエンドレスリピートすることが日常茶飯事であった。
「そうだ、雲雀さんに連絡しないと……」
何か他の暇潰しはないかと以前の記憶を呼び起こしていれば、
この事実を唯一伝えるべき人物が思い当たる。
彼女のことだから今か今かと待ちわびているかもしれない。
しかしこんな状態では裁くことなど出来ない。
いくら受け入れがたい案件でも、ひとまず先伸ばしにしたかった。
制服に残されたままだった紙切れから、千紗都のIDを見つけ連絡アプリに打ち込む。
しかし該当するユーザーは出てこない。
間違えたかともう一度確認しつつ打ち込むも結果は変わらず。
「雲雀さんが間違えたとか? まさかね」
あそこまでしっかりした様子の彼女が間違えるとは考えがたい。
どちらにせよ原因がわからないのでは今の言葉になすすべはなかった。
そばのある机にスマホと紙を置いて再び天井を仰ぎ見る。
イヤホンからは相変わらずMEIKOやKAITOの楽曲が流れていた。
このまま眠ってしまえば夕食の時間にでも目が覚めるだろう、とまぶたを閉じる。
脳裏に写るのは荒野のセカイ。彼女にとってもっとも馴染み深い幻想空間である。
自分好みの楽曲が表現する独特の世界感をそのまま切り取ったようなあのセカイは、
良くも悪くも言葉しかいない為景観がいつまでも失われることはない。
色が失われているものの、それすら味方につけて楽しんでいる。
「──い。───てる?」
骨折が治ったら他の誰よりも2人に報告しにいこう。
そしていつもの雑貨屋でゆったりとした休息を楽しもう。
そんなことを考えていると、言葉の頬が自然と緩んでいく。
「───のかも」
楽曲に紛れて何かの声がする。
耳を傾けてみるもそれらしき声は、すぐに次の歌詞で書き消されてしまった。
気にすることもないだろう、と再び楽曲に意識をむけようとしたところで。
「おーい言葉ー。起きてるんでしょー?」
聞き覚えのある声が聞こえてくる。目を開けば私服姿の瑞希の姿があった。
「友達がお見舞いにきてあげたっていうのに、寝たふりするなんてひどいなー」
「暁山さん……今日は平日だよ。学校行かずに道草してていいの?」
「ええっ!? むしろそこは学校休んでまで来てくれてありがとう、
っていうところじゃないの!?」
「お見舞いに来るにしても、学生としての本分を果たしてからの方がいいよ」
本来の彼女であれば感謝の言葉を述べていただろうが、
今は断りもなく入ってきた上に思考を邪魔された為か不機嫌であった。
「あ、もしかして言葉怒ってるでしょ」
「そうですね。今ので怒りました」
「あっ、ちょっとなにする気!?」
「うるさい人が来てるので看護師さんに追い出してもらおうかと」
「待って待って! 謝るから! 勝手に入ったこととかそのあたり!」
おもむろに言葉はナースコールのボタンに手をかけようとして、これは堪らないと必死に止めに入る。
そんな茶番のようなやり取りで本調子を取り戻す言葉。
「たまに冗談か解らないときあるから、そういうのやめにしない?」
「そう? 暁山さんを抑制するにはやっぱりこういう手が一番かと思ってるんだけど」
「それ、普通友達に言う?」
「友人だからこそ、正しくあって欲しいと願うばかりの行動ですよ」
凄みがある上に容赦のない正論は、
所謂『不良』である瑞希にとって頭が痛くなるものだった。
流石に友人とは言えこの会話は耐えづらい。
「なにはともあれ、来てくれてありがとう。暁山さん。
椅子は自由に使ってもらって構わないから」
そう言って傍の机にある椅子へ座ることを促す。
「あ、ちょっと待ってもらっていいかな。実はもう1人お見舞いに来てる人がいてさ」
「もう1人ですか? でもどこにもその姿は……」
「先にちょっと寄るところがあるって言ってたから。もうすぐだと思うけど」
噂をすれば影というべきか。扉が数回ノックされる。
「あ、来た来た。どうぞー」
言葉ではなく瑞希が返事を返せば、長く白い髪を揺らし少女が入ってきた。
紺色のジャージに下は青みがかったショートパンツ。
今にも消え入りそうな雰囲気を漂わせる少女を、言葉は知っていた。
「宵崎さん……ご無沙汰してます」
「うん。鶴音さんも久しぶり。まさか、こんな形で再会するなんて思っても見なかったけど」
まるで苦痛を押し潰すような笑みを浮かべる奏に対し、
言葉はただ頭を下げることしかできなかった。