ナイトコードを入れてからというもの、入院生活は少しばかり変わった。
学校がある時間には時おり、瑞希か奏から通話がかかってくる。
学校が終われば理那が雑談のために訪れ、
夜にはMEIKOやKAITOとも話をしていた。
晩には食事をして、あとは眠るだけ。
言葉も普段なら24時を回った頃にはすっかり寝落ちているので、関係ない話であった。
「……はあ」
しかし、何日も運動しないのでは寝付きも悪くなる。時刻は1時を回っている。
スマホを眺めていても、音楽を聞いていても、眠ることができない。
奏も瑞希もナイトコードにインはしているが、1時には連絡が取れなくなった。
そして、IDを元に連絡先を交換した相手がもう1人。
ユーザー一覧に、『Tisato』と書かれた名前がインしていることを表していた。
「雲雀さん、まだ起きてるんだ」
承認後、一方的に入院している事実を伝えれば「了解した」という返事だけで、
それ以上相手からなにか連絡を寄越してくることはない。
確か彼女は通信制の高校に通っていると話には聞いていた。
だからといって年端もいかぬ少女がこんな時間にまで起きていて大丈夫なのか、と気になった。
無論それは奏や瑞希にも言えることではあるのだが、
連絡が取れないのであれば仕方ない、と割りきっている。
『夜分遅くに失礼します。
こんな時間に起きてて大丈夫なんですか?』
簡素な文を綴って送信。裁くことには一切触れない話すきっかけのようなもの。
回答を待っているわけではなく、ただの暇潰しの一環だった。
しかしそれを知ってか知らぬか、次の瞬間コールが入る。
反射的に応答に触れてしまい通話が繋がる。
「ひ、雲雀さん! こんな時間に通話だなんて」
『すまないが、我もいちいちチャットに反応する暇がないのだ!
後、ナイトコード上ではTisatoと呼ぶがいい!』
耳をすませれば、ボタンを叩く音とレバーを動かす音がノイズとして混ざっている。
千紗都は今まさにゲームの真っ最中であった。
「解りましたTisatoさん。えっと、忙しいんじゃ……」
『雑魚を蹂躙するのに通話くらいどうってことないわ!
むしろチャットの通知音の方が耳障りだぞ』
言動が初めて会ったときのように刺々しいが、恐らくこれが千紗都にとっての素なんだろう。
それでも一向に俺様口調なのは真面目を通り越してギャグの領域である。
『それでチャットの質問だが、むしろ身寄りがいない分独り身を謳歌させてもらっている。
全く、慣れというものは恐ろしいものだ』
「そ、そうですか……では私はこれで」
『ちょっと待てぃ! そちらが質問したからにはこちらの質問にも答えてもらおう!』
質問というにはあまりにも簡素なものではあるが、言われてしまっては断る理由もない。
渋々了解と伝え、質問を待つ。
『貴様の入院している病院の名前を教えるがいい!』
「それを聞いて、どうするんですか」
『お見舞いに行くからに決まっているだろう!』
それを教える義理はない。しかし彼女の言うことに悪意はない。
本当は会いたくなどないが、ここまで言われてしまっては断っても悪いだけだ。
「……──病院です」
『おお、結構近所ではないか。なら明日にでも伺おう。では、また会おう!』
そんな就寝の挨拶と共に通話は終わる。
一方的に始まった通話とはいえ、お互いの合意があって初めて成り立つもの。
その辺りは千紗都もわきまえていた。
「明日、か……」
ぼんやりと天井を見上げて呟く。
さすがに遅い時間だからか、言葉の意識は次第に微睡みの中へ消えていくのであった。
・
・
目を覚ませばまた同じ天井がある。
その日は経過を確認するため、担当医である斑鳩が病室を訪れていた。
「うん。随分よくなってきたな。痛みはあるかい?」
「術後よりは随分マシになりました。トイレにも自分で行けますし」
「そうか、なら退院は予定通りに出来そうだ。ご家族にも連絡しておくよ」
「はい、ありがとうございます」
頭を下げる言葉。しかし彼の態度は少し厳しいものになる。
「これからは君の問題だ。君自身の行動や判断で未来が決まると言ってもいい。
それを肝に銘じておくように」
あくまで現実を突きつけるスタイルを徹底している。
恐らく患者を選んでの発言だろうが、
彼自信が以前言ったように医者が言うべき言葉ではない。
『直感舐めちゃだめだよー。楽しいとか面白そうとか、全部直感みたいなもんだし』
感覚主義な娘である理那とはまるで対照的ともとれる。
これだけ考えが違うのなら反発することも多いと思われるが、
以前見たやり取りではそんなに仲が悪そうではなかった。
「先生は……その、理那とは仲が良かったりは」
「さてね。理那にどう思われているかは知らんが、お前さんが突っ込むべきことじゃない」
「あ、すみませんでした……」
「どうしても気になるなら今日にでも理那に聞いてみるといい。友人なんだろ」
「友人……そうですね」
言葉からすれば確かに理那は友人である。
しかし、今思ってみればこれまでこちらが何かをしたわけでもない。
それなのにただ『第一印象でビビッと来たから』という理由だけで、毎日見舞いに来てくれる。
他の生徒達は自分の事があるというのに、
理那はそれを放っておいてまで言葉のことを優先していた。
「(どうして、私のためにそこまでしてくれるんだろう)」
言葉の疑念は晴れることを知らなかった。