「シークレット・ディスタンス」前になります。
休日の明朝。
カーテンの隙間から漏れる光によって、目を覚ました言葉は時計を確認する。
まもなく午前5時といったところ。
しかし二度寝しようにも眠気は完全に失せていた。
「今降りると叔母さん達起こしちゃいそうだし……音楽でも聞こうかな」
セカイに行くという選択肢は元よりなく、軽く上着を着てパソコンを起動する。
自分の好きな作曲者の新曲を探していると、1件の通知音と共に右下へメッセージが表示された。
『おはようword。今起きたところ? もし良かったらボイチャしない?』
フレンドリーな文章と共に、新規のグループに誘う通知も入っていた。
グループに入れば即座にAmiaという名前が表示され、声が聞こえてくる。
『おっはよー。珍しいね、こんな時間にインしてるなんて』
「今日はちょっと早く目が覚めて、暇だったから。暁や……Amiaさ……Amiaも早起き?」
『あはは、全然呼び慣れてないじゃん! まあそっちの方が言、wordらしいけど』
「そういうAmiaこそ。それでさっきの答えは?」
『残念ならが不正解~。ボクは徹夜で作業中でーす。ふああ……』
あくびをしながらも明るいテンションを崩さずに話すAmia──もとい瑞希。
言葉は、そこまでする必要があるほど大事な作業なのだろう、と質問を飛ばすことなく納得する。
「じゃあお邪魔したら悪いので静かにしておこうかな」
『え、それボクがボイチャに誘った意味なくない?』
「でも会話に夢中になってたら作業も進まないと思うけど?」
『それを言うなら根を詰めすぎても同じでしょー。
適度に休憩しないとガス欠しちゃうって……っとちょっと待ってね』
キーボードを操作する音がマイク越しに聞こえてくる。
そしてしばらくした後、ボイチャのメンバーにKという名前が加わった。
『というわけで特別ゲスト1名様ごあんなーい!』
「(Kってことは宵崎さん、だったよね)おはようございます、K」
『おはようword。……やっぱり敬語は抜けないね』
「努力はしてるんですが、やっぱりどうしても」
K──奏が会話に加わった途端、敬語へと口調を変化させる。
心なしか背筋も伸びているようだった。
『ボクにはタメ口で話してくれるんだけどね。その辺りの使い分け面倒じゃない?』
「もう慣れました。それにKは、敬愛しているところもありますから」
『敬愛?』
「はい。そこまで利他的になれる人は、そう多く居ませんから」
強いてあげるなら理那くらいだろうか。
彼女のお陰でひとりぼっちにならずに済んだということもあり、感謝は絶えない。
ちなみに千紗都はあくまで自分中心の節があるため違って見えていた。
「自分はそう在れないからこその敬愛ですね」
『……そっか。鶴音さんはわたしがそんな風に見えてるんだね』
言葉の告白に奏は頬を緩ませる。
奏からすればその『利他的』こそ紛れもない呪いである。
『でもさ、wordくらいしっかりしてる人もいないよね。
噂とか世間体とか全然気にしてないし』
『それは、wordが誰よりも自分を知っているからだと思うよ』
対して、瑞希が少しばかり含みのある言い方をする。
まるで自分と違うなにかを見ているように。
そんな問いに奏が間髪入れずに答える。
『wordは他の誰よりも自分の出来ることを知ってるから、
それは絶対誇っていいことだと思う。それがwordの強さだから』
「ふふ、買い被りすぎですよK。そんな誇らしいものじゃありません。
むしろ、社会に出たり本当の私を見れば誰もが卑下するはずです」
奏の持論に言葉は首を横に振って答える。
「化け物だとか、お前は同じ人間じゃない、って」
『……っ』
そんな告白に思わず瑞希が息を漏らす。
常識を逸脱した行動や思考──それは周りから見れば異端であるということ。
言葉の達観しすぎた考えは、知れば知るほど常識を逸脱していく。
今でこそ子供というフィルターによって守られているが、
世間や社会では『異常なもの』として扱われるのが世の常。
それを知ってか知らぬか踏み込んでしまうのが、奏であった。
そして言葉も饒舌になり、自分というものを公にしていく。
『いい子』として見えていたはずの仮面の先には、本当になにもなかった。
『ならwordはさ、相手も同じ人間じゃなかったらどうする?』
先に放たれた言葉の台詞が引っ掛かったのか、瑞希は思わず問いかける。
そのトーンはいつものように明るいものではなく、なにか思い悩んでいるようで。
それ故に真剣なのだということがわかった。
「そもそも、私達は同じではありませんよ。Amia」
『……そっか。そうだよね』
かつてファミレスで語っていたことをそのまま思い出した瑞希。
ごもっともではあるが、どこか冷たさの残る台詞に落胆する。
しかし、言葉の話は終わっていなかった。
「でも、同じではないからと卑下したり軽蔑するのは別問題です。
皆がそれぞれ違うのだから、その人にしかできない在り方を示している。
……そういう意味では、Amiaにも敬愛しているのかもしれませんね」
『『………』』
その発言に聞いていた2人は目を丸くし、そして表情を崩す。
『うん、やっぱりwordは強いよ』
『だね。そういうことボク達以外に言っちゃダメだぞ~、天然タラシさん』
「て、天然タラシ……」
自分達では到底たどり着けないであろう観点。
相手の闇を照らすのではなく、それすらも
瑞希の声も心なしか明るくなっていた。
「ごめんなさい。なんだか説教みたいになっちゃいましたね」
『ううん。むしろお陰で次のデモも書けそう。ありがとうword』
『えっ、もう次のデモって……最近新曲作り始めたばっかりだよ?』
『でも、作り続ける為にも候補は多い方がいいから』
「では私はお邪魔ですかね、これで失礼します」
『あ、少し待って』
奏もいい着想が浮かんだのか、いつものペースに戻っていく。
これ以上は作業の邪魔だろうと、通話ボタンに手をかけたところで呼び止められた。
『wordの視点からじゃないと見えないこともたくさんあるから、
これからもいろんな事を話してくれると嬉しい。
もちろんそっちが良かったら、だけど……』
「構いませんよ」
『あ、じゃあボクもお願いしよっかな。作業詰まったときとかに』
「わかりました。深夜は無理ですが早い時間ならお話相手になれるかと」
『じゃあ決まりだね。これからもよろしくお願いしま~す』
『わたしからもよろしく、word』
「改めてお願いします。Amia、K」
パソコンの前でお辞儀をしつつ通話ボタンを切る。
扉を開けば台所から生活音が響いてきた。
「たまにはお手伝いしようかな」
こんな日も悪くない、とパソコンを閉じ階段を降りる言葉であった。