時は、遡る。
斑鳩理那は、外科医の娘としてこの世に生を受ける。
母親は出産時の負担に耐えきれず死んでしまったが、
その悲しみを打ち消すかのごとく、父が寄り添っていた。
幼いときから父の勤める病院は自らの遊び場だった。
面倒を見るものが居なかったため、特例として扱われていた。
父としても自分の目の届かないところで問題を起こすよりも、
目の届く範囲、手の届く範囲にいた方が面倒を見やすかった。
その頃から活発だった理那は、よく院内を探索しては怒られていた。
流石に手術中の手術室や、重篤患者のいる病棟には近づかなかったものの、
次第に勝手を覚えていき、やがて病院の一部として受け入れられた。
特に通院や入院をしている老人達には好評で、孫のようだと可愛がられていた。
彼女もまた、面倒を見てもらったお礼にと無垢な言葉で応援を続けていた。
「いつかきっと元気になる」「元気になってもまた遊んでね」と。
小学生になってもそれは続き、いつしか将来の夢を持つようになっていった。
それは父親のような立派な医者になること。
医者になって病気で困っている人の役に立ちたいのだと。
そしてその頃、父の知人である医師から同じ夢を共にする少女が紹介される。
その人は1つ上の少女であり、夢が看護師という違いはあれ、
父が医者という共通点を持った心優しい子だった。
院内では患者を励まながら笑顔を振り撒き、学校では同じ夢を持った友達と勉強に励む。
それはそれは、楽しい日々だった。
それでも、そんな日々は長くは続かなかった。
生まれつき直感に優れていた理那は、人の死に際を目にした。
出会いがある分、別れも付き物だ。病院とはそういう場所だった。
命が助かっても、足や腕を失くし途方にくれる患者だっていた。
そして何より自殺を試み、苦しみ悶えるような患者も。
『どうして助けられなかったの!?』
『誰も助けてくれなんてお願いしてない!!』
父親が外科医であったこともあり年を重ねるにつれて、
その意味を理解できるようになっていった。
その者達が発する言葉。その遺族達が発する言葉。
それにいつしか耐えられなくなっていった。
救われる命の感謝より、救われぬ命の怨嗟に囚われてしまった。
それによって勉強にも身が入らなくなっていき、成績を落としていく。
友達が先に中学へと上がり、忙しくなって会う機会も減ってしまった。
夢を諦めようかと見つめ直しているそんな時。
『手術したり薬を投与するだけが患者を治す訳じゃない。
何より大事なのは、患者の心を治すことだ』
そんな自分に声をかけたのは、他でもない父だった。
直感に優れている彼女は、誰よりもコミュニケーションに長けていた。
何をすれば相手が喜ぶか、何をすれば相手が元気になるか。
奇しくもそれは同じ病院で自然と身に付けた特技であった。
そうして理那は医者になる夢を捨て、カウンセラーになる夢を追った。
1人になっても必死に勉強し、友達の後を追うように中学受験を成功させた。
そして再会を果たした理那だったが、どこか友達の様子がおかしい。
学校一の成績を納め、部活も都大会まで上り詰めるほどの優等生として知られる友達。
不釣り合いだと解っていても、また隣に立とうと必死になって、あがいて、あがいて。
話を聞こうとしても他の人に邪魔されてしまい、その両親にも突き放されてしまった。
『もう二度と、───には近付かないでくれ』
『───はあなたと違って優秀なお医者さんになるの。
あなたといたら、その夢を奪うだけだってわからないの?』
『友達なら、解ってくれるな?』『友達なら、解ってくれるわよね?』
かつて2人を引き合わせた存在が、2人を引き離した。
それはまるで利用価値がなくなった『物』のように。
それでも、諦めたくなかった。もう一度、一緒に夢を追いかけたかった。
カウンセリングの知識を全て使って、彼女を癒そうとした。
しかし、そんな彼女に言われたのは。
『別に、変わらない。なんの意味も無かったね』
友達はそのまま高校へと進学し、理那は別れるように別の高校へ入学した。
いつしか同じ夢を見ていた少女達は道を違える。
こうして少女はもう一度、夢を捨てた。
・
・
そして、現在。
「でも、その入学した学校で、私は委員長を見つけたの」
いつかの友達と似た雰囲気の少女。
直感に優れていた理那は本能的に理解した。本質は違っていても、同じ人間だと。
「私は運命だって思えた。その子の友達であり続けろって、神様が言ってるんだって。
だから私は、委員長の友達であり続けた。そうじゃなきゃいけなかった。
他の誰でもない。自分自身の、贖罪のために」
そう言って理那はその場で崩れ落ちる。
今まで隠していたことを詫びるように、頭を下げた。
「だから、ごめん! 私は、言葉の友達なんかじゃない!
ずっと、友達の代わりだった! 許してほしいなんて言わない!」
床を涙で汚しながら必死に声を張り上げる理那。
一方で言葉はそんな彼女に近づき、優しく声をかける。
「なら、別にそれでいいよ」
言葉は、そばにあった机に腰を掛ける。
目を閉じて先程理那が言ったことを噛み締めているようだ。
「え、いや、いやいやいや! よくないよ! だって私友達のふりしてたんだよ!?
この1年間ぐらい!」
あまりに予想外な返答に顔をあげいつもの調子で抗議すらしてしまう。
しかし、目の前の少女は優しい顔をしていた。
「理那も同じだったんだね」
「同じ……?」
「私も、理那のことは友達だと思ってた。でもある人に言われたの。
その友達に何かしてあげられたか、ってね」
「私は理那に友達としてなにもしてあげられなかった。
だから、理那は友達じゃないんだって」
「でも、最初からお互いに嘘だったら、ここから始めようよ。
友達になってくださいって」
今までの関係が壊れることを承知で行った告白の、言葉なりの答え。
全ての苦悩を受け止め、事実をありのままに受けとる言葉だからこそ導き出せた答え。
友達として返せた、ただ1つの贈り物。
今でこそ気の合う相手は増えたものの、
それは理那がそばにいて、ずっと離さなかったから起こりえた未来。
偽りでも、彼女がここにある現実は本物だ。
「うわああああん! 言葉ああああ!!」
「ちょ、理那飛び付かないで! 一応まだ治ってないから!」
暫く教室の中で理那の鳴き声が木霊する。
そんな彼女を見て少しは友人らしくなれたかな、と思う言葉であった。