「なにやってんのさ委員長!!」
そんな声に言葉は驚き、手元が狂って床に叩きつける。
強烈な音が鳴り響き、ガラスの欠片がそこらへんに飛び散った。
「理那、お父さんから聞いたよね。誰にも会いたくないって」
「いやでも心配だったし……それより、なにやってんのって聞いてるの!」
「理那には関係ない」
「あるよ! 友達なんだから!」
「おいなんの騒ぎだ!」
そんなに騒ぎ立てていれば必然的に誰かが飛び出してくる。
それは看護師ではなく理那の父、譲太郎であった。
あの時の理那の態度を怪しみ、侵入していないか見に来たためである。
彼も当然、辺りの光景に目を丸くすることしかできない。
「これは……おい理那、何があったか説明しろ」
「委員長がガラスケース持ってて、右手に叩きつけようとして……」
「君、そんな事をすればただではすまないと解ってやったのか?」
理那は嘘をつかない。
誤魔化しもするし、勝手な行動も起こすが、その一点は親として信用できる。
言葉を見れば、私がやりましたと言わんばかりにこちらを見つめ返していた。
「はい。もう少し、病院のお世話になろうかと思いまして」
「ちょ、なに言ってんのさ。もうすぐ退院して演奏も出来るっていうのに」
あまりの豹変ぶりに理那も言葉を失っている。
一方で譲太郎の表情は厳しいものだった。
「私は言ったはずだ。医者に頼っているだけでは治せる物も治せやしないと。
これは、それに対する君なりの回答と受けとるが」
「そう捉えてもらって構いません」
「そうか。それならこれ以上君の面倒を見ていられない。少し予定より早いが出ていってもらう」
「父さん!」
彼はそれを言い残して病室から立ち去った。
その後入ってきたのは騒ぎを聞き付けた看護師達。やがて部屋の掃除が始まる。
虚ろな目でベッドに横たわる少女は簡単な受け答えで済ませていた。
そんな喧騒に紛れながらも、理那はじっと言葉を見つめるのであった。
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砕け散ったガラスは回収され廃棄された。
しかし無事だった中身は今も机の上に置かれている。
やがてその騒動も事なきを得て、再び病室に静寂が訪れていた。
傾いた夕日に照らされているのは、主である言葉と、友人である理那。
「失礼します。今日のご夕食ですが、
本日退院なさるということでこちらからの提供はございません」
「わかりました。態々教えていただき、ありがとうございます」
「それでは……」
ノックと共に見えた看護師が用件だけを伝えて去っていく。
どうやら出ていってもらう、というのは本気だったらしい。
理那は顔を合わせずに外の夕日を眺めている。
一方の言葉はずっとユリを眺めていた。
あれからどれほどの時が経っただろうか。
思い返せば一瞬かも知れないが、体感としては半日以上経っている。
そんな長い時間を2人は丸々溝に捨てていた。
「委員長は私に出てけって言わないんだ」
「言っても聞かないんでしょ。言うだけ無駄だよ」
「そっか。ねえ委員長、そろそろ答えてよ。なんであんなことしたのかって」
看護師によって沈黙が破られたからか、理那から話を切り出した。
それはあの時に聞きそびれた答え。ここまで残っていた理由がこれだった。
「別に。理那には関係ない話だし」
「関係ないって、私が声掛けなかったら二度と演奏できなくなってたかもしれないんだよ!?」
「それが、理那にとって問題あることなの?」
「えっ……?」
相変わらず目も合わせずに淡々と喋る言葉。
告げられるもの全てが冷たいものへと変わっていく。
「別に私が演奏できなくても、人生に影響はないでしょ。
私の演奏で命を繋いでるわけでもない。私の保護下に入ってるわけでもない」
「で、でも少なくとも私は悲しいよ! 委員長の演奏、好きだし!」
「なら新しく好きなことを見つければいいじゃない。
理那は私と違って友達もたくさんいるし、勉強以外ならなんでも出来るじゃない」
明らかに今までと態度の違う言葉の様子に戸惑いを隠せない。
少なくとも昨日まではなんともなかった。
となると今日自分が来るより前になにかあったに違いない。
答えを導き出すために今まであったことを思い返す。
何が、誰が彼女をこうさせたのか。
思い当たるとすれば自分も知らない見舞いの品。
「ねえ、今日誰か来たんだよね。そのユリの花くれた人が」
「……そうだね」
「良かったら話してくれない? 何があったのかさ」
「理那は知らなくていいよ」
「いいやそんなことないね。むしろ友達である私こそ知るべきだ」
「友達ね。何もしてあげられてないのに、まだそう言ってくれるんだ」
「当然じゃん。私は委員長と一緒にいられるだけでも嬉しいんだから」
そこで会話が途切れる。
それを見計らったように扉がノックされ言葉の叔父と叔母が顔を出した。
どうやら迎えが来たらしい。
理那は簡単な挨拶だけ交わし、観念したかのように廊下へと移動する。
しばらくした後、病室から言葉が姿を見せた。
そこで乾いた笑みを浮かべてようやく理那の顔を見る。
しかしその瞳はすでに光を失っていた。
「一緒にいられるだけでも嬉しいなんて、自分でもおかしいって気づかない?」
それだけ言い残し2人に連れられてその場を後にする。
「……そんなの、最初っから気づいてるよ。馬鹿委員長」
遠ざかる背中に聞こえないよう、理那は口をこぼす。
その頬には一筋の涙が伝っていた。