荒野の少女と1つのセカイ   作:kasyopa

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第13話「深淵の縁」

そして、異変は起きた。

 

「面談拒否、ですか? それまたどうして」

「解りません。しかし今は誰とも会いたくない、と」

 

その日の夕方、叔父と譲太郎が診察室で話している。

担当医である彼が今朝立ち寄ったところ、言葉にそう告げられた。

彼もその用件を叔父に伝えただけに過ぎず、理由など知りもしない。

 

「文さんも来ているんですが……」

「誰とも、と言っていたので例外はないでしょう。今日はお引き取りを」

「……わかりました。では、また」

 

肩を落としながら叔父は応接室を後にする。

外からは文の抗議の声が聞こえてくるが、次第に遠くなっていった。

 

「委員長、何かあったの?」

「さてね。私は医者、それも外科医だ。人の心にメスを入れられるほど器用ではないさ」

「あららー。凄腕外科医の父さんでも心の病気は無理だよねー」

「それより理那、いつ忍び込んだ?」

 

本来は患者が横になるベッドのそば。

きれいに纏められたカーテンにくるまっていた理那が姿を表す。

足元は荷物入れのかごでうまく隠せていたようだ。

 

「たぶん最初からかな。委員長が面談拒否したってところ」

「そうか。ならお前の脳に今すぐ執刀して記憶の部分だけ切除してやろう」

「はいはい外科医ジョークはもういいよ。今聞いたことは誰にも言いませんー」

 

先程まで言葉の叔父が座っていた椅子に座りくるくると回り始める。

相変わらず自由気ままに振る舞う娘の姿に頭が痛くなる譲太郎。

 

「どのみち誰もというからにはお前も例外じゃない。大人しく帰るんだな」

「はーい、わかってまーす」

 

目が回る前に回転をやめて理那は診察室から出ていく。

 

「(でも委員長が誰とも会いたくないなんて、絶対何かあったよね。

  ……父さんはダメだって行ったけどいってみよっと)」

 

 

 

ところ変わって言葉の姿はセカイにあった。

入院着のままでただ1人石碑へすがり付くように寄り添っている。

降り積もる雪を体の熱で溶かし、ただ瞳を閉じて静かにしていた。

 

「言葉、大丈夫かい」

「KAITOごめん、今は1人にさせて」

「わかった」

 

KAITOが1人丘に現れるものの、すぐにそれをはねのけてしまう。

目を閉じれば千紗都の顔が浮かぶ。

 

『貴様も我も、あの日から何も変わっていない。何1つとしてな』

 

そう。何1つとして変わっていない。

軽々しく人の、親の死を乗り越えられるほど言葉は出来ていない。

むしろ喪った悲しみだけを引きずり続けてここまで生きてきた。

その象徴こそセカイの石碑であり、彼女の輝かしい過去そのものだ。

さよならをするだけなら、形として残す必要はない。

 

それでも覚えていたい一心でそれを作り上げた。

悲しみを形にしてそこにある安心感を得ていた。

自分が忘れてもセカイが覚えてくれるように。

 

「「………」」

 

遠くの方ではMEIKOとKAITOが何も言わずに見守っていた。

しばらく時間が経った後、言葉はふらつきながらも立ち上がる。

 

「ありがとうMEIKO、KAITO。1人にしてくれて」

「どういたしまして。……また、元気なってからいらっしゃい」

「僕たちはいつでもここにいるからね」

「……ありがとう。2人とも。それじゃあね」

 

その言葉と共にUntitledだったウタを止めて光に包まれる。

それを見送った後2人は番傘を開いた。

 

「今回ばかりは、言葉だけじゃどうしようもできないかしらね」

「……それでも、信じて待つしかないよ。

 僕達は言葉に本当の想いを見つけてもらうためにいるんだから」

「待つだけで変わるなら、それでいいんだけど」

 

見上げる空の雲は分厚く、あの日のように段々と雪が増えていく。

今夜は少し冷えそうだった。

 

 

 

言葉は冷えきった体をシーツでくるんで暖を取る。

暖房も入れっぱなしであったため、置かれたままの朝食はすでに固くなっていた。

もちろん、一切口をつけていない。食べる気すら起きなかった。

 

「これでいい……これでいいんだ……」

 

虚ろなままに呟いた一言は送風音にかき消される。

ライブを沸かせた記憶など、もう忘却の彼方へ押しやられてしまった。

現実逃避を行うように目を閉じれば、また千紗都の顔が浮かび上がる。

 

『だからこそ、我は貴様に裁かれねばならないのだ』

 

例え自分が犯した罪でなくても、裁かれることに執着する千紗都。

自分だけが失っている、という劣等感に執着する言葉。

同じ両親の死を引き金となった少女達の選択。

 

その上で少女はまた、新たな選択を強いられていた。それは彼女を裁くか否かではない。

 

自分の選択により犠牲者を生んでしまった事実。

癒えきらぬ心身に現実の刃が突き刺さる。

雲雀千紗都の登場は、それだけ言葉にとっても大きなものであった。

 

「私が、裁かれるべきだ」

 

治療は良好。このままいけば退院できるだろう。しかし自分はそれを許さない。

ここでもう一度怪我をして、入院する期間が延びれば。

むしろここで自分が二度と演奏できない体になってしまえば。

それは自らのへの裁きとして一生悔いなく生きることができるのだと。

 

そう思った言葉は、机の上に置かれた見舞いの品を見る。

ちょうどそこには千紗都が持ち込んだ、

ガラスケースに入ったプリザーブドフラワーがあった。

 

それを自らの右手に振り下ろし──

 

「なにやってんのさ委員長!!」

 

制止の声が部屋に鳴り響いたのであった。

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