言葉と理那は並んで校舎を後にする。
「いやー、まさか言葉に励ましてもらう日が来るなんてねー」
「いつも気にかけてくれてたから、私もちょっとは力になりたかったんだよ」
あれからというもの、理那の大声で先生に見つかり2人はこってり絞られてしまった。
汚した床を掃除したりと時間はかかったものの、
朝のようにギクシャクした関係ではなくなっている。
その証拠に理那は言葉を役職名ではなく名前で呼ぶようになっていた。
「それでさ、言葉にそんなこと言ったのって誰?」
「それは──っ!」
そう言いかけたところで言葉は、誰かが校門で待っているを見つけた。
大きな黒い帽子が風に揺れている。
『我は、貴様に裁いて欲しいだけなのだ』
『ではその友達の為に何か貴様がしたことは?
相手の反応を伺って、一番喜ぶものを選んでいただけではないか?』
今やトラウマとなった言葉が思い浮かばれ、足を止めてしまった。
決して自分はそんなつもりがなくても、相手が追い詰めてくる。
「言葉、顔悪いよ。………」
理那もそれに気づいたようで、校門で待ちぼうけをしている見慣れぬ人物を注視する。
それによって直感で理解する。あの人物こそが言葉をおかしくした張本人だと。
「ごめん理那、もう大丈夫だから。行こう」
深呼吸を数回して気を立て直したのか、それだけ口にして再び前へと進む。
しかし顔色は以前として悪いままだった。
そんな彼女に対し理那は寄り添うことで応える。
何か起きてもすぐに彼女を守れるように。
校門に差し掛かり、その人物が2人の存在に気づく。
塀に背を預けてるのを止め、言葉の前に躍り出る。
「待ちわびたぞ鶴音言葉! 無事退院したようだな、何よりだ!」
「雲雀さん……どうして」
「病院に寄ったんだが、どうやら退院したと耳にしてな。
せっかくの見舞いの品が無駄になってしまったではないか」
そういって手から下げている花屋の袋をちらつかせる。
「折角だ、退院祝いとして受け取るがいい!」
「ありがとう、ございます」
「(なんだ、結構いい人じゃん)」
サングラスで目の形がわからないせいか、口の変化や口調の抑揚でしか感情が読み取れない。
警戒していた理那の直感を持ってしても、その言葉に嘘偽りはないと感じていた。
──その袋の中身を見るまでは。
「……!」
「これ、前と同じ……」
「ああ。どうやら落として割ってしまったらしいじゃないか。
看護師が話していたを耳にした時は驚いたぞ」
彼女が善意しかないのは直感で感じ取れた。
しかしそれは言葉に対して呪いのように降り注いでいる。
そしてそれは、理那の知るあの両親に、よく似ていた。
「それで、となりにいるのは以前言っていた友達、と見ていいか?」
「えっと、はい。そうです」
ちら、と視線を移す仕草をして再び言葉と向き直る少女。
どうやら理那のことは眼中にないようだ。
「さあ我が審判者よ! そろそろ我を裁くがいい! 我は逃げも隠れもしないぞ!」
「……ですが、私はあなたを裁く気はありません」
「それはダメだ。それでは我も貴様も救われんではないか」
理那にとってこの2人の間に何があったのかは想像もつかない。
ましてや首を突っ込んでいい問題なのかもわからない。
しかし理那にとってそんなことはどうでもよかった。
「ねえアンタ、それくらいにしておいてくれない? 言葉が辛そうにしてるんだけど」
「貴様には関係ないことだ。余計な口を挟まないでもらおう」
「友達だから、関係あるんだ」
「理那……?」
言葉を庇うように前へ乗り出す理那。
思いがけぬ行動に千紗都も気圧され、少し後ずさりしてしまう。
「私の名前は斑鳩 理那。アンタの名前は?」
「……雲雀 千紗都。これで満足か?」
「いいや良くない。なんでアンタは言葉に裁かれたいのか、その理由を聞かせてもらう」
「それが友達を傷つけてしまうとしても、か?」
人の過去に首を突っ込むなど、生半可な覚悟でしていいものではない。
それを最も効果的な、言葉を引き合いに出すことでその度量を図る千紗都。
それこそ友人以上に親しい関係であっても、破綻するのは目に見えている。
それでも理那には覚悟があった。そして何よりこれが自分の贖罪だった。
「友達が苦しんでるなら、手を貸すのが普通でしょ」
「理那……ありがとう」
「では──」
「ちょっとアンタ達、そんなところで立ち話されたら邪魔なんだけど」
「あ、東雲さん」
話を再開しようとしたところで、不機嫌な表情で会話に割り込んで来たのは絵名。
制服姿で外から入ってきたところを見るに、今登校してきたようだ。
ずいぶんと話し込んでいたからか、それとも3人の雰囲気が尋常でなかったからか、
下校を始める生徒達や夜間定時制の生徒達が何事かと遠目にこちらを伺っている。
「すみません東雲さん、お邪魔したようで」
「わかればいいの。じゃあ私は授業あるから」
「はい。雲雀さん、場所を移しましょう。ここではあんまり」
「そうだな。友達はともかく、野次馬に聞かせる話でもなかろう」
そのまま立ち去る絵名を見送りつつ、こうして3人は街の方へと繰り出した。