退院を間近に控えた休日。
朝の検診を終えて、2人の通話がかかってくるか、と待っているところだった。
「頼もう! 鶴音言葉のお部屋はこちらで間違いないか!?」
扉越しにやたら威勢のいい声が木霊する。
言葉の知る限りそんな口調で話す相手など1人しかいない。
「はい。どうぞ」
声で入ることを促せば、全身を覆う真っ黒なイノセントドレスに身を包み、
幅の広い帽子にサングラスといった完全防備の少女が現れた。
こんな姿で病院の廊下を歩いてきたのかと思うと、かなり肝が座っていると言える。
そしてその手には真っ白な百合の花が入ったガラスケースがあった。
「ご無沙汰しています、雲雀さん」
「と言ってもまだ1週間とちょっとだがな。見舞いの花だ、受けとるがいい!」
そばにある机にそっと置かれるも香りはしない。生花ではないようだ。
「白い花は不謹慎だと言われているが、そんな風評糞食らえだな。
大事なのは送る心。貴様もそう思うだろう?」
「わからなくはありませんが、強引すぎるもの問題かと」
「そ、そうか。解ってもらえると思ったのだが……」
言葉にとって特大ブーメランであることは気にしてはいけない。
バレンタインの一件はその最たる例である。
奇しくもこの2人、善意を押し売りするタイプの人間だったらしい。
「それで、明日お見えになると思っていたのですが」
「深夜起きてる身からすれば明日なんて、寝て起きてからに決まっているだろう。
もしかして、日が変わっている頃には眠っているのが普通なのか?」
「普段なら寝ています。あのときは寝付けなかったので」
「お、おおう、そうだったか。また寝付けない時があれば、また相手をしてやってもいいぞ!」
「それは、気が向いたときにお願いします」
形だけの礼を述べつつ言葉は内心怖気づいていた。
いつ彼女を裁く話を持ち出してくるか。ただそれだけが気がかりで仕方がない。
文面では待ってほしいとお願いしたものの、顔を合わせて話していると意識してしまい表情に現れる。
「……日差しがキツいな。カーテンを閉めてさせてもらうぞ」
「あっ、はい。構いませんよ」
それを知って知らぬか、あくまで自分のペースを貫き通す彼女。
どうやら窓から差し込む光が強かったらしい。
カーテンを締め切っても、ぼんやりと日の光が部屋を照らす。
照明をつける必要はなさそうだった。
そこでようやくサングラスを外す千紗都。
「やっぱり、きれいな瞳ですね」
「口説いても見舞いの品以外なにも出ないからな!」
「そういう意味で言ったわけではないんですが……」
「解っている。我を初めて見た人は皆、怖がるか物珍しさに驚くかのどちらかだからな」
少し嬉しそうな反応を見せるものの、すぐに憂いの表情を浮かべる。
それは彼女の経験によるものだろう。しかしそれを聞くことはない。
「相変わらず、なにも聞かないか」
「はい。触れない方がいい過去が多いのは、お互い様ですし」
お互いの過去を知っていてもなお、詳細を聞こうとはしない言葉。
その優しさによって救われた人は多い。
──目の前にいる少女を除いては。
「貴様はそうして、今まで多くの人に接してきたことだろう。
でも本当は自分だけが救われたいだけではないか?」
「何を、言ってるんですか?」
「貴様は保身のために追求をしない。
追求することで関係が破綻し、自身の心が壊れる事を恐れているだけに過ぎない」
つらつらと述べられる一言一句は、言葉の心を正確に撃ち抜いていく。
今度こそ逃がしはしないと、その真っ赤な瞳に言葉の姿を捉えていた。
「そんな上辺だけの友達ごっこなぞ、はっきり言って子供のままごとよりも幼稚だ」
「そんな、違う! 私にだって、友達が──」
「ではその友達の為に何か貴様がしたことは?
相手の反応を伺って、一番喜ぶものを選んでいただけではないか?」
「ちが……私は……!」
反論しようとしても言葉が出てこない。
いままで自分から誰かの為に動いたことはあるだろうか。
妹の文と言いそうになるも、それは身内故の情によるものだ。
千紗都の言っている事の本質から逸れてしまう。
これまでの行いも全てそうだ。
クラス委員を引き受けたのも、誰もやりたがらないから引き受けた仕事。
バレンタインの贈り物も、日頃の感謝を形にしただけのもの。
あの日イベントで助っ人に入ったもの、自分しかその場を持たせられなかったからである。
そして何より、いままで友人である理那になにかしてあげられただろうか。
答えは否である。
「………」
「はあ、あの夜に会場を沸かせた者が、今や見る影もない、か」
完全に沈黙してしまった言葉を見て、千紗都はため息をつく。
「……さい」
「どうした? なにか言ってみるがいい」
「うるさい」
言葉は無事な方の手のひらを握りしめる。それこそ、血が出てもおかしくないほどに。
「私のことなんて何も知らないくせに、言いたいことだけ言って、
そんなに人を苛めるのが楽しいんですか」
「確かに何も知らんさ。だがこれだけははっきり言えることがある。
貴様も我も、あの日から何も変わっていない。何1つとしてな」
共に親を殺し殺されたあの日から、2人の時は止まったままだ。
セカイで本当の想いを見つけられたとして、
それだけで人が救われるほど現実は、人生は甘くない。
「だからこそ、我は貴様に裁かれねばならないのだ」
まるでそれは、言葉が裁くことで前に進めるといっているようで。
完全に説き伏せられた言葉には沈黙することしかできない。
そんな彼女を見て、失望したかのように部屋を後にする千紗都。
言葉の地獄は、まだ続いていた。