今回のお話には、以下のカードで判明した要素が含まれております。
未読の方・これから読まれる方はご注意下さい。
【いつか見た夢を】宵崎奏
【潜る、私の中へ】朝比奈まふゆ
(カラフェス限定の奏とまふゆのカードです)
私の大切な…… 前編
傷もある程度癒えた言葉は1人、寒空の下で街の情景を眺めている。
そこは相変わらず生活の灯すら点らぬ寂しい場所だった。
「言葉いらっしゃい。今日は……その報告?」
「うん。2人はお世話になったし、早く言わないとって思って」
厚手のコートから白い包帯が顔を覗かせている。
やってきたMEIKOとKAITOは、それをただそこにあるものとして見ていた。
「リハビリも順調だし、この様子なら演奏の方も問題ないだろうって」
「それならよかった。また言葉の演奏が聞けるのを僕達も楽しみにしてるよ」
「ありがとう。2人とも」
短い会話を終えて、今度はそばにある桜の木を見上げた。
「セカイって不思議だね。こんなに神秘的な場所なのに魔法のひとつもないなんて」
言葉にしては珍しく皮肉染みた台詞を呟く。
しかしその表情は明るいもので、すぐに冗談だとわかるものだった。
「でも、だからこそ想いの強さは計り知れないよ。
この桜の木も、この石碑も、言葉の想いからできたのだから」
「そうだね」
心にもないことを想い続けるのは難しい。
今は遠い過去になってしまった家族との記憶も、この世界に形となって残っている。
ふと石碑に手を置くと違和感を覚えた。
「文字が……消えてる?」
刻まれていたはずの家族との思い出が、なくなっていた。
しかし自分が忘れてしまうことはない。
試しに指でなぞってみても変化が起きるわけもなかった。
首を傾げていると2人がそばまで寄ってくる。
「MEIKO、KAITO。何が起こったかわかる?」
「さあ? 少なくとも前に言葉がこっちに来ていたときは残っていたけど」
「僕も覚えがないね。でもこれもセカイの変化だから……」
その原因は言葉の心境の変化に他ならない。
最近の出来事と言えば、過去の因縁にひとまずの決着をつけたくらいか。
考えを巡らせてから、なるほどと1人で頷く。
「それは言葉にとっていい変化だったかい?」
「うん。間違いなく、ね」
楽しかった思い出はこの桜の木が覚えてくれる。悲しい記憶は無理に引きずることもない。
忘れることで前に進めることもある。
それでもこの石碑自体が残っているのは、まだ何かあるという暗示だろうか。
「って、本当の想いで出来た物だから早々消えても困るよね」
小説の読みすぎかと自分で突っ込みをいれつつ、
そっと自分の想いから生まれたウタを口ずさむ。
これが生まれた時は演奏していた為、自分で歌うことは叶わなかった。
笛の奏者が演奏中に歌うなど出来るはずがない。
マーチのリズムに合わせて紡がれるメロディーに、ふと赤と青の旋律が混ざった。
お互いを支え合い、それに応えるように声量を大きくしていく。
言葉の心は少し晴れやかであった。
・
・
言葉達が歌い終え石碑のそばに寄り添うように休憩していると、見慣れぬものを見つける。
「あれ? こんなものあったっけ……?」
石碑のそばに落ちている、光を放つ宝石のようなもの。
「(まぶしいけど……熱くない。それにUntitledの光に似てるみたいな)」
「あら珍しいわね、想いの欠片があるなんて。これも言葉の成長の証かしら」
「想いの欠片? はじめて聞いたけど……」
「セカイになりきれなかった想い、というべきかな」
手をかざしながらその物体を確かめていると、
その様子に気付いたMEIKOとKAITOが近寄り説明してくれる。
自分のセカイに存在するのだから、
この石碑のように自分の本当の想いに関係するものだろうか。
「よかったら触ってみたら? 面白いものが見れるわよ」
「面白いもの?」
「うん。少しの間だけれど、こことは違う言葉の想いを見せてくれるんだ。
もしかしたら、大切なことを思い出すきっかけになるかもしれないよ」
「大切なこと……」
本当の想いを見つけてもなお、このセカイで理解できないことは多い。
自分を知るためにそれに触れると、視界は白に包まれる。
反射的に目を瞑り、そして開くと……
「わあ……」
景色こそあまり変わらないものの、色彩と光に覆われていた。
石碑は消え失せ桜の木は満開の花を咲かせている。
空も曇天ではなく白い雲と青い空を見せていた。
いつかウタによって咲かせた景色とは違い、それがどこか懐かしく見える。
「桜はもう見慣れてたと思ってたけど……」
その下に見えるのはいつもの街並みではなく、ありふれた一軒家。
それは今や取り壊されてしまった言葉と文の実家であった。
「私のはじめての場所は、ここだったよね」
言葉にとって春のお花見といえば、実家の裏山にあったこの桜の木が定番だった。
最近は文のお陰でそれに似た場所を見つけることが出来たものの、
自分の心を満たすにはまだ足りなかった。
「──ありがとう。私の想いを覚えててくれて」
桜の木に手をあて、心からの感謝を桜の木に贈る。それは人肌の様に温かかった。
まるで言葉の再来を喜んでいるように一陣の風が言葉の頬を撫で、桜吹雪を纏わせる。
「「──言葉」」
「っ! ……MEIKO、KAITO」
不意に声をかけられ現実に引き戻される。
そこには自分の両親を見間違えるほどの優しい笑みを浮かべる2人の姿があった。
思わずそう呼んでしまいそうになるも、必死に飲み込んで笑い返す。
いつまでも感傷には浸っていられないと2人の元へと歩き出す。
前へと進む言葉の背中を風と桜の花びらがそっと押すのであった。