荒野の少女と1つのセカイ   作:kasyopa

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全10話構成、三人称視点になります。


鶴音文編「響け! SATISFACTION YELL!」
第1話「紛れもない憧れだけど」


言葉が入院するよりも少し前。文は自らの音楽フォルダに残ったUntitledを見つめていた。

 

「水筒よし、コートよし、運動靴よし!」

 

外行きの服装に加えクローゼットから引っ張り出したコートを纏い、

その手には水筒と運動靴があった。

室内ではどう見てもおかしな格好であるものの、

今から向かう場所はそう簡単にいこうと思っていけるほど環境が整っていない。

 

「よし、出発!」

 

そんな威勢のいい声と共にUntitledを再生する。溢れ出す光に目を閉じ身を委ねる。

ほどなくして光は落ち着き、土の感触と肌寒さを感じてから目を開いた。

 

目前に広がるのは相変わらずなにもない場所。

枯草の大地に続く一本の道だけが頼りのセカイ。

 

「えっと、ミクちゃんは確か馬車で移動してるから……」

 

道を観察しても蹄や轍は見つからない。恐らくまだここまで来ていないのだろう。

水筒に入っている暖かいお茶を一杯飲みつつ、待ちぼうけをすることにした。

 

前回ミクがやって来た方へと駆け出すのも手かも知れないが、

目印らしい目印もなく、右か左かもわからない。

そんな状態で駆け出せば合流そのものが遅れてしまう可能性もあった。

 

「次からは方位磁石でも持ってこようかな……」

 

しかし以前に比べて不安な気持ちはほとんどなかった。

言葉がみればこの光景に見とれていたであろうが、

文にとってはただただ寂しいセカイでしかない。

心にも余裕ができ、このセカイをのりこなそうとまで思っている。

さながら冒険家、または開拓者の思考であった。

 

そこまで思考したところで、ガタガタと物音を立てて馬車が近づいてくる。

それを操るのは当然ミクであった。

 

「ミクちゃん! やっと来てくれた!」

「お待たせ文ちゃん。今日も乗っていく?」

「もちろん! それに、約束守ってくれてありがとう」

「ふふ、言ったでしょ? 文ちゃんなら消えることはないって」

 

ミクの手を取り隣に座る。自己紹介などのやり取りを省けばあっという間であった。

2人は馬車に揺られながら、どこまでも続く地平線の果てを見つめている。

 

「ねえミクちゃん、なにか歌ってー」

「いいよ」

 

ミクが自分から歌う曲。ファンとしては一番気になるところであった。

そうして歌い始める曲は、世界を繋ぐ歌。

このセカイにいい意味で似つかわしくない旋律。

しかしその歌い方は明るいものではなく、

バラードの様にゆったりと、そしてしんみりしていた。

 

「(すごく明るい曲なのに……すごく寂しそうに聞こえる)」

 

本来なら「私が繋いでいく」という意思が籠った曲に聞こえていた。

しかしこのミクは「きっと繋げられる」という願いを込めたもの。

 

その違和感の謎を追う様にミクの顔を見る。

笑顔であるものの、どこか不安が拭えていない表情をしていた。

 

「……どうかな?」

 

それでも流石はバーチャル・シンガー。歌唱力は抜群。

無事歌い終えたミクは感想を求めるように文の顔を見つめ返した。

 

「あ、うん! すっごく良かったよ! 聞き惚れちゃったー」

「ならよかった。なら今度は文ちゃんの歌が聞きたいな」

「わたし? わたしなんかミクちゃんに比べたら全然上手くないよ」

「それでも聞いてみたいな。文ちゃんがどんな曲を歌うのか、気になるから」

 

お返しにとねだる彼女を見て、少し考えた後に歌い出す。

その曲はいつかあの屋上で親友に見せたもの。明るく激しく盛大に歌い上げる。

自分のもらった『はじめまして』をお返しするために。

お世辞にも上手いとは言えないが、それ以上に気持ちが籠っている。

歌で想いを伝えることにおいては、彼女の方が優秀だった。

 

「どう、かな!」

「うん。はじめて聞いた曲だけど、すっごく素敵だね。

 それに文ちゃんの大好きだ、って気持ちも伝わってきた」

「えへへ、ありがと!」

 

にっこり微笑むミクの顔を見て安心すると同時に、先ほどの違和感に気づく。

ここにいる彼女はソフトではない。心を持っている。

だから歌う曲にも心や気持ち、『想い』が乗るのだと。

 

『会ってみたいけど、そのミクちゃんが理想通りかは分からないから怖い、かな』

 

いつか自分が言っていたことを思い出す。想像とは違う、どこかもの悲しげなミク。

それでも笑顔でいることをやめない存在。彼女は誰もが知る歌姫なのだから。

 

「ミクちゃん、もしかして無理してない? 何かあったら話してくれていいんだよ?」

 

だから自然とその言葉が出ていた。いつか話を聞いてくれた、恩人のように。

 

「ありがとう。でも大丈夫、気にしないで」

 

しかし返しの言葉で終わってしまう。

何か隠していると直感で気付いても、その1歩を踏み出す勇気が文にはない。

目の前にいる大きな憧れを前にして、思わず立ちすくんでしまう。

 

これ以上2人の間に会話はなく、ただ馬車に揺られるだけであった。

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