神山高校、1年C組。
まだ部活の朝練が始まるよりも早く、1人の少女が掃除に勤しんでいた。
「さてと、これくらいかな」
机を軽く水拭きする程度。なんてことはないが、いささか時間が早すぎる。
「あら鶴音さん。今日も早いのね」
「あ、先生おはようございます」
「はいおはようございます。毎日精が出るわね」
「いえいえ。私が好きでやっているだけですから」
そんな様子を廊下で見かけた教師に声をかけられ、短い会話を交わす。
どうやらこれを自主的に毎日やっているらしい。
教師も感心しつつ笑顔でその場を後にする。
模範的といえばそうなのだろうが、誰からも誉められはしない。
むしろ比較される側からすれば理不尽な対象である。
そういった厄介事は教師も勘弁だったため、感心や労いの言葉だけで済んでいた。
言葉は1人誰もいない教室で自分の席に座る。
なにをするわけでもなく、この空間を堪能していた。
「ふわぁ……ちょっと寝ようかな……」
背中を丸めて机に身を預ければ、そのまま睡魔によって眠りに落ちる。
ニーゴの作業で睡眠時間は確実に削られており、
こうした空き時間や休み時間に寝ることが多くなっていた。
「はー、朝練はやっぱやめておいた方が良かったな……っと」
しばらくして朝練を終えた生徒達で賑わい始める。
その中でも助っ人として活躍する東雲彰人が、真っ先に教室を訪れた。
「(委員長また寝てんのか……部活も入ってねえのに毎日この時間には居るって、
どんだけ早く来てるんだ……? いやそれよりも……)」
「すぅ……すぅ……」
静かに寝息をたてて眠る姿はあまりにも無防備である。
風邪をひいてはたまらないと、自分のブレザーをかける。
「おっす彰人ー……って委員長また寝てるじゃん」
「ああ、静かにしとけよ」
「わかってるって。こうしてたら可愛いのにな」
廊下や他のクラスが段々と盛り上がりを見せるなか、
1年C組だけは静かであった。
その代わり言葉の席の回りには男女問わず群衆ができている。
「こうしてるとやっぱり委員長も女の子なんだねー」
「最近寝てること多いよね。眠り姫って言われてるらしいし」
「あれだろ、夜に秘密結社の任務とかしてるんだよ」
「そんなことするわけないだろ。現実的に考えてバーとかでバイトとか……」
委員長としての手腕を知るこのクラスの面々にとって、
そんな彼女の姿は数少ない癒しのひとつである。
しかし神高全体では一種の名物生徒となっており、
その様を見た誰かが付けたあだ名が『眠り姫』というものだった。
「うぃーっす! みんなおはよー!」
「「「シーッ!!」」」
そんなクラスでも1人や2人空気の読めないものがいるわけで。
問題のクラスメイトが扉を開け放ち高いテンションで現れた。
斑鳩理那である。
「あれ? 委員長また寝てるの? ほらー起きないと先生来ちゃうよー」
「「「あー! 理那のバカ!!)」」」
クラスの団結力とはどこへやら、理那は登校するや否やすぐに言葉のそばへ移動し体を揺さぶる。
「んん……あ……理那、おはよう」
「おはよう委員長。最近寝てること多いぞー。寝不足かー?」
「うん。ちょっとね……」
「それじゃあ眠気覚ましにブラックチョコを進呈しよーう!」
軽くあくびをする言葉の口内へ黒い物体が放り込まれる。
チョコ特有の香りが周囲に漂い、彼女の重かった瞼も自然と開いていった。
「おーいお前らー、朝礼始めるぞー」
いつのまにか教卓に立っていた教師の一声で、生徒達は自分の席へと戻っていく。
「起立、礼。着席」
言葉の号令と共にいつもの1日が幕を開けるのであった。
・
・
授業をつつがなく終えて昼休み。
言葉はクラスメイト達数名に囲まれながら昼食をとっていた。
「ここは前のページに載ってる公式を使えば……ほら」
「あ、そっか! じゃあここもこうして……」
「そうそう」
期末テストが近いためか、昼食時でも関心の高い生徒達に勉強を教えている。
「委員長、これなんだけど覚えづらくって……」
「歴史ね。大事なところだけ箇条書きで覚えてれば大丈夫。良かったら私のノート見る?」
「あ、ありがとう~!」
「委員長! この文がどこに当たるかーって問題なんだけど!」
「あ、それなら教科書にメモしてるから貸してあげるね」
「ふええ、ありがとうございますぅー!」
言われるがままにノートや教科書を取り出しては見せたり貸したりと、
迫り来る生徒達をさばいていく。
そんなことをしていては彼女が昼食にありつけるはずもない。
「はい委員長、あーん」
「あっ、ん……理那、なにしてるの?」
「え? そのままじゃお昼休み終わっちゃうし代わりに食べさせてあげようかなと」
「そういう理那こそ、今度のテストは大丈夫なの?」
「私は放課後に委員長独占するからいいんですー!」
そんな様子を彰人は遠目に見つめながらこう口にした。
「なんか、小鳥の餌付けみてえだな」
「あ、それちょっとわかる」
敏腕ながらも憎めない少女。それが鶴音言葉という人間であった。