こうして休日は終わりを告げ、平日には通学という義務が発生する。
神山高校では、一人の少女が皆の注目を集めていた。
「委員長、その腕大丈夫?」
「うん。まだ書いたり物を持ったりは出来ないけど、通学には問題ないから」
「困ったことがあったらなんでも言ってね! ノートとか代わりにとってあげようか?」
「えー、アンタがノートとるより委員長にノート見せてもらう方が多いのに?」
「わ、私だってやれば出来るんですー!」
1年C組。言葉の回りには多くの観衆が右腕を痛々しく拝んでいた。
会話の中心を取り仕切っているのは、以前交流したクラスメイトである。
一方、理那はそっけなかった。
普段なら真っ先に駆け寄って群衆を払ったりするのも彼女の仕事だが、
今はただぼんやりと机に肘をついて考え事をしている。
「ほら理那、委員長戻ってきたのにほったらかしてていいの?」
「あーうん、もうすぐ学年末テスト近いし今はいいかなって」
「そういえば毎日お見舞い行ってたよね。どうだった」
「どうって、別に何にもないって。私以外の人もお見舞いに行ってたみたいだし」
「委員長ってば顔広いよねー。この前なんかB組の子とお昼食べてたし」
優等生なだけあって普段の生活であっても自然と注目を集める彼女は、
やることなすことのほとんどが情報として共有されている。
しかし以前のように全校中の噂になることはなかった。
「こらーお前達、鶴音の事が気になるのは解るが、ホームルーム始めるぞ」
結果的に担任の教師がそれを担う形となり、
お昼の約束を取り付けながらもそれぞれの席に戻っていく。
いつもより少し変わった日々が幕を開けた。
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「理那ー。委員長とお昼食べよー」
昼を告げるチャイムが鳴り、理那にお声がかかる。
いつも仲のいいクラスメイトからのものだったが、その後ろには言葉がいた。
「あー、私先生から委員長の代わりに仕事頼まれてるんだった!
いやーごめんね、お昼はまた今度にするからさ!」
「あっ、理那!」
弁当箱を片手に教室を後にする理那。
明らかに何か隠しているように見えたものの、
特に気にすることもないと誰も追いかけることはしなかった。
もちろん、教師から頼まれた仕事などあるわけがない。
ただ少し言葉とは間を置きたかった。
中庭辺りで落ち着くだろうと予測した理那は、逆に屋上までかけ上がる。
途中すれ違った教師に注意されるも、気する暇もなかった。
屋上の扉を開け放ち、勢いのまま飛び込んで止まる。
そこには先客が1人で購買のパンをかじっていた。
「びっくりしたー。って理那じゃん、どうしたのそんなに急いで」
「あー、杏こそどうしたの、屋上で1人なんて寂しいぞー」
白石杏。今や言葉と理那の共通の友である存在。
彼女も友人は少なくない。おちゃらけた雰囲気を装い指摘する。
「ちょっと歌の練習をしようかなって思ってたから。良かったら聞いてく?」
「お、いいねー。ならそれをおかずに私は優雅なランチと洒落混みますか」
「なにそれ、天馬先輩の真似事?」
「いいじゃん別に。ほらほら歌うんでしょー」
屋上のフェンスに身を預けはやし立てれば、やれやれと言った表情で音楽を再生する。
独特の重低音が鳴り響きつつもアップテンポな曲調で、
まだ少し残る寒さなど忘れてしまいそうなものだった。
「───! ──!」
その迫力たるや思わず気圧されるほどのもので、彼女の音楽にかける情熱が伝わってくる。
練習などと言っていたが、これならすぐ本番でも問題ないほどであった。
「(そういえば杏の歌って聞くの初めてかも)」
彼女がかなりの歌唱力の持ち主というのは周知の事実だが、神高生徒で耳にした者は少ない。
特に高校生でライブイベントに参加するなどよっぽどの音楽好きでなければで出来ない。
バーチャルシンガーの登場もありネットに音楽が溢れている今、生歌を聞く機会はそうない。
いつしか食事の手も止まり、その歌声に耳を傾ける。
「──! っと、こんな感じかな」
「いやー、まさかここまでうまいって思ってもみなかった。
ところでなんて曲なの?」
「これはまあ、みんなで作った曲っていうか、なんていうか」
曲名の話題を振られて少しだけ困ってしまう杏。
それもそのはず、これはUntitledから生まれたウタ。
この世に同じものは2つと存在しない、自分達だけのウタだった。
「へー、杏って作曲も出来たんだ」
「ま、まあねー」
それを追求することなく理那は箸を進めていく。
ふと視線を外して中庭の方を見れば、言葉の姿が見えた。
他のクラスメイトと仲良く食事をしている。
『一緒にいられるだけでも嬉しいなんて、自分でもおかしいって気づかない?』
脳裏に言葉の顔が写る。
あんな顔をする人物を理那はよく知っていた。そして忘れたかった。
かつての友人。もしくは、友人と自分が思い込んでいただけの誰か。
「あ、言葉さん退院してたんだ。それで、また楽器は始められそうなの?」
杏も理那が毎日お見舞いにいっていること位は知っている。
しかし店の手伝いやイベントの練習で忙しく見舞いにはいけなかったため、
怪我の具合などは知るよしもなかった。
「あー、なんて言ってたかなー。私馬鹿だから忘れちゃったなー」
「そうなんだ。ところで理那」
「ん? どうしたの?」
「誤魔化す時、あー、っていう癖治した方がいいよ」
音楽の再生をやめて理那のとなりに立つ杏。その視線の先には言葉の姿がある。
言われてみればそうかもしれないが、カマをかけている気がして無視することにした。
「あー、誤魔化してないよ? ほんとほんと」
「ほらまた言った。鶴音さんと何かあったんでしょ」
「あー……まあ、あっ……」
1度ならず2度も連続してしまえば嫌でも自分で気付く。
それが相手にお見通しであることも。
「もし良かったら話してみてよ。
ここまで誤魔化されたら逆に気になっちゃうし、それに」
『鶴音さん、また良かったら参加してよ! 私達も歓迎するからさ!』
言葉の音楽活動は、これからの自分達にとって大きな存在になるかもしれない。
だからこそ、踏み込まざるを得なかった。
「わかった。話すよ。他でもない友人の杏にね」
観念したように両手をあげて、理那は口を開くのだった。