「ただいま」
「お帰りなさい。言葉ちゃん、お弁当忘れてたみたいだけど大丈夫だった?」
「うん。クラスの人がお弁当とか分けてくれたから」
「あらあら。ならお礼をしないとね」
「そうだね……」
あれからは贈り物を考えることすら忘れて足がそのまま家へと向かっていた。
生返事で答えつつ私は出迎えてくれた叔母さんの横をすり抜け、
自分の部屋へと入ってベッドに倒れ込む。
気分転換の為に何か聞こうとイヤホンをして、音が流れないことに違和感を覚える。
よく見ればそのイヤホンは自分の物ではなく文のものだった。
あの時頬を叩かれた時に抜け落ちて、そのまま放置していたのだろう。
あれから一週間ほどたったというのに、取りにくる気配すらない。
それほどまでに嫌われてしまったのだろうか、と思考に浸ればあの時の台詞が脳裏をよぎる。
『お姉ちゃんの馬鹿!』
残されたあの子の為にがんばってきた私は、どこで間違ってしまったのだろうか。
両親が死んでから? 私がバイトを始めてから? 私が街中で演奏を始めてから?
いくら考えても答えは見えてこない。
今度こそ気分転換にと再生リストに手を伸ばす。なんでも良かったので最近再生したものを。
しかし今度も音楽は聞こえてこない。
ついにスマホにも嫌われてしまったかと画面を覗いた時、光に包まれる。
そうだ。最近再生した楽曲は────Untitled。
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防寒着も着こまず、靴もないまま私は白い絨毯の上に投げ出された。
体をうずめれば芯まで冷えるような冷たさに飛び起き意識が急に覚醒する。
このセカイは冬真っ只中だからたとえ冬服であっても辛いものは辛い。
しかしそれ以上に、私のセカイは私に対してあまりにも残酷な光景を見せた。
突風が雪を従え全身に叩きつけてくる。
何とか手で払いながら前を見ても視界は吹雪で覆われ、ここがどこなのかすら解らなかった。
本来なら丘と枯れた桜の木が出迎えてくれるはずだが見えない。
積もっている雪の量も膝くらいに達していて、スカートと素足では進むこともままならない。
「(MEIKO……KAITO……!)」
口を開けば雪が飛び込んでくるが、それでも声にならない叫びを上げる。
二人は無事だろうか、無事なら返事をしてほしい、と。
前に進めば丘があるはずだ。そこで二人が待っている。
そう信じて無理やりに一歩ずつ進んでいく。
しかし段々と足取りは重くなりついに倒れてしまった。
「(あっ、スマホ……)」
手の中にあったスマホは滑り落ち雪の中へ消える。
その時になってUntitledを止める事を思い出すも後の祭り。
ここで死んだらどうなるのだろう。
現実での私がどうなっているか解らないから予想もつかない。
「(お父さん……お母さん……文……ごめんね)」
急に眠くなってきて目を閉じる。思い出されるのは幸せだった日々。走馬灯というものだろう。
心残りがあるとしたら文と仲直り出来ないことか。
こんな結末を迎えるくらいならもうちょっとあの子のために何かしてあげたのに。
そんなことを思ってもどうにもならないだろう。それでも考えることはやめられなかった。
「……! ……!」
遠くの方で呼ぶ声がする。
意識を手放す最中、私は誰かに体を引き上げられ温もりを感じるのだった。
・
・
煌々と揺れる火の光で目を覚ます。下にはマットが、体には白と赤のコートがあった。
「起きたみたいだね。言葉」
安堵の表情を浮かべながら青い髪の青年が声をかける。
「KAITO! 無事だったの!?」
「急に動かない方がいいよ」
「あっ、ごめん……わひゃあ!?」
急に動こうとして体が思うように動かない。どうやら体が冷え切ってしまったのが原因だろう。
コートの上から足をさする彼に感謝しながら、頬に熱い物が押し当てられて驚く。
何事かと思って体をそちらへと向ければ、笑みをこぼすMEIKOがマグカップを差し出していた。
「ふふ、お目覚めにホットチョコレートはいかが?」
「MEIKOも無事だったんだね。良かった」
「ええ。KAITOの機転が無かったら私達も危なかったけどね」
その言葉と共に受け取りながらそういえばと辺りを見渡すと、
一面の白い壁に覆われており中央でランプの火が周囲を照らし温めていた。
ぽっかりと空いた穴。
一つは天井に、一つは入り口と思われる所から見える外の景色は相変わらず猛吹雪。
そこから一つの答えを導き出す。
「もしかしてかまくら?」
「その通り。屋外とはいえ風を凌げれば少しはマシになるからね」
少しばかり得意げな顔をするKAITOに、流石冬季に生まれただけのことはある、
と想いながらマグカップに口を付けた。冷え切った体に優しい甘さと温かさが染み渡る。
それによって安心したからか思考が落ち着いてくる。
「二人とも、ごめんなさい。私のせいでセカイがこんなことになったんだよね」
「「………」」
私の謝罪に対して二人は何も言わなかった。その方が放しやすかったため、言葉を続ける。
「私の心が不安定になったから、こんなにひどい天気になって、それで」
「……言葉」
KAITOが頭に手のひらをのせて長い髪を梳かすように撫でられる。
それ以上言わないでいいと言っているように。
「ゆっくりでいいから、話してくれないかな。何があったのか」
「でも……」
「大丈夫。あなたなりのペースでいいから聞かせてほしいの」
MEIKOも私の冷え切った頬に右手を添える。人肌の温かさが私の心を溶かしていく。
やっぱり二人には敵わない。
そうして私はあれから起こったことをぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。
それをただ頷いたりするだけで、決して口を挟むことはなかった。
そして最後にこう締めくくった。
「もう、私にはどうすればいいのかも分からないの」
ぽたりぽたりと雫が頬を伝い地面へと零れ落ちる。みっともないけど止められなかった。
そんな時でも二人は何も語らず、まるで私なら大丈夫と信頼してくれているように、
ただ傍にいてくれた。
そんな二人が在りし日の両親に見えて泣き出してしまうのだった。