荒野の少女と1つのセカイ   作:kasyopa

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第10話「夜の和音」

奏と瑞希はベッドの傍に椅子を移動させ腰を落ち着ける。

一方の言葉は首だけをそちらに向けて喜んでいた。

 

「本当に驚きました。まさか宵崎さんが来てくれるなんて」

「わたしもちょっと用事があったから……そしたら瑞希が誘ってくれて」

「そうそう。怪我は……大丈夫って感じじゃなさそうだね」

 

今もギプスで固定され吊るされた腕がある種のシンボルとなっている。

奏にとっては音楽を愛する者が、今ベッドにふしている現実が何より心苦しいのだが。

 

「それで、お医者さんはなんて?」

「出来る限りの処置はしたって言ってた。

 でも演奏が続けられるかはなんとも」

 

治療の経過は良好ではあるが、演奏が出来るかは触れられなかった。

 

「このままいけばあと数日で退院出来るって言ってたから、

 大丈夫だとは思うけど」

「そっか。それならリハビリ頑張ったらなんとかなりそう?」

「リハビリ……か。そうだね」

 

治療が終わっても元のように動かすにはリハビリが必要不可欠。

それをいかに取り組むかは患者にかかっている。

 

『医者に頼っているだけでは治せる物も治せやしない。

 医者の私が言うのもなんだがね』

 

言葉は担当医の言葉を思い出す。その真意が少しだけ見えた気がした。

 

「と、いうわけでこれ! 病院食ばっかりじゃ飽きちゃうだろうし」

「これは?」

 

綺麗にラッピングされた上品な箱を差し出す瑞希。

店名を確認するより先に包み紙を解いて蓋を開ければ、甘い香りが漂う。

中から顔を覗かせたのは、一口サイズのスポンジケーキだった。

 

「近所のショッピングモールに新しい焼き菓子のお店が出来ててさ。

 ボクも気になってたし、言葉ってファミレス行ったとき絶対紅茶頼むから」

 

そういって差し出されたのは紅茶味のケーキ。

受け取ったことを確認するや彼女は奏にも選ばせていた。

 

瑞希も奏の境遇を知っているからか、

この見舞いの空気が重くなるのは予見できていた。

ならいつも通りのテンションで押し倒す他ない。

 

彼女も伊達にニーゴとして活動しているだけでなく、

言葉の友達としているわけではない。

 

「というわけでいっただきまーす!」

 

1人暴走気味になっている瑞希に対して同じことを思ったのか、

言葉と奏はお互いに笑みを浮かべケーキを頬張った。

 

 

 

それからケーキをつまみに何気ない雑談を交わす3人。

最近あったことや、普段は何をしているのかなど、あの時聞けなかった話題が中心となる。

 

「言葉ってバレンタインに神高生徒のほとんどにチョコ配ってたって本当?」

「ほとんどって言っても、自分のクラスと知り合いの人くらいにしか渡してないよ」

「鶴音さんって、もしかして料理できるの?」

「いえ、私ではなくて叔母が料理教室の先生をやってるんです。

 それで、教えてもらってなんとか」

「そうそう。それに料理もすっごく美味しくってさー。もう頬っぺた落ちちゃいそうなくらい!」

 

今からすればずいぶん前の事に思えるが、瑞希としてはあの味が忘れられないらしい。

これはまたねだりにくるかも、と言葉は予測を立てておく。

 

「そういえば、誕生日に送ってくれた曲、聞かせてもらった」

「あ、それは良かった。東雲さんにも後でお礼を言っておかないとですね」

「ん? 誕生日って奏の? 誰から聞いたの?」

「ううん、でもちょっとした手違いでね」

「……もしかして、絵名?」

 

東雲、という名で何となく察しのついた瑞希は「ははーん」と悪い表情を浮かべる。

どうやら今晩のナイトコードは騒がしくなりそうだ。

 

「1番だけですみません。何せ時間がなかったものですから」

「そこは気にしなくていいよ。正直、私の作る曲とは全然違って新鮮だった。

 それになにより、バーチャルシンガーの多様性を知らしめられたかも」

「ふふ、宵崎さんはやっぱり、初音ミクが好きな方ですか?」

「参考に聞くことは多いかな。いろんなクリエイターさんが手掛けてるから、

 ミクを聞くというよりその人の曲を聞いてる事が多いけど」

「確かに、好きなクリエイターさんの曲を聞くというのはあると思います」

 

同意しながらも、やはり奏は曲が中心なんだということを改めて確認する。

何が彼女をそこまでさせたのかは未だに解らないものの、

そこに踏み込まないのが言葉の在り方であった。

 

「へー、言葉も曲作ったりするんだね。ボクも聞いてみたいな」

「いえ、あくまで既存曲ですよ。私のスマホに入ってるから、それで聞いてもらったら」

 

机の上にあるスマホに手を手に取ったところで、一緒に置いてあった紙切れが下に落ちる。

 

「ん? なにか落ちたみたいだけど……」

「アカウントのIDみたい。もしかして鶴音さんの?」

「いえ、その、連絡をとりたい人のIDなんですけど……

 私のやってる連絡アプリのIDじゃないみたいで」

「ふーん。ちょっと見せてもらっていい?」

 

言葉の合意の元、瑞希があるツールにそのIDを打ち込む。

 

「お、引っ掛かった。やっぱりこれ、ナイトコードのIDだよ」

「ナイトコード?」

「結構有名なボイスチャットツールなんだけど……もしかして知らなかった?」

 

奏の言葉に対して首を縦に振る言葉。

何せこのご時世にSNSすらやっていないとても珍しい人間だった。

 

「そっか、別のアプリのIDだったんだね。ありがとう暁山さん、助かった」

「どういたしまして。あ、そうだ。実はボクもナイトコードやってるんだけど、

 もしよかったらアカウント交換しない?」

「いいよ。アカウント見つけてくれたお礼もかねて」

 

手早い作業でアカウント登録を完了させ、千紗都のIDを入力し終える。

リクエスト欄に『Tisato』と書かれたハンドルネームが現れた。

 

それが終われば瑞希にスマホを手渡す。

使いなれている本人に任せた方が確実であった。

 

「はい申請と承認完了! ほら、よかったら奏も」

「うん。わたしももしよかったらいいかな」

「はい。お願いします」

 

瑞希から奏へと手渡されたスマホ。短い操作の後、言葉のもとへと返される。

 

「これからよろしくね。『word』」

「よろしくお願いします。『Amia』さん、『K』さん」

「ハンドルネームだから、さんはつけなくていいよ。

 でもword……言葉……そっか。そういう風に付けたんだ」

 

ただの英訳に過ぎないが洒落た名前より分かりやすい方がいいと、

苦手な英語から出した言葉なりの答え。

巡りめぐって繋がった縁はこうして形となるのであった。

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